【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 昔日 -疾風篇- (五)

 その奇妙な事象に、最初に言及したのは周太郎だった。

 

「勘違いかもしれんが…最近、風の呼吸の隊士……特に風波見門下(ウチ)の者達の死亡が多い気がする」

 

 それは実のところ、東洋一(とよいち)も感じていたことだった。

 

 炎柱・煉獄康寿郎の死から程なくして、兄弟子であった前野が戦死して鬼に喰われたという報告に始まり、その後、多い時には一月(ひとつき)に八人が亡くなっている。

 周太郎の継子として風波見(かざはみ)家で直接指導を受けた人間で、隊士となって生存していた者は三ヶ月前の時点で二十余名。そのほかに孫弟子も含めれば六十名近くいた。その四分の一近くが、この三ヶ月の間に殺されている。

 

「他流派でも死亡者はいるでしょうけど、風だけに限ってみると、確かに奇妙なくらいの数ですね」

「狙って……喰っておるのか……?」

 

 周太郎は重々しく言ったが、「まさか」と東洋一は笑った。

 

「別に風の呼吸の剣士が特に美味しいという訳でもあるまいし。それに、女の剣士であればより死亡率は高いですよ。鬼は女が好きですからね」

 

 鬼がより女を好むのは、昔からのことだった。

 美味(うま)いのか肉が柔いのか、鬼の事情など知る由もないが、そのせいで昔は女が鬼殺の剣士になることは禁じられていたらしい。

 話が逸れても周太郎はまだ気にかかるようだった。

 

「風に恨み持つ鬼でもおるのか……」

「調べた方がいいですか?」

「う…む。奴らに頼んでみるか……」

 

 周太郎の言う『奴ら』というのは、人ながら異端の力を持って、鬼の探索に当たる者達のことである。

 まだ正式に鬼殺隊内での地位を与えられてはいないが、周太郎は彼らの能力を買い、自費で彼らを雇って、非公式に鬼の捜索活動をさせている。

 

 いずれは鬼殺隊内で隠と同等の地位を与えたいようだが、元々差別的境遇にいる者が多く、その能力が疑問視されていることもあって、なかなか認めてもらえないようだ。

 

「木原さんにも言って、門下の人間に伝えておきますよ。何か情報があれば連絡するように……」

 

 東洋一が言うと、周太郎は頷いてつぶやいた。

 

「ただの偶然かもしれんがな……妙に気が立つ」

 

 その言葉は、周太郎が長年の経験から培われた独特の感覚だった。

 東洋一にもそれがどういうものなのかわからない…。

 

 二人で考え込んでいると、ツネがあわてた様子で転げるようにして入ってきた。

 

「東洋一ッ! 早く! 早く産婆をっ!」

 東洋一の姿を見るなり怒鳴るツネに、東洋一も周太郎も目を丸くする。

 

「どうしたんです? 御内儀様」

 東洋一が手を差し伸べると、ツネは腕を掴んで立ち上がり、泣きそうな顔で叫ぶ。

 

「千代が破水したッ!」

「なんだと!?」

 

 周太郎が驚いて立ち上がる。

 東洋一はツネを周太郎の方へと押しやると、

「とりあえず、産婆を呼んできます」

と、駆け出した。

 

 確か、産み月の予定は来月末と聞いていた。まだ早い…。

 

 東洋一の脳裏に不穏な想像が浮かんだが、すぐに消した。

 今はそんな事を考えている場合ではない。

 とりあえず、産婆を連れて行って、その後には賢太郎にも早急に伝達する必要がある。

 

 今、賢太郎は任務で出ている。

 無事に任務が終了したとしても、帰ってくるのは早くて明日になるだろう。

 

 

◆◆◆

 

 

 日が沈み月が光り始める頃に、千代は男の子を産んだが、早産であったためか、当初は産声を上げることもできず、そのまま死ぬのではないかと思われた。

 産婆が赤子を逆さにしたり、背を叩いたりして、口の中のものを吐き出させて、ようやく声を上げたらしい。

 らしい……というのは、周太郎も東洋一もその場にいることを許されなかったからだ。いたところで、何をできるというものでもない。

 

「………こういう事に、男は無力だな」

 

 周太郎は初めての孫と対面した後、自分の部屋に戻ってきてしみじみ言った。

 久しぶりに煙草を()んで、ようやく安心したようだ。

 

「いずれにせよ、おめでとうございます」

「あぁ……」

 

 答えた顔は、やはり嬉しそうだった。

 やることもない男にできることは祝杯をあげることぐらいである。

 東洋一が台所から酒を持ってくると、徳利や猪口の場所がわからないので、そこらにある湯呑で呑み始めた。

 

 夜半になって玄関からバタバタと走る音が聞こえた。

 

「………子供は?」

 

 息を切らした様子で聞いてきた賢太郎を見て、東洋一はあんぐりと口を開けた。

 

「お前……どうやって?」

「鬼を殺った後にすぐに……走って…」

「ハアァ? お前……」

 

 見れば、足袋が泥と血でひどい状態だった。

 箱根近くまで行っていたはずだ。

 そこからずっと休まず、走って帰ってきたのか…?

 

 一応知らせたものの、賢太郎のことだから、鬼を成敗した後に朝になってから帰路につくのだろうと思っていたのだが、案外と居ても立ってもいられなかったらしい。

 

 東洋一はフと笑みを浮かべた。

 情に希薄なこの男であっても、自分の子供のこととなれば、やはり別なのか……。

 

 周太郎も笑って賢太郎の肩を叩いて(ねぎら)う。

 

「よく帰ってきたな…。子供は無事に産まれた。今は千代もツネも休んでいるからな…足を拭いて、着替えて…そっと見てこい」

 

 寝ずの番をしていた子守女に頼んで、小さな我が子を見た賢太郎は、柔らかな笑みを浮かべ、そうっと赤子の頬を撫でた。

 途端に寝ていた赤ん坊が泣きそうになり、あわてて必死でシーッと諭す様が微笑ましい。

 

「東洋一と呑んで祝っておったところだ。お前も一緒に呑もう……」

 

 周太郎が声をかけると、賢太郎は戸惑ったような表情になった。

 

「おう、そうだそうだ! 呑もう」

 

 東洋一が肩を叩いて強引に周太郎の部屋に連れて行くと、おそらくは初めて、三人で輪になって呑み始める。

 

----------------------

 

 鬼の話は一切出なかった。

 東洋一は遊郭や賭場での失敗談を語り、周太郎達を大いに呆れさせ、笑わせた。

 

 周太郎は初めて自分の兄について語り、賢太郎はその実父の話を興味深く聞いているようだった。

 賢太郎に似た、真面目で少々堅苦しい性格だったらしい。

 

 幼い頃の賢太郎の話もし、癇癪を起こしたツネが賢太郎を置いて出て行ってしまい、馴れない世話にあたふたしたことも、その時にお襁褓(ムツ)を替えようとして小便をひっかけられたことも、愉しそうに話す。

 賢太郎が真っ赤になりながら、「すみません」と謝ると、東洋一と周太郎は大笑いした。

 

それを聞きつけ起きてきたツネは、男三人が朝から酒をくらって顔を赤くしているのを見ると、一喝、雷を落とす。

 

 朝一番に御内儀に怒られる柱……その事自体が滑稽でたまらない。

 東洋一がたまらず大笑いすると、周太郎も賢太郎も一緒になって笑い出す。

 久しぶりに明るい笑い声が邸内に響き渡った。

 

 

 それが―――生きている周太郎を見た最期となった。……

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 いつの間にか残暑も過ぎ、空は高く爽籟(そうらい)を奏でる季節となっていた。

 

 任務を終えて帰路についていると、一羽の鴉が降りてくる。

 足に括られていた文を開くと、『大至急御本家。但し、口外無用の事 木原』とある。

 くしゃりと文を丸めて懐に入れると、東洋一は走り出した。

 

 ものすごく嫌な予感がする。

 

 木原は東洋一の兄弟子で、風波見門下の中では最年長の隊士である。

 正直なところ、東洋一とはあまり反りが合わないので、互いに距離をとっていた。

 東洋一に手紙を寄越すことなど今までに一度もない。

 その上で来いという場所が風波見家である。

 

 何か…あった。―――何が?

 

 走り続けてようやくたどり着くと、他にも風波見門下の隊士が数名来ていた。

 

「篠宮……」

 姿を見るなり、木原が声をかけてくる。

「なにがあったんです?」

 

 東洋一が睨むように尋ねると、木原は目線を逸して、奥の周太郎の部屋へと(いざな)っていく。

 

 そこへと近づくにつれ、女の湿った泣き声が聞こえてくる。背後からも、男の唸るような泣き声。

 東洋一は覚悟した。その姿を見る前に丹田に力を入れて腹をくくった。

 

 それでも、部屋の中央に横たわる周太郎の死体を見た時、涙は勝手に溢れ出た。

 

 立ち尽くして動かない東洋一に、賢太郎が声をかける。

 

「東洋一さん、傍に来て…顔を見て下さい」

「……ここでいい」

「ちゃんと挨拶をせぬか、東洋一。さんざ世話になっておいて、薄情な弟子を持ったものよと、旦那様も嘆くであろうな……」

 

 ツネが涙声で、それでも相変わらず忌々しそうに難癖をつける。

 木原がそっと東洋一を押した。

 

「篠宮、ちゃんとご挨拶をしてこい。話は…それからだ」

 

 蒼ざめ、暗い顔をした木原を、東洋一は怪訝に見た。

 だがやはり目を合わせることなく、木原は隣の部屋へと入っていく。

 

 東洋一は深呼吸をして部屋の中に足を踏み入れた。

 賢太郎の横に座って、周太郎の顔にかけられた白い布を取ると、既に事切れ、血の気のなくなった白い顔。

 表情は哀しげに固まっていた。顎の下に、赤黒くこびりついた血。

 

「……?」

 

 一体何があったのだろうか?

 斬られたという訳でもなさそうだが、病死にしては……急過ぎる。具合が悪いなりに、ここ最近は勝母から貰った薬が効いたと言っていたはずだ。

 

 東洋一は布を再び顔の上にかけると、後ろに下がり、深々と頭を下げた。

 これ以上、ここにいるのは無理だった。できれば今すぐ任務を与えてほしいくらいだ。

 

 立ち上がると、隣の部屋に行った木原の元へと向かった。

 木原と、もう一人の風波見門下の古参隊士・斯波(しば)が、二人共に沈鬱な表情で黙り込んだまま座っている。

 

「……閉めてくれ」

 

 東洋一が入ると、木原がチラと見上げて言う。障子を閉めて、二人の前に座る。

 

「何がありました?」

「…………裏切者が出た」

 

 ボソリと小さな声で木原が言う。

 東洋一は眉を寄せ、聞き返す。

 

「裏切者? どういう…事です?」

「風波見門下で鬼となった者が出たということだ」

 

 そう聞いた時に、東洋一の脳裏に瞬間的にひらめいたのは浩太の事だった。

 だが、すぐさまに消去する。

 そんなことはあり得ない。絶対にあり得ない。

 何度も自分の中で念を押す。

 

蛭田(ひるた)が襲われた。戦闘途中で朝になって、喰われなかったらしい。事切れる前に鴉を飛ばして……直接、風波見家に行くように…と」

師匠(せんせい)はその文を見て、吐血された」

「………」

 

 東洋一は周太郎の顎についていた血を思い出す。

 その時、障子が開いて賢太郎が現れた。

 目が真っ赤になっている。

 

「すいません……東洋一さん」

 

 東洋一の横に力なく座り込むと、震える声で告げた。

 

「鴉からの文を受け取って…僕が……父上に見せたから。ひどく動揺して、いきなり血を吐いて……」

「若のせいではございません!」

 

 斯波が吠えるような声で庇った。「師匠(せんせい)は、ずっと具合を悪くしていらしたのですから…!」

 

 東洋一は固まった顔のまま、木原に尋ねた。

 

「……その文は?」

「これだ」

 

 木原が差し出したその文は、血と泥で汚れ、今にも破れそうであった。

 乱れた筆で、『カブラギ ウラギリノ オニ 也』とある。

 

 一気に脳天に血が集まる。

 こみ上げてくる感情が喉に蓋をして声が出ない。

 

「東洋一さん……浩太は、本当に鬼になったのでしょうか……?」

 

 賢太郎が心細そうに訊いてきたが、東洋一は何の返事もできなかった。

 

鏑木(かぶらぎ)が鬼になったかどうかが問題なのではない。問題は風波見家から鬼を出したことにある。師匠が亡くなった今、若様が責任を取ることになる」

 

 木原が重々しく言う。

 東洋一はそんな事をまったく考えていなかった。

 

「責任…?」

 

 呆然として聞き返すと、木原は鹿爪らしい顔で頷く。

 

「切腹を…命じられるだろう」

「馬鹿な!」

「僕は、構いません」

 

 賢太郎は既に悟った顔で言う。「それも、父の跡を継ぐことの一つですから」

 

「駄目だ! 巫山戯(フザけ)るな!! そんな事はあり得ない! 賢太郎はまだ柱になってもいない!」

「落ち着け、篠宮! 誰も賛成などしていない!!」

 

 木原はいつにない迫力で怒鳴ると、ハァと溜息をついて頭を抱えた。

 

「……師匠が亡くなった今、次の柱となるべき若様までが切腹となれば……隊全体にとってもどれほどの影響があるかわからん。かといって…今まで裏切者を出した育手は責任をとって腹を切ることになっとる。これは……たとえ御館様であろうと、柱であろうと、変えられん。一つ例外を許せば、隊内の規範が緩む。そんな事は師匠が一番許されなかったことだ……」

 

 東洋一はしばらく考え、決心する。

 

「俺が柱になる」

 

 そう言った途端に、賢太郎が反対した。「駄目です!」

 東洋一は賢太郎を無視して、木原ににじり寄る。

 

「なァ、木原さん。それで駄目か? 俺が風柱になって、詰腹切りゃ……一件落着になるだろう?」

 

 木原はしばらく東洋一を見つめた。本気であるのはすぐわかった。

 だが、横にいた斯波が首を振って「無理だ」とつぶやく。

 

「なぜ?」

「篠宮。お前が強いことは、お前と一緒に仕事した隊士ならば皆知ってることだ。現に複数の柱達から推挙されたことも知っている。だが、お前を知らぬ大半の隊士にとっては、伝説の風柱・風波見周太郎の存在はあまりに大きい。師匠(せんせい)の跡を継ぐのは、風波見の名を持つ賢太郎様……誰もがそう思って疑いもしていない。それに、一介の隊士に過ぎぬお前がいきなり柱となって腹を切れば、皆、若が自分可愛さにお前を人身御供に出したと……かえって糾弾されかねん。特に花柱殿などは許さぬだろう」

「………そんな事は言わさない。あいつらに関係のないことだ」

 

 東洋一は低い声で断じたが、斯波は溜息まじりに諭した。

 

「篠宮……師匠(せんせい)は偉大だった。この数年、柱として鬼殺の役目が少なくなっていても…それでも、その地位に留まれたのは、御館様からの絶大な信頼があったというだけではない。隊全体が『伝説の風柱』がそこにあることを望んだからだ。それが失われたと知れば、求心力の低下は否めないだろう。鬼殺隊の将来を悲観して逃亡する者も出るやもしれん。跡を継ぐ者は……風波見周太郎の血を引く者でなければ、納得されぬ」

「それで、賢太郎が柱になって、裏切者を出した責任をとって切腹したら…意味ないだろうがよッ!! 誰が跡を継ぐ? 晃太郎(こうたろう)はまだ乳飲み子だぞ!!」

 

 東洋一が大声で怒鳴ると、再び障子が開き、冷え切った声がその場を鎮めた。

 

「―――みっともなく、声をあげるものではありませぬ」

 

 ツネはピシャリと後ろ手に障子を閉じると、静かに上座へと腰を降ろす。

 

「………この事は、まだ風波見家以外の人間の知るところではない」

 

 居並ぶ男達を、赤く充血した目で睨みつけながらツネは粛然と言い渡す。

 最初にその意味を解したのは賢太郎だった。

 

「それは……母上…出来ません」

 

 ツネは賢太郎の方を向きもしなかった。

 次に気付いた木原がゴクリと唾を飲む。

 

「………本部に…秘匿しろ……と? そんなこと……」

 

 木原の言葉に、斯波は血相を変えた。

 

「それは、無理です。御内儀(ごないぎ)様。鴉は風波見家のものではない。蛭田の鴉は今はここにいますが、隊士が死亡すれば、その理由も含めて本部に報告に行く義務が………」

「鴉ならば、籠にいれて蔵の小部屋におる」

 

 ツネは平然と言った。

 本来、本部から支給される鎹鴉の行動を阻むことは違反である。

 

「間違うてはならぬ。これは鬼殺隊の為ぞ。東洋一も言うたであろう? 旦那様亡き後、継いだ賢太郎までが切腹となって、風柱不在となれば……隊も御館様も、動揺するを免れぬ。すべてに良いように運ぶには、隠密に裏切者を処理せねばならぬ。風波見門下の者達のみで。―――東洋一、わかるな?」

 

 つと、自分を見るツネと視線が合う。

 いつもと同じ堅苦しい表情の中、その目には何としても風波見家を…賢太郎を守ろうとする気魄が満ちている。

 

 東洋一はフと笑った。

 さすがにあの伝説の風柱の妻であっただけはある。自分の息子を守るためには、隊を欺くことすら躊躇しないその胆力。

 

「いいでしょう。そうすることに致します。裏切者は、必ず討ちます」

 

 東洋一があっさりと了承すると、賢太郎は信じられない様子で見つめる。

 

「では、粛々と進めよ。木原、頼みましたよ」

 

 そう言って、ツネは立ち去った。

 木原は額に汗をにじませている。

 

「そうは言っても……本部の協力もなしにどうやって裏切者を探すというのか……」

「東洋一、何か目算はあるか?」

 

 斯波が尋ねると、東洋一は蛭田の鴉が持ってきたという文を取り上げた。

 

「これを…お借りします。それとこの事を知っているのは、今この家に集った者達だけですか?」

「全てではないが…」

「既に知っている者達と、口外しないと信頼できる、かつ腕の立つ門下の隊士で、裏切者―――鏑木浩太の探索を至急行い、その伝達は本部を通さぬことを徹底させて下さい。無論、浩太を見つけた時には、即座に滅殺」

 

 東洋一は冷静に指示する。隣で賢太郎が静かに息をのむ。

 木原は眉間を押さえながら、つぶやくように言った。

 

「……しかし、今思えば、風の呼吸の遣い手を狙って襲っていたのは…鏑木だろう。相当に強くなっていると考えた方がいい。蛭田は乙であったのだから」

「そうですね……できれば、探索して見つけたらすぐさま俺に知らせてもらいたい。その為に俺は、今から鬼殺隊を抜けます」

「何だと?」

 

 斯波が聞き返すと、東洋一はおどけるように言った。

 

「当然でしょう? 隊にいれば、隊務を命じられる。今は、申し訳ないが……そちらに構っているわけにはいかない。何としても、早急に裏切者を捕殺する必要がある。しばらくは野分山(のわきやま)に籠ります」

 

 野分山は、風波見家所有の修行用の山である。他流派の剣士が来ることはまずない。

 

「では…私達は他の者達に伝えてくる」

 

 木原と斯波がその場から去ると、賢太郎は東洋一の袖を掴んだ。

 

「東洋一さん……僕が行きます。浩太を殺るなら…僕が」

「駄目だ」

 

 東洋一はにべなく答え、賢太郎を冷たく見やる。

 

「お前は…行っても、浩太と相討ちする気だろう? そんな事は許さねェ」

「東洋一さん……本気で、本当に浩太を殺すんですか? 殺せますか?」

 

 ほとんど泣き声になりながら、賢太郎が問う。

 東洋一は氷を面に張り付かせた。

 

「殺すさ。あいつは鬼になった。鬼になった以上、殺すのが必定」

「東洋一さん!」

 

 東洋一は袖を払うと、そのまま出て行こうとして、くるりと賢太郎に向き直った。

 フッと表情を緩める。

 

「賢太郎。お前、親になって良かったな。………いいか。晃太郎がお前の顔をしっかり覚えるまで、お前は生きている必要がある。親として、思い出を残してやれ」

 

 そう話す東洋一の脳裏には、幼い息子を見ることなく逝った友の顔が浮かぶ。

 泣くのを堪えて震える賢太郎の頬を軽く叩いた。

 

「しっかりしろよ……いいか? お前は師匠の死を御館様に伝えた後、しばらくは産屋敷邸にいろ。おそらく、御館様は相当に驚愕されるはずだ。ちゃんとお支えしろ。それと、俺は出奔したと……本部に届けておけ」

 

 その後、東洋一は木原から裏切者に喰い殺されたらしい隊士達の情報を聞くと、早々に風波見家を去った。

 

 いっそ、このややこしい状態は東洋一にとって救いだった。

 少なくとも、今、この瞬間は。

 

 周太郎の死を受け止めることなど、早々にできようはずもない。

 であれば、今はその死から背を向けて走っていたい。

 

 ずっと、走っていたかった……。

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回は2021.08.07.土曜日の更新予定です。

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