【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 昔日 -疾風篇- (七)

 彼岸も過ぎたというのに、暑さがぶり返して、夏の名残の(ひぐらし)が鳴いていた。

 野分山(のわきやま)にある無人のお堂で、東洋一(とよいち)はじっとりと額を伝う汗を感じながら、目を瞑って横たわっていた。

 

 山に籠もってから二週間。

 東洋一なりに浩太が姿を現しそうな場所を探ったりもしたが、隊を抜けた以上あまりおおっぴらに動くこともできず、知らせが来た時に即座に対応するためにも、動き回ることは控えた方がいい…と進言もされて、この数日はずっと山の中での鍛錬と、味気ない食事、そしてただ寝る、という生活が続いている。

 

 何年前だろうか。

 あの時もここで、鍛錬を終えてからウトウトと寝ていたら………

 

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「あれ? もしかして……東洋一さん?」

 

 聞き覚えがないのに、気安く呼びかけられて、戸惑いながら目を開く。

 声のした方を見ると、薄暮の中で立っていたのは浩太だった。

 

「なんだ、お前か」

「お前か、はないよ。誰だったらよかったのさ?」

「酒とつまみを持ってる奴」

「ここで酒盛りしてどうするんだよ。お釈迦様に怒られんぞ」

 

 ケラケラ笑ってから、浩太は一応、鎮座している古びた仏像に軽く手を合わせる。

 

「いつ帰ってきてたのさ? 戻ってたんなら、来ればいいのに」

「……ま、そのうちな」

 

 軽く言って、東洋一は思い出したように浩太に聞いた。

 

「お前、声変わりしたのか? わからんかった」

「へぇ、そう? 俺もよくわからない。俺より賢太郎の方がスゲェ変だよ。なんか低くて」

 

 鬼殺隊に入ってから数年間は、任地が遠方ということもあって、風波見(かざはみ)家からは遠ざかっていた。

 たまにこちらでの欠員が出て、補充要員として戻されることもあるが、たいがい仕事が詰まっているので、ゆっくり風波見家を訪れる暇はない。

 下っ端は動けるだけ動かして、場数を踏まそうという本部の思惑だろう。

 

「賢太郎がなぁ…想像つかないな」

 

 最後に会ったのが二年前だから、二人とももう今年で十四歳になる。声変わりしていてもおかしくない。 

 

「こんなとこに来るんだったら、本家に来たらいいのに。師匠だって喜ぶよ」

「師匠、いるのか?」

「いや、いない。今回は陸奥(むつ)の方まで行ってる」

「そうか…」

「ま、行ってから一週間は過ぎてるから、もう帰ってきてると思うんだけどね。どこかに寄ってるんだろうね」

 

 半ば怒ったように、半ばあきれて言う浩太を見て、東洋一はケラケラ笑った。

 

「お前、一丁前に意味深な言い方するじゃねぇか」

「もう慣れっこだよ。その度に御内儀(ごないぎ)様は癇癪起こして当たり散らすし…」

「御愁傷様」

「他人事みたいに言ってら。こっちは大変だってのに」

「とりあえず頭下げて謝っときゃ、そのうち御内儀様も疲れて相手にしねぇよ」

 

 ツネの癇癪は東洋一も弟子時代には、それはそれは何度となく八つ当たりをされたものだ。

 まともに取り合えば、こちらが疲れるだけなので、向こうを消耗させた方が早い。

 

 東洋一は大したこととも思わなかったが、浩太は「スゴイなぁ」と嘆息する。

 

「俺は無理だよ。いちいち喧嘩しちまって……」

「ハハハ! 今日もそれでここに逃げて来たのか?」

「まぁ、そんなとこだけど…ちょうどいいや。暇してんなら、つき合ってよ」

「は?」

「俺は修練に来たんだ。今年は藤襲山に行くつもりだから。もっと技も使いこなせるようにしておかないと」

 

 言いながら浩太は立ち上がると、お堂の隅に置いてあった木刀を取ってきて東洋一に差し出す。

 

「山立合、お願いします」

 

 山立合…というのは、山の中で行う剣撃の稽古。

 道場の中のような平坦な磨き上げられた床でなく、傾斜や、凸凹した山道、時にぬかるみや川の中など、自然の不定形な足場において行う、より実戦に近い形式のものだ。

 

「えぇー…もう暗くなるのに?」

「鬼殺隊士が何言ってんだよ。夜に働くのが日常だろ」

「そりゃそうだが……あーあ」

 

 浩太の放ってくる熱気に逃れることができず、東洋一は仕方なく腰を上げる。

 

 そこからみっちり二時間。

 終わった時には二人とも泥だらけで汗だくになっていた。

 

「……ま、この分だったら大丈夫だろ、選別」

 息切れを大きく深呼吸しておさめると、東洋一は言った。

 

「そう…かな?」

 浩太も息が上がって、草の上に大の字になって横たわっている。

 

「おう。大丈夫大丈夫。気負わずにいけ」

 東洋一が軽く言うと、浩太は苦い笑みを浮かべた。

 

「……東洋一さん」

「あ?」

「俺、賢太郎と一緒に最終選別に行って……なるべく一緒に行動するつもりだけどさ。もし…もし、賢太郎を死なせたら……俺、帰ってこないよ」

 

 心細げに、少し掠れた声で浩太は言った。

 

 東洋一は驚いた。

 いつも元気であっけらかんとした、怒りも、笑いも、ただ真正直にぶつけてくる浩太が、こんな顔するのが意外だったからだ。

 

 ややあって、言われたことを咀嚼すると、東洋一は浩太の額をバチンと指で弾いた。

 

()ッ……!!!!」

「阿呆か、お前は」

「阿呆って、なんだよォ」

 

 むくれる浩太は、東洋一の知っている懐かしい子供の顔だった。

 東洋一はフンと鼻息をつく。

 

「行く前から縁起でもねぇ話をしてんじゃねぇ。賢太郎だってなぁ…真面目に修行してんだ。お前に護られてばっかでもねぇだろうがよ」

「でもあいつ、未だに伍ノ型も習得できてないんだ」

 

 確かに昔から、賢太郎はのみ込みがいい方とは言えなかった。

 おそらく相当に苦心惨憺しているのだろうが、こればかりは天性のものだ。

 

 ただ、実際の現場において確実に鬼を仕留めるためには、手数(わざ)の多さよりも、技そのものの習熟度、破壊力の方がより重要だ。

 軽い一太刀より、重い一太刀。

 

手数(わざ)が多いなら、それに越したことはねぇが…。結局ンとこは、一つ一つの型をしっかり使いこなせる方がいいんだろう…と、俺は思うぞ」

「捌までしっかり使いこなしてから行った人に言われてもなぁ…」

「俺の事はいいんだよ。その時その時、てめぇに出来る事をやるだけだ。やれるだけのことをやったら、誰に何を言われようが、お前は正々堂々と帰ってこりゃいいんだ。いいな、帰ってこいよ」

 

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 あの時、浩太はどんな顔をしていたのだろうか? 思い出せない。

 

 結局、その年は賢太郎が急に体調不良になったり、ツネが賢太郎を行かさないために里帰りしたりで、浩太もまた最終選別には行かなかった。

 

 あの頃の浩太はまだ明るく、健康だった。身体(からだ)精神(こころ)も。

 

 だが、隊士になってから―――…そう…最初の任務で重傷を負ってから、どこか暗い影を持つようになった気がする。

 

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「なんでそんなに必死になってんだ? ちゃんと治してからでもいいだろうに」

 

 無理な山稽古をしている浩太を見つけたのは、東洋一が久しぶりに野分山に鍛錬ついでにむかごを採りに来た時だった。

 

 相手になってくれ、というのでしばらくは立合したが、傷が完治していないことも含めて、全体的に粗が目立った。

 これ以上いくらやっても意味がないと思い、東洋一は早々に木刀を収めた。

 

「ちゃんと相手しろよ!」

 

 怒鳴る浩太にコツリと木刀で頭を叩く。

 

「馬ァ鹿。しっかり治してからにしろ。無理してまた傷めて任務に戻るのが遅れちまったら意味がねぇだろうが。まずは、怪我して強張った筋肉と関節ほぐして、それから筋力強化」

「やったよ! 十分に」

「やれてねぇから、体がまともに動いてないんじゃねぇか。そんなんじゃ、鬼の攻撃に対応できねぇぞ」

「もうやったんだッ!」

 

 怒鳴りながら、浩太は遮二無二、木刀を振り回してくる。

 東洋一は面倒そうにかわすと、あっさりと急所を打突して失神させた。

 

 お堂に運んで寝かせてからよくよく顔を見れば、ひどく顔色も悪く、痩せた感じがした。

 おそらくまともに眠れてもいないのだろう。

 

 日も暮れて、囲炉裏で採取したむかごを塩ゆでしていると、浩太は目を覚ました。

 

「……何してんの?」

「むかご茹でてる」

「………本当に食べるつもりだったんだ」

「お前も食べるか? 酒もあるぞ」

「…………ここに何しに来てるんだよ、東洋一さん」

 

 浩太は苦笑いを浮かべて起き上がってくると、囲炉裏の側へと座った。

 東洋一が欠けた茶碗に酒を注いで差し出すと、一気に呑み干す。

 

「ハハ……なんかうめぇや」

「そうか? 安酒だけど、まぁ…適当に呑むにはこっちの方が肩が凝らねぇだろ」

「酒呑むのに肩が凝るってなんだよ」

 

 浩太はまた笑い、また酒を呑む。

 

 一息つくと、丸く身体を抱え込んでポツリとつぶやいた。

 

「俺…駄目になってる」

「なにが?」

「鬼が…怖いんだ。最初に死にそうになっただろ…あれから怖くて……鬼を目の前にしたら、身体(からだ)が竦むんだ。動けなくなって、技も出せなくなってて…情けないよ。この前もそのせいで…俺を庇った奴が死んだんだ。俺のせいだ……俺の……」

 

 震えた声で言って、浩太は膝の間に顔を埋める。

 

 最初の任務の怪我が癒えてから復帰した次の任務で、浩太は一緒に戦った仲間を失っていた。

 詳しくは知らなかったが、どうやら浩太は戦力とならなかったようだ。その時に足を怪我して、今に至っている。

 

「……むかご食え」

 

 ザルにあげたむかごを差し出すと、浩太は顔を上げた。

 

「ホラ、食え」

 

 無理やりに浩太の手の平にむかごを乗せてやる。

 浩太は一粒だけつまんで齧った。

 

「うまいか? もっと食え」

「…………」

 

 浩太は無言で首を振った。暗い顔で手の平のむかごを見つめている。

 

 修練を積み、最終選別で生き残っても、いざ任務となって鬼と対峙した時に竦んで動けなくなるのは、よくあることだ。

 それでもなけなしの勇気を振り絞って鬼と戦い、怪我を負わされ、体の傷よりも恐怖感が心に刻みつけられてしまう隊士は、珍しくない。

 

「なぁ、浩太。恐怖心ってのは、あっていいんだぜ」

 

 東洋一が言うと、浩太は怪訝な顔で見つめてきた。

 東洋一はむかごを数粒口の中に放り込んで噛み潰し酒で流し込むと、納得のいってない浩太に笑いかける。

 

「鬼を怖がるのは普通だ。むしろ怖がってていいんだ。鬼に慣れちまったら、その時には慢心して殺られるのがオチだ」

「でも…東洋一さんは鬼のこと怖がってなんかいないだろ…?」

「んな訳ねぇだろ、あんな化け物。怖いに決まってらぁ」

「だって、有名だよ。篠宮東洋一は笑って鬼を斬る…って」

「馬鹿野郎。怖いの裏返しで笑うしかねぇんだよ。ションベンちびる代わりに笑ってんだ、こっちは」

「………怖い? 東洋一さんが?」

「当たり前だ。笑って自分にハッタリかまさにゃ、鬼殺しなんて(わざ)が出来るもんかよ」

 

 正直なところ、東洋一とて浩太とそう変わらない。

 ただ体は勝手に動く。

 鬼に対峙すると、反射的に技を繰り出すように勝手になっていた。もはや技が体に染み付いているのだ。

 

 これは東洋一の才能というよりも、そこまで自分を育ててくれた周太郎による指導の賜物(たまもの)だと、東洋一は思っていた。

 だからこそ、隊士になってから尚の事、師匠には頭が上がらない。

 

「なんだぁ…」

 

 浩太は東洋一の話に、ようやくホッとした笑みを浮かべた。

 

「東洋一さんでも怖いのかぁ」

「でも…ってなんだよ。俺は至って普通だぞ」

「ハハハハ、そっか…そうだね」

 

 浩太は笑うと、手の平のむかごを一気に食べた。「普通の人だよ、東洋一さんは」

 

-----------------

 

 浩太は、ある意味素直な性格だった。

 人の言葉を受け容れて、自分の欠点を直し、より高みを目指すことに躊躇はなく、それは裏返すと人を信じやすい…あるいは影響を受けやすい性質(たち)だったように思う。

 

 東洋一の助言の通り、この後には基礎的な鍛錬をするようになり、任務をこなしていくうちに、徐々に自信もつけていった。いつしか浩太から鬼が怖い…という言葉は聞かなくなっていた。

 

 それでも時々、焦っては無理をすることがあった。

 思うように昇進できないことに苛立って、酒を呑んで管を巻くこともあったらしい。

 

 元から浩太の目標は高いものだったのだろう。

 柱となることは無理としても、せめて賢太郎の右腕となることぐらいは考えていたかもしれない。

 

 だが、理想はそう簡単に叶えられない。

 何度となく訪れる挫折に、浩太は少しずつ精神を摩耗していったのだろうか…。

 

 ―――――やった! 出来たよ、壱ノ型!

 

 賢太郎よりも早くに型を習得したと得意気に言いながらも、まだ出来ないでいる賢太郎の稽古につき合って、二人で切磋琢磨していたのに。

 

 ―――――かくれんぼしよッ! 東洋一さん!

 

 賢太郎と千代と…三人でかくれんぼしては、探し回る東洋一を見て笑い合っていた、あの頃の浩太はもういない。

 

 ―――――うわぁ! ありがとう、東洋一さん!

 

 風波見家に引き取られてから、どこか所在無げにしていた浩太に、子供用の木刀を作ってやると、嬉しそうに振り回していた。

 

 どの思い出も、まだそんなに昔とも思えないのに―――…。

 

 バチリ、と火の中で枝が()ぜる。

 東洋一は瞑っていた目を開く。

 

 いつの間にか日はとっぷり暮れて、夜になっていた。

 小さく燃える囲炉裏の炎が、お堂の中を揺らめき照らしている。

 

 ―――――本気で、本当に浩太を殺すんですか? 殺せますか?

 

 賢太郎が問うてくる。

 

 東洋一はゆっくりと起き上がると、暗がりに鎮座する仏像を見つめた。

 いつもは微笑んでいる観音菩薩が、今は差し込んできた月光の中、冷たく無表情に見えた。

 

「鬼は……殺す。それが、役目だ」

 

 つぶやき、言い聞かせて、再び目を瞑る。

 喉奥の熱い塊が噴き上がってきそうになる。押しとどめるために、きつく奥歯を噛みしめた。

 

「帰ってこい…っ()ったろうが……」

 

 漏れ出た声は自分には聞こえなかった。

 

 鬼となった浩太と対峙した時、自分がどうなるのか……東洋一にはわからなかった。

 

 

 

<つづく>

 

 

 





次回は2021.08.14.土曜日の更新予定です。


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