【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 昔日 -青嵐篇- (五)

「あれ?」

 その日、町中で勝母を見かけた東洋一(とよいち)は、思わず声をかけた。

「なにしてんだ? お前」

 

 勝母(かつも)は馴染みの漢方薬屋から出てきたところで、気安く話しかけてきた無精髭の男を最初、ジロと蔑むように見て、東洋一だと気付くと呆れた溜息をついた。

 

「なんだ…東洋一か。相変わらず、女の所に行く時以外は汚らしいな。風呂屋に行け」

「口減らずが…そんなだから、今日も呼ばれなかったのか?」

 

 からかうように言うと、勝母は怪訝そうに聞き返す。

 

「呼ばれる? なにが?」

「今日、緊急の柱合会議だろう? 師匠が言ってたぞ、昨日。例の鬼のことで、飛鳥馬(あすま)も召喚されてる筈だ」

 

 実のところは東洋一も召喚対象だったのだが、昨夜半に緊急の任務があったので、体よく断ることが出来たのだ。

 だが、勝母は眉間に皺を寄せた。

 

「……聞いてないぞ、会議のことなど」

「え?」

 

 きょとんとした東洋一の顔を見て、どうやら嘘でもないらしいとわかると、勝母は益々厳しい顔つきになった。

 

 ―――――私を意図的に外した……?

 

 これまでに嫌味や揶揄はいくらでも受けてきたが、ここまであからさまな爪弾きにあうのは初めてだった。だいたい、柱筆頭である風波見(かざはみ)周太郎(しゅうたろう)がそんなことを許すわけもない。

 

 考え込む勝母を見て、東洋一はなんとなく自分が不用意なことを言ったらしいことを察した。

 これ以上、突っ込まれる前に消えよう……と思ってそろりと逃走の準備をしたが、相手が悪すぎた。

 

「……逃げるな」

 ガッシリと東洋一の襟首を掴み、勝母が低い声で問うてくる。

「香取も召喚だと? 例の鬼というのは何だ?」

 

「あー……いや。後で…後で教えてもらえるんじゃないのか?」

 笑って胡麻化そうとする東洋一を睨みつけると、襟首を掴んだまま、人気ない小路へと引っ張っていく。

「ちょちょちょちょ、ちょい待てちょい待て! オイ!!」

 

 必死で言うものの、問答無用だった。

 行き止まりに東洋一を立たせて、勝母は再び尋ねた。

 

「例の鬼…というのは何だ?」

「さぁ…?」

「……私はな、東洋一。町中で刀を抜きたくないんだ」

 言いながら、勝母は羽織の下の柄に手をかける。

 

「抜こうとしてんじゃねーか! 俺は今、丸腰だぞ?」

 羽織をバサリと開いてみせた東洋一の腰には確かに刀がない。だが、それこそおかしなことだった。

 

「なぜ、持ってない? いつ、急務が言い渡されるかもしれないのだぞ」

「作ってもらってんだよ。刀が壊れちまった」

「壊れた? 戦闘でか?」

「あぁ……っとに、堅ェ首の鬼でよ」

「お前の刀を折るほどの鬼……」

 

 勝母がつぶやくように言うと、東洋一はあわてて言い添えた。

「いや! 長いこと放ったらかしてたからな。寿命だ、寿命」

 

「東洋一」

 勝母は柄から手を離すと、じいっと東洋一を見つめた。「言え」

 

「えぇぇ……」

 東洋一は逡巡した。

 

 あの師匠に限って、勝母を仲間外れにして虐めたいという訳でもないだろうし、知らせなかったのなら、それは何かしら理由があるに違いないのだ。

 だが、果たしてその理由が東洋一の知るものなのか。あるいはまったく別の、例の鬼に関係のないことであるかもしれない…。

 

 いつまでも話そうとしない東洋一に勝母は内心苛々が募った。

 だが、面には意地の悪い笑みが浮かぶ。

 

「そういえば、お前が身請けした女…里乃といったか? よくよく聞けば、あの時の下手くそな半玉だって? 忙しい中、烏森まで頻繁に教授に行って、見込みがないからと落籍()いてやって、今は料理屋で修行してるらしいじゃないか」

「いきなり何だ、お前?」

 

 東洋一は急に関係のない話を始めた勝母を訝しげに見た。

 

「だいたい、そんな事…なんでお前が知ってんだよ?」

「何故か…といえば、里乃が教えてくれたからだ」

「はぁ?」

「偶然に…向こうが私を覚えていてくれたらしくてな。声をかけてきた。色々と話してくれたよ。時々、お前に西の訛りが出るのは、一時、摂津の方に住んでいたらしいな」

「うるせぇなぁ…放っとけよ」

 

 頭を掻きむしりながら、東洋一は舌打ちする。

 勝母は笑った。狡猾な光が目に宿る。

 

「色々と話してやってるくせに…この仕事のことは教えていないようだな?」

 

 途端に東洋一は渋い顔になって目を逸らした。

 ますます勝母は詰めていく。

 

「警官の目明かしみたいなことをしてる…だと? よくもそんな嘘を考えつくな。そのうちにバレるぞ。というより、疑っているようだった。私に聞いてきた。刀を持っていることも、身体中にある傷痕のこともな。理由を教えてやった方がいいか?」

 

 王手を宣告するが如く言う勝母に、東洋一は眉間に皺を寄せた。

 あからさまに長く、大仰な溜息をつく。

 

「お前は…そんなだから嫌われるんだよ」

「承知の上だ」

「天秤にかけるようなことかよ。…っとに。あー…この前、妙な鬼に出くわしたんだよ」

「妙な鬼?」

「岩の呼吸を遣う鬼がいたんだ。あと一歩ってとこで、刀が砕けちまった」

 

 そこまで言って、東洋一は息を呑んだ。

 勝母が見たこともない顔で東洋一を凝視していた。

 

 大きく見開いた目は血走り、硬直した顔は青白くなっている。

 額からは尋常でない汗つぶが噴き出していた。

 

「…どこだ?」

 

 唇が震えて、つぶやくように問うと、徐々にニイィと口角が上がる。

 

「お前……般若みたいな顔になってんぞ」

 後退りつつ東洋一が言うと、勝母は目にも留まらぬ速さで襟を掴んだ。

 

「どこだ? その鬼に会ったのは? 言え」

「………駄目だ」

 

 東洋一は首を振る。

 なぜだかはわからないが、この勝母の様子からして、会議に呼ばれなかった理由が例の鬼であることは明白だった。

 そうであるならば、自分が口を割るわけにはいかない。

 

「言え!」

「駄目だ!」

「里乃にバラされてもいいのか!?」

「勝手にしろ。大したことじゃねぇよ」

 

 勝母はギリと歯噛みすると、ほぼ同時と思える速度で東洋一の腹を殴り、蹴り込んだ。

 

「ぐっ!」

 腹をおさえてうずくまる東洋一を、冷たく睥睨する。

 

「もういい」

 ボソリとつぶやくと、勝母は跳躍して塀に飛び乗り、そのまま走って行ってしまった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「まったく、何ですか! あの女は!」

 

 すぐさま風波見家を訪れた東洋一の耳にまず入ってきたのは、ツネの甲高い怒鳴り声だった。

 

「花柱など大して長く続いた流派でもないくせに、尊大なあの態度! しかも土足で上がり込むなど無礼千万!」

 

 そうっと玄関を覗くと、ツネは怒り心頭の様子でブツブツと文句を言っていたが、千代は下手に返事をしても面倒だと思うのか、無言で床を拭いていた。

 

 どうやら勝母は既に来たらしい。

 鉢合ってツネに追求されるのを避け、東洋一は庭から離れに向かった。

 

 浩太はあの後、右腕を失い、右足も骨折して不自由なため、風波見家で養生している。

 現れた東洋一を見て、浩太は目を丸くした。

 

「どうしたんですか? さっきは花柱様も来るし…見舞いにしちゃ」

「すまん、浩太。お前、勝母に場所を教えたか? この前の任務の場所だ」

「え? あ、はい。聞かれたんで」

 

「………そうだよな」

 ガックリと手をつく。

 

「え…? 言っちゃ駄目だったんですか?」

「いや…仕方ねぇんだ。っつか、俺もよくわかんねぇんだけど…」

 ハーっと息をついて縁側に座り込んでいると、賢太郎が母屋からやって来た。

 

「東洋一さんもいらしてたんですか? 花柱様がお見えになったと聞いてましたが…」

 そわそわした様子で賢太郎は辺りを見回していたが、東洋一は気付かなかった。

 げんなりした口調で問いかける。

 

「いや…賢太郎。お前、産屋敷邸ってわかるか? 俺、もしかするとマズイこと言ったかもしれねぇ。早く師匠に報告しねぇと…」

 

 賢太郎は首を傾げる。

「父上なら、もう少しすれば戻ると思いますが……何があったんです? 母上も千代も怒ってるし…。そういえば、花柱様はどこに? もう帰られたんですか?」

 

 東洋一はざっくりと例の鬼について話すと、賢太郎の顔色が変わった。

 

「……岩の呼吸の鬼? それを……言ったんですか? 花柱様に…?」

「なんだ? お前、何か知ってるのか?」

 

 賢太郎は俯いた。

 しばらく黙り込むと、踵を返してどこかへ行こうとするので、東洋一はあわてて止めた。

 

「ちょっと待て! 知ってんなら言ってけ!! こっちはアイツに蹴られて殴られてんだ」

「東洋一さん…」

 賢太郎は苛立ちを含んだ声で、苦しげに言った。

 

「その鬼はおそらく……花柱の父上です」

 

「………なに?」

「元鬼殺隊隊士・五百旗頭(いおきべ)卓磨(たくま)。裏切者の……鬼です」

 

「―――――なぜ、お前がそれを知っているんだ?」

 その問いかけをしたのは、周太郎だった。

 

 いつの間にか、戻っていたらしい。険しい顔だった。

 

「師匠…」

 東洋一は呆然としながらも、周太郎の前で立ち膝をついて頭を下げた。

「すいません。師匠の刀、貸していただけますか?」

 

 周太郎はしばらく東洋一を見つめていたが、腰から刀を抜くと差し出した。

「もし……かの鬼に会うことあらば、今度こそ斬って捨てよ。勝母に……手出しさせてはなならん」

 

 受け取るなり、東洋一は走り出した。

 風を切って走りながら、じわじわと胸に後悔が沁み入ってくる。

 

 ―――――私は…鬼狩りになどなりたくなかったんだ!

 

 脳裏に泣きそうな勝母の顔と、あの日の悲鳴が聞こえた。

 

 そんなことを言うのなら、とっとと辞めればいいものを…と、あの時東洋一はイラつきながら思ったものだ。否、実際言おうと思って振り返ったのだ、一度は。

 

 だがそこにいたのは、鼻っ柱の強い居丈高な花柱ではなく、ただ小さく哀れな少女だった。

 土に爪をたてて泣き蹲る惨めなこどもだった。

 喉まで出かけていた言葉を呑み込んで、東洋一は黙って去った。

 

 だが、今そのことをひどく後悔している。

 あの時、いっそ突き放してひどく罵ってでも、鬼殺隊を辞めさせればよかった。

 

 最初から鬼殺隊(ここ)は、勝母にとって父を殺すことを選び取るしかない場所。

 出会ったが最後、鬼として滅殺することだけが正義。

 

 それは納得の上で選び取ったのだとしても………

 

 ―――――父親は、お前にとってどういう存在だ?

 

 なぜ、そんなことを尋ねる?

 東洋一が自分の父の話をした後、どうして寂しそうに俯いた…?

 

 それは勝母のもう一つの願いの表れだ。

 鬼ではなく、父を慕う娘としての。

 

 東洋一は内心で舌打ちした。

 

 どうしてこんな道を選ぶ? もっと別の生き方が出来たはずだ。

 鬼となった父にわざわざ対峙して殺し合うしかない道を……なぜ選んだ?

 

 

◆◆◆

 

 

 日が沈む頃には、あの採石場へとやって来ていたが、勝母の姿はなかった。

 鬼もいない。

 

 その後、一週間近く辺りを探し回るも、勝母は見つからなかった。

 

 鴉すらもその足跡を追うことはできず、花柱は行方不明となり、そのまま一ヶ月が過ぎた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 





 次回更新は一週間後2021.07.17.土曜日になります。
 この間、補完スピンオフ小説『椿の涙<鬼殺隊列伝・五百旗頭勝母の帖>』を連載します。
 勝母が鬼殺隊士となるまでの物語を五回ほど連載します。父と対峙する理由についてもそこで描かれます。
 よろしければご覧下さい。

 水奈川葵 拝

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