【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 昔日 -疾風篇- (二)

 周太郎に頼まれ、炎の呼吸の最終奥義『煉獄』の型を見せてもらうため、東洋一(とよいち)が煉獄家を訪れたのは、初雪の降った日だった。

 

「東洋一、よく来たな!」

 

 相変わらず元気よく挨拶してくる友に、東洋一はここ最近の重苦しい気分が清しくなっていく気がして、自然とホッとしたような笑みが浮かんだ。

 

「どうした? 元気がないな」

 

 康寿郎はすぐさま、いつもに比べおとなしい東洋一に疑問を向ける。

 

「いや。大したことじゃねぇよ。それより頼んでたの…」

「うむ。では、やろう!」

「え? ここで?」

 

 庭先の、一応練習場ではあるだろうが…煉獄家にも立派な道場はあるはずだ。

 

「道場でやると、壊すかもしれん! 怒られる!」

 

 誰にだよ…と聞く前に、縁側でニコニコ笑っている康寿郎の奥方を見て、東洋一は愛想笑いを浮かべて頭を下げた。

 奥方の横ではすっかり大きくなった長男が、結わえてももっさりと広がる金色の髪を揺らしてぴょんぴょん跳ねている。

 

「ちちうえー! 頑張ってくださーい」

「おう! 見ておけ! 匡寿郎(きょうじゅろう)!」

 

 言うなり、康寿郎は構える。

 東洋一はあわてた。

 あきらかに攻撃対象が自分になっている。

 

「えっ? ちょっ……」

 

 炎の呼吸 玖ノ型 煉獄

 

 地鳴りのような轟音と同時に、抉り取られた地面が空中で粉砕され、振り下ろす剣が豪速の唸りと共に伸びてくる。

 

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

 東洋一は咄嗟に刀を抜き、技を出して凌いだものの、吹っ飛ばされて、松の木に打ちつけられた。

 ゴト、と横で音がしたと思ったら、石灯籠の柱から上の部分が落ちて砕けた。残った柱も深い(ヒビ)が入っている。ツンとつつけば崩れ落ちるだろう。

 

「おぉ! いたのか、東洋一!」

「目に入ってねーのか、お前はっ!」

「うむ! 己で体感した方がよくわかるだろう!」

「威力を知りたいんじゃねぇんだよっ!」

 

 文句を言いつつ、土埃を払ってざっと状況を見ると、さすが奥義と呼ばれるだけあって、凄まじいものだった。

 これで、おそらく本気でないのだ。いや、康寿郎は本気でやったつもりでも、鬼相手でなければ十二分の力を出せるわけがない。

 

「なにが知りたいんだ?」

「型の…所作っつーか、呼吸の……」

「よし、わかった! もう一度やるから、今度はそこで見ておけ!」

 

 最後まで聞かずに、また構えようとする康寿郎を、東洋一はあわてて止めた。

 ……背後からの視線が怖い。

 

「もういい! もういいから!」

「なぜだ!? 見たいのだろう?」

 

 東洋一はふるふると首を振ると、目で後ろを見るよう合図する。

 無言で促されて振り返り、縁側の奥方と目が合ったのか、康寿郎は刀を収めた。

 

「今度にしよう!」

「おう。別のとこでやろうぜ。人気のないとこな…」

 

 東洋一が言うと、奥方はにこやかに笑って、家の中に入るよう促した。

 

 

 用意されたカステラを食べながら、東洋一は目の前で絵を書いている匡寿郎をぼんやり眺めた。

 

「デカくなったなァ、匡寿郎」

「もうすぐ九歳になります!」

「ホェ…。もうそんなかよ。……お前、もう修行とか始めてんのか?」

「いいえ。でも、時々教えてもらってます」

「ふぅん……」

「花柱はもうこの頃には始めていたらしいが…幼い身体では、教えられることも限られるのでな。それに呼吸はあまり早い時期からやるものでもない。身体が育たなくなる」

 

 康寿郎が珍しくまともなことを言う。

 

「まぁ、確かに…」

 

 勝母は確かに小柄である。だが全身が弾力ある毬か何かのような、驚異的な身体特性があるので、力はめっぽう強い。

 

「それにしても、どうしていきなり型を見たいなどと?」

「お前、普通それを一番最初に聞くんだぞ」

 

 東洋一は呆れたが、そういうところが康寿郎らしいところではある。

 

「師匠が今、新しい型を創案中でな。色々と試行錯誤してるんだ。他流派についても調べて、参考にさせてもらってる」

「おぉ! さすがは、風柱様だな! あそこまで極めておいでなのに、まだ研鑽を積むを諦めぬそのご姿勢、まさに範とすべき御方よ」

 

 東洋一はフと笑った。

 康寿郎は明快で、曇りがない。

 嘘を言わぬと信じられる男が側にいると、心底落ち着く。

 

「どうした?」

「いや。それより、お前……もしかして、二人目か?」

 

 先程来、奥方の腹が少しばかり大きいのが気になっていた。

 仲はいいが、康寿郎の任務が忙しいのもあって、なかなか匡寿郎に兄弟ができないと言っていたが…。

 

「あぁ! 春に生まれる予定だ! 名前も決めてある!」

「へぇ。なんて?」

「槇寿郎だ!」

「へぇ。いい名前だな。……女だったら?」

「…………」

「考えてねぇのかよッ!」

「うむ。失念していた。匡寿郎が弟が欲しいとばかり言っていたので」

「それは子供のせいにすることじゃねぇだろ」

「お前はどうなんだ? 囲っていた女はどうしてるんだ?」

 

 お茶を吹きそうになって、東洋一は必死に飲み込んだ。

 チラと匡寿郎を見ると、絵に没頭している。

 だが、奥方はそれとなくあちらへと連れて行ってくれた。

 

「……お前、子供の前でするなよ。そういう話」

「ん? 何か駄目だったのか? 別れたのか?」

「そもそも囲ってねぇんだよ! 誰だ、妙な噂広めやがって」

「誰だったかな? 鱗滝だったかな…? お前が吉原で、振袖(ふりそで)新造(しんぞ)を身請けしたと…」

「吉原じゃねぇし、新造でもねぇ! あの野郎…適当なこと言ってやがる」

「子供はできたのか?」

「だから、囲ってないって言ってんだろ! 何を勝手に話を進めてるんだ?」

 

 こうなってくると、気のいい友が少々厄介になってくる。

 東洋一は自分の分と、康寿郎の分のカステラを口に詰め込むと、立ち上がった。

 

「参考になった。じゃ、これでな」

「なんだ? 帰るのか? 晩飯も食っていけばいいのに」

「いや、いいよ。身重の奥方に無理させるな。お前、布団の上げ下ろしくらいしろよ」

「なぜだ?」

「なぜ…って、重いもん持たせたら駄目だろうが!」

「そうなのか? 知らなかった。匡寿郎の時はやってくれていたぞ」

「………家にいる時ぐらいはお前がやれよ」

 

 東洋一が溜息まじりに言うと、康寿郎は笑った。

 

「お前の嫁は幸せ者だな、東洋一。俺にはそんな気遣いは出来ん!」

「だから、嫁じゃねぇんだよ!」

「なんだ、そうなのか? まだ独り身なのか? いいかげん、身を固めたらどうなんだ?」

 

 こういうのを堂々巡りというのだろう。あるいは暖簾に腕押しか?

 いずれにしろ、こうなっては話が通じない。

 ふと見れば、いつの間にか戻ってきた奥方がクスクスと笑っている。

 

「お気遣い頂き、ありがとう存じます」

 

 頭を下げられ、東洋一は恐縮して、「いや……おめでとうございます」と、言祝(ことほ)ぎつつも少しばかりバツが悪い。しかし背後にいる康寿郎はまったく意に介さない。

 

「東洋一! (すい)の妹が年頃だぞ! 紹介しようか!?」

「…………」

 

 まだ見当違いなことを言っている男を無視して、東洋一は煉獄家を後にした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 久しぶりに訪れた居酒屋に入ると、目の前にいた五百旗頭(いおきべ)勝母(かつも)と目が合い、東洋一はクルリと踵を返した。

 そのまま逃げようとしたのに、出来なかったのは背後に天狗が立っていたからだ。

 

「ゲッ!!!」

 

 真っ赤な顔に睨まれて、一瞬固まると、天狗は東洋一を引き摺って勝母のいる席まで連れて行く。

 

「連れてきました」

「ご苦労」

「なにがご苦労だッ! 離せ! この馬鹿天狗ッ」

 

 左近次は東洋一の襟首をガッチリ掴み、畳敷きの間へと放り投げた。自分はその隣に腰を降ろして、すぐさまお膳にあった、がんもどきの煮付けをつまんで口に放り込む。

 

「なんだよ…この面子(メンツ)は」

 

 ぶつくさ言いながら、東洋一は居並ぶ面々をざっと見た。

 勝母、左近次、それに飛鳥馬(あすま)

 どいつも一癖二癖ある奴ばかり……

 

「せっかく一人でのんびり呑もうと思ってたのに………」

 

 嘆息した東洋一を、勝母はうすら笑いを浮かべてからかう。

 

「なんだ? とうとう里乃にも愛想をつかされたのか?」

「だから…そういうのじゃないって言ってるだろうが」

「まったく……お前の態度がハッキリしないから、向こうは困っているんだ。いい加減、責任を持ったらどうだ?」

「やかましい! 子供が口出すことじゃねェ!」

「もうすぐ十八だぞ。どこが子供だ。そんなだから里乃のこともいつまでも中途半端にしておくんだな…」

 

 呆れたように言って、勝母は相変わらず青竹に入った自作のお茶を飲む。

 上を向いた時に顎にある傷に気付いた。

 

「どうした? 珍しいな、お前が傷なんて」

 

 今や柱の中でも最強との評判も立つ勝母が、鬼狩りにおいて傷をもらって帰ってくることなどほぼない。

 東洋一が尋ねると、ジロリと勝母は睨みつけてきた。

 

「鬼相手ではないぞ」

「は? 誰かと手合わせしたのか? あ、お前か…飛鳥馬」

と、飛鳥馬に水を向けると、その飛鳥馬は申し訳無さそうに項垂れている。

 

「……どうした?」

「お前の弟弟子だ。鏑木(かぶらぎ)とか言ったか? 今、飛鳥馬の所にいる…」

 

 東洋一は意外な名前が出てきて驚いた。

 まさか一対一の勝負をして、浩太相手に勝母がやられるとは思えない。

 

「え? 浩太? なんで…」

「自分の右腕が失くなったのは、私のせいだ、とな」

「……は?」

 

 東洋一が訳が分からず聞き返すと、飛鳥馬が謝ってくる。

 

「すまん、東洋一。俺が迂闊だった」

「いや、どういう事だよ? なんで…? あいつの右腕失くなったのは………」

 

 言いかけて、東洋一は思い至る。

 浩太の右腕を落としたのは、あの岩の呼吸を遣う鬼。その鬼は……。

 

「おおかた、私の父にやられた腹いせに、娘の私に恨みをぶつけてきたのだろう…」

 

 勝母は冷たく笑って、サラリと言う。

 すぐに飛鳥馬がまた頭を下げた。

 

「本当にすまない。俺が言ってしまったんだ。あの鬼が勝母の……」

「謝んな、飛鳥馬。お前のせいじゃねぇ」

 

 東洋一は遮った。それは、飛鳥馬の勘違いだ。

 

「浩太はお前に言われる前から知ってたさ。今頃になってこんな事しやがったのは、自分に余裕がないからだ。あいつ自身の問題だ」

「…冷たいな、兄弟子。賢太郎と同様に、随分と可愛がっていた弟だろう?」

 

 勝母は揶揄するように言ったが、東洋一は真面目に返した。

 

「可愛い弟だからこそ、間違ったことしたなら糺す必要がある。お前にそんな真似しやがるなんぞ、頭がおかしくなってるんだろう。とにかく―――すまんかった」

 

 存外素直に頭を下げる東洋一に、勝母は内心拍子抜けした。

 フと笑みを浮かべる。

 

「私もまさか、薬屋を出たところで刺客が待ち受けているとは思わなかったのでな。油断した。柱としては、面目ないことだ」

「うん。それはそうだな」

 

 東洋一があっさり肯定すると、勝母はジロリとまた睨みつけた。

 

「弟弟子の不祥事は、兄弟子が尻を拭えよ。今日の払いはお前だ」

「ハアァ!!?? なんでだよ!」

「私は、今日は貸しませんよ」

 

 先日借りたばかりのせいか、左近次の財布の紐は固い。

 対照的に助け舟を出したのは飛鳥馬だった。

 

「俺は…半分出すよ」

 

 しょんぼりと、暗い声で言う飛鳥馬を見て、勝母はフフンと皮肉げな笑みを浮かべた。

 

流石(さすが)だな、東洋一。愛されてるじゃないか」

「よかったですね、香取さんがいてくれて」

 

 意味深に言う二人に、飛鳥馬はきょとんとしていたが、東洋一はふと思い出した。

 

 ―――――飛鳥馬はお前と念友になりたいと言ってたぞ…。

 

 すぐさま、飛鳥馬の前にあったお猪口を取り上げる。

 

「なっ、何だ? 東洋一」

「お前は呑むな! 俺に一分でも申し訳ないと思うなら呑むなよ!」

 

 勝母はとうとうケラケラ笑い出した。

 

「いいじゃないか! 呑ませてやれ! ついでにここで誓いを結ぶか? 立会人になってやるぞ!」

「フザけんなよ、クソガキ」

「灘の生一本でもつけましょうか……折角ですから」

「ハァ?」

「いいな、左近次。――――亭主、今言った酒、一升持ってこい。祝い酒だ。他の客にも振る舞ってやれ。あと、ぶり大根と、ぶりの竜田揚げと、ぶりの塩焼き、ぶりの粕汁……」

「お前、どんだけぶり好きなんだよ! っていうか、お前ら、柱だろ? 柱が一般隊士にタカるってなんだよ?」

「今日は柱というのはナシだ。先輩、後輩でいこう」

 

 勝母はニッコリ笑って言うと、やってきたぶり大根を美味しそうに食べ始める。

 

「………そういうことなら、仕方ないな。東洋一」

 

 飛鳥馬が諦めたように言う。

 

「お前、よくそれで納得できるな……」

 

 東洋一はまだ許容できなかったが、目の前で嬉しそうに食べる少女と天狗相手に物を言う気力がなくなった。

 

 

 

 運が悪い時には重なるもので、その日は給料日だったので、東洋一は居酒屋に来たわけだが、お陰で貸してくれと頼むわけにもいかず、しっかり有り金をすべて費やされた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 





日またぎ更新になってしまいました。すいません。
次回は2021.07.28.水曜日更新予定です。


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