今回もよろしければお付き合いお願いします。
教団施設 地下
何匹かのオウガテイルがブレンダンの防衛網を掻い潜り、侵入を果たしていた。
その内の一体が静まり返った施設内地下の廊下を闊歩していた。
地下二階から自分を呼ぶ「声」に誘導されてここまで来た彼だったが次に目に映った光景に彼は本能を優先した。
「ひっ・・うわ!」
自分の姿を見て青ざめ、一目散に背を向け逃げた一人の男の姿を確認したからだ。
逃げる者は追う。捕食者の純粋かつ絶対優先の本能である。
男の消えた曲がり角を曲がるとそこにはまだ男がいた。また背を向けて逃げる。
「くっ・・・!」
・・・どこか先程の男と違う気がするが気にしない。オウガは追う。
また曲がり角。
またその先に男。
また脅えて逃げ回る。
また追う。
また居る。
それを繰り返すうちにオウガは一種の習慣性に支配された。
「また居る」
が
また居る「はず」になった。
そしてそんな彼の思い通り、曲がり角にはいつも脅えた獲物が背を向けていた。
そして何度かそれを繰り返した後、今回も確信を持ってオウガはコーナーを曲がる。
「居る」と確信して。
彼の予想通り、確かに「居た」。
彼「等」が。
「今だ!押せ!!!」
おおお!
と一斉の掛け声と共に今までオウガが追ってきた「四人」の獲物が妙な壁の様な一枚の四方三メートルほどの長方形の板を盾にしてオウガに突っ込んできた。
誘導されていた事を悟ると同時の思いがけない獲物の反撃に奇妙な戸惑いの声を上げ、オウガは成すすべなく押されていく。
オウガは自分と彼らを隔てているこの盾の様な壁を侵食しようとするが・・・
―――!?
ダメだ。侵食が捗らない。
それもそのはずだった。その壁は偏食因子でコーティングされたオウガの同類を閉じ込めていたアラガミ倉庫の壁を切りとった物。即席の盾だ。アラガミと言えどそう簡単に侵食できるものではない。
手の無いオウガはさらに押される。そしてその押されているオウガの背後には・・・
三つあるアラガミ倉庫の最後の一つである倉庫の扉がオウガを待ち構えていた。破壊された扉から覗く黒い空間はまるで大口を開ける自分を超えた捕食者にオウガには見える。
「押せ!もう少しだ!!」
指揮している男―マツナガが背後にいる部下を鼓舞する。
しかしオウガもアラガミだ。「この倉庫の中はヤバイ」と瞬時に本能的に既に察したオウガは防衛本能から二本の足でこらえ始める。
グオアァァ!
爬虫類か鳥類に近い構造の足を持つオウガは廊下の様なつるつるに舗装された床には比較的不向きな構造をしている。しかし、足場を侵食させ、「足跡」を構成する事でこらえる土台を無意識的にオウガは形成した。
徐々に押し合いはオウガに形勢が傾く。五人の鍛え上げられた大の男の力を上回るほどこの小型アラガミは強大だ。
「くっ・・!」
相撲ならばただ単純に押してくる相手など相手の力を利用していなし、背後に回り込み、反対方向に押し出して、「決まり手は送り倒し」くらいになるのだが、この状況ではアラガミを倉庫に突っ込ませなければ意味がない。
よって今の方向のまま、マツナガ達の勝つ決まり手は「押し出し」か「寄り切り」くらいに限られるのだ。テクニックではなく、ただ今は純粋な馬力が必要な場面なのだ。
しかし、オウガはその点で残念ながら遥かに人間を上回る。
「くそう!!押せ!じゃないと終わりだ!!」
「押してますよ!!」
「ぬがぁぁぁ・・!」
「・・・・皆さん!!!」
その彼らの背後をつかつかと走り、迫る少女がいた。
―来ったぁ!
と軍人たちは内心喝采をこらえきれない。
肩までの髪を振り乱し、意外と太ましい体を揺らして高速で駆ける可憐な少女の姿に。
侵入した他の小型アラガミを排除し、信者達の居る区画を守ったカノンが援護しに来たのだ。その後ろから響く場違いなほど澄んだ声に軍人達は鼓舞され、オウガの足元に侵食によって形成された足場からオウガの足を一瞬とはいえ外すことに成功。
―今だ!!
「行け!!カノン君!!」
「はい!!!」
バッ!
オウガと軍人たちを隔てる壁へカノンは跳躍、
「・・・そらっ!!!!」
ドスの効いた声でその壁に惜しげも無くカノンはドロップキックをかます。レスラー十人を同時に吹き飛ばせるほどの威力だ。
グギャウ!?
さすがのオウガもひとたまりも無かった。壁ごしの強烈な衝撃を受け、オウガはアラガミ倉庫の中へ壁ごと吹き飛ばされる。
「ヨコヤ!!!」
マツナガが同時に無線に叫ぶ。連絡先は現在モニタールームにいるヨコヤだった。
カノンによって手当てされた額のキズを覆うガーゼによって上手く開く事の出来ない目を最大限に見開き、ヨコヤはあるスイッチを押した。
『離れて!!』
無線からのヨコヤの声に軍人たちは素早く反応、ドロップキック直後で体勢の整わないカノンを引きずるようにして出来るだけ一行は扉から離れる。
「わ、わ、わ、す、すいませ~ん!」
律儀にもカノンは礼を忘れない。
ガ?
吹き飛ばされた体勢のままオウガは見上げた。何らかの装置が作動している駆動音、警告を示すブザー音、そして点滅する赤ランプがオウガの顔を赤く照らす。
そこに蒸気が噴き出すような音と共に特定のアラガミ保存用に改良された液体窒素が大量に流れ込む。一瞬で倉庫内は零下に達し、漏れだした白い水蒸気が離れたカノン達の足元までに達した。
パキパキと音を立て、オウガの体は瞬時に凍っていく。
「・・・よし!」
マツナガの静かだが力のこもった声と拳を小さく握る姿を契機に彼の部下達からも歓声が上がる。
「やったぜ!!」
「見たか!!バケモンが!!なめんなよ!!」
「いや~助かったぜ。カノンちゃん!」
「は、はい!やった!」
グオアァァァっ!!
「!」
「!」
「!」
「!」
「!」
「!」
開け放しのアラガミ倉庫の扉からオウガの巨大な頭部が躍り出る。と、同時にそれも芯から凍り、すぐに動かなくなってオウガは氷の彫刻になった。
さすがに寒冷地域に住んでいる種だけあってある程度冷気には耐性があったらしい。同時に限界もあったようだが。
―・・・!!!
しかしカノン側もそのB級ホラー映画的な演出にさすがに凍って絶句していた。
パン!
その凍った時間を動かしたのは乾いた一発の銃声だった。
その銃声と同時にオウガの体は大口径の銃で果物を吹き飛ばしたみたいに粉々に砕け散る。同時に下手人が声を上げた。
声色を再び変化させたドスの利いた声が響く。
「断末魔素敵だったよ!!」
神機ではなく、任務前に渡された麻酔弾用の拳銃を中腰の理想的な射撃体勢で構えながら少女はそう言い捨てた。銃口から漏れる硝煙。不敵な笑み。
その姿を見、絶句しながらも軍人たちは思う。
―カッコイイ。
―イカス。
―素敵。
―踏まれたい。
「何をしている!いくぞ!」
「「「「・・・はっ!!!」」」」
マツナガの一喝で呆けていた彼の部下たちは本来の任務を思い出し、すぐに頭を切り替え、駆けだす。向かうは地下二階。例の装置があると言う部屋だ。
「わわわ、皆さん!待って下さい!!」
地下施設二階―
突き当たりの厳重なセキュリティをかけられた扉を前にしてマツナガは懐にしまっていた例の物を取り出す。
それは少し爪の先端が欠けたあの男の親指だ。
それをカノンから見えない角度でマツナガは認証装置にかざす。すぐに暗証番号コードのボタンが入力可能を示す緑色の光を帯びた。
5,4,8。
マツナガは既に男から知らされていた暗証コードを迷いなく入力。すぐにガチャンと大きな音を立てて扉は開いた。
その部屋はとても静かで何かの機器が駆動している事など一見解らない。
しかしその場にいるカノンだけには感じ取れた。同時に確信していた。今この施設を包んでいるこの現象を引き起こしている元凶が間違いなくここにある事を。
扉が開く。それがとうとう正体を現した。
「・・これが」
「こんなものが・・コレを引き起こしてるってのか・・・?」
一同は絶句した。そしてカノンも確信を持って呟く。
「・・・はい。これに間違いありません・・」
彼女の感覚、そして彼女が手に持つ神機の反応が間違いなく「それ」がこの現象―偏食場パルスを引き起こしている物体だと言う事を指し示していた。
「・・カノン君大丈夫かね?」
「え・・。あ・・はい。大丈夫です」
気付けばじっとりと汗をかいていた。「それ」を唯一この場で感じとる事の出来る彼女から流れる汗、憔悴している姿でマツナガ達も納得する。
―しかし・・それにしても・・・。
マツナガ以下全員が戦慄した。
そこには一見何の変哲もない開いた銀のアタッシュケースがあった。手前に安全装置、鍵、そして指紋認証らしき装置だけという至ってシンプルな作り。その中心から赤い妙な機器がせり出し光を放っている―ただそれだけの物。
しかしその小ささ、変哲の無さ、シンプルさが今は何よりも恐ろしかった。まるで核の一斉発射ボタンを搭載したアタッシュケースを前にしているようにカノンたちは固まる。
こんなに小さく目立たない物なら持ち運び、発動する場所選びなど容易だ。世界の各地で人知れず発動し、その場所にアラガミを呼びよせ、意識的に個人ないし一区画に集結させて破壊工作などを行うのもまた容易である。
ここまでコンパクト化がすでに進んでいるとなると知らず知らずのうちに世界ではどこかで使用された可能性もある。ただこれが原因と判明されていないだけかもしれない。
自分たちの天敵と呼ばれるアラガミさえ利用する人間の悪意の塊の様なその装置―その目の前にいるマツナガ達はコレからその脅威と真っ向から向かい合わなければならない立場ゆえに動揺を抑えきれない。
「とりあえず・・この装置を止めよう。それからだ。考えるのは」
マツナガは気を取り直し、男に指定された手順でアタッシュケースに手をかける。
「・・差された鍵穴が金庫のダイヤル式に回るようになっている。指定の番号に回すと・・・」
男からの言葉を自ら言葉で反芻しながらマツナガは作業を開始した。職業柄、機械や機器に相当精通しているだろう歴戦の軍人がまるで説明書を片手におぼつかなく作業する素人のようにゆっくりと慎重な手つきである。
指定の番号入力を終えると苦も無く指紋認証のカバーが外れ、装置停止の最終確認の手順に入る。
ゆっくりとマツナガは指紋認証に男の親指を押しつけた。
ブゥーン・・・
と中央で赤く光る機器の発光が止まり、マツナガが確認を求めるようにカノンに目を向ける。するとカノンの表情から力が抜けていくのを確認し、同時にマツナガに目を向け、ほっとした顔で微笑み、こくんと頷いた。
これでとりあえずこれ以上のアラガミの増援は無くなった。
「よし・・後は脱出だけだ。カノン君。君たちには引き続き残っているアラガミを引き受けてもらう事になる。一人で交戦しているソーマ君の援護も頼みたい。コレに関しては頼むことしかできないが・・よろしく頼む」
「はい!それが私たちの仕事です!」
カノンは元気よく敬礼した。GEと言えど身体的、精神的疲労が全くない訳ではないだろうが気丈な少女の態度に軍人たちも意気が再び灯る。そして自分たちの出来る仕事の優先順位をすでに決め、確信を持って散っていく。
しかし、「悪意」はそこに忍び込んできた。
全くの無警戒。
それはこの「装置」を作った者の間接的な「悪意」だった。
このような間違いなく最先端の技術が使われている装置である以上、高い技術、精密な部品が使用されている事はまず想像に難くない。それを入手できる人間、製造できる技術を持つ企業は限られている。
おまけに半世紀以上前の爆弾魔が製造する爆弾のように爆弾を構成する多くの部品を足がつかないように様々な無名企業、他国の企業、時には民間レベルのルートから様々の方法で入手することはこの時代には比較的困難である。
そのような高いロストテクノロジーを扱える企業ないし個人は人類が70億ほどいた時代に比べればさすがに数も絞られる。特定は比較的容易だ。
それも完全な現物が今ここに残っている事は製造者にとってはリスク以外何物でもない。
つまり―
「・・・っ!?」
「え・・!?」
「処理」は必要と言うことだ。出来るならば・・目撃した人間ごと。
不用意だった。未知の脅威を持った装置が止まった事による安堵でそこまですぐに頭が回らなかった。
カタカタとアタッシュケースが音を立てる。何かが作動している音。それはまるで製造者が今ここにいる全員をあざ笑うかのような声に聞こえる。
光と閃光がアタッシュケースから発せられ、狭いこの部屋を一気に包み込んだ。
既に他の任務を達する為にこの場を後にしようと背を向けていたマツナガ、カノンの二人以外の軍人は反応が遅れた。
その背中をマツナガ、カノンが跳び込むようにして抑えつけると同時の―
爆発。
数百の破片が一気に放射状に広がり、マツナガ、そしてカノンの体を貫いた。
教団施設前―
「――!!!!???・・おい!マツナガさん!?カノン!?何があった?応答してくれ!!」
ブレンダンが施設内に響くその爆発音を聞き、必死に無線に語りかけるが反応は―
ない。
お疲れさまでした。今回も読了有難うございます!!
おまけ
「隊長!!!!」
「カノンちゃん!!!」
爆風と破片の直撃を逃れた隊員たちは一斉にまともに受けた二人の元へ駆け寄る。
「んぐっ・・!」
痛々しい声を上げながら、すぐにマツナガは四つん這いながらも身を起こす。
防弾用プロテクターと咄嗟の防御姿勢によって致命傷は避けていたらしい。
それでも破片の衝撃によって呼吸困難を起こしていた。頭からも出血が所々にある。
「たいちょお!!!!?ご無事でしたか!?」
「・・・!カノン君は!!!??」
マツナガは首を振り、今だ煙に包まれたあたりを乱れた髪を振り乱して見回す。そしてある所で視線を止めた。目を見開く。
「・・・っ!?」
「カノンちゃん!?」
「姉ちゃん!?」
そこには力なくうつ伏せに横たわるカノンの姿があった。背中には無数の破片の直撃を受け、出血している。
GEの強靭な防御力によって貫通は防がれているものの、元々GEに配給される私服は偏食因子によって構成されている。オラクル細胞の侵食には取り分け強いが銃弾、爆弾当の通常兵器には軍の防護プロテクターに比べるとやや劣る。よってもらった衝撃はマツナガを超えていた。
「・・・かほっ・・」
カノンは苦しそうに息を吐き、痛々しそうに目を閉じながら眉をひそめていた。
「くっそ!!!!姉ちゃん!!」
「しっかりしてくれ!」
「・・・!お前達は彼女を連れて退避!!」
「は、はっ!隊長は?」
「・・俺は大丈夫だ。・・歩ける。それより彼女を早くアラガミ倉庫に連れて行って治療してやれ!」
「りょ、了解!」
「それと彼女の神機にはくれぐれも直接触るなよ!侵食されるからな」
彼自身も軽傷ではない。しかしマツナガは部下の混乱を収めながら的確な指示を怠らない。
「よし乗せるぞ。1、2、3!」
「神機は布ごしにゆっくり持て、でも素早く離せ!」
「・・!よっし乗せた!」
「よし!運ぶぞ!」
「姉ちゃん・・・しっかりしてくれ~目をあけてくれ~」
吹っ飛んだドアで即席のタンカを誂え、カノンと彼女が握って離さない神機を乗せ、彼女はうつぶせのまま運ばれていく。それを見届けたのち、マツナガは振り返る。
最早跡形もなくなったアタッシュケース、そして無残に転がる黒焦げの破片一つ一つを鋭い視線で睨みながら拳をわなわなと握り締め、
ガン!
血が出そうな程強く床を殴りつける。
「~~~~~~~~~っ!!!!」