う~む。特に恨みはないんだけどな・・。
GEの設定上、一般人視点で見ると相当怖いな・・小型アラガミって。
また長いのですがよろしければお付き合いください。
施設内の崩壊した天井がパラりと音を立てる。
「!!」
それだけで過敏に今の隊員たちは反応する。当然だ。
今の状況で小型アラガミ一匹にでも遭遇すれば、カノンを失った一行に抗する術はない。急ごしらえのタンカに乗せられたカノンの状態は落ち着いているものの、意識はまだ戻らない。
戦線復帰は期待できないだろう。
唯一の「矛」を失った一行の歩みは自然、まるで超高所を一歩一歩呼吸を整えながら登頂する登山家の如くである。一応の安全圏である最後のアラガミ倉庫までの距離が永遠のように長い。
しかし、そうでもしないと次のこの危機は察知できなかったろう。
「!」
前衛を務めていた隊員が歩みを止め、後方、しんがりを務めるマツナガを手で制す。
廊下の曲がり角の先の気配に気付いたのだ。前衛の隊員は無言のまま後続を手で制し先行、曲がり角ぎりぎりの壁に背中を預け、手元にある手鏡で先の様子をうかがう。ほぼ同時に指を後続に二本向けた。
―――!!
アラガミ―二頭。
全員無言のまま一旦カノンを乗せた即席タンカを音も無く床に置く。そして全員覚悟を決めたかのような表情で見合い、頷き、そして全員が自分の全てを賭けるように右手、ある者は左手に
「何か」を集中した。
―・・・・。最初はグー!ジャン!ケン―
グル?
前方の二匹のアラガミ―オウガ一匹、ザイゴート一匹は振り返る。その視線の先には―
―くっそぉぉぉぉ!!負けたぁぁああああああ!!!
隊員の一人が全速力で突っ込んできた。まるで特攻のように。その眼にはうっすらと涙すら浮かんでいた。
覚悟を決めた玉砕覚悟のバンザイアタック。労せずして突っ込んでくる獲物を待ち構えて、オウガ、ザイゴートのアラガミは諸手を上げて餌―彼を迎え入れようとしていた。
が、だ。
特攻してきたと思われた男の右腕からカチンと音を立て、銀色のピンが弾け飛ぶ。
カノンの携行していた医療バッグの中にたった一つ残っていた虎の子―スタングレネードをじゃんけんに負けた悔しさと一緒に目一杯隊員は投げつけた。
パンと音を立て、まばゆい閃光が狭い廊下を、そして突っ込んでくる獲物に狂喜のまま目を見開いていたアラガミ二匹の目にまともに突き刺さる。
アラガミ両者の視界は真っ白になった。
同時に曲がり角から一気に軍人たち全員が躍り出、混乱する二体のアラガミの側面を一気に駆け抜ける。
この軍人連中―それほど甘くなかった。
結構この軍人連中―馬鹿だったのだ。
この絶望的な局面において悲観せず、絶望せず―
自分の欲望に素直になるぐらいには。
―くそ・・!なんであそこでグーを出したんだ俺・・!
―誰がパーはチョキより弱いって決めたんだ・・!!そいつを一生恨んでやる!!
―・・・アイツ。次の任務があるなら一番やばい所に配置してやろう・・。(←マツナガ)
―俺・・もう死んでもいいわ。・・やっわらけ~♪
他の全員が涙目の中、負傷したカノンを背負いながら恍惚の表情でジャンケンの勝者が先陣を切って駆け抜ける。
一人は喜びで、他の四人は悔しさを糧に訓練時より遥かに早いベストタイムをたたき出す。
中々に気持ち悪い集団だ。
光が収束し、さらに一歩出遅れてようやく視界を取り戻したアラガミ二頭はその気持ち悪い集団を追う。
「ハァーっ、ハァーッ!」
一行は息を切らしながら階段を駆け上る。しかしオウガは強靭な後ろ足で一足飛び、浮遊するザイゴートは階段を意に介さず超え、一気に距離を詰めてくる。
しかし、点在する廊下の直角のコーナーを急に曲がるのにオウガの足の構造は向いていない。ブレーキをかけながらも滑る体を止められず、突き当たりの壁に体をぶつけてようやく止まる事が出来る。
体勢は崩れる上に当然最高時速の維持は出来ない。故に出遅れた。
残るはザイゴートだけである。
「ヨコヤ!!」
『はい!』
マツナガの声が、無線を駆け抜け、ヨコヤが応える。
と同時に警告音とともに注意を促す黄色いランプが回り出したかと思うと・・
一行の前方の廊下の天井からゆっくりと何かがガタガタ音を立ててせり出してくる。防火シャッターだ。
後方のザイゴートは人間たちの意図を解し、速度を上げた。防火扉などアラガミには何の意味はないが閉じ込められれば突破に多少の時間は稼がれる。その前に自らも防火扉を超えれば何の問題も無い。
パン
乾いた銃声が響く。が、逃げる獲物の苦し紛れの発砲と判断してザイゴートはお構いなく飛行していたがその横顔に―
!?
廊下のサイドに備え付けられていた消火器が破裂し、白い液がザイゴートの巨大な目を覆う。再び視界を失い、苛立たしげなザイゴートの頭にコンと何かが当たり、床でカチャリと音を立てた。
視界の戻った彼が見たものは黒く光る拳銃。アラガミの自分にとっては全く意味の無いはずの物体に足元を掬われた怒りに近い感情を覚え、ザイゴートは消火液の霧の中を突っ切ると閉まりかけのシャッターをスライディングで潜り抜け、振り返ってこちらの様子を伺うマツナガの姿を確認した。一気に飛行速度を上げ、隠された大口を開いて迫る。
それがマツナガに達する前にシャッターは完全に閉まる。しかしお構いなしに突っ込んだザイゴートの体はめり込み、防火シャッターを変形させ、その先端が振り返っていたマツナガの手前で止まる。
「・・・!!」
一瞬の動揺の後、すぐに振り返ってマツナガは逃走を再開する。防火シャッターが数秒の時間稼ぎにしかならない事を確信して。
ザイゴートは防火扉にめり込んだ体を窮屈そうにゆすりながら一旦後退して離脱後、周囲の空気を吸い込み、凝縮し始めた。辺りの消火器の白い液がその急激な吸い込みで風を巻くように陣を描いている。
それが止まったと同時、ザイゴートは空圧の弾を練り込んで撃ちだす。
それは頑丈な防火扉をあっさりと円形に撃ち破り、二十メートル先の通路を曲がる直前のマツナガの背中を掠め、壁に円形のクレーターを形成した。
まともに喰らったら一瞬で人間の体など壁のシミになる一撃であった。
そんなマツナガ達のぎりぎりの逃走劇が実りつつあった。
「隊長!!こっちです!!早く!」
最後のアラガミ保管庫の扉の中からマツナガ達を促すように手招きする部下達の姿が見える。
「つ、ついた~」
今ゴールテープが切られる。一気に最後の直線を駆け抜け、なだれ込むようにマツナガ達四人はフルマラソン後のようにへたり込む。
「大丈夫ですか!?」
「ああ・・それ、よりカノン君を・・」
声をかけた隊員は振り返る。そこには既に他の隊員、一部の信者が心配そうに横たわるカノンに群がっていた。
「・・!怪我を!?わ、解りました!・・っていうか隊長もかなり怪我してませんか!?」
「・・俺の、事は、後で・・いい」
追い払う様にシッシと手を払い、マツナガは部下に先にカノンの手当てを促す。
深く息を吐く。
これで・・・一安心―
「・・・じゃねぇよ!!」
アラガミ保管庫の扉はGEの連中が例外なく破壊済みである。「こういうとこが若いな。加減を覚えてほしいもんだ」と愚痴る間もなく、
「おい!板を持ってこい!!バリケードを張れ!!」
いくつかスペアを用意していた侵食されにくいアラガミ保管庫の壁を壊れた扉の前で幾人かの部下が立てた時、そこには既に隙間の黒い空間から巨大な一つ目が保管庫の中に所狭しといる「餌」の姿を確認していた。
ぞっとする危機感を覚え、隊員たちはカノンの治療を施そうとする隊員以外、全員が反射的に壁に群がる。同時に強烈な衝撃が壁を通して隊員たちの体を突き抜ける。
「うわ!?」
後ろで支えていた隊員がその衝撃で吹き飛ばされる程のものだ。信者がその様子を見て潮が引くように一斉にアラガミ保管庫の後方へ押し下がる。例外なくその顔は恐怖で塗り固められていた。
ここにいる一人一人が暗闇に光る「一つ目」が「自分を見た、自分を狙っている」ように感じたからだ。
「・・・またこれかよぉ!!」
「入れるなよ!!」
押されては押し、押しては押される。これでは壁を溶接する暇も無い。しかし、先ほどよりもこちらの人数は多い。おまけにオウガよりも力の弱いザイゴート。加えて・・
「・・おい!!俺らも手伝うぞ!!」
信者の幾人かが隊員達に加勢。ザイゴートの怒りの叫びもむなしく、彼の力ではどうしようもない強固なバリケードが敷かれた。
壁の向こうの衝撃がパタリと止む。
「・・!?」
「お・・ひょっとして」
「諦めたか・・?」
バリケードを張る力は弱めてはいないが、抑えがたい安堵が辺りを包み、隊員、そしてそれに協力した信者たちがお互いに顔を見合わせる。笑顔もあった。
「・・・!?」
しかしたった一人気付いた者がいた。
壁の向こうで響く「音」に。
気づいたのはマツナガだ。当然だ。彼はその音の正体を知っている。
それは空気の収束音。
そして足元の壁のわずかな隙間からチリと一緒に空気が急速に漏れだしているのを確認する。
この瞬間マツナガは壁を諦める。つまりアラガミの侵入を受け入れることを決めた。
そうしないと・・ものの数秒先でここにいる大半の部下、信者が・・・
間違いなく死ぬ。
壁ごと貫かれて。
「・・・離れろ!壁から今すぐ!!」
今まで必死で壁を抑えてきた彼らの行動に全く矛盾するマツナガの言動に戸惑いを彼らは隠しきれない。マツナガの正気を疑う者もいる。当然だ。
今壁の向こうで起こっている現象を知らない彼らに、この壁を支え続けることより意味ある事が無い様に感じるのは仕方ない。
「離れろ!死ぬぞ!」
最早恫喝に似たマツナガの口調。
しかし、ここを突破されたら確実に皆死ぬというのは変わらない全員の共通認識であり、またそれは間違ってはいない。それ故彼らの動き、反応は鈍い。
それを覆す理由を懇切丁寧に説明する時間も無い。
「・・・!!」
マツナガに集中する彼らの視線は「不理解」という困惑の目であった。
「・・・どいて」
その視線の死角をすり抜け、困惑の目で密集する中、ただ一人確固たる視線を携えた少女の姿があった。
ガコンと機械的な音が響き渡る。
「・・射線上に立つなって私・・言わなかったか?」
危機感を一瞬で煽るその声。自分を、そして仲間を守る義務感、高揚感に溢れていた集団すら一瞬で白旗を上げ、道を譲らざるをえないその迫力に綺麗に射線が空く。
その声の主に全視線が集中する。
「ぶち抜いて」
ドン!!
一発の弾頭が壁を貫通。小さな穴を開ける。そしてその先の・・空気の収束を完了したザイゴートの腹部にもポツンと同様の小さな穴が出来る。
・・・?
彼が何が起きたかを理解する前に彼の腹の中に埋め込まれた弾頭は・・・破裂した。
ブシャっ!
バリケードに、そして周囲の天井、壁、床全体にザイゴートの体液が飛び散る。
ザイゴートは墜落。そして彼の収束した空圧はやり場を無くし、彼の体内でこれも破裂。ザイゴートをさらにズタズタに引き裂いた。
「ん・・ぐっ・・!」
同時に発砲の強烈な反動でカノンの背中の傷が開き、苦悶の表情を浮かべながら仰向けに崩れ落ちる。
「・・・本当に大した子だ」
目を閉じ、すっかり毒気が抜けて幼子のような表情のカノンを見ながらマツナガは呟いた。周りを取り囲む隊員、または信者も同じ感情を持っているだろう。
「すぅ・・・」
わずかに胸が上下している。浅いがしっかりと呼吸をしている。
―生きている。
ここで死なせてはならない。彼女はきっとこれからももっと多くの人間を守るだろう。救うだろう。
そう確信させる無垢な寝顔だった。
マツナガは振り返る。
そこには・・遅れてきたオウガテイルが立っていた。
しかし、その場にいる全ての隊員、信者の顔に最早恐怖はない。憤怒、憎悪もその眼には宿っていない。抗うことすら出来ない絶対的な存在を前にしても彼らは決して目を逸らさなかった。
覚悟は固まっていた。
「この子はここで死なせてはならない」
殺せない、それどころかまともに戦えない相手を前にして、そんな狂気が彼らに浸透していた。
その無言の迫力にオウガは行動のきっかけを掴めない。立ち尽くしていた。
その時だった―
!!!!!
オウガが唐突に宙を見上げる。挙動不審にきょろきょろとその視線は宙をさまよい、足元が心許ない様な所作でせわしなく動いている。
そしてそれは・・
ヘリポート―
「・・・?」
―何だ?・・何をしている?
ソーマが熱気で薄汚れた顔を拭いながら怪訝そうに首をかしげる。
ソーマと対峙している巨大なハンニバルもまた保管庫にいるオウガテイル同様に奇妙な所作をしていた。
宙を見上げ、せわしなく長い首を左右に振っている。
そして・・・ソーマに目もくれず教団施設の方向―巨大な炎で分断された向こう側をじっと睨みはじめた。
アラガミ保管庫―
オウガがちらりとマツナガを始めとする隊員、信者に目を向ける。
「!」
自然全員が身構える。
しかしオウガは相も変わらず襲ってこようとしなかった。
戸惑っている。それもさっきまでの理由とはまた違う理由で。
大量の餌を前にして名残惜しそうに、しかし自分の安全を最優先しなければならない歯痒さと板挟みになっているように見える。
そしてオウガは・・・自分の身の安全をとった。踵を返し走り出す。二度と振りかえらず、オウガは廊下の暗闇に消えた。
その場にいた全員が「助かった」という実感すら湧かず、唖然とその方向を眺めつづけて二、三分後だった。
轟音が響いてきた。
同時に何かが近づいてくる。それもかなり強引に地響きをたてて。
そして同時に無線に懐かしい声が響いてきた。
『通路側から離れて下さい。・・危ないですから』
少年の声だった。
ドゴン!!
廊下の壁を強引に突き破り、巨大なトレーラーのライトが暗い廊下を照らす。隊員、信者たちがその強引さと頭の悪い突入の仕方に呆気にとられる。
そして運転席側のウィンドウが開く。
「ま、待たせたな?み、みんな」
運転手の男が親指を立てる。
しかし寒さでガチガチと震えながら歯の根を鳴らし、鼻水を垂らしたカッコのつかない部下の姿にマツナガは違う意味で絶句した。
そしてその隣のドアが空き、
「皆さん・・ご無事ですか?・・うぷ・・」
口元を押さえ、青白い顔をした「お前こそ大丈夫か」と問いかけたくなる表情をした少年―エノハがふらふらと這い出てきた。
登場の仕方の割には一見何とも頼りない助太刀要員である。
「よっと・・」
まともなのはトレーラーの天井から飛び降りてきたブレンダンだけであった。いつものように毅然とした立ち振舞いでその場にいる全員を見回しつつ、
「・・・お待たせした。では、急かしてすまないが慌てず騒がずにトレーラーに乗り込んでくれ。女性、子供を先にな!そして怪我をしている者、動けない者は我々が手伝うから遠慮なく言ってほしい!」
そして最後にこう付け加えた。
この言葉をかける瞬間こそ防衛班と言う仕事をしていて最高の瞬間であるとブレンダンは確信している。
「・・・もう大丈夫だ。安心してくれ」
ようやく助っ人らしい雰囲気を出してくれたブレンダンの姿にようやく「助かる」という実感を得た隊員、信者達の安堵、そして歓声が上がる。
―あ。やめて。大声出さないで。頭と胃の腑に響くから。
エノハはぐらぐら、ふらふらする体を抱えて情けない弱音を吐いた。
「使えない部隊長」はしばらく、まさしく「名誉の負傷」を負ったカノンの隣で重い頭を抱え、唸っていた。
読了お疲れ様です。
今回も長々とした文にお付き合い頂いてありがとうございます。
おまけ
負傷したカノンの替わりに怪我人の手当てをしていた隊員がマツナガの怪我の治療を施そうと近づいた時だった。先程まで負傷した部下―カノンの隣に座って様子を見ていたエノハの姿が消えていた。
「・・・あれ。GEの部隊長さんは?」
「行ったよ」
マツナガはたった一言そう言った。
「え、さっきまであんな蒼い顔してたのに!?大丈夫なんですか!?」
「止めたんだがな・・『カノンさんの事頼みます』だそうだ・・」
行先は間違いなくソーマの所だろう。
ここにあらわれた化け物の中で恐らく最上級の「奴」を相手にしている仲間を助けに向かったのだ。
―が、しかし・・・
それ以外の「何か」抱えているものがあの少年にあるのではないか?
そんな気がマツナガにはした。
少し顔色が戻った少年の笑顔は酔って青白い顔をしていた先程よりもより儚く、消え入りそうに見えたのは気のせいだろうか。
しかし根拠のない想像をマツナガは振り払う。
「・・・彼らには彼らの仕事がある。俺たちは俺たちの仕事をこなすぞ」
「・・・はっ!」
ヘリポート―
轟々と燃え盛る炎の壁の向こう側。エリナを抱えたソーマには最早目もくれず炎帝―ハンニバルは「何か」を見据えていた。