今回もよろしくお願いします。
リィィィィィィィン・・・・
何かの「契機」を知らせる鈴の様な音であり、またまるで耳鳴りの様な音。
元々極東―日本と呼ばれたこの国の「和」を基調とした寺院だったこの場所だ。ある意味で似合った音がこの廃寺を利用したこの教団施設内に木霊する。
しかし―その音を知覚出来る者は限られた。
人間でいえば「四人」。
そしてそれ以外なら「五つ」。
「これは何の音・・・?え・・!?神機が・・」
最早さっきまでのようにカノンは震えていない。しかしカノンの神機がその音に呼応するようにカタカタとぶれる。
「・・・!何だ・・・?」
ソーマも察知する。明らかに吉兆とは言えないその音にソーマの白い神機もまた反応する。
「・・お前もか」
「・・・。部隊長・・どう思う?」
エノハに呼びかけるブレンダンも無線越しに緊張を隠さない。
しかし返事は無い。エノハは黙ったままだった。それをブレンダンは凶兆の前触れに対して思考を巡らせている沈黙と受け取った。
雪が止み、風が止まる。大気の息遣いが逃げたように消えた。
空気が重い。
吐く息が即白く凍るような外気温でひどく乾燥した気候ながら、湿気でじっとりと体に滲むような重さ、息苦しさが体を包む。
(エノハさん。)
―ん?
(非常に・・・マズイです。)
―・・解ってる。
―ヘリポート
スキンヘッドの男を含む教団の幹部クラスの身体検査、逃走、反攻、または自決を防ぐ最低限の拘束を終えた。
―・・ま、こいつらはそんなタマじゃないだろうがな。
拘束されたとはいえ、代表の男を筆頭に妙に落ち着きはらった十人前後の幹部クラスの人間は淡々とマツナガの指示に従っていた。
マツナガはその傍らエリナを連れ去った司教の確保にカノン、ソーマと合流する先行部隊と連絡を取り合い密に連携をとり、慎重に追い込みつつあった。
エリナと言う人質を持った連中をなるべく刺激、自暴自棄にさせないようにソフトに、しかし確実に追い込んでいく。
こちらがある程度、理性的、紳士的に対応することを「動き」にこめ、相手側の譲歩、妥協を引き出す作戦である。
司教も信者ら末端構成員とは異なり、「こいつら」と同じタイプのなはずだ。「成す術ない」と解れば自分たちの安全の替わりにエリナを差し出して投降、それ以降の自分の身の振り方に頭を傾ける方がより建設的と考えるはず。
そういう意味ではこの施設の完全な「陥落」は目の前であった。
マツナガは「そう」思っていた。
その時だった。
「・・・。無線に応じる口振りや様子を見るに君はこの部隊を預かる人間とお見受けするが・・一ついいだろうか?」
スキンヘッドの男がただでさえ寒波に晒されるむき出しのヘリポートをさらに寒々しくするぐらいの冷たい、冷静な口調でマツナガに話しかける。
「・・手短にな」
「一つ忠告しよう。我々をそのヘリに乗せて一刻も早くここを去った方がいい。操縦ぐらい出来るのだろう?我々をここから脱出する事を防ぎたいだけならば即刻ヘリを破壊すればいいのにそれをしないと言う事はつまりそういうことだろう?」
男は目線で教団の軍用輸送ヘリを一瞥し、再びマツナガをじっと見つめる。
「まだここを調べることが腐るほどあるんでな。その要求は飲めん。・・・!まさか貴様・・」
マツナガはこの施設もろともの爆破を疑った。しかし男はそのマツナガの思考を先読みしていた。
「安心したまえ。我々も死ぬつもりはない。しかし・・・」
「・・」
「ここにいればいずれそうなる。―と、だけは言っておこう。信者・君の部下・そしてここにいる我々共々全員死ぬか。それともせめて我々だけでも確保して任務を最低限達するか・・軍人なら後者を選ぶべきではないのかね?元々何も知らない信者など君たちにさしたる価値はあるまい?」
「黙れ」
男の挑発を過分に含んだ交渉をマツナガは一蹴した。
「交渉決裂か・・まぁいつでも言ってくれ。じきに君は私の要求を飲む事になる。・・拘束された以上ジタバタすることはしないよ。我々のヘリのパイロットを君が眠らせてしまった以上、君は私達の命綱だからね」
挑発から一転、取り入るような、懐柔するような口調であった。
「何を企んでいるのか」―マツナガはそう聞き出そうとしたが止めた。どうせこの男の事だ。「ヘリに我々を乗せて安全圏まで連れて行くことを約束した後に教えよう」とでも言うに決まっている。
ハッタリの可能性も考える。練達の軍人とはいえ一人で、尚且つヘリの操縦中であれば反攻出来るとも考えているのかもしれない。
しかし疑念はある。この男がそんなリスクを冒すだろうか。第一反攻どころか身動き一つ出来ない拘束状態にする事も可能である。強力な粘着テープで全員スマキにすればいいだけの話だ。
それを鑑みればハッタリの可能性は著しく低い―
しかし部下を捨て、多くの利用されているだけの信者を捨ててこの場を自分だけ去ると言うのはマツナガにとってもっともありえない選択肢である。
人としての彼の徳、人情によって打ち消すように一瞬だけマツナガは思考を止めてしまった。
そこに。
その隙に滑り込む。流れ込む。ぬるりと。
緊急無線が入る。エノハだ。
『マツナガさん!まずいです!!!』
緊迫した声だった。しかし、その詳細を伝える言葉が中々選べない。GEの彼らだけに共有したその「感覚」を常人に伝えるには多くの言葉を紡ぎ、適切な表現を選ばなければならない。
しかし、そんな暇はなかった。
エノハの呼びかけもむなしく、マツナガの無線が切れた。
その五秒前―
迫っていた。
ヘリポート―
大時化の海。だが表面の白波に反して水深が深い所に行くと水流はある程度弱まり、透明度も非常に高くなる。
そこには小型の海洋性アラガミが群れをなして泳いでいた。
もし人間がこの海に落とされればピラニアの群れに血の滴る鮮肉を落とし込んだようなものである。あっという間に喰い裂かれてしまうだろう。
しかし、その捕食者の群れがばぁっと切り裂かれていく。明らかに自分達より上位の存在には彼らはとても素直で臆病な反応をする。
その無数の黒い群れの中心を巨大な黒い影が優美に無駄のない動きで水を裂き、遥かな水面を見上げ―
一気に垂直上昇した。
(・・・いけない!この方向は・・ヘリポート!海からです!!!)
レンの声がエノハに届き、反射的に無線に手をやる。
―マツナガさん!!!
漆黒の海、大時化の波を物ともせず引き裂いて巨大な影が宙を舞った。
海に背を向けていたマツナガの完全な背後。マツナガに向かい合っていた教団幹部の全員が彼の背後の空中を凝視する。
マツナガは「異変」を振りかえることなく確信。自分の任務を優先する行動に移る。今マツナガの最優先の任務はこの教団幹部達の命を一人残らず守ることだ。
「伏せろぉ!!!」
幹部たちの大半はそのマツナガの言葉に伏せたのか、怯えて頭を抱えたのかが曖昧な所作でその場に伏せる。
しかし、一人だけしゃがんでいない者がいた。
スキンヘッドの男だ。空中を見上げ、「計算外」を前に目を見開いて、思案するような表情をしていた。手が解放されていれば確実に爪を噛んでいただろう。
替わりに下唇を上あごでぎりりと噛みしめていた。血が出そうなほどに。
「くっ!!!」
マツナガは男に向かって飛びこむ。
ゴキャっ!!!
その背後で水中から躍り出た影はヘリポートで発進を待っていた輸送ヘリを着地と同時に中ほどからブチ折った。
燃料と衝撃による火花が触れ、一気にヘリは発火。猛烈な爆発と熱波がヘリポートの中心で放射状に拡がっていく。
ヒュン!
間一髪のところでしゃがみこんだ男の額をヘリのプロペラの破片がチッと掠めていった。
濛々と煙、そして赤い炎が上がるヘリポートの中心。
その煙の中から徐々に燃え盛る赤い炎に照らされた黒いシルエットが振り返ったマツナガ、教団幹部達の目に映る。最早見る影もない彼らの「命綱」を何の感慨も無くその影は踏みしめていく。
まるで人のように影は「歩いてくる」。
両手、両足を左右非対称に交互に動かし、ひたひたと。
程なく黒煙を影が引き裂いた。
炎に照らされたその体は実はまるで新雪の如く白く、しなやかで無駄をそぎ落とされたフォルムは機能美を感じさせる。
強靭な足腰、前傾姿勢の攻撃的な姿勢、長くしなやかにしなる尾、鍛え上げられた彫刻の如き両腕の先には全ての物を切り裂きそうな爪が鈍く光る。
シュウゥウ・・・
濡れた「彼」の体のあちこちで海水が沸騰、蒸発し、煙を上げていた。
尋常じゃない熱が「彼」を目の前にしている全員に届く。ヘリを燃やす熱など比較にならない程の業火がこの存在に宿っていることは疑いようがない。
最後に鋭い非対称の三角形の歯が並んだ口から白い蒸気が漏れたかと思うと掌に業火を形成。
ボウッ!!
燃え盛る火の玉をあっさりと「彼」は握りつぶす。
と同時に教団施設全体に響き渡る咆哮を高々とあげた。
――――!!!!!!!!!!
炎帝―ハンニバル。出現。
お疲れさまでした。
前話に入れると一万字近く。分けるとこちらは三千字・・。ままならんなぁ・・。
今回もお付き合いありがとうございました!