【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 昔日 -青嵐篇- (六)

「……ったくあのチビ」

 東洋一(とよいち)は苛々しながら酒を口に含む。

 

 思い出しても、腹が立つ。

 岩の呼吸の鬼との戦闘で傷ついた体がまだ十分に癒えないうちに、勝母(かつも)に殴られた。

 殴られただけならまだしも、その後に行方をくらましたことで、東洋一の出動回数は先月からすれば倍以上になっている。

 

昨夜(ゆうべ)なんぞ、俺は三件立て続けだったんだぞ!」

「うち一件は自分のじゃないでしょう?」

「仕方ないだろ。殺られそうになってんのに、放り出してもおけねぇだろうが」

「………」

 

 左近次は呆れたように溜息をついた。

 まったく……なんのかんのとお節介な。

 

 まだまだ未熟な壬と庚の隊士が鬼に殺られそうになって助けるというのもそうだが、そもそもそうした現場にかち合ってしまうのも、結局は仕事終わりに勝母を探しているからなのだ。

 どこまで過保護なんだ……と、思いつつも、左近次だって同様の理由でここ最近は寝不足気味だった。

 

「だいたい…お前、知ってたんなら教えろよ」

 グイと酒を飲み干し、東洋一は左近次を睨みつけた。

 

 勝母の父親が裏切者である…という事実は、柱の間では既知のことだった。

 柱でなくとも、一部において…それは特に岩の呼吸者達の間では有名な話だった。

 

 勝母の父親が裏切者となったことで、その育手であった元岩柱の育手は切腹し、彼の継子として鬼殺隊で働いていた者達は、裏切った五百旗頭(いおきべ)卓磨(たくま)はもちろん、娘である勝母にも時に厳しい眼差しを向けていたからだ。

 

 左近次が一介の隊士であった頃、その情報は噂程度のものとして聞き流していたのだが、柱となってから桑島慈悟郎から聞くに及び、それが嘘でないと知った。

 ただ、知ったとてどうしてやることも思い浮かばなかったが。

 

「……ご存知とばかり思ってましたよ」

 

 鰯の梅煮を頭からムシャムシャ食べながら左近次は意外そうに言った。

 

「酒も呑めないのに、やたら花柱を誘って連れ立ったりしてたから…事情を知った上で、気にかけてるのだとばかり……」

「なんで俺がそんな面倒なことせにゃならんのだ。酒は呑めなくても、財布にゃなるから、稽古終わりに奢らせてただけだ」

「………ひどいこと言ってる自覚ありますか?」

「今更だろ。お前も勝母も…柱で金なんぞたんまりあるくせして使わないから、俺が代わりに使ってやるよ」

「頼んでないんですけど」

「よく言うぜ!」

 

 東洋一はククッと肩を揺らした。

 

「二人して、おいてけぼりくった子供(ガキ)みたいな顔していやがるくせに」

 

 左近次は眉をひそめた。

 

「……花柱はともかく、私を一緒にしないで頂きたい」

 

 勝母が時折、少女らしい…どこか覚束ない、不安気な表情で佇むことがあるのは知っている。

 確かにあの顔を見たら、気になるし、放っておけない気にもなるだろう。それはわかる。

 だが……同列に自分を並べるのは違う。

 

 ムッとしたように言い返す左近次をチラと伺って、東洋一は笑った。

 

「お前らなんざ、俺から見れば目くそ鼻くそだよ。どっちにしろ、面倒くせぇ奴らだ。そのくせ腕っぷしだけは妙に強いから、こっちの言うことを大人しく聞きやがらねぇし…本当に妙な縁だよ」

「………縁?」

 

 左近次は東洋一が何気なく言った言葉にひっかかった。

 

「縁…だから仕方なく面倒見ていたわけですか?」

「馬ァ鹿。縁に仕方ないもクソもあるか。ただ巡り合わせってだけだ。お前が今日、任務終わりに俺に会って、居酒屋で奢るっていうのも…な」

 

 そう言って立ち上がろうとする東洋一の腕を、左近次ははっしと掴んだ。

 

「……なんとなくイイこと言ってますけど、単純にタカってますよね」

「そう怖い顔しなさんなよ、水柱。だんだん素顔まで天狗になってきてるぞ」

「望むところですよ、それは」

 

 左近次は憮然として言いながら、じいっと東洋一を見上げた。

 

「東洋一さん…貴方、岩の呼吸の鬼とやってみて……どう思います?」

「なにが?」

「花柱が……勝てると思いますか?」

「無理」

 

 あっさりと東洋一は断言する。

 

「そんなに強いんですか?」

「強さの問題じゃねぇよ。あのチビの戦い方は危なっかしいんだ。急にフイと自分の命を投げ出そうとしやがる。それが一番悪いんだ」

 

 軽く溜息をついて、東洋一は例の鬼との戦闘を反芻する。

 

 あの鬼の生半可でない強さ。

 もし勝母が出会っているのなら、もう殺られているかもしれない。

 裏切者であり、自らの母と祖母を殺した許されざる男だとわかっていても、僅かに残る勝母の父に対する思慕が剣を鈍らせるだろう。

 その隙を見逃すほど、あの鬼は優しくない。

 

 ―――――…私は鬼狩りなどになりたくなかったんだ!

 

 勝母の悲鳴が脳裏に響く。

 父の復讐のためだけに鬼狩りになった少女。

 それなのに、執拗に東洋一に父親の事を聞くのは、認めたくない父への愛情が行き場をなくしているのか。……

 

 一方、黙り込んだ左近次は今更ながらに納得していた。

 何度か任務を共にして感じていた勝母の危うさ。

 左近次の中で、それは朧げに感じ取れる程度のものだったのだが、東洋一はとうの昔にその核心に気付いていたのだ。

 しかもその大元の原因である、勝母と父親との事情のことは知らずに。

 

 鼻が利くからといって、すべてが理解できるわけではない。

 こうしていつも、この目の前の男は、勝母や左近次にさんざ揶揄され、罵倒され、馬鹿にされておきながら、最後の最後には兜を脱がせてしまうのだ……。

 

「東洋一さん…」

 

 左近次は東洋一の腕を離して溜息をついた。

 

「……奢りますよ、今日のところは」

「おっ! 有難屋左近次っ!!」

 

 歌舞伎の掛け声のごとく言って、東洋一はニコリと笑う。

 本当に屈託ない子供のようだ。

 

「じゃ、ごちそうさーんっ」

 

 さっきまでの機嫌の悪さもどこへやら、軽い足取りで帰る姿を見送って、左近次は冷めたふろふき大根を食べ始めた。

 

 

◆◆◆

 

 

 たいがいの人間とは話せばなんとかなる…と思っている東洋一にしても、どうにも苦手な人間というのはいる。

 鬼殺隊内において、筆頭格でその位置にあるのは、岩柱・阿萬(あまん)刀膳(とうぜん)だった。

 

 普段、道場になどいるはずもない岩柱の姿を見つけた途端、東洋一は彼の目的が自分であるとすぐに悟った。

 

「珍しいですな、このようなところに岩柱様がおいでとは」

 

 声をかけると、刀膳はゆっくりと振り返る。

 額と頬に大小の十文字の傷があり、その三白眼で睨まれれば震え上がらぬ者はいない。

 大柄な東洋一をしても見上げるほどの背丈に、岩の呼吸遣い特有ともいうべき、筋骨隆々とした体躯は、すぐに先頃戦った例の鬼を思い起こさせた。

 

「篠宮東洋一、久しいな」

「どうも。わざわざむさ苦しいところにお出でですね」

「ここにお前がいると聞いたからだ」

「わざわざ柱ともあろう方が…お呼びあれば、屋敷に参りましたよ」

「…………」

 

 刀膳は眉間に皺を寄せた。

 この数日、弟子に篠宮東洋一を探して来させるように指示したものの、任務だ何だと体よく追い払っていたのはこの男の方だ。

 仕方なくここまで出向いてきたのに、よくもまぁ本人を目の前に堂々と嘯くものだ。

 

「では、場所を移そう」

 

 それでもここで怒鳴りつけるのは大人げないと、刀膳とて承知している。

 周囲の興味津々の目を威圧するように見回してから、刀膳は外へと東洋一を誘った。

 

 少し歩いて土手の上まで来ると、刀膳は鎮めていた気迫を一気に放出した。

 

「……五百旗頭は…あの裏切者はどうだった?」

「どう…とは?」

 

 東洋一は刀膳の尋常ならざる威圧感を感じつつも、受け流す。

 

「立ち合ったのだろう? 香取の話を聞く限り、ほとんどお前が相手をしていたようではないか。刀も折れたらしいな。さすがの剣豪も歯が立たなかったという訳か」

 

 刀膳はニヤリと笑って揶揄したが、東洋一は相変わらず飄々として言い返した。

 

「歯が立たなかったのなら、死んでいると思いますがね。それと飛鳥馬(あすま)が話しているなら、ほとんどそれで説明としては十分だと思いますよ。奴は下弦の壱と目に刻まれていた。背丈ほどもある大刀を振り回し、腕を落としたら体内から刀を生やして応戦してきた。動きは鳴柱様の霹靂一閃にも及ぶ域。柱以外の隊士では即死間違いなし。俺からは以上」

「……貴様も柱ではないだろうが」

 

 刀膳が口の端を歪ませて指摘すると、東洋一はハタとして気付く。

 

「そういやそうでした。失敬」

「どこまでも食えぬ男だな。お前がそこで五百旗頭を殺っておけば、今頃、花柱が逐電することもなかったろうに。ま、あの娘が父を討つというなら、それも運命(さだめ)であろう。どちらにせよ我が一門には吉報というものだ」

 

 清々したように言う刀膳に、東洋一はスッと(まなじり)を細めた。

 

「ずいぶんと物分りよくていらっしゃいますな。己の師匠を亡くした遠因ともなった男が鬼となって随分経つのに、今の今まで放っておかれたのは、勝母がいずれ父親を討つのを待ち望んでおられたと………」

 

 最後まで言い終わらないうちに、刀膳の拳が左から襲いかかり、東洋一は避けると同時に土手の斜面に向かって倒れ、転げていく。

 途中の萱に阻まれて止まると、ようやく起き上がって草を払った。

 

「やれやれ……相変わらずだなァ」

 

 呆れた口調で言いながら土手を登って、刀膳の前に立つ。

 口元には笑みを浮かべていても、目は鋭く抉るように刀膳を見つめていた。

 

「違う…と言い切れますか? 岩の呼吸遣いであった五百旗頭某が、鬼になって行方不明になってから、勝母が鬼殺隊に入るまでの間だって、十分すぎる時間はあった。本気で探すなり、おびき寄せるなり…奴のことを知っているあんたなら、出来た筈だ」

「………知ったように言うな。(われ)が何もしなかったと思うか? 柱としての任務を果たしながら、特定の鬼の行方を探るなど…貴様が思うほど簡単ではないのだ」

「簡単…で、ない?」

 

 東洋一はクッと喉の奥で笑った。

 もはや刀膳を見る目には軽蔑しかない。

 

「これまでだって、裏切者はいましたがね……それこそ育手が腹切って詫びた後には、門下の弟子は血眼になって追いかけて、必ず討ち果たしたと聞きますよ。水であれ、炎であれ、風であれ、ね。まさか鬼になった剣士の娘に責任を取らせるなんぞという…情けないことをさせる、そんな一門がいたとなれば………腹切った師匠も浮かばれないなァ」

 

 ブゥン、と空気がうなる。

 既に攻撃を予測して、軽々と避けた東洋一の目の前を、銀の刃が横切っていく。

 

 刀膳の背に負っていた鎖鎌が、いつの間にか左手に握られて、右手には鎖に繋がれた鉄球がブンブンと唸りながら回っている。

 

「篠宮……貴様とは一度、御館様の前で手合わせしたな。あの時は風柱様の物言いで打ち止めとなったが……ここで続きをするか?」

 

 静かに言いながらも、刀膳の三白眼は既に怒りで赤く充血していた。

 東洋一は無表情に刀の柄に手をかける。

 

 以前に手合わせをしたのは、刀膳が岩柱となったその日のことだった。

 偶然に産屋敷邸に居合わせた東洋一は、白砂を敷き詰めた庭の一角で刀膳と対した。

 あまりに白熱した試合は、周囲の木々や屋根の瓦を破壊し、怯えた御館様を慮って、早々に風柱によって手打ちとなった。

 

「花柱、鳴柱、炎柱、水柱……皆、お前に本気を出させたことはないだろう? 吾だけだ。貴様に本気を出させることができるのは……」

「それは…どうですかね?」

 

 フと東洋一は笑った。

 まったく…最初に会ったあの日からどうにも虫が好かない。

 

 たいがいの人間とは話せばそれなりに気心は知れる。

 まして立ち合って剣を交わせば、概ね胸襟を開くようになるものなのだが、どうにもこの阿萬刀膳だけは打ち解けることができない。

 最初から、何かしらこの男の奥底には、矮小さ…卑屈さが見えるのだ。

 昔、東洋一ら親子を賤民として嘲り蔑んで見てきた一部の人間と同じ目をしている……。

 

「フヌぅッ!!」

 

 刀膳は気合を発するや鉄球を東洋一に向かって投げつけた。

 東洋一の頭を粉々に砕く前に、鎖が東洋一の抜いた刀に巻き付く。

 刀膳は鎖を手に巻きつけて、鎌の届く位置まで東洋一を引きずり寄せようとする。

 

 東洋一は刀を握りしめ、鎖の力に抵抗した。

 刀が折れるギリギリまで、刀膳を引きつける。

 キシキシと鎖と刀が軋む。

 刀膳が呼吸を大きく吸って、より強い力を込めようとした刹那に、東洋一は刀を刀膳に向かって放った。

 

 自分の力に引き寄せられて、刀が刀膳の喉元めがけて飛んでいく。―――――

 

 キィン!!!

 

 鋭い金属音が響くと同時、東洋一の刀は鎖と一緒に地面に叩きつけられた。

 ハッと息を呑んだ次には大音声の怒鳴り声。

 

「阿呆どもッ!!!! 何しとるんだあッ!!!!!!」

 

 刀膳はその場で立ち尽くし、いきなり現れた鳴柱・桑島慈悟郎を信じられないように見ていた。

 

 一方、東洋一は目の先にいる慈悟郎にも驚きつつ、自分の肩を掴み、取り出そうとしていた鉄扇と一緒に右手をしっかり握る人間が背後にいて、しかもものすごく恐ろしげな気配を立ち上らせていたので、一気に冷や汗が背を伝う。

 

「………東洋一、らしくないぞ」

 

 殺気にも近い気迫でありながら、話しかけてくる声は明るかった。

 

康寿郎(こうじゅろう)……」

「鬼殺隊において私闘は厳禁だ。わかってるだろう?」

「……わかったから、手離してくれ。何もしない」

 

 見えなかったが、康寿郎がニコリと笑ったのがわかった。

 

「岩柱…一介の隊士相手に私闘を受けるなど、あってはならぬ事ですぞ」

 

 慈悟郎は刀膳に鎖と鉄球を渡しながら、厳しい口調で戒めた。

 

「私闘などではない……少しばかり、意見の相違があっただけだ」

「………では、私共の見間違いということに致しましょう。ここはお納めあって、立ち去るがよろしかろう」

「………」

 

 刀膳は東洋一に三白眼を向けると、じっとりと睨みつけた後に去っていった。

 

「……あーっ! 痛ってェ」

 

 東洋一は声を上げた。

 そのまま黙っていたら、慈悟郎の説教が始まりかねない。

 康寿郎に掴まれた右手を振って、袖口をまくりあげると、くっきりと手形がついている。

 

「お前、手加減しろよな。利き手なんだぞ。使い物にならなくなったらどうしてくれる?」

「ハハハハハ! すまんすまん。お前相手なので、つい力が入った」

「なんでだよ」

「岩柱相手に立合となれば見ておきたいというのもあったが、あのままだとお前が岩柱を殺してしまいかねないから、止めた」

「そんなことするか……()ェッ!!」

 

 いきなり声を上げたのは背後から思い切り、慈悟郎にどつかれたからだった。

 

「阿呆ッ!!!!」

 

 また大声で怒鳴りつけられ、東洋一は耳を塞ぎながら顔を顰めた。

 やっぱりこの状況下で、説教を逃れるのは難しいようだ……。

 

「何を相手にしとるんだ、お前はッ! そういうのは全て鬼相手にせいッ!! っとに…柱と甲の古参隊士が昼間ッから、道場でもない道っ端で真剣勝負なんぞ……隊に迷惑がかかると思わんのかッ、お前らは!」

「あ……岩柱に『お前』とか言った。後輩のくせに」

「やァかましわーッ!!!! そういうつまらん揚げ足をとるから、お前は目をつけられるんだーッッ!!!!」

 

 日頃の桑島慈悟郎は基本的に温厚な人間である。

 顔を合わせれば酒を奢れとタカってくる後輩にも、ボヤキながらもつき合ってくれ、金も出してくれる非常に面倒見のいい先輩なのである。

 

 しかし、堪忍袋の緒が切れた時の怒髪天はそう簡単に止まらない。

 まして、東洋一に対しては日頃から色々と……色々と……非常に、とても、溜まっているので、ここぞとばかりに噴出する。

 

「花柱も不在で忙しい最中に、お前と岩柱までが戦闘不能なんぞになったら、下の者達に皺寄せがくるんだぞ! せっかく風柱様が尽力されて、柱の数も増えたというのに…師匠にこれ以上苦労させる弟子がいるかッ!」

 

 師匠を持ち出されると、項垂れるしかない。

 今回のことも、聞けばきっと、周太郎は岩柱に頭を下げるだろう。『弟子が迷惑をかけた…』と。あの、刀膳(ヤロウ)に。

 

 今頃になって、頭に血が上っていた…と後悔し始めた時に、隣で康寿郎がいつものように快活に笑った。

 

「ハハハハハハハ!!!!」

「笑っとる場合かッ、煉獄! お前が最初に見つけたくせして、止めもせんと。なにを見物しようとしとるんだッ!!」

「あぁ、すいません。いや、なかなかない手合わせだったので、思わず……。ま、東洋一も反省しただろう!」

 

 バン、と背中を叩かれて(それも割と強めで)、東洋一は苦笑いを浮かべた。

 

「……すいません」

 

 心底から言って頭を下げると、慈悟郎はまだ物足りないようだったが、フンと鼻息を荒くしながらも、東洋一の刀を拾ってグイと押し付ける。

 

「気をつけろ。岩柱は元からお前のことを好いとらん。次の風柱の候補として、儂がお前を推挙した時も、猛烈に反対してきたんだ」

「……妙なとこで気が合うな」

 

 ボソリと東洋一がつぶやくと、慈悟郎はジロリと睨みつける。

 その後で、囁くように言った。

 

「東洋一……いい加減、真剣に考えろ。風柱様は昨今、体調に問題がおありのようだ。御館様の手前、気丈に振る舞っておられるが……ご子息の成長を待っている暇はないかもしれん」

「私はいつでも歓迎するぞ! 東洋一」

 

 かたわらで明るく言う康寿郎に、東洋一は困ったように肩をすくめるだけだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 滄浪とした足取りで山中を歩く少女を見た人間は、おそらく幽霊か何かだと思っただろう。

 だが、その少女は山犬の群れに囲まれると、持っていた刀で立て続けに三頭を殺した。

 斬られた犬の哀しげな声が、森の中に響き渡る。

 

 殺戮に陶酔し、狂った笑みを浮かべたその姿。

 東洋一はチッと舌打ちすると、爆竹を放り投げて犬を追い払った。

 

「………無用な殺生しやがって」

 

 吐き捨てるように言って少女の前に立つと、蓬髪の間から光る目が東洋一を睨みつける。

 

「…………」

 

 低い声は怨嗟に満ちて、ほとんど言葉になっていなかった。

 深い踏み込みから、一閃。

 刀が空を斬る。

 

 東洋一は刀を抜かなかった。

 矢継ぎ早に攻撃されても、躱すだけ。ひたすら防御に徹する東洋一に苛ついて、勝母は怒鳴った。

 

「相手しろ! 東洋一!」

「おぅ、言葉がしゃべれたか。(ケダモノ)が」 

「貴様ァッ!!!!」

 

 咆哮のような気合と同時に、勝母が一気に間合いを詰めて斬りかかるのを、すんでで刀を抜いて刃を立てる。

 鍔迫り合いの中で、東洋一は冷たく勝母を見つめた。

 

「何やってんだ、お前は。父親探して迷子か?」

「なん…だと?」

「諦めろ。あの鬼は俺が殺る。お前は手を出すな」

「ふざけるなァ!」

 

 勝母は鍔を押し返して飛び退りながら、刀を振るう。

 ザク、と肉を割く感覚がすると、鮮血が辺りに散った。

 

「…………」

「…………」

 

 薄闇の中、無言で睨み合っていたが―――――

 

「ぃっ…()ェエエエエエーーッ!!!!!」

 

 突如大声で悲鳴を上げた東洋一にびっくりして、バサバサと梟が飛んでいく。

 

「………」

 

 勝母は狐につままれたように突っ立っていたが、東洋一は斬られた手をブンブン振り回して、早口に文句を言いまくった。

 

「痛っテ! 痛っテ! おッ前、何してくれてんの? 本気でやるか、フツー? 何で斬るんだよ。馬鹿か? 馬鹿、阿呆、オカメ、ナス、丸太ン棒のクソっ狸ッ! テメェなんかなァ、馬の糞踏んづけてツルッと滑って豆腐の角で頭打ってパッパラパーになりやがれってんだッ!」

 

「…………なんで、いきなり狸なんだ?」

「あァ? 昔、ズル賢い狸の野郎が、お客さんから貰った饅頭を持って行きやがったんだよッ。あれ以来、俺は狸が大ッ嫌いなんだ!」

 

 言いながら東洋一は手拭いを取り出すと、端を口に挟んで、ぐるぐると斬られた所に巻いていく。片手で結びにくそうにしているのを見て、勝母は刀を収めると、結んでやった。

 

「目が覚めたか?」

 

 東洋一はあきれた様子で言うと、切株の上に座った。

 

「いつまで迷子になってんだ?」

「……探していたのか、私を」

「任務の合間にな。生憎、誰かさんが仕事放棄しやがるから、忙しくってねえ。左近次もゆっくり飯を食べる暇もねぇって、愚痴ってやがる」

「それは…私のせいか?」

「はァ? オメェのせいだろうがよ! どっからどうしたって、全部、みんな、オメェが悪いわ!」

 

 勝母は急に気が抜けた。

 その場にしゃがみ込むと、膝に顔を押しつける。

 

「……すまん」

「悪いと思うなら、とっとと帰って俺の分の仕事をやれ。そして、八百善*ででも奢れ。あ、左近次もな。ついでに康寿郎と飛鳥馬とジゴさんと……」

「何人呼ぶ気だ?」

 

 言いながら声が震える。

 今更ながらに自分の身勝手な行動に思い至ると、恥ずかしさで穴に入りたくなる。

 

 東洋一は勝母の前に立った。

 下を向いて尋ねる。

 

「帰るか?」

 

 勝母はそれでも素直に頷けなかった。

 膝に顔を埋めたまま、怒ったように言う。

 

「東洋一、疲れた」

「は?」

「ここ数日、まともなものを食べてない。動けん」

 

 東洋一はフーと溜息をつくと、後ろ向きに座った。

 勝母がのそりと動き、背中に乗ってくる。

 

「お前、こういう時だけ女子供のフリをするよなァ」

「フリとはなんだ? 私はれっきとした女で……子供だ」

「よく言うぜ。減らず口が」

 

 文句を言いながらも、東洋一は少しだけホッとしていた。

 さっきまでの羅刹(らせつ)のごとき姿を見た時には、正直、どうしたもんか…と、かなり困惑した。

 

 例の鬼は見つからなかったらしい。

 それについては、また隠の専門部署で探索することになるだろう。

 もし見つかった場合は、秘密裡に処理することになっている。無論、勝母に知らせることはない。

 

 

◆◆◆

 

 

 月明かりの道を勝母をおんぶしながら歩く。

 人家もなく、稲刈りを終えた田んぼの間の畦道には彼岸花が連なって咲いていた。沈黙を知らずに鳴く、松虫の澄んだ音色が響き渡る。

 

「東洋一、お前の父親の話しろ」

 

 勝母がいきなり言ってきた。

 

「あぁ? 唐突だな」

 

 返事しながら、東洋一は迷った。今更だが、勝母にとって父親の話は禁忌に近い。

 

 あの後、周太郎(ししょう)から聞いたが、勝母の父親である五百旗頭卓磨は、妻を食い殺し、勝母の祖母である元花柱・花鹿(かじか)(たつ)を殺した。

 その時、勝母はまだ六歳。

 

 あまりにも苛酷な現実。

 鬼殺隊には元より幸薄い人間が少なくないが、それでも勝母の境遇には言葉もない。

 

 戸惑う東洋一の髪を、勝母はグイと引っ張った。

 

「なにを黙り込んでる? とっととしろ」

「しろったってなァ…前も話したろ? ただの曲芸師だったってだけだ」

「裸で土下座して、女房に逃げられる情けない父親だったんだろ? なのにお前は、そんな父親が好きなんだろ? どこがよかったんだ? 親として、尊敬できるところがあったのか?」

「尊敬ねぇ…」

 

 東洋一は考え込む。

 

 周太郎に対しては尊敬していると即座に言えるが、父にはどこか照れくさかった。ただ…

 

「昔、旅してた時さ…よく薩摩芋をもらったんだ。売りモンにならねぇような、固くて半分腐ったようなやつさ。親父はいつも端っこの細くなった、根っこのとこしか食べなかった。あんまりいつもそこばっか食うからさ、一回食べたいって言って、食べさせてもらったんだよ。全然、固ェし、不味いし、食えたモンじゃねぇよ。でも、親父は『子供にゃこのウマさはわかんねぇんだ』っ言ってさ…いつもその紐みたいなモンばっか食ってた。大人になってから食ってみたけど、やっぱり不味かったよ。あんなモン一生、うまい訳がねぇ……」

 

 言ってるうちに、その時の父の声まで甦ってきて、耳が熱くなった。

 軽く頭を振る。

 

「泣いてるのか?」

 

 勝母が尋ねてくる。

 東洋一は笑った。

 

「泣くか。馬鹿」

「………私は泣いてるぞ。泣けてくる……まるで落語の人情噺だ」

「馬鹿にしてんのかァ? ま、いいけど」

 

 だんだんとずり落ちてくる勝母の身体を、よいせっ、と抱え直して、東洋一はまた歩き始める。

 勝母が震える声で小さくつぶやいた。

 

「お前が羨ましい。私の父は…………一度も私を愛さなかった」

 

 断定したその言葉を、否定することはできなかった。

 

 黙り込んだ東洋一の背中で、勝母は声を殺して泣いていた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 







*八百善…有名な料亭。今でも続いてます。元は八百屋だったとか…




次回の更新は2021.07.21.の更新予定です。




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