【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第九章 蛍火(一)

 雨はもう止んでいた。

 

 雲が切れて、きつい西日が差し込んでくる。

 夕照の中、濡れた景色が煌めいていた。

 

「只今、帰りましたぁ」

 

 大声で叫びながら、(まもる)はお勝手からドタドタと東洋一(とよいち)達のいる客室へと歩いていく。

 入るなりなんだか妙に重苦しい空気を感じて、言葉をのみこんだ。

 

 縁側で座っていた東洋一が気付いて声をかけた。

 

「おぉ、帰ったか。藤森さんとこで雨宿りさせてもらってたか?」

「あ…はい。あの……」

「ただいま、戻りましたぁ!」

 

 ドタドタと廊下を駆けてきて、三郎が大声で叫ぶ。

 守にジロリと睨みつけられ、東洋一も薫も何も言わないので、シンとなった間にきょとんとする。

 

「え? あれ……?」

 

 東洋一がフッと笑みを浮かべると、薫も微笑みかけた。

 

「おかえりなさい。雨の中、ご苦労さま」

「あ! いや…雨が降る前には藤森さんのところにいたんで良かったんですけど……。そこで降り籠められちゃって。ついでだとか言われて、将棋する羽目になっちゃって。守も手伝いさせられたんだよな?」

 

 三郎に言われて、守はますます不機嫌そうに睨みつけたが、何かを諦めたように溜息をついた。

 

「猪肉もらってきました。それと森野辺さんが来てるって言ったら、大奥様がなんかものすごく興奮してましたよ。たまにはこちらにも顔を見せなさい…って」

「あら、そうね、明日帰りがけにでも寄ろうかしら」

 

 言いながら薫は立ち上がると、台所へと向かう。

 

「え? あの…」

 

 戸惑う守に薫はニコリと笑いかけた。

 

「藤森さんの家に行ってて、猪肉だけってことはないでしょ? まして私がいるんだから」

「え? ……そうですけど」

 

 確かにネギだの小松菜だのと、色々と持たされた。

 そのせいで荷物が多くなって、三郎と二人で文句を言いながら帰ってきたのだ。

 

「今日の夕御飯、一緒に作ってもいいかしら?」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 守が返事する前に、三郎が嬉しそうに叫んだ。

 

「あっ! 確か、割烹着ありましたよ。古いけど…まだ着れるはず」

 

 返事をする前に三郎は納戸へと走っていく。

 途中で転んで「痛ァッ!」と大声で喚いていた。

 

「ホントにあいつは……やかましいやつだな」

 

 東洋一は悪口をたたきながらも、やれやれと肩をすくめていた。

 どうやら三郎はいつもこんな調子らしい。

 薫はまだ返事を聞いてない守に尋ねた。

 

「いいかしら? 守くん」

「……っど…どうぞ」

 

 耳まで真っ赤になりながら、守はあわてて台所へと向かっていく。

 ついて行こうとして、薫は立ち止まった。

 

「先生」

 

 振り返ると、東洋一が俯けていた顔を上げる。

 

「どうした?」

「いえ……あの…後で、また少し話をしていいですか?」

「ああ…」

「じゃあ、久しぶりに作ってきますね」

 

 薫は笑って腕まくりすると、台所へと向かう。

 途中の廊下で三郎から里乃の形見の割烹着をもらって、「懐かしい」と言いながら袖を通す。

 

 部屋に残された東洋一は、煙草を取り出すと火を点けた。

 

 弟子時代もそうだった。

 独自の呼吸の型を編み出そうと苦心して、考え込んで、熟考して煮詰まると料理をしていた。

 

 いきなり煮豆を大量に作ったり、鍋で水飴をこねくり始めたり。

 おそらくそれで気分転換して糸口を見つけようとしているのだろう。

 どうして料理して考えがまとまるのかは、東洋一にはわからなかった。女の考えることはやはり男には理解の及ばぬところがある……。

 

 東洋一は立ち上がると、風鈴をまた元の位置に吊った。

 夕風にチリン、と涼しげな音をたてる。

 長く座り込んだせいで凝った腰を伸ばすと、立ったまま紫煙を(くゆ)らす。 

 

 ―――――翔太郎くんの妹と、お母さんははおそらくその鬼に殺されました……

 

 浩太は……紅儡は、約束を忘れていなかったのか。

 あの呪われた存在が再び風波見(かざはみ)家を襲うことになるとは。

 

 これで東洋一は二度までも嘘をついたことになる。

 自害しようとしたツネの慟哭が聞こえてきそうだ……。

 

 遠く、すでに記憶の中で色を失いつつあった思い出が、知らぬ内に、すぐ近くで息を吹き返していた。

 無表情な昏い双眸が夕闇の迫る景色を見つめる。

 この平穏はやはり玻璃のごとく儚い。

 

 紫煙が湿った空気の中を揺らめきながら沈んでいく。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あの……何かあったんですか?」

 

 守が横で煮干しの頭を千切りながら問うてくる。

 薫は湯がいた小松菜を切りながら、つとめて顔に出さぬようにしていた。

 

「ちょっと昔の話を聞いていたの。先生のお若い頃の話」

「強かったんでしょ!? 聞いてます、僕!」

 

 上がり(かまち)で胡麻を擦っていた三郎は、自分も話に加わろうと、すりこぎ鉢を移動させつつ、寄ってくる。

 

「柱になれるくらい強かったんだって。でも、その当時はまだ風柱がいたから、えぇと…なんだっけ? 一緒の呼吸の人は柱になれないっていう決まりが……」

「同流相立たず…」

 

 言いよどむ三郎に、守がぶっきらぼうに差し挟む。

 

「あぁ、そうそう! それ! だからなれなかったけど、本当に強かったって…」

「そうね。ご自分では仰言(おっしゃ)らないけど、きっとそうだったろうと思うわ」

 

 勝母(かつも)が時折語ってくれた昔話でも、おそらく相当の遣い手であったことは想像できる。

 さっきの話の中でもはっきりそうとは言わなかったが、どうやら先々代の風柱に代わって任務を行うこともあったようだし、そうであれば実質上、柱と同等の実力者であったことは間違いない。

 

「あーあ、勿体ないよなぁ。俺だったら絶対文句言っちゃうよ。せめて半年交代でやるとか無理だったのかなぁ?」

 

 三郎が納得いかない様子でとんでもない提案を持ち出すと、守があきれたように言った。

 

「馬鹿か、お前。かえってややこしいわ。だいたい柱になろうがなるまいが、やることは一緒だろ」

「そりゃそうかもしれないけどさぁ…。やっぱ『元柱』ってつくとカッコイイじゃんかぁ。ホラ、なんか最後の試験の時もあっちこちからいっぱい弟子が集まってくるっていうしさ。その時に絶対、自己紹介とかで言いそうじゃん!『俺の育手は元柱の~』…って」

 

 最後の試験―――というのは、藤襲山の最終選別のことだろう。

 薫はクスクス笑って訂正した。

 

「たぶん、始まる前に自己紹介とかはなかったと思うわよ。終わった後にならできたと思うけど……」

と、言いつつも、薫の時は薫以外に残った人間は重傷で、とても挨拶できる状態ではなかった。

 その後も結局誰が同期だったのか不明のままだ。

 

「じゃあ、やっぱり言うんだ! あ~あ、どうしよう? 俺の師匠は柱じゃないけど、柱並に強かったんです! って…どう言えばいいかなぁ?」

「グダグダ言ってないで、さっさと手を動かせよ、お前は!」

 

 守がとうとう怒鳴ると、三郎は「えー」と不満をこぼしながらも再びすりこ木を動かし始める。

 

「三郎くん」

 

 薫は切った小松菜を小鉢に盛りながら、正直者の弟弟子に話しかけた。

 

「はい?」

「剣士は志です。柱であれ、一介の隊士であれ、誠実な志を持っていれば、優劣は関係ないわ。まして育手がどうであったかなんて、大したことじゃないわよ。もちろん、私は先生に教えてもらえてよかったと思ってるけど。三郎くんは、どう?」

「あ……えと……」

 

 三郎がまごつくと、守が代わりにきっぱりと言う。

 

「俺は、篠宮先生についてよかったと思ってます」

「お……ぼ、僕も!」

 

 三郎も手を挙げる。

 ニコッと薫は笑った。

 できればあの鳴柱の弟子のように、元柱の弟子であることを鼻にかけるようにはなって欲しくないと思う。

 

 しかし少し気まずくなった空気に、薫は話題を変えて尋ねた。

 

「それにしても…昔の先生の話なんて、誰から聞いたの? 藤森の叔父様……は、そんなに詳しくはなかったと思うけど…?」

「あ…それは、元鳴柱だったっていうお爺ちゃんが言ってたんです」

 

 三郎はホッとした表情を浮かべて答える。

 ちょうど薫の内心で考えていた人と関連した人物が出てきて、少し驚いた。

 

「あら? 元鳴柱様って…えっと桑田…桑原…様だったかしら?」

「桑島様です。桑島慈悟郎様です」

 

 守が瞬時に訂正する。

「あぁ、そうそう」と薫は頷いてから驚いた。

 

「桑島様のところにもう行ったの? 早いわね!」

 

 薫の時は、とりあえず修行の総括と流派の違う人間と戦うことでの実地訓練という趣旨で行ったのだが、まだ入って一ヶ月ほどの守や三郎が行ったということは……

 

「もう他流試合をするなんて、守くんも三郎くんも、よほど優秀なのね」

 

 薫が感嘆をこめて言うと、三郎はきょとんとし、守は一瞬戸惑ってから「いや」と首を振った。

 

「違います。俺らはまだそこまで修行してないんで。たぶん、顔合わせだと思います」

「顔合わせ?」

 

 聞き返すと、守はチラと部屋の方を窺ってから、小さい声で話した。

 

「先生、具合が良くないみたいで。それで、俺らを最後まで育てられなかった場合に…って、一番近い桑島様のところに頼みに行ったみたいなんです。あ、別に教わるとかじゃなくても、とりあえず身元引受ってことで。ただ、桑島様の方が先生より年上だから、他に頼めって言われてましたけど」

「えっ? そうなの?」

 

 びっくりした様子で聞き返したのは三郎だった。

 守は鬱陶しそうに頷いた。

 

「そうだよ。だから未だに風の呼吸については特に教わってないだろ。基礎体力の向上だとか言って、やたら走り込みとか素振りとかばっか」

「あら。でもまだ一ヶ月目ならそんなものよ。体がしっかり出来ないと、呼吸だってまともにできないだろうし、まして風の呼吸は体を自在に動かせるようにすることがとても重要だから」

「そうなんですか? まぁ…どっちにしろ俺は桑島様の所に行く気はないんですけど」

 

 守は言いながら、鍋に浮いた煮干しを箸でつまんで、少し角の欠けた皿へと置いた。

 それを見ていた三郎はいつものことなのか、言われる前に棚から味噌壺を出して守に渡しながら尋ねかける。

 

「え? なんで? 面白いお爺ちゃんだったよ、あの人」

「桑島様に文句はないけど、あそこの弟子うるさいから嫌だ。やたら突っかかってくるし、鬱陶しそうで……」

「弟子?」

 

 薫が行った時にいた、あの弟子のことだろうか?

 しかしあれから三年以上経っているのだから、さすがにまだいるとは思えない。

 

 守と三郎はヒソヒソと話を続けていた。

 

「あぁ、あの黄色い髪の。まぁ……でも、悪い奴じゃないと思うよ」

「悪い奴じゃないかもしれないけど…ちょっと転んだくらいで大袈裟に泣き喚くし…面倒くさい」

 

 守は不機嫌な顔で味噌を溶いていく。

 どうやら薫の会った弟子とは違う子のようだ。

 だがそれより気になるのは、東洋一の具合が良くないということだった。

 

「先生は…そんなにお悪いの?」

「……俺らはまだここに来てから浅いからよくわかんないですけど…。森野辺さんから見てどうですか?」

 

 守が反対に尋ねてきて、薫は返事に窮した。

 前に訪れた時も、さっき玄関先で会った時も、見た瞬間に思った。

 年をとって痩せて―――衰えた……と。

 

「……そんなに変わらないとは思うけど」

 

 言いかけて守と目が合うと、薫が逡巡した数秒の間に何かしら感じ取ったらしい。ふっと目を伏せた。

 

「なんだぁ。じゃあ、大丈夫なんですね。念の為ってことかな? 年だし」

 

 三郎は暢気に言うと、止めていた手をまた動かして胡麻を擦り始める。

 薫は少し考えてから、守に正直に言った。

 

「ここに前に来た時にね、ちょうど弟子もいなくてお一人だったから……少しだけ気力が衰えられた気はしていたんだけど、でも守君達が来てくれたから、きっと元のように元気になられると思うわよ」

「………そうですか」

 

 守はうかない顔で返事をしてから、さっき煮干しを置いた皿に飯を軽く盛ると、勝手口へと向かう。

 

「おーい」

 

 声をかけると、ナー…と猫の声がした。

 黒と白の斑の猫が守が皿を置いたと同時に素早く煮干しに食らいついた。

 

「まぁ…いつから?」

 

 薫は思わず顔がほころんだ。

 

「俺らが入門したのと同じくらいに…三郎が拾ってきたんです。先生が出がらしの煮干しでもやっとけって言うんで」

「あらー、よかったわねぇ。なんてお名前?」

「ブチです。まんまなんですけど、先生がそう呼ぶんで…」

「わかりやすくていいじゃない。嬉しいわねぇ、ブチ」

 

 思わず猫に見とれていると、守がにおいに気付いてあわてて立ち上がる。

 

「あーっ、森野辺さんっ! 肉がっ、焦げるっ」

「あっ、ごめんなさい」

 

 あわてて薫は調理に戻る。

 二人が慌てふためくのを見て、三郎はゲラゲラ笑った。

 

 猫は煮干し飯をすっかり平らげると、満足そうにその場から立ち去った。

 

 

<つづく>

 

 

 







次回は2021.09.22.水曜日更新予定です。


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