【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第八章 昔日 -光風篇- (五)

 風波見(かざはみ)家から帰ってから、すぐにでも浩太の探索にあたりたかったが、そう事は簡単でなかった。

 

 あの時は周太郎が見つけ出した特殊能力を操る集団の力を借りた。

 だが、その後、彼らの面倒を賢太郎が見るようになり、その探索能力を勝母(かつも)が高く買い、ついに鬼殺隊における隠の別働隊として認められるようになっていた。

 

 周太郎の目指していた形になったのは、無論喜ぶべきことだったが、鬼殺隊の管轄下に置かれた以上、東洋一(とよいち)の個人的な依頼を受け付けるはずもなく、そもそもあの時いた禿頭(とくとう)白髯(はくぜん)(おさ)も既に亡くなっていた。

 

 知己がいないと、取っ掛かりも出来ない。

 そう考えて思い出しのは、小鳩(こばと)のことだった。

 

「おい、左近次。お前…小鳩とはその後なにもないのか?」

 

 強い男を紹介しろ…というので、左近次に任せたのだ。

 ただ、その後、追い返した…と言っていたような気もするが。

 

 左近次はしばらく誰のことかわからなかったようだが、東洋一から説明されると、あぁ…と思い出す。

 

「その(ひと)なら、私には手に余りそうだと思って、鳴柱様に紹介しました」

「ハァァ? ジゴさんにィ? お前、なんであの人にやるんだよ。絶対、無理だろ。ジゴさんにゃ」

「えぇ…無理だと思われたのでしょうね。鳴柱様は、霞柱…香取さんを紹介されて。結局、香取さんと気が合ったようですよ。仲良く過ごされてました」

「へ? 飛鳥馬(あすま)?」

 

 意外過ぎる組み合わせである。

 飛鳥馬からも聞いていない。

 そりゃ、まさか東洋一から回りに回って自分のところにやって来た女だとも思っていなかったのだろう。

 

「えぇ。香取さんが(やまい)に伏してからも、甲斐甲斐しく世話されてたみたいです。そのせいで感染(うつ)ったのか、結局、香取さんよりも先に亡くなられて」

「…………」

 

 これで、途切れた。

 自分一人で探索しようにも、この足では限界がある。

 浩太の行動範囲を読めない以上、雲をつかむような話だ。

 

 いまだに浩太が生きていることへの疑問はあった。

 だが事実として、風波見(かざはみ)家を襲って千代を拉致し、風の呼吸の剣士は狙って殺されている。

 

 兄弟子であった木原は既に殺られたようだった。浩太なのか、他の鬼なのかは定かでない。鴉もろともに殺られたらしい。

 賢太郎の死と前後して二年の間、殺された風の呼吸の剣士のほぼ全てがそうだった。

 運良く生き残った鴉は、たまたま別の用事でその隊士から離れていたりした為で、実際に隊士の死を看取っていない。

 浩太と思われる鬼に関する情報は皆無だった。

 

 東洋一は残された風の呼吸遣いを始めとする隊士達から情報を(あさ)ったが、捗々(はかばか)しくなかった。

 既に引退し、片足を失くした東洋一への風当たりは強かった。

 一時的にであれ、賢太郎殺害の犯人と疑っていたのもあるだろう。

 

 そうした冷ややかな対応は、隊士達に限らなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

「…刀を返せ?」

 

 花鹿屋敷を訪れ勝母に刀を返してほしいと願い出ると、しばらく沈黙した後、「なぜ?」と、訊かれた。

 

「なぜ? って……俺のモンなんだから、返してもらったっていいだろ?」

 

 東洋一が不満気に言うと、勝母はピクリと眉を動かす。

 

「お前のものだが、お前が勝手に置いていったのだろうが。もはや必要がないから」

「……必要になった」

「駄目だ」

 

 勝母は冷たく言う。「理由(ワケ)を言え」

 

 東洋一が言い淀み俯くと、勝母は厳しく見据えた。

 

「東洋一、勘違いするな。お前はもう鬼殺隊から引退した身だ。隊士にも会って、何か探っているようだが、越権行為甚だしい。風の呼吸の剣士を襲う鬼について調べて回ってるそうだな。鬼蒐(きしゅう)の者達へも接触しようとしている…と、聞いている」

「………見逃してくれよ」

「勝手な男だな。自分は何もこちらに提示しないで、こちらからの情報ばかり欲しがる。これでは対等ではない。私は対等でない交渉には応じない」

「お前ホントに……弁が立つようになったな」

 

 五年の間、勝母はおそらく柱の筆頭として必死にやって来たのだろう。

 周太郎がいずれそうなるだろうと、予測していたように。

 勝母よりも年長の柱はいくらでもいたが、十三歳で柱となって以来、十年を超えて在籍しているのは勝母しかいない。

 自然、その強さは隊内における求心力の源となる。

 

「話を逸らすな、東洋一。私は怒っているんだ。お前、鬼の情報を持っているなら教えろ。鬼を狩るのはこちらでやる。それが仕事だからな」

「………」

 

 東洋一は逡巡した。

 既に賢太郎も亡く、風波見家が鬼殺隊から絶縁した今、裏切者のことを話しても誰も責任を取ることはできない。

 本部も今更、風波見家に対して追及することはないだろう。

 だが、知っていて隠した賢太郎を(おとし)めることはしたくなかった。

 賢太郎は自分なりに責任を取ろうとしていた。させなかったのは、東洋一たち周囲の人間だ。

 それに自身の継子から裏切者を出したという不名誉を周太郎に負わせることは ―― したくない。

 

 一方、勝母は東洋一の迷いを、ある程度見抜いていた。

 賢太郎の死と前後して風の呼吸の剣士が殺されているのは、同じ鬼の仕業(しわざ)だろう……というのは、本部でも意見が一致している。

 鬼蒐の者達からの調査においても、同じ鬼である公算が高い。

 賢太郎もその鬼に殺られた……という推察もある。

 

 その上で賢太郎を殺した相手が『風の呼吸を使っていた』という証言。

 二つの事柄から考えうることは、風の呼吸において裏切者が出た、という事だ。

 

 賢太郎の死については、あるいは東洋一が日本に帰ってきて殺害したのではないのか……という話もあったが、正直なところ、勝母はまったく信じていなかった。

 むしろ、あえてそんな噂をばら撒くことで、要点を誤魔化し、混乱させようとしていた気がする。

 考えてみれば、その噂を主にしていたのは風波見門下の者達だった。

 出処がそこであるのなら、尚の事、勝母の推察は信憑性(しんぴょうせい)を増す。

 

 彼らは風波見家を……『伝説の風柱』たる周太郎に汚名を着せることを、執拗に拒んでいる。

 今、目の前にいる男も含めて。

 

 実際、その鬼について、残された風の剣士達に聞き取りをしても、誰もが心当たりはない、と言う。

 裏切者が出ていないかと、真正面から問うても、知らぬ存ぜぬの一点張りだ。

 

 あの偉大な先達(せんだつ)は死後においても弟子達から慕われている。

 いや、弟子達からだけではない。

 他流派の隊士であっても、隠達の間でも、未だに風波見周太郎を尊敬する人間は少なくない。

 彼らもまた、故人の不名誉な事実を認めたがらないだろう……。

 

 勝母はため息をついた。

 

「ここで私に言うのであれば、(おおやけ)にはしない」

 

 勝母が示した譲歩の意味を、東洋一は即座に理解した。

 長い沈黙の後、ポツリと告白する。

 

「………裏切者が出た。鏑木(かぶらぎ)浩太だ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 勝母に秘密を告白したことで、東洋一の心が軽くなることはなかった。

 

 既にその事は勝母には予想していた答えだったのだろう。

 返事は簡潔だった。

 

「わかった。後はこちらでやる」

 

 手出し無用―――。そう、告げていた。

 

 とうとう自分が無用の長物になったのだと…否が応にも認めるしかない。

 

 すっかり左近次の屋敷で留守居役となって、暇を持て余す日々の中で、ツネから送られてきた荷物の整理をしている中に、思わぬ書付を見つけた。

 それは呼吸の指南書を清書する時の書き損じかと思われた帳面だったが、数枚の白紙の後に唐突に賢太郎の丁寧な文字が書き連ねてあった。

 

 そこには干支(えと)の年と月、その下に隊士の名前があった。

 おそらく浩太に襲われて死んだと思われる者達だろう。

 途中で木原の名前もあった。

 やはり今から二年ほど前あたりから、風の呼吸の剣士達を狙った襲撃があったようだ。

 次々と風の呼吸の剣士が襲われて死んでいくことが続く中で、風波見家では確信したのだろう。

 

 鏑木浩太は生きている。篠宮東洋一は裏切者を殺さなかったのだ…と。

 

 残った風の呼吸遣い達が東洋一を恨むのは当然だ。無視されても、仕方ない。

 しかし賢太郎は東洋一を恨んでなかった。

 

『…()の人は浩太を殺すこと(あた)わず。されども、恨み無し。(むし)有難(ありがた)き事也。』

 

 賢太郎もまた、東洋一が結局浩太を殺せなかった…と思っていたらしい。

 読みながら苦笑いが浮かぶ。

 

「……そんな善人じゃねぇよ」

 

 自分は浩太と対峙し、鬼と見定め、その鬼を殺すつもりだったし、実際殺したと思い込んでいた。今更、言い訳でしかないが。

 

 殺された隊士の記名はそこで終了していた。この後を書く気がなくなったのか、この次が賢太郎であったのかは定かでない。

 

 また白紙が続いて、このまましまおうかと思った最後の数枚にいきなりまた文章が綴られていた。

 

『今思えば、父上にはっきりと訊いておくべきことであった。浩太が真に父上の子であったのならば、風波見家を継ぐべきは浩太であったろう。彼は私より秀でていたのだから、後継としての自覚があれば、きっとその責務から逃げなかったはずだ』

 

 東洋一は驚いた。

 確かに周太郎に女が複数いたこともあって、「隠し子がいる」的な噂は何度となく聞いた。

 ツネも疑っていたほどだ。

 だが周太郎の性格からしても、本当に浩太が息子であるならば、堂々と言っていたはずだ。変に隠し立てして一緒に暮らすことなどしない。

 無論、周太郎自身が知らなかったということも考えられるが、理由があって東洋一は浩太が周太郎の息子でないことは確信していた。

 

 しかし賢太郎は噂を真実と勘違いしてしまったのだろうか…?

 

 ペラリと紙をめくって、続いていた文章はより衝撃的だった。

 

『彼が父の息子であるのなら、晃太郎は間違いなく風波見周太郎の血を引く唯一の孫であり、風波見家の正統な後継者である。』

 

 東洋一は言葉を失った。

 これは、どういう意味だろうか。

 

 考えながらも、それは初めて浮かんだ疑問ではなかった。千代が産み月よりも前に陣痛が来て、産婆を呼びに行った時にチラと頭をかすめた。

 

 まさか、晃太郎の父親が浩太ということか? 

 言われてみれば、その名前すらも暗に指し示しているかのようだ。

 否定の言葉を探しても出てこない。

 その先に続く賢太郎の言葉は、既に肯定して進んでいる。

 

『彼に謝らなければならない。彼が鬼になったのは、私のせいだ。彼の心を踏みにじり、千代にも不義理であった。全ては私のせいだ。今日も一人、継子が殺された。おそらく近いうちに彼と再会するだろう。その時が私の命日となる。』

 

 東洋一は瞑目した。

 おそらく…賢太郎は殺されたのではなく、自ら死を選び取ったのだ。

 浩太に対する慚愧の念がそうさせたのか…あるいは―――。

 

 賢太郎のことを思い出してみる。

 幼い頃から、賢太郎がかなり抑圧的な環境にあったのは間違いない。

 十二歳で引き取られてきた東洋一からしても、年下であるにも関わらず、賢太郎は大人びていた。

 子供らしい癇癪や我儘を見たことがない。

 

 実際に東洋一が賢太郎達と過ごしたのは二年ほどで、その後、東洋一が風波見家から離れた後、少年から青年へと成長していく中で、賢太郎がどう変貌していったのかはわからない。

 だからこそ、千代との婚礼前に久しぶりに会って、あまりに淡白な賢太郎の様子に東洋一は驚いたのだ。

 

 賢太郎は人の情というものから距離を置いていた。いや、忌避していたと言ってもいい。

 あるいは―――賢太郎は、もう限界だったのだろうか…生きていくことが。

 

 それでも晃太郎の誕生は喜んでいるように見えた。

 先日会った晃太郎の言葉もまた、父への素直な愛情に満ちている。

 だが、賢太郎にとっては、我が子への愛情から可愛がっていたわけでなく、千代と浩太への後ろめたさから、仕方なく受けいれたという事か……?

 

「……ハアァァァ………」

 

 東洋一は頭を抱えてしゃがみこんだ。

 

 一体、いつからこんなになってしまっていたのだろう?

 

 思い起こせば、千代の妊娠を東洋一が告げた途端に浩太は姿を消した。

 あの時は千代への執着を早く捨て去り、現実を目の当たりにすれば、正気に戻るだろうと思って言ったのだ。

 

 自分のお節介で浩太と千代の仲を引き裂いてしまった。

 しかも、おそらく浩太は晃太郎が自分の息子と知らなかったのだろう。

 

 あるいは……千代は鬼となった浩太に告げたのかもしれない。晃太郎の本当の父のことを。

 そうであれば、今も浩太が風波見家を襲わない理由がわかるというものだ。

 

 鬼となってなお、自らの息子に手をかけることはしない……。それは、あの時、すんでで東洋一を守ろうとした浩太であればこそ、有り得ない話ではない。

 

 そこまで考えてから、東洋一はまた再び深くため息をもらす。

 

 だから、千代は浩太について行ったのか。

 真実を話すために。晃太郎を賢太郎の息子と信じて疑わないツネの前で言う訳にはいかなかったから。

 

 げんなりと項垂れて、東洋一はただただ己の馬鹿さを呪った。

 

 考えるべきだったのだ。もっとしっかりと、浩太がなぜ鬼にならねばならなかったのかを考えるべきだった。

 浩太が鬼となっても、その理由を思いやることなどしなかった。

 ただ、落胆と胸苦しさと怒りがあっただけ。

 浩太は鬼になった。ならば鬼として殺す、それしか考えなかった。

 

 賢太郎も千代も、わかっていた。浩太が鬼に堕ちた理由を。

 

 あの二人にとって、浩太は大事な幼馴染だった。

 賢太郎も千代も、幼き日を共に過ごした友を見捨てることはできなかったのだ………。

 

 

◆◆◆

 

 

 しばらくそのまま固まっていると、背後から視線を感じる。

 どうやら左近次が任務を終えて帰ってきていたらしい。

 

「……左近次」

「……はい?」

「お前……今、俺が泣いてると思ってんのか?」

 

 左近次はポリポリとうなじを掻く。

 鼻の利く左近次からすると、今の東洋一は間違いなく泣いてると思うが、実際のところはわからない。

 

「お前は、こういう時は無口だよな。普段は毒舌なくせに」

「そう…でしょうか?」

「なまじ人の気持ちがわかると……下手な言葉は出ないんだな。俺はお前みたいに鼻が利かなくてよかったよ。きっと…やたら人を傷つけて回ったろうからな。やっぱり、天は与えるべき人間に二物を与えるんだな……」

「それ…あまり嬉しくないんですが」

 

 昔、似たようなことを言われて、からかわれたことを思い出す。

 

「馬ァ鹿」

 

 東洋一は立ち上がると、クルリと振り返った。

 笑った顔に涙の跡はない。

 

「顔の事じゃねぇよ。ここだ、ここ」

 

 そう言って東洋一は胸を叩く。

 左近次は首をひねりながら、「はぁ…?」と曖昧に返事した。

 

「フン……お前みたいな馬鹿正直のお人好しじゃねぇと、神様はその鼻はくれねぇって話だ」

「馬鹿正直のお人好し? ……私がですか?」

 

 左近次は首をかしげる。

 今までそんなことを言われたことはない。どちらかというと、面のせいもあるだろうが、わかりにくくて冷たい…というのが、概ねの風評だ。

 

 しかし東洋一はニヤッと笑う。

 

「見てくれで損も得もしてンなァ、左近次。お前はただの人のいい(あん)ちゃんだよ。今だって、金のねェ無宿者を屋根つきの家に居候させてくれてんだからな」

「それは…桑島様からも頼まれてるからです。私が追い出したら、自分のところに来るから、面倒みておけ…と」

「………今度、あっち行くわ」

 

 東洋一は一瞬だけ憮然とつぶやくと、すぐに大笑いした。

 

「ハハハハ! ちょいとばかし、つき合え」

「……酒、ですか?」

「違ぇよ。稽古だ。……後悔したって、やることをやるしかねぇからな」

 

 すっきりした顔で言うなり、その足の片方が義足だとは思えぬほどに、東洋一は早く歩き去っていく。

 

 五年の間、言葉も通じぬ海外で過ごすのは、普通の人間であっても大変なのに、ましてあの姿で危険な目に遭うこともあっただろう。

 それでも挫けず生き抜いてきた東洋一を、左近次は相当にしぶとい人だと思う。

 彼の境遇は今、少々逆風が吹いているが、その中でもきっと悠々と歩いていく。

 

「オイ! 早くしろよ」

「ハイハイ……」

 

 あきれたように二つ返事しながらも、懐かしいその空気に、左近次は面の中で笑った。

 

 

<つづく>

 

 

 






次回更新は2021.09.11.土曜日の予定です。

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