GOD EATER カスタマ   作:GREATWHITE

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最終・零距離接近戦






右手に殺意を 左手に想いを

絶対零下の白銀世界の下、最終決戦の序曲の口火を切ったのはエノハの踏み出した一歩目の巻き上げる氷のしぶきであった。

 

それとほぼ同時、真帝もまた巨大な氷しぶきを上げ、一歩を踏み出した。

 

どちらかが仕掛け、どちらかが迎え撃つ。

 

そんなものは無い。

両者は対等だ。

 

お互いに詰める道程は一瞬。両者を隔てていた距離など瞬時に埋まる。

間合い内に侵入すると両者同時に足を踏み込み、己の体にブレーキをかけて全ての突進の勢いを上半身に乗せ、エノハは二刀を腰から抜刀するように両腕をクロスさせ、真帝は右炎刀を最短距離で振りぬき、神機ごとエノハを切り裂くつもりの渾身の力を込め兇刃を振るう。

漏れだした互いの勢いは真っ白な冷気と互いの踏み込んだ足元に広がる白銀の世界を砕き、円を描くように巻き上げ、キラキラと輝く幻想的な「舞」を思わせる光景がエイジスの中心に展開する。

 

息を呑むほど美しい光景だがこの一瞬の光景を目に灼きつけることが出来る者はこの場には居ない。

 

当事者である両者はただお互いを見ていた。

 

そのどちらかの切っ先が自らの体に触れた刃によって一瞬のうちに切り裂かれるまで。

両者は相手の姿から目を逸らさないだろう。

 

そしてその切っ先が先に相手の懐に達する事に成功したのは―

 

真帝。

 

右腕の黒炎の刃がエノハの右手神機の真下―ガラ空きの左わき腹に既に達し、着衣を既に通過し、皮膚にその切っ先を何の抵抗もなく浸透させている。

 

と ら え た 

 

エノハの体の上半身と下半身が切り離されるのは「時間の問題」と、言うよりも最早決定事項の様にその一瞬の光景は映る。

後はそれが現実になる瞬間を見届けるだけ。極限まで圧縮された時間の中で真帝は確信した。己の本懐が今まさに達されることを。

 

しかしその今わの際で。

 

「・・・・」

 

小さな声が聞こえた。

 

いや、声など聞こえるはずがない。声の速さ、つまり音の速さは秒速約340メートル。

 

「遅すぎる」のだ。

 

真帝の切っ先は音速など超えている。声など真帝の耳に達する前に彼の切っ先はこの目の前の宿敵を真っ二つに切り裂くはずなのだ。

なのになぜ・・こんな声が聞こえるのか?

 

結論は一つ。

 

これは「声」ではない。

この真帝の炎刀の切っ先を通し、音を、そして今や音を遥かに超えた真帝の剣閃の切っ先すらも遥かに超えた速度で伝わる―感応現象だ。

 

その中から「聞き取れる」音よりも。・・光よりも早いエノハの「意志」が真帝に伝わる。

 

その「意志」とは。

この小さな。最早風前の灯の命を後は散らすだけの存在から感じ取れる「意志」は。

「一人」のものではない。

 

ああわかった。今わかった。

この存在は・・一人ではないのだ。一つの体にいくつもの、抱えきれない程の「何か」を抱えて目の前に存在しているのだ。そして己の前に立ちはだかっているのだ。

 

真帝の体を駆け巡った感応現象が伝えるその者「達」の意志とは。想いとは。

 

己以外の者との完璧な同調。調和。信頼。

今の真帝では決して持てない、学習しようがないもの。手に入れることが出来ない物。

 

 

 

―・・レン

 

(はい)

 

 

―「くれ」

 

 

(はい)

 

 

 

「神機解放(します)!!!!!!」

 

 

カッ!!

 

エノハ解放。

 

直後エノハの左脇腹に突き刺さった真帝の炎刀は完全に遅れていたはずのエノハの右手神機―リンドウの神機にあっさりと追いつかれ、追い抜かれる。

理不尽過ぎる程の速度差。強引すぎる後の先。

そしてエノハの神機の切っ先が真帝の右腕に達したと真帝の痛覚が認識する前に―

 

ヒュン・・

 

真帝の右腕は宙を舞っていた。

 

「右腕が切りとばされた」

 

「そんなこと」よりも真帝の冷静な戦闘本能は目の前の現実を見据える。残った左腕の炎刀を右腕の神機を振りぬいた直後のエノハを目がけ、横薙ぎの斬撃をくわえる。左手に持った自分の神機では盾形態を開けないエノハは実質無防備も同然である。

解放状態とはいえ接続できなければ神機はただの物体だ。振り回せても機能は著しく低い。

かといってそのまま切られるつもりは毛頭ない。左腕の自らの神機で強烈な真帝の左腕斬撃を受け止める。しかし、

―!!!!

エノハの神機に直撃した真帝の炎刀は接続していないエノハの神機を持ち主ごと力任せに薙で切る強引さで完全にエノハの体を防御一辺倒の体勢にした。

 

「ぐ・・・・っ・・っ!!!!」

歯を喰いしばり、エノハは堪えるしか出来なかった。右手も左手の神機の刃に添えて強烈な真帝の左斬撃をこらえる。

両手を使ってもようやく堪えることしかできないエノハをぐいぐいと真帝の斬撃は押す。

 

・・・もう少し。

もう少しだ!

もうすこ・・・

 

し?

 

真帝は凝視した。疑問がある。矛盾がある。

エノハの右手に。腕輪のついた唯一神機の機能をフルに活用できるはずの大事な右手がこの局面でなぜ何も握っていないのかが到底理解できない。

 

どこだ・・?

どこにやった!?

あの右手の赤い神機を!?

 

解消されない疑問に混乱しながらも勝利目前の左腕の斬撃に力を込め、集中しようとした真帝の耳に

ヒュン・・

空を切り裂く音が届いたと同時だった。

 

ガスン!!

 

・・・!!?????

 

真帝の左手首に赤い神機が突き刺さり、真帝の左腕は地面に張り付けられる。

 

エノハは先程右手の神機を渾身の力で振りぬいて真帝の右腕を切り落とした際、すぐに空中に手放していた。真帝の左手の炎刀が振り抜かれるであろう軌道の中間地点に落下するように。

確実にくる真帝の左腕の斬撃を左手の刀身で受け、それが落ちてくる地点に留めたのである。

しかし、渾身の真帝の斬撃をこらえながら、ふらふらと空中で舞うリンドウの神機が落ちてくる一秒に満たない僅かな時間は永遠にも感じられたもどかしい時間であった。

 

そして今

「お待たせしました」

とでも言わんばかりに得意気なリンドウの神機がエノハの隣に佇んでいた

―・・こんなに長い一秒は初めてだったよ。

エノハは圧力から解放された左手の自分の神機を右手に持ち替え、瞬時に接続する。

 

・・・・!!!!

その光景を目の当たりにした真帝の双眸が見開かれる。「それはやめろ」と言わんばかりに。

しかし容赦なく、

 

ザン!!!!

 

縫い付けられた真帝の左腕をエノハは上腕と前腕の付け根あたりからばっさりと切り落とした。

 

・・・!!!!!!!

真帝は声にならない叫び声を上げ、両腕の傷口から思い出したように真帝の体液が噴き出すと同時、空中に彼の右腕ごと巻き上げられていた炎刀の切っ先がドーム天井に突き刺さる。

 

そんなわずかな時間の間に真帝は両腕を一瞬にして失った。

達磨状態の真帝に身を守る術は無い。体の中心を惜しげもなく晒している状態である。

 

ちゃき・・

 

そしてエノハは再び右手の自らの神機を左手に持ち替え、地に真帝の残された左腕を固定している神機―リンドウの神機を右手で握り、

 

ブン!

 

突き刺さった真帝の左腕を振り払う。間もなく―

 

ドン!!!

 

ドォン!!

 

最初に真帝の制御より解き放たれた天井に突き刺さった右腕の炎刀、次に左腕の炎刀が時間差を伴って爆発する。

 

吹き飛んだ天井からガラガラと破片とスプリンクラーを凍りつかせた氷の破片がまるではらはらと雪みたいに舞い落ちてくる。

 

その中心で二つの神機を携えた少年と

両腕を中ほどから失った異形の龍が向かい合っていた。

 

「・・・」

右手にその龍を殺せる唯一無二の剣を携えた少年は無言のままその切っ先を突きつける。

その先は真帝の中心。指令部位が在る胸と首の中心地点。

この右手の赤い神機をそこに刺し込む。

それでですべては終わる。

 

真帝の両腕は防衛本能から両腕の再生を急ピッチで進めるが電撃で組織を焼き切られたうえに極度に冷却されて細胞分裂が緩慢な現在の状態である。間に合うわけがない。

真帝もそれを悟っている様に直立不動であった。

 

―結局

この闘いの中でリンドウの意志、意識をエノハ、レン共に感じることは出来なかった。

恐らくリンドウは

 

もう・・・

 

最後にエノハ達がしてやれるのはこの神機を真帝の胸に突き刺し、全てを終わらすことだ。

 

「・・・」

 

無言のままエノハは突きの姿勢を取り、構える。

 

対する真帝は覚悟し、その切っ先を向かい入れるように再生の捗らない両腕を開いて体の中心をさらした。

 

それを見てエノハは踏み込んだ―

 

 

ずぶっ・・・

 

 

ドーム内に鈍い。

耳障りな肉の裂ける音が響く。

 

 

 

エイジス上空―

 

「―――っっっ!!!!」

 

「・・サクヤさん!?」

 

「はっ・・はっ・・・いえ・・大丈夫よ・・」

胸を抑えたまま苦しそうに息を吐くサクヤを案じながらアリサは顔をしかめる。

まるで自分の胸が貫かれたみたいな蒼い顔をした彼女に思わずアリサは抱きついた。

「アリサ・・・。だい、・じょうぶ・・よ?私は・・」

気丈にそう呟くサクヤをさらに強くアリサは抱きしめる。

 

サクヤを勇気づけると同時に自らの不安を押し消すように。

 

そんな二人のやり取りを見ながらコウタは中々近付かないエイジスドームを見据えながらイライラと落ち付かないソーマの肩を握って

 

「だ~いじょうぶだって・・」

そう囁いた。

「ふん・・」

ソーマは鼻で笑い、コウタの表情を見て続けた。

「今のお前のカオでそう言われてもな・・」

「あ・・やっぱり・・?」

コウタの明るい精一杯の笑顔は隠しようもなく歪んでいた。不安と恐怖で。

「・・・」

珍しくソーマは年長者らしく、優しく微笑んでコウタの被っている帽子をコウタの目の前までずり下げた。

「・・へへ」

コウタは目だけ隠したまま恥ずかしそうに笑った。

 

―畜生。なんでこんな不安なんだよ。怖いんだよ。

 

・・畜生。

 

エノハぁ・・無事でいろよ。

 

 

アナグラ

 

神機整備室

 

パキン

 

「・・・!」

リッカから数々の違反行為の調書を取っていたツバキの淀みなく動いていたペン先が折れる。

「ツバキ教官?」

「大丈夫だ・・」

そう言いながらも調書に書かれた曇りない厳格さを象徴するようなツバキの達筆な文字の最後の部分が弱々しくぶれている所にリッカは一抹の不安を感じる。

「・・どうやらあいつらに散々『覚悟を決めろ』などと言っておきながら、その実誰よりも私自身がまだ覚悟が出来ていないのかもしれないな・・情けない話だ」

 

―私は多くは望まない。

もとより死んだはずだった弟だ。

それが帰ってこなくても仕方のない話だ。

エノハ。

そしてリンドウ。

二人共々帰ってきてまた昔の様になれる。笑いあえる。そんな贅沢なぞ望まない―

 

そう思っていた。

しかしダメなようだ。

弟と。そして大事な可愛い部下が二人して帰ってくることを望まずにいられない。

 

先程結果がでた新種ハンニバルのデータ、つまり現在のリンドウのデータから「リンドウのアラガミ化の進行度は最早絶望的なクラス」である―と、算出された数値を眺め、無言の榊の表情からツバキは悟っていた。

数字が示す残酷な現実を前にして希望的観測を決してしてはいけない監督の立場にあるツバキも祈らずに居られない。

 

頼む・・・。

 

頼む!!

 

・・・帰ってきてくれ。

 

もし。

 

もしお前達二人のどちらかが戻らなければ・・もし二人とも戻ってこられなければ・・・!私は・・!

 

私はどうすればいい!?

教えてくれ。誰か教えてくれ。

 

絶筆になった調書に最早何も書く事も出来ず、気力すら湧かない己を恥じてツバキは頭を伏せる。今は自分のこの姿が目の前に居る部下―リッカにこれ以上ない不安を与えることを百も承知でもいつもの気丈でスキの無い自分を保つことが出来なかった。

 

―・・エノハ!!

 

リッカは震える両手を膝に乗せ不安を噛み切る様に唇を噛みしめる。

 

エイジスドーム―

 

血だまりが出来ていた。

 

真帝の足元ではない。

 

・・エノハの足元だ。

 

その隣に・・・黒くうごめく物があった。

 

それは真っ黒な尾。真帝の尾。

 

両腕を失った真帝の最後の。三つ目の刀である。その尾を赤黒い血液が伝う。

丁度・・

 

その先端はエノハの頭部周辺に位置している。

 

凍りついたエイジスドームの時がさらに凍りついていた。

地球の歴史上数度発生し、その度殆どの生物を死滅させたまさしく氷河期の様な「時」がドーム内に充満する。

全ての希望が潰えたようにも感じる全く無音の世界が残されたような光景であった―

 

 

 

 

 

 

 

 

が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・『三刀流』だったよな?」

 

時が凍りついたような全ての命を否定するような白銀の世界で響き渡る。

生き続ける者がいる。決して生きる「意志」は潰えない。

 

 

 

ぐるッ・・!?

 

 

 

真帝は尾の先端の激痛に呻いた。確実にエノハの脳天を貫くはずだった真帝の三刀目―鋭い尾の先端がリンドウの神機の捕食形態―レンの顎によってがっちりと銜えられ、

 

ガイィン!

喰いちぎられ、はじき飛ばされた。リンドウの神機ごと。

 

ガスン!

リンドウの神機はエノハの背後の地面に突き刺さる。

 

しかし既に「想い」は受け渡されていた。

 

(頼みましたよ・・・?)

 

エノハとレン。

阿吽の呼吸で。

 

ズオオッ!!!

 

烈風を纏い、第三段階再び解放。エノハの体がさらに光り輝くと同時だった。

 

エノハは右手に持ち替えることなく、左手に自分の神機を携えたままその切っ先を真帝の「中心」に向けた。そして強引に

 

「っ・・・!はぁっ!!!!!!!」

 

ドスッ!!!

 

今度こそ正真正銘がら空きになった真帝の胸に左手で力任せに神機を刺し込んだ。そしてその柄に

 

そっと右手を添えた。

 

腕輪から這い出る禍々しい黒い触手が甲、そして神機の柄を伝いオレンジ色のコアに達する。

少々見てくれは悪いがこれは大事な「意志」だ。

 

時に大切なものを失わない為、守る為には・・・

 

―奪うしかない。

そのエノハの「覚悟」そのもの。

 

それは「殺意」。己以外の者の命を時に奪わなければ生きていけない脆弱な生き物の宿命。

その「殺意」は一気に彼の愛機の中を伝い、その刀身を黄金に輝かせ・・・

 

主同様に第三段階解放。

 

ズドォっ!!!!!

 

第三段階解放のオーラによって延びた剣閃、神機としての機能を取り戻した彼の愛機は真帝の胸を抵抗なく貫き、その勢いのまま真帝の背中から黄金のオーラの剣の切っ先が躍り出た。

 

・・・カッ・・ガ!!

 

真帝の口から絞り出すような苦悶の声が漏れる。真帝の上体はだらりとエノハ側にもたれかかる様に垂れ下がり、串刺しにされた巨体は宙に浮いていた。

あれほど躍動感にあふれていた真帝の動きが止まった。

 

が。

 

―・・・!?

 

エノハが僅かに覗き込んだ真帝の顔、眼に再び光が灯るのを確認した。そこには確固たる意志があった。

かつてないダメージに晒されながら今まで感じた事の無い高揚、怒り、そして隠しきれない喜びがない交ぜになった戦意に溢れた眼差しで在った。

 

グ・・ガァアアアアアアッ!!!

真帝は息を吹き返す。

 

「・・・・!!」

 

エノハは今。

 

真帝の「逆鱗」に触れた。

 

エノハが貫いた刃の先端―つまり真帝の背中には彼の中に在る猛烈な業火を蓄えるいわばエネルギーの貯蔵庫の様な器官がある。

ここは謂わば真帝の暴力、攻撃の意志の源だ。武器庫だ。火薬庫だ。

 

そこをエノハは破壊した。

 

ピシッ

真帝のまるで蕾の様な背部機関が破裂し

 

「開花」した。

 

そしてそこから発せられる猛烈な熱風がその場所から真円に広がったかと思えばそこにはまるで黒い不死鳥を彷彿させる巨大な炎の両翼を携え、串刺しにされたまま宙に浮いている真帝の姿がある。

 

ザアアアッ!

 

その膨大な熱はエイジスドーム内の温度を瞬時に上げ、ドーム内を覆う氷を溶かし、大量の「雪解け水」を降らす。かといってその水は刺すように冷たい訳ではない。

既に真帝から発される熱によって瞬時に熱され、毎秒ごとに水温が上がり、蒸発すらし始めている。解けた氷は元々海水の為、むわっとした特有の磯臭さが鼻につく。

 

つい数秒前氷河期の如き極寒の空間であったドーム内は瞬時に熱砂の乾燥地帯程の外気温に達し、尚もその温度を上げ続けている。

「この寒暖差はたまらんなぁ。体調崩しちまう」というレベルではない。

 

両腕を失い、尾すらも切り裂かれ、貫かれた真帝が完全に追い詰められた先で。

致命的な痛手を受けた直後に偶発的に発生した最後の奥の手。

四つ目の手。

 

まさしく

 

 

運 が 良 け れ ば 不 意 を つ い て ぶ っ 殺 せ

 

 

手加減なし、己自身で制御も出来ない。真帝の最後で最大、最高の攻撃が繰り出されようとしている。最小、局所規模の黒い太陽のスーパーフレア。

己を含めた全てのものを燃やし、破壊しつくす破裂直前の黒い太陽―真帝の前で

 

 

「あっははは・・・」

 

 

予想だにしない笑い声が響く。諦めではなく心底愉快に、楽しそうに響く声であった。思わず

 

・・何が可笑しい!

 

と、真帝が最高の高揚感の中で水を刺されたような笑い声に怒りを覚え、反射的に

 

ガッ!!

 

エノハの左肩口に噛みついたのはほぼ同時だった。鮮血が飛び散り、真帝の口内に温かく特有の香りを放つ液体が流れ込んでいく。

 

それでも。

今度は真帝の耳元すぐそばから響く愉快そうな声は消えなかった。真帝は眼をちろりと動かす。エノハの表情を覗き込む。

 

左半身から上半身をすっぽり覆うほどの真帝の噛みつきを受けながら尚もエノハは

 

笑っていた。

 

「・・やっぱり・・お前の中にはリンドウさんが居るんだな」

―この諦めの悪さ、執着、あの人そのものだ。やっぱりあの人は簡単に消えるタマじゃない。

 

・・・!?

 

この状況で尚も微笑むエノハに混乱している真帝の右頬にそっと触れる物が在った。生まれ落ちてから感じた事もない感触だ。

それはエノハの・・左掌であった。

灼熱の真帝の体にとって「冷たい」と言っても過言ない温度であるが・・

 

その手は温かかった。その手から伝わる。

 

また「想い」が。

 

―・・ある意味・・今のお前が「守ってくれた」のかもな?リンドウさんを。お前がリンドウさんの意志、記憶、想いを不要な物として捨てず、ぶつかってきてくれたからこそ俺はリンドウさんがまだお前の中に在る事を確信できた。

 

 

―・・ありがとう。楽しかった。

 

 

―今は・・おやすみ。

 

「・・・っ!!」

エノハが笑みを残しながらも戦意のある表情に一転する。その戦意に呼応し、

 

ズズズズズ・・

 

エノハが右手の己の神機を強く握りしめると同時に黄金に輝く刀身の下から銃身が躍り出る。

 

ガコン!!

 

 

―行くぜ。・・・「りっかすぺしゃる」!!!

 

 

「あ~もうそれ言うな!」というリッカの声が聞こえてきそうだった。

 

 

ドゴン!!!

 

・・・!!!

 

真帝の腹部に今まで受けたどの弾頭よりも強力な弾頭が突き刺さり、最早炉心が解けかねない程内部温度が上昇している真帝の体が芯から凍っていく。

 

「りっか(略)」氷弾頭。

 

一発目からほぼ間髪いれず轟音を放ち、エノハの銃身が躍動。再び真帝の腹部に突き刺さると同時に真帝の体中にスパークが走る。

 

「りっか(略)」雷弾頭。

 

回復しかけた内部組織を再び焼き切られた真帝の体から力が抜けると同時にこの「りっか(略)」の最大の特徴である猛烈な反動が二連射分エノハの右腕にかかる。

エノハの神機刀身は勢いよく真帝の胸から飛び出した。

同時にエノハの上半身は捩じ切れんばかりに大きく弾かれる。力が抜けた真帝の顎からは解放された。が、

 

みちみちみちみちっ!!

 

「~~~~~~~っ!!!!!」

 

最早関節が外れるどころではなく、エノハの右腕の筋繊維が断裂し、皮膚が裂け、そこから飛び出したエノハの血液と刀身に付いた真帝の血が混じった血が半月状の帯を巻いて飛び散り、

 

びちゃあ!

 

彼の背後に在る赤い神機―レンにも降りかかる。

 

(・・・!!!)

眼を伏せたくなる凄惨な光景だがレンは眼を逸らさない。そして次の「状況」を激痛で悶絶しているエノハに伝える。

それが今の彼の役目だ。

 

(エノハさん!!!前!!)

 

ガァアアアアッ!!

 

執念。例え首だけになっても戦闘の本能は捨てない。長い首を目一杯延ばし、再びエノハを銜え、拘束しようとした執念の全身全霊の真帝の咬撃(こうげき)は・・・

 

 

 

・・・かちん!

 

 

空を切った。

 

しゃくりあげるように咬みついた真帝の目線の先には・・宙に舞ったエノハの姿が在った。天井に空いた大穴から満点の夜空の星々、そして蒼い月を背に砲身を真帝の背に向けた少年の姿が在った。

再び見上げる他なかったその姿は真帝にとってこれ以上なく

美しかった。

 

 

・・すばらしい。

 

 

真帝は生まれて初めて認めた。己の完全なる敗北を。

 

・・・・・・ドン!!!

 

三つ目の銃声。今度は

 

神属性

 

真帝のうなじ、コアまでの道を切り拓く。真帝の意識を完全に断ち切る一撃で在った。

 

 

そしてエノハは巻き上げられた空中で。

ガチャン・・

神機形態を刀身に変える。そして。銃身を無理やり空に。まるでシオの居る蒼い月に向かって花火を放つみたいに砲身を夜空に向けた。

真帝には唯一効果を発揮しない最後の「りっかすぺしゃる」―炎属性を装填。

 

右手を逆手に持ち替え、刀身を真帝の居る真下に向けた、最後に

 

―・・・。

 

まるで何かの儀式の様な流麗な動作で柄の頭に今度は左掌を静かに添える。

 

全く無意味。無力のはずの左手。しかしそこに「宿る」物は時に圧倒的、かつ理不尽な現実、暴力、力を遥かに上回る可能性を秘めている。

 

 

それは「想い」。

目の前の困難に向かい合う、そして向かい合い方を決めるもの。

「想い」を乗せて。

 

―・・届け。貴方に。

 

 

真帝の背部―さらけ出されたコア目がけ、最後のりっかすぺしゃるが夜空に向かって火を噴いたと同時にエノハの体は急降下、瞬時にコアに刀身の切っ先は達した。

 

カ・・ズドォォォォオン!!!!

 

まるで隕石に頭だけ踏みつぶされた様に真帝の体はエビ剃りにひしゃげ、巨大なクレーターのにコアを支点にして「縫い付けられた」。

 

そして流れ込む。流し込む。

むき出しのコアに。

立ちふさがった全ての障害を排除し今。

 

リンドウの元へ。

エノハの「想い」をすべて込めた切っ先―感応現象が起きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝負「は」決した。

しかし、それで終わりではない。

 

物事が一旦収束した後、残された課題に向き合わなければならない。

リッカの言う通りだ。良い事だろうが悪い事だろうが、勝とうが負けようがその後に残された物に人は向かい合わなければならない。

 

「・・・」

 

エノハは勝利の先で向かい合っていた。無言で見据えていた。

 

残された。

チリチリと肌を焼くこの残された厄災を。

真帝の背から輝くこの目一杯開いた漆黒、灼熱の翼を。

 

今は完全に意識の絶たれた真帝が直前まで必死にコントロールしようとしていたそのエネルギーは真帝の「妨害」から逃れ、完全に解き放たれる寸前であった。

熱エネルギーとは膨張するエネルギーだ。一旦着火してしまえば「気の済む」まで発散させるほかない。

 

全ての力を出しつくし、コアとの急激な感応現象直後のエノハはその場から動けなかった。

 

 

(エノハさん―――――!!!!!!!!―――!?)

 

 

カッ

 

 

エイジス上空。

エイジスドームの天井が骨組みだけ残して全て吹き飛ぶほどの大爆発が起き、アリサ達の乗ったヘリはその波動で木の葉の様に揺れた。

 

「・・・・・・!!」

 

計器が全ていかれ、半ばパニック状態のヘリの操縦席から膨大なエネルギーを発する黒い火柱が夜空に上がる光景を第一部隊の面々は誰一人例外なく驚愕の顔をして目を見開いていた。

 

そして一通りそれを見届けると弾かれた様にパイロットに詰め寄った者がいた。

ソーマであった。

 

「・・おい!!俺達を今すぐにあの真上へ連れてけ!!!!今すぐにだ!!」

当然「あのようなエネルギーの奔流が渦巻く場所にヘリを行かせるなど正気の沙汰じゃない」と、拒むパイロットに

 

「あそこに行って死ぬか。今ここですぐに俺に殺されるか。選べ」

鬼の形相でそう言いきった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドーム内。

 

巨大なドーム天井の残骸とそれに燃え移った黒い火がくすぶり続けるまるで旅客機の墜落現場を思わせる地獄の様な光景が拡がる中。

 

足音がした。

重い重い足音だ。

前に、真っ直ぐ進む事さえおぼつかない事が足音だけで解る足音だ。

 

「あ―・・・・」

気だるげな声を発したその黒い影は背後をちらりと見る。その目線の先には横たわった真帝が居た。

さすが強靭な炎属性の体を持つだけあって真帝の体は爆発の衝撃で少々の欠損はあるものの健在であった。その姿に足音の主はほっとする。

 

あの「中」に居る者がまだ無事な事に感謝する。

 

それに対して足音の主は。

 

エノハは。

 

体の三十パーセント以上を熱傷によって炭化させられ、右腕の筋繊維はズタズタ、爆破の衝撃で内臓破裂、全身の骨が損傷、吸い込んだ熱気で肺が焼かれ、息に黒い煙が混じるほど肺気管もずたぼろである。

 

生きている方がおかしい。

 

「あー・・はぁ・・」

それでも歩く。まだやや働く頭の中でこんな事を考えながら。

 

 

―・・・焼かれ。

 

―切られ、殴られ、引っ掻かれ、咬まれ、刺され、突かれ。

 

―痺れ、凍らされる・・・

 

 

「ヒデェ職場だ・・・ぜってぇいつか・・辞めてやる」

 

 

珍しく辛辣に。そんな愚痴を言いながらエノハの足はそれでも前に出る。

 

「彼」の元に行く為に。

歩む先には赤い神機が立っている。目的地を示すバス亭の目印の様に。

 

「レン駅」「極東支部方面行き」

 

その隣には一人の少年が立っている。レンだ。

 

(―こっちです。エノハさん!)

 

―・・ははっ。

 

「っと・・・!」

何かに背中を押されたかのようにエノハはふらついてよろよろし、結果的に辿り着く事が出来た。

 

レンの元へ。

 

両手で抱きかかえるようにレンは向かい入れる。ズタボロの少年を。

 

(・・よく・・よく頑張りました!!!!)

エノハはレンにもたれかかり、左手をレンの背中にまわす。

それはいつもの様にすり抜けることが無かった。しっかりとレンはエノハの体を受けとめた・・ような光景に見える。

エノハは立てかけている赤い神機に左手を預けもたれかかった。

 

今にも消え入りそうな少年を抱きかかえ、レンは泣きそうな表情をしながら頷く。

 

(―死なせません。絶対に)

 

先程付着したエノハの血液。それによってエノハの体の構造、構成物質、体組織をレンは解析している。

後は彼に自分の中のエノハ用に変異させた自らのオラクル細胞を分け与え、それを細胞分裂で増殖させ、彼の体の自己再生機能を復活、刺激、活性化させ再構築させる。

 

その行為の名は。

 

「リンクエイド」

 

純粋なオラクル細胞を分け与えればより高い治癒力を発揮するのだがレンはそれは頑なに拒んだ。

 

必要以上に彼をアラガミ化させはしない。

 

彼は人間であればこそ弱い。

悩み。

立ち止まる。

 

でもだからこそ歩き出す。

だからこそ彼は強い。

優しい。

 

 

 

(―生きて。)

 

(―生きてください。)

 

(―「人」として。)

 

(―貴方は・・君は僕の大切な・・・)

 

 

 

「『友達』・・ですから・・!」

 

 

 




最早見る影もないドーム内でようやく到着したアリサは叫ぶ。

「・・・!!リーダーぁああ!!」

そこにはまるで墓石の様に立てかけているリンドウの神機に背中を預け、横たわっているエノハの後ろ姿が見えた。さらにその先に真帝の巨体が横たわっている。

「リーダー!エノハさん!!!」
「・・・!」
「エノハ・・おい!?」
「・・・エノハ君・・」

「・・・・」
エノハは無言で背を向けながらボロボロの右手を軽く上げ、横目でちらりと駆け付けて来てくれた仲間達を見て微笑んだ。

「・・・ああ」
アリサは力が抜け、一気に涙があふれそうな熱い目頭をえずくことで必死にこらえ、キッとやや怒りの形相でいつもの様にエノハにお説教しようと足を踏み出した時であった。

「・・・っ!!」

眼前の光景にアリサの足は止まる。

「・・・はっ!」
「・・ちっ・・!」
まともに言葉が出てこない。ソーマもコウタも。

ただ一人を除いて。
それはサクヤ。その追い求めた、ただひたすら会いたかった最愛の人の名を呼ばずに居られなかった。


「リン・・ドウ・・・」

真帝―いや、ハンニバル侵食種の胸部からまるで十字架に張り付けられたかのような姿勢のリンドウが生気の明らかに灯った顔をして眠る様に目を閉じていた。

駆け付けた他の三人も堰を切ったように背後で口々にリンドウの名を呼ぶ中、エノハは無言のままその光景を眺め、微笑んだ。

―皆来てますよ・・リンドウさん。

この怪物の中に戦闘の最中、そしてこの数ヶ月間ずっと感応現象を通してリンドウを認識していた彼にとって不思議とあまり「久しぶり」という感覚は湧かなかった。

エノハはリンドウの神機―レンに背中を預けたまま右手のすぐそばに置いてあった愛機に触れ、再び接続する。

そしてその神機をついたてにボロボロの着衣、ダメージの爪痕濃い顔まで薄汚れた体をようやく引き上げ、立ちあがってもう一人の仲間―レンの柄を左手でしっかりと握る。

そして心の中で呟いた。
レンにも聞こえるように。
そして

目の前の彼に。
リンドウに届くように。




―もう・・逃げないでくれよ?リンドウさん。


生きることから。


俺ももう・・逃げないからさ。






リンドウの目が伏せ目がちに開く。






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