この世の全てが敵に感じた。
なんで私がこんな想いをしなければならないのか。
貴族の家に生まれたことが。
何不自由ない生活をしてきた事が。
そんなに罪なことなのか?
少女の小さな体に浴びせられる強烈な敵意に涙すら出ない。あるのは強烈な恐怖だけだ。
隣にいる偉そうな太った教団の司教の声も今はまるで耳に入らない。かき消されている。
エリナは今祭壇に立たされていた。生贄の祭壇だ。
廃寺の構造をそのまま利用した祭壇で或る。恐らく旧時代の宗教の神々が祀られた神聖な祭壇であったのだろう。その上をこれ以上なく悪趣味な装飾品や火の灯った蝋燭、アラガミを模した像で埋め尽くされ、おまけにその壇の下には表情を面妖な仮面で隠した信者達がずらりと軒を連ねる。
しかし表情を隠していても伝わってくるエリナに対する敵意、そして罵倒、時に嘲りを含んだ笑い声も響く。エリナは今彼らが抱えた鬱憤をすべて一身に受けている状態であった。
元より寒いこの壇上に異様な恐怖を引き金にした怖気が少女の体を襲う。震える体を必死で気丈に両手で抑え込む。しかし視界は濁り、目はくるくるぐるぐる。
ぐにゃりと曲がる視界が元々異様な風景をさらに不気味に変容させ、一層少女の恐怖を煽る。
「皆・・・。・・・」
司教が両手を高々と上げ、なだめるようにすると、信者たちは一旦落ち着きを取り戻した。
エリナはまるで冷水に無理やり顔を突っ込まれた状態からようやく引き出されたような感覚で息を吐く。声が出ない。呼吸も苦しい。
「・・これ以上この少女を責めないであげてほしい・・。彼女はあくまでそのような星の下に生まれただけの哀れな子羊なのだ・・。しかし!彼女は自分を律し、恥じ、自分と・・そして彼女の家族が犯した罪を注ぐ為に今!自ら望んでこの壇上に立っているのだ」
その司教の言葉に突っ込み所があり過ぎて、逆にエリナは声も出なかった。
自ら望んで!?
恥じて!?
そんなもの知らない!私だってちゃんと生きてきた!ちゃんと学校に行って好きでもない勉強をして、気に入らないクラスメイトや先生ともうまく付き合って、愛想笑いしてお行儀よくして嫌いな物もちゃんと食べて・・!
第一罪って!?罪って何よ!?
パパが今までしてきた事が罪なの!?そんなの私は知らない!関係ないじゃない!
パパは私に受け入れてくれ、我慢してくれって言ってきたけどもうたくさん!
もう嫌!!嫌なの!!
攻められて!嘲笑いされて!指を差されて!
ここでもそうなの!?
私が一体何をしたって言うのよ?
なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!?
悔しさが頂点に達してようやく開き直れた。エリナは正気に戻る。
しかし・・司教、そして彼の取り巻きはこれを見越していた。反抗的な色が少女の目に宿ったのを確認したからだ。
「~~~~っ・・・!!」
少女は布で口と目を塞がれる。
「では・・・少女を神の御許へ・・皆祈りましょう・・・魂の安らかなんことを」
余計な事を言われては「彼らなり」の荘厳な雰囲気、儀式の格調にケチがついてしまう。場が醒めない様に「演出する」こともエセ宗教では大事な仕事である。
声が出せない悔しさのあまり、涙が布に滲んでいく。
―・・悔しい。
・・・・・・・悔しい!!
誰かぁ・・。
私を・・
私を助けて!!!
パパ!
ママ!
・・エリック。
ブーッ!!!!!
その少女の声にならない叫びを契機にしたかのように拠点内に警報音が響き、面妖でおそろいな仮面をつけた信者たちが滑稽なほどに各々違う戸惑いを見せながら顔を見合わせる。
施設内地下施設―モニタールーム
「・・・侵入者か」
「そのようです。既に区画A、区画Bともに制圧されたようです。応答ありません」
地下に設けられたセキュリティ施設にてスキンヘッドの男が部下にそう尋ねる。男は組織では立場上司教の下に当たる人物だが実際はここの全権を掌握している。
緊急事態を示す、赤色の警告灯に照らされながらスキンヘッドの男は爪を噛む。癖なのだろう。
「いかが致します?」
「まぁ致仕方ないだろう。この手際、首尾の良さ・・相手は恐らくプロだ。信者の警備兵どもでは長くはもつまい」
男に何の執着も無い。全く信用もしていない。する必要がない。なぜなら・・
「・・・『連中』を離せ。あの化け物どもをな。奴らなら相手がどれだけ熟練した兵だろうが関係ない」
「はっ」
「さて・・信者、侵入者ともども大掃除と行くか。・・司教に連絡しろ。フォーゲルヴァイデ家の娘は一応確保しておけと。貴様らも適当に侵入者と付き合ったらここを放棄して脱出しろ。グダグダ言う信者は射殺して構わん」
「解りました」
「回線つなげ。私が指示を出す」
男はあっさりとこの拠点を捨てることを決定した。男にとってもうここがどうなろうが、信者がどうなろうが興味の範疇に無いのである。
『A棟、B棟、C棟聞こえるか。『パンドラ』を解き放つ。神を解放し、贄となる事を最大の名誉とせよ・・』
この施設には三つの倉庫がある。
アラガミ防壁によってコーティングされたいわば「武器庫」だ。
それにはアラガミが閉じ込められ、冷凍され、休眠している。
それが押し込められたこの倉庫を教団は「パンドラ」とあからさまなネーミングをつけている。その幼稚さに男は思わず内心失笑する。何故神を信奉する者がわざわざ「神によって開けることを禁じられている箱」の名を模すのか。滑稽なことこの上ない。
「はっ!了解しました!神の贄となり、神の御許に行けることを至上の喜びとします!!」
各地の監視カメラでバカ正直な信者の警備兵が仰々しく挨拶し、倉庫―「パンドラ」のドアの前に直立していた。
彼らはその蓋を躊躇いなく開けることのできるのだ。保身を考えない故に。迷いなく各々の扉の横に設置されている端末にコード16ケタの数字を入力、最後に最終許可を意味する最高責任者のモニタールームからの指紋認証が最後の解除キーだ。
「アラガミども・・さぁ食事の時間だ。遠慮なく喰え。・・一人残らずな」
そう言って男は指紋認証のカバーを外し、親指を近づける―
『あ。いいよ。自分で開けるから』
まるで知人の軽い気遣いを断るぐらいのこの修羅場には素っ頓狂にも聞こえる声が信者の警備兵の無線から響いたかと思うと同時、施設内に爆発音が響く。それも一つではない。明らかに複数の個所でだ。
恐らく・・「三か所」ぐらい。
「・・・!!!???」
モニタールームにもその振動が届き、各所の監視カメラが映す映像のモニター画面が衝撃で一時フェードアウトする。
「・・・おい!?何があった応答しろ!?おい!?」
無線に返事は無い。
「何が起きている・・・モニターは!?」
「まだ駄目です!ただ音声は・・全区画生きてます!」
「音量を最大にしろ!」
監視カメラの副機能である集音マイクから聞こえる音にモニタールームにいる全員が耳を凝らす。
そこには幽閉していた複数のアラガミが覚醒し、雄たけびを上げながら餌を求め闊歩し出した事に疑いようの無い音が響いていた。しかし―
「・・・!?」
そこに紛れ込む耳障りな音。肉が裂け、液体が噴出し、壁にふりかかる音。
アラガミがその場にいた警備兵を襲い、捕食していると言うなら話は解る。しかしその音は抵抗の出来ない者が成すすべなくアラガミに咀嚼されるある意味、ゆっくり、のったりとした音とは全く異なることが男達には解る。今まで幾人の信者がアラガミに召される瞬間に立ち会ってきたのだから。
ザシュ!ズシャッ!!
その音は「普段」の音と比べると余りに軽快すぎた。その上、その音の後に決まって響くのは・・・
グォアアアア・・・
明らかにアラガミの弱々しい断末魔の声だった。それが次々に響く。
そして肉と液体が混ざったものが時にゆっくり、時に激しく何かに叩きつけられる音も同時に響いていた。
男たちの中で結論は出る。圧倒的で理不尽な存在であるはずのアラガミがそれ以上の圧倒的な「何か」に蹂躙されていることは疑いようがなかった。
それもそれが同時に「三か所」のアラガミの保存庫で例外なく響いている音だということだ。
結論は出た。
モニタールームの男たちが完全に状況を理解するのもそう時間はかからなかった。一つのモニターの映像が復活する。
映しだされたのは・・
『・・。もう終わりか。まぁ・・人間が長々と保管できるアラガミなんて所詮限られてるわな』
相も変わらずの軽い口調とモニターに映し出される後ろ姿のシルエットの仕草がリンクする。退屈そうに頭をかいていた。
男―いや、少年だ。そしてその足元には既に力なく横たわり、霧散化しようとしているアラガミ達が死屍累々の状態である。
そしてそれもまた同時に三か所で展開されていた光景だった。
『・・・ふぅ・・』
こちらのモニターでは体格のいい一人の青年が、
『・・・』
こちらではフードで頭を隠したこちらもまだ「少年」の雰囲気が残るシルエットが同じような光景を作り上げていた。
その足元で震える信者の警備兵もこれまた三か所とも同じような光景だった。この光景に至る過程を目の前で目撃していたのなら最早戦闘意欲など生まれるはずもない。
三か所に現れた侵入者が同時に踵を返し、カメラの方に視線を向けた。
侵入者1―エノハ
神機を銃形態に変え、監視カメラを破壊。
侵入者2―ブレンダン
ゆっくりと近づき、神機の柄で確実に監視カメラを破壊。
侵入者3―ソーマ
常人にはありえない跳躍力で監視カメラに接近、片手で監視カメラを握りつぶした。
三か所同時にモニターは再び砂嵐に戻る。二度と止む事は無い砂嵐に。
「・・・。こいつらゴッドイーターか・・」
男はそう呟き、続ける。
「・・早急に撤退準備をすませろ。後れを取るなよ。至急集められるだけの資料とできるだけの資料を処理してヘリポートに集合しろ。遅れた者は置いていく」
メインキャラ達がほとんど出せない・・。五千字以上書いてこれか・・。
今回もお付き合いありがとうございました!
おまけ
教団施設内最奥部―ヘリポート
断崖絶壁に設営され、目の前の海は大時化、おまけに海洋型アラガミも大量に生息している魔海だ。
ここからの侵入は自殺行為。
よってそこに集まった教団の要人たちはいつもと同じ落ち着きを崩していない。後方で必死で侵入者を食い止めてくれているであろう信者達を気にかける者など一人もいない。
「ちっ・・こんな辺境にゴッドイーターまで派遣までしてくる徹底ぶり・・おまけに儀式中で警備の手数が少なかった所を襲撃された上に要所をあっさり陥落させられた所を見ると情報が漏れていたようだな・・」
こんな土地的、資源的に価値の無い辺境に派兵できるほどGEの人員と頭数は潤沢ではない。
基本優先的に取り返す価値の高い資源、旧文明の知識、遺産が残る場所に派兵される場合がほとんどなGEが確認されているだけ三人もいた。これだけでフェンリルの今回の作戦の本気度が伺える。
ならもうやることは一つだ。
逃げる。そして隠れ、ほとぼりが冷めるまで身をひそめるだけだ。
男の危機意識と察知能力はとりわけ高かった。
そしてこのような緊急事態における「保険」をかけておく用心深さも男は備えていた。
宗教家というよりも明らかにリスクマネジメントに長けた経営者の考え方である。
「・・・「例」の区画は生きているのか?」
「はい。・・今『起動』を確認しました」
「ふん・・これで裏切り者がはっきりしたな。『あの女』には『あの』区画のことは教えていなかった。知っていたらまず抑えるべき個所である『あそこ』が真っ先に制圧されずに他の個所が的確に押さえられた所を見ると・・」
「・・恐らくは」
「・・やはりさっさと始末しておくべきだったな。中々使える女だったので惜しいと思っていたのだが・・まぁ致し方ない。ここと運命を共にしてもらおう」
降りしきる雪、男はそれよりも冷たい一言を残し、元空軍輸送ヘリを改造したヘリに乗り込む。
「出せ」
「・・へいへーい」
「何だ貴様!その態度は!」
男の取り巻きの一人が声を荒げてパイロットを叱責する。しかしパイロットの男はどこ吹く風で首を
気だるそうに振っていた。
―・・?
男は違和感を覚えた。
性格上使える人間以外の部下の顔、名前を必要以上に覚えないが逆に自分の生命線になる立場の人間をこの男は軽視しない。
優秀で従順な部下は忘れない。こといざという時命綱になるような逃亡時の際の協力者であるヘリの搭乗員に関しては。
「・・・。動くなよ?折角苦労してこんな暴風雨の中、落下傘使って命からがら降りてきたんだ。苦労には見返りが必要なものだ。大人しくお縄についてくれるとありがたい」
座ったパイロットの身なりをした男は銃を突きつける。その場には最高責任者の男を含む十人ほどの取り巻きがいたが突きつけられた銃を構える男の雰囲気に呑まれた。選りすぐりの戦闘員、プロである事は疑いようのない所作で突きつけられた銃口に固まる。
マツナガだった。
責任者の男は素直に応じ、両手を頭の上にあげる。
「・・同感だ」
マツナガの言葉に男は同意した。