【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第八章 昔日 -光風篇- (三)

 勝母(かつも)の指示に従って、風呂屋に行き、髭を剃り、髪も久しぶりに散髪してから、東洋一(とよいち)飛鳥馬(あすま)の屋敷へと向かった。

 

 門から玄関へと続く石畳の脇に、萩の花が零れんばかりに咲いている。その上から楓の枝が紅葉を散らしていた。

 外国にいると不思議と季節に無頓着になるが、日本に戻ってくるとやけに四季の移ろいに気付く。秋という一種の物哀しさを感じさせる時季のせいもあるかもしれない。

 

 手伝いの婆に来訪を告げると、すぐに奥の居室へと案内された。

 秋の陽に照らされた庭を眺めて、脇息(きょうそく)に凭れかかった飛鳥馬が、東洋一の姿を見るなり笑顔を浮かべた。

 

「……やぁ……久しいな」

 

 すっかり頬の肉も落ちて、あまりに穏やかすぎる笑顔を見た時に、東洋一は飛鳥馬の死が今日明日にも訪れるであろうことを悟った。

 

 ゴクリ、と唾を飲み込むと、無理にも笑いかける。

 

「なんだ、お前……せっかく柱になったから、タカろうかと思って来たのに」

「相変わらずだなぁ…東洋一。また博打(バクチ)か?」

「おぅ…それと酒と……まぁ、色々な」

清国(シン)に行っていたんだろう? お前らしい…」

 

 飛鳥馬はフッと目を細める。

 

「あのまま残れば、賢太郎が気を遣うだろうから……お前は去ったんだろう? 相変わらず、お前は優しい。それと言わず、態度で示す」

「ンなもんじゃねーよ。この国の中は小さい頃も含めてあらかた回ったから、本当は樺太(からふと)あたりに行こうかと思ってたんだよ。そしたら乗る船、間違えちまって……気がついたら上海(シャンハイ)に着いてたのさ。どうもできねぇし、しばらくはあちらで適当にやるしかないだろ」

「アッハハハハハ!!!! 間違えたのか? 馬鹿だなぁ」

「そうだよ、馬鹿だよ。本当にな」

 

 自分でも呆れつつ、ふと見れば、飛鳥馬の袖口から出た手は骨に皮を被せただけぐらいに痩せ細っている。

 もはや、刀も握れまい。

 

 自分の姿を見て言葉をなくす東洋一に、飛鳥馬は哀しげな笑みを浮かべた。

 

「すまないな…東洋一。俺は大して…役に立てなかった」

「……そんな訳ねぇだろ」

「柱になって大した働きも出来ぬうちに、病に罹ってしまって……。昨年来、柱も減ってしまっているんだ。鳴柱の桑島さんも鬼に足をやられて引退され、新たに風柱となった賢太郎も殺られてしまった。俺も病となってから、柱は返上したし…その上、御館様までがあんなことになられるとは……聞いたか?」

「あぁ。勝母から」

「そうか……。今や五百旗頭(いおきべ)勝母は柱の要だ。彼女のお陰で隊もまとまっているが……」

 

 言い淀んで、飛鳥馬は軽く息をついた。

 

「大丈夫か? 横になった方が…?」

 東洋一があわてて腰を浮かすと、「大丈夫だ」と飛鳥馬は手で制した。

 

「話す時は座っている方がまだいいんだ……。東洋一、勝母は…花柱は一度、引退しようとしていたんだ」

「え?」

 

 さっき会った時にはそんな様子は微塵もなかった。何だったら、隻眼になってより凄味が増した気さえする。

 

「はっきりといつ、とは言えないが……おそらく勝母はあの岩の呼吸の鬼と対峙したのだろう」

 

 それを聞き、勝母の失われた瞳を思い浮かべた時、東洋一はハッと思い出す。

 

 ―――――あの鬼は俺が殺る…

 

 父を探して、一時行方不明になった勝母を見つけた時、東洋一はそう言った。

 だが、結局その後にあの鬼に会うこともなく、浩太を追う中で…………忘れていた。

 

 飛鳥馬は遠い目をして、小さな声で話し続ける。

 

「勝母にとっては、あの鬼を殺ることこそ鬼殺の剣士となった目的だったのだろう。それが成就したら、気が…萎えてしまったのかもしれないな……」

「………」

 

 ―――――お前に何がわかる!? 私は鬼狩りなどになりたくなかった…!!

 

 血を吐くように叫んだ、幼かった勝母の姿が瞼に浮かぶ。

 

 己の母を喰い殺した父への復讐のために鬼狩りとなった少女。

 せめてその役割ぐらいは自分が引き受けようと思っていた。それは、生前に周太郎からも託されたことだった。

 

 だが、あの時には目先のことに手一杯で、勝母のことは置いてきてしまった―――……。

 今更ながらに後悔が押し寄せる。

 

 だが、飛鳥馬は頼もしいものだ…と、微笑みながら言う。

 

「俺がいなくなり、桑島様も引退。まして新たな御館様は、まだ五歳だ。勝母のことも慕っていてな……。とても放ってはおけんと思ったのだろう。今は柱の筆頭として、重責を担っている」

「そうか……道理でな」

 

 東洋一が相槌を打つと、飛鳥馬は、ん? と首を傾げる。

 

「道理で……昔よりも態度がデカい」

「ハハハハハハ!」

 

 飛鳥馬はひどく楽しそうに笑った後、少しばかり咳をした。

 再び腰を浮かしかける東洋一を手で制する。

 

「来るな。あまり近寄らないでくれ」

 

 飛鳥馬はしばらくの間、脇息に寄りかかり、庭を見ていた。

 縁側にふと、蜻蛉(とんぼ)が飛んできて止まる。飛鳥馬が手を伸ばしかけると、蜻蛉は飛び去った。

 

「東洋一……お前、最終選別の終わった日の……夜のこと、覚えているか?」

 

 飛鳥馬は秋の陽の中に、思い出を見つめながら話していた。

 東洋一も同じ景色を見ながら答える。

 

「あぁ。お前と康寿郎(こうじゅろう)が、さっさと酔い潰れたヤツな」

「……あの時、康寿郎が一緒に……三人で一緒に柱になろうって言ってたろう?」

「……言ってたな」

 

 ―――――我々三人で柱となって、無惨を倒すぞ!

 

 そう叫んで、コテンと寝たのだ。あの男は。

 無双に強い奴だったが、面白い男だった。

 

「あの時酔って…他のことはまるで思い出せないが、康寿郎のあの言葉だけは忘れなかった。最初は…そんなもの俺に出来るわけもない、お前達二人だけが柱になって、俺は三年()てばいいだろう…それぐらいに思ってたんだ。でも、お前達に引っ張り回されてるうちに、気がついたら強くなってた気がする……」

「そんな訳ねぇだろ。お前、元から強かったさ」

「そうか? 俺は一度もそう思えたことはなかった。お前と康寿郎と……後輩達にも強い奴はいくらでもいたから、俺なんかが柱になれる訳がないと思っていた」

「なったじゃねぇか」

 

 東洋一がニヤリと笑って言うと、飛鳥馬は目を合わせて同じように笑った。

 だが、すぐに庭へと目をやり、寂しそうにつぶやく。

 

「自分がいよいよ柱に手が届く…そう思ったときに、あの日、康寿郎に言われたことを思い出したんだ。三人で柱になる―――あれは…俺にとって夢だった。一番、夢を叶えられそうもなかった俺が柱になれるのなら……お前も一緒になって当然だと……思ってた……」

「………」

 

 東洋一はあの日、酔っ払った飛鳥馬が言っていたことを思い出していた。

 

 ―――――だったらお前も柱になれ

 ―――――わかった、わかった

 

 酔っ払いの戯言(たわごと)だと、適当に流したのだが…案外と飛鳥馬は覚えていて、本気だった。

 

 引っかき傷のような痛みが苦く胸に広がる。

 どうして自分はいつもこう…責任も取れないことを、安請け合いしてしまうのだろう。

 

「お前は…きっと、風柱様以外の風柱など認められなかったのだろうな。お前にとって、風柱は風波見周太郎だけ。自分がそこに取って代わるなど、許せなかったのだろう?」

「……さぁ…どうだろう…な」

 

 はっきりと自覚していたわけではない。だが、おそらく飛鳥馬の言う通りだろう。

 足のことがあって鬼殺隊を抜けたが、もしそうでないとしても、賢太郎が順調にやっていることを見届ければ、引退して今のように海を渡り関係を絶っただろう。

 

 自分が鬼狩りの道を選んだのは、あの日助けてもらった周太郎への恩返し。

 とうとう言えなかった謝罪。

 師匠が亡くなった時点で、もはや隊士を続ける意味はなくなった……。

 

 コホコホと飛鳥馬が軽く咳をする。

 顔色が少し悪くなってきている。

 

「飛鳥馬、もう(とこ)に戻ろう…」

 

 東洋一が肩を掴んで立ち上がらせると、飛鳥馬はよろめきつつ歩き、敷き延べられた布団の上に横になる。東洋一は掛け布団をそっとかけてやった。

 

「じゃあ……また」

 去ろうとする東洋一の胸ぐらを、飛鳥馬はいきなり掴んだ。

 

「東洋一! ……どうしてだ!?」

 青白い顔で、飛鳥馬は苦しげに叫んだ。

 

「飛鳥馬…?」

「俺達は……強かったろう? 三人で柱になって、無惨を倒すと誓ったじゃないか!」

 

 息をするのもつらそうな飛鳥馬の背中をさすりながら、東洋一は無言になる。

 

「どうして…出来なかった? 康寿郎も死んで、お前もいなくなった…。三人で柱になるという俺の夢は……(つい)えた。それなのに俺だけが柱になっても……何の意味があったというんだ!!? 俺の…鬼狩りとしての人生に……何の意味があったんだよ!!」

 

 ボロボロと涙を流しながら、激昂する飛鳥馬を東洋一は抱きしめた。

 

「………ごめんな」

 

 つぶやいて、そっと体を寝かせる。

 必死で掴む、飛鳥馬の骨ばかりとなった細い指を、包みこむように握りしめた。

 

「ごめんな、飛鳥馬。グダグダ考えないで、俺も柱になりゃ良かったな」

「………いいんだ」

 

 飛鳥馬は涙を浮かべながらも、再び穏やかな笑顔に戻っていた。

 

「お前がそういう奴だって……わかってる」

 

 そのまま、飛鳥馬は静かに眠りについた。

 

 

 

 次の日の朝、元霞柱・香取飛鳥馬は誰知ることもなく、穏やかなまま死を迎えた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回は2021.09.04.土曜日に更新予定です。

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