【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 昔日 -疾風篇- (四)

「すまん、東洋一(とよいち)

 

 頭を下げる飛鳥馬(あすま)に、東洋一は「やめろよ」と嘆息した。

 

 浩太が姿を消して三ヶ月が過ぎ、葉桜の季節になっていた。

 いまだ音信はない。

 一応、風波見(かざはみ)門下の隊士には、任務で遠方に出向く時に、負担にならない範囲で捜索するように伝えてはいるが、いまのところ誰も見つけていないようだった。

 

 周太郎には浩太が心の病に罹っているらしいと伝えてあるが、本人がいなくては治療もできない。

 千代にも一応伝えたが、どうも悪阻(つわり)がひどいらしく、とてもまともに取り合える状況になかった。

 賢太郎は相変わらず態度に何か表すことはなかったが、時折、離れで一人過ごしているようだ。

 

「俺が、鏑木(かぶらぎ)に色々と言ってたんだ。お前が柱にならないのは理不尽だと。正直、風柱様への不満も…話していた。鏑木は真面目な性格だからきっと、混乱してしまったんだろう。自分を育ててくれた師匠の悪口を聞いて……不信を持たせてしまった。本当に、すまない」

「そんなモン…お前に言われたくらいで、師匠を疑うなんぞ……どうかしてんのは、あいつの方だ」

 

 東洋一はムッスリした顔で言ったが、すぐに撤回する。

 

「あぁ、違う違う! お前のことは関係ない! だから、謝るな!」

 

 そう言われても、飛鳥馬から罪悪感は消えなかった。

 

 鏑木浩太とはこの数年、二人での任務が多く、自然と話す機会も増えた。

 二人の共通の話題となると東洋一のことが主であり、飛鳥馬は頻繁に風柱に対する疑念を浩太に対してぶつけていた。

 そのせいで、知らずしらず浩太を洗脳するかのように、誤った認識を植え付けてしまったのではないか……?

 

 眉間に皺を寄せて考え込む飛鳥馬の頭を、東洋一はベシリと叩いた。

 

「いーつまでウジウジ言ってやがる? 浩太の事は、あいつ自身の心持ち一つだ。お前がうだうだ気に病む必要はねぇ」

「しかし……探さなくていいのか? 心配だろう」

「大の男の心配なんぞするかよ。帰ってくるさ、そのうち」

「………」

 

 それでも暗い表情の飛鳥馬の肩に手をかけ、東洋一は木刀を持って立ち上がる。

「さァて、御大のお出ましだ」

 

 道場の出入口からやって来たのは鳴柱・桑島慈悟郎だった。

 ここは鳴柱の屋敷である。

 

 例の型の研究の為に、今日は桑島慈悟郎の元を訪れて、久々に打合稽古を行うことになった。

 飛鳥馬は道中で会った東洋一からその話を聞いて、ついて来たのだ。

 

「…っとに…風柱様からの頼みだからな。お前と今更、稽古なんぞ」

 

 ぶつくさ言う慈悟郎に、東洋一はニヤリと笑う。

 

「またまたー。本当は嬉しいくせに。師匠から話を聞いた時には、諸手を挙げて喜んだんでしょ?」

「相ッ変わらず、フザけた男だな。お前は!」

 

 そうは言っても、内心の昂揚は隠せない。

 足早に東洋一の目の前に来てから、木刀を持つのを忘れていることに気付く。機転のきく継子の一人が、すぐさま壁から木刀をとってきて渡した。

 

「…おう、すまん」

 わざと横柄に言って、慈悟郎は咳払いした。

「では、参りますか…」

 

 言うなり、即座に東洋一が打ち込みに行く。

 ビシィッ、と慈悟郎が弾き返し、同時に神速の突き。ギリギリで躱した東洋一の鼻先が切れて、血が飛ぶ。

 間合いをとった東洋一を見て、慈悟郎は不敵に笑った。

 

「行くぞ、東洋一」

 

 雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

 技を繰り出すなり、落雷の如き轟音が響き渡る。

 かなり堅固に作ってある道場がミシミシと軋んだ。

 

 凄まじい勢いで刀身が東洋一に襲いかかる。

 東洋一は技を出さない。躱すこともしなかった。

 

 見ていた飛鳥馬は眉をひそめた。

 慈悟郎も気付いて、グッと呼吸を止める。

 

 まともに受け止めた東洋一の木刀を、慈悟郎は薙ぎ払う。木刀と一緒に東洋一は道場の隅へと弾き飛ばされた。

 

「東洋一!」

 飛鳥馬があわてて走り寄ると、東洋一が大の字で寝転がって「イテテテ」と顰めっ面になっていた。

 

「大丈夫か?」

「………」

 

 ゆっくりと起き上がると、慈悟郎があきれた顔で歩いてきた。

 

「なに、やっとるんだ、お前は。ワザと受けるなんて」

「そんな事ァ、ないですよ。さすがの鳴柱の速さについてけなかっただけです」

「嘘こけ、この阿呆」

 

 コツンと、慈悟郎は東洋一の頭を木刀で叩く。

 

「フザけるなら、やめるぞ」

「違いますって。ちょっと…打たれたかったんですよ。色々、むしゃくしゃしてたので」

 

 笑って言う東洋一に、飛鳥馬は内心で溜息をつく。

 なんだかんだ言っても、やはり東洋一は浩太のことを気にかけているのだ。決して本心を見せはしないが…。

 

「なーにを訳のわからんことを。次は? 何の型だ?」

「えぇと……参ノ型だったっけ……?」

 

 話しているところへ、慈悟郎の鴉が庭の方から飛んできた。

 けたたましく啼いている。

 

「なんじゃ、ギャアギャアと」

 慈悟郎が腕を出すと、鴉はその上へと乗って告げる。

 

「カアァァ!! 炎柱・煉獄(れんごく)康寿郎(こうじゅろう)、死亡! 上弦ノ肆トノ戦闘ノ末、死亡!!」

 

 

◆◆◆

 

 

 凍りついた空気の中、最初に口をきいたのは東洋一だった。

 

「…………次の炎柱は? いるのか?」

 

 康寿郎の長男である匡寿郎(きょうじゅろう)はまだ十歳にもなっていない。当然のことながら、隊士ですらない。今の段階で炎柱後継となるのは無理だろう。

 慈悟郎は眉間に皺を寄せたまま、思い起こしながら話す。

 

「確か先の炎柱…康寿郎の叔父の継子がいたはずだ。煉獄家の傍流だと聞いたことがある」

「柱の条件は備えてるのか?」

「うむ。甲だ。………おそらく次の炎柱となるだろう」

 

 だが慈悟郎が思い出す限り、その炎の呼吸の剣士は明らかに康寿郎よりも戦闘能力は低かった。

 柱としての条件を備えること自体、隊内においては相当な強者であることは確かだが、故人との比較をするなら、同様の働きを期待するのは難しい…。

 

「傍系であれば、久しぶりに黒髪の炎柱だな」

 

 飛鳥馬が言ったが、自分が鬼殺隊に入ってからは先代炎柱だった康寿郎の叔父も、康寿郎も見事な金髪だったので、黒髪の炎柱については話でしか知らない。

 

 煉獄家には秘儀があり、それによって産まれる赤子は金髪となるのだという。

 だが、その秘儀は、本家の嫁が代々口承にて伝えるものらしい。

 その為、本家の炎柱が若くして亡くなった時に、傍流や継子が柱に立つことは、鬼殺隊数百年の歴史の中では珍しくなかった。

 

 対照的に風波見家は、本家筋以外の柱を認めなかった。

 柱となるべき男子以外の子供は元服と同時に風波見姓から風見姓へと名前を変える。

 もし、継嗣が死んだ場合は風見姓の中から一人選んで本家を継がせる。

 あくまで風柱となる者は風波見姓であること。それが絶対であった。

 周太郎も元は次男坊だったので、風見(かざみ)周佑(しゅうすけ)と名乗っていたらしい。

 

「カアァァ! 会議、会議! 産屋敷邸ニ緊急招集!!」

 

 また慈悟郎の鴉がけたたましく叫ぶ。

 東洋一は立ち上がると辞去を告げ、慈悟郎はあわただしく産屋敷邸へと向かった。

 

 飛鳥馬と東洋一は共に帰路についたが、二人とも無言だった。

 自分の家の前まで来ると、飛鳥馬は東洋一に尋ねた。

 

「……どうする? ……呑むか?」

「いやいい」

 

 東洋一は即座に断り、そのまま歩きかけて振り返る。

 

「飛鳥馬。お前、柱になれよ」

「…………」

「康寿郎が死んで炎柱は次代がいるとはいえ、この前、砂柱様も亡くなったばかりだ。いい加減、受けろ。いつまでも俺を言い訳にするな」

 

 飛鳥馬は目を伏せた。

 もう、これ以上拒否はできない。

 

 戦闘不能の状態で治療中の柱もいる。今や、実質動けているのは鳴柱、花柱、水柱、(いと)柱、式柱の五人。

 風柱の鬼殺任務は実質、東洋一が行っているものの、五人しか動ける柱がいない…ということ自体が、隊全体の士気にも影響する。

 

 かつて今の風柱の他、水柱と炎柱の三人しかいなくなった時、本来であれば柱が対峙すべき鬼を一般隊士が相手せざるを得ず、隊士の死亡が異様に増えた。

 柱の不在は隊士の死亡率に直結する。

 本来柱が赴くべき現場に、まだ実力不足の隊士が行くことで鬼に殺られ、そうなると必然、柱候補となるべき人材も減る。悪循環となるのだ。

 

 激減した柱を増やすため、風柱であった周太郎は、合議や推挙といった曖昧だった柱の選定を、わかりやすく明確化した。

 一定以上の条件を満たせば柱となれるようになってから、柱としての条件を満たした人間が甲の地位に留まることで、柱が不在になってもすぐに補充されるようになり、柱が極端に減ることはなくなった。

 それでも――――この状況だ。

 

 去っていく東洋一を見ながら、飛鳥馬は最終選別から帰ってきた日の夜を思い出す。

 

 ―――――我ら三人で、柱となろう!

 

 東洋一は、あの誓いを忘れてしまったのだろうか。

 

 酒でほとんどの記憶がなくなっても、飛鳥馬はこの言葉だけは忘れなかった。

 たった三人の同期。

 自分だけが味噌っかすだと思ったが、東洋一も康寿郎も、馬鹿にすることはなかった。

 むしろ同等に…遠慮なくやり合った。その中で互いの是非を指摘し、高めあっていく。あの二人がいたから自分などここまでやってこれたのだ。

 

 家に入ると、飛鳥馬はそのまま土間の隅に座り込んで、ボロボロと涙を流した。

 とうとう、誓いを果たせないまま…康寿郎は逝ってしまった。

 

 一緒に任務に行ったのは隊士になったばかりの一年ほどだったが、その時から明らかに自分や、並いる先輩隊士達とは力量の格が違った。

 弟子の間に身につけた全集中の呼吸・常中によって、身体能力も回復能力もまるで比にならない。

 

 東洋一ですらも、その点に関しては康寿郎に教えを乞うていたほどだ。

 

 あれほどの男でも、上弦には勝てないというのか……?

 いったい、どれほど強いのだ…? 化け物どもめ……。

 

「……くそッ!!!!」

 

 しゃくり上げて泣きながら、飛鳥馬は三和土(たたき)を何度も殴り続けた。

 

 

◆◆◆

 

 

 東洋一は煉獄家の前まで来て止まった。

 門は閉ざされ、冠木(かぶき)に菱形の忌中札が貼られていた。

 

 ここまで来てから、この先に康寿郎がいないことを思い出す。

 自分は一体何をしに来たのだろう? 考えてみれば康寿郎はいない。この先もずっと。

 

 あの裏表のない、どこまでもカラッと晴れ渡ったような笑顔。ちょうど、今日の天気のように、澄み渡った清しい青空のような―――。

 

 呆と立っていると、中から甲高い赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 ハッとなる。顔を上げた先で扉が開いた。中から泣きわめく赤子を抱いた、康寿郎の妻・(スイ)が現れた。

 

「……篠宮様」

 

 涙声で言いかけて、翠は口をつぐむ。そうして黙って頭を下げた。東洋一も黙礼する。無言であった二人の間で、赤子だけが泣いていた。

 

「……康寿郎様はまだお帰りになっておりません」

 

 ようやく口をきけるようになった翠は、それでも震える声で告げた。

 

 通常、隊士達が死亡した時には産屋敷家近くの墓地に埋葬される。

 だが、身内のある人間はその隊士の遺言によって、元々の先祖の墓に骨を届けることもあった。

 代々の柱である風波見家と煉獄家には双方ともに墓があるため、基本的にはそこに葬られる。

 

 だが、これは『死体』があった場合である。

 

 人を殺し喰う鬼というものに対峙する以上、負ければ喰われるのは珍しいことではなかった。

 まして今回、康寿郎が相手したのは上弦の鬼である。喰われずとも、五体満足な死体として帰る可能性は非常に少ない。

 

「葬儀は…お忙しい皆様の迷惑にならぬようにと…申しつかっておりますので、すみませんが、近親者のみで行います……」

 

 翠はつとめて冷静に振る舞っていた。炎柱の奥方として、煉獄家の女主人として、必死に悲しみを受容していた。

 

「そうですか……。いや、俺もどうして来たのかわからないんです。ただ……」

 

 東洋一は答えながら、翠の腕の中の赤ん坊を見つめた。

 煉獄家特有の金と赤の髪。燃え盛る炎のような、その髪。

 ようやく泣き止んで不思議そうに母を見つめるその瞳は大きく、潤んでいた。

 

 本当に、似ている。この家の親子は皆、そっくりだ。否が応でも康寿郎の姿が思い浮かぶ。

 

 ―――――春に生まれる予定だ!

 

 そう言えば、去年の暮近くに訪れた時言っていた。もう、生まれていたらしい…。

 東洋一は少しだけ笑った。

 

「すいません。もう生まれているとは知らなくて…何の祝いも持たずに来てしまいました。匡寿郎が生まれた時には…ひどく喜んで、わざわざ人の任地にまで言いに来たってのに……次男の時には何も言ってこなかったな、あいつ」

 

 軽く言うと、翠の顔色が変わった。

 じいっと東洋一を見つめる瞳から、とうとう涙が一筋零れた。

 

「康寿郎様は、この子が生まれた時にはおいでになりませんでした」

「……え?」

「今回の任務は長かったのです。鬼が潜伏しているらしいと……探索もしていたのでしょう。この一月(ひとつき)ほど家には戻っておりません。槇寿郎はその間に生まれました……」

 

 東洋一は奥歯を噛んだ。

 嗚咽がせり上がってきそうで、必死に押し止めた。

 

「……すいません」

 

 かろうじて言葉にできたのはそれだけだった。

 翠もまた、東洋一の気持ちを察したのだろう。沈痛な顔を俯ける。

 

「いえ…では、私はこれで……」

「どこかに行かれるのですか?」

「えぇ。匡寿郎を親戚に預けておりましたので、迎えに行って参ります。失礼致します」

 

 翠は行きかけて、ふと振り向いた。

 

「篠宮様、今日は、来て頂き有難うございます。どうかご壮健で…お務め励まれますよう……」

 

 翠は先程までの冷静な口調に戻っていた。

 深く一礼して、去っていく。

 次第に小さくなるその後姿が見えなくなったのを確認してから、東洋一は低く嗚咽する。

 

 ―――――康寿郎、お前……息子が生まれたことも知らないのか…?

 

 甲高く響く声を聞くこともなく、柔い体をその腕に抱くこともなく逝ったのか…?

 

 そう思うと、涙が溢れてきそうになる。

 東洋一は必死で泣くのを堪えていたが、そのせいで全身の震えが止まらなかった。

 奥歯をきつく噛みしめながら、東洋一は踵を返して歩き出した。

 

 康寿郎はいない。

 この先もずっと。

 

 いずれ自分も同じように、死者の戦列に加わるのだろう。

 その時まで―――――。

 

 雲一つなく広がる空は、彼がそこにいると思えた。

 どこまでも広く、どこまでも澄んでいる。

 その青い空に手を伸ばしてみると、遠く届かない。

 

 ふぅ、とため息がもれた。

 気付けば…鬼殺隊に入って、もう十年は越えた。

 藤襲山の最終選別を突破して、三人で酔っ払ったあの日は、まだ鮮明に記憶にあるのに、すでに遠い。

 確実に自分は年をとったな……と、東洋一は思った。

 

 

 

<つづく>

 

 

 







また日またぎ更新になってしまった…。すいません。
次回は2021.08.04.水曜日の予定です。


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