【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第九章 蛍火(四)

「おーい、おーい、おーい……あれ?」

 

 いつもなら二回も呼べば姿を現す(ブチ)が来ない。

 

 三郎は勝手口の軒下から、辺りを見回した。

 雨がさっきよりも強くなっている。猫は濡れるのが嫌いだというから、どこかで雨宿りしているのだろうか?

 

 傘を差して裏庭の方へと向かうと、フギャアーッと威嚇する猫の声が聞こえた。

 

「なんだよぉ……えらく怒ってんなぁ」

 

 三郎はやれやれと声のする方へと向かって、そのまま立ち尽くした。

 

 目の前に、明らかに異形の生き物がいる。

 十尺はあろうかという巨体。大雨の中でも(うごめ)く朱色の髪。クネクネと動くろくろ首。

 右肩は不自然に盛り上がって、その肩には紅い目が光っている。

 

 ギャアーッ! と猫は四肢を踏ん張って威嚇していたが、鬼はニヤアァと(わら)うと、長く伸びた腕を振るうなり、その鋭い爪で猫の体を真っ二つに刻んだ。

 

 三郎は身動きできず、声も上げられない。

 体が硬直して、傘を持ったまま手だけがブルブル震えた。

 

 鬼の首が間近まで来て、問いかけた。

 

「お前…篠宮(しのみや)東洋一(とよいち)の縁者か?」

 

 三郎は喉が詰まって答えられない。

 東洋一の名前を聞いて、かろうじて「し、ししょ…ぉ……」と掠れた声でつぶやくと、鬼は再び嗤う。

 

 次の瞬間には太く固い腕で体を掴まれ、鬼の頭上へと捧げるかのように持ち上げられた。

 圧迫された痛みで傘が手から落ちた。

 雨粒が容赦なく三郎を打ちつける。

 

 振動を感じて下を向くと、鬼の背中から手が二本メキメキと生えてきた。

 

 確実に、自分は死ぬんだと三郎は思った。

 

「うわああああぁぁぁ!!!!」

 

 ようやく声が出た。同時に涙も出てくる。

 

 台所で兄弟子達に出す料理を作っていた守は、その叫び声を聞くなり、母親を殺された日を思い出した。 

 明らかに異常を感じ、あわてて声のした裏庭へと急ぐ。

 

 鬼の姿を見て、三郎のように声を失って立ち尽くした。

 自分が見たものとは違う。だが、それは紛れもなく鬼だった。

 守は東洋一を呼ぼうと口を開けたが、喉が乾いて声にならない。

 

「やれやれ……噂をすれば…鬼を呼んだか……」

 

 固まっている守の背後から、つぶやいて東洋一がゆっくりと歩いてくる。

 ポン、と守の肩を叩くと、低く囁くように指示した。

 

「駅に行け。そろそろ匡近達が着いているはずだ。鬼が出たと…」

 

 守はコクコクと何度も頷くなり、踵を返して走り出した。

 

 東洋一は雨の中で佇立する鬼の姿をまじまじと眺めた。

 その面貌に昔日の面影はもはやない。

 ただ異常に盛り上がった右肩だけが、鬼が彼であることを示している。

 

「………ずいぶんと、醜い姿になったもんだな」

 

 東洋一がつぶやくと、紅儡(こうらい)はゲラゲラと嗤った。

 

「貴様こそだろうが、篠宮東洋一! なんだ、その老いさらばえた姿は! 見えるぞ! 貴様、病に冒されているだろう。もはや技を放つこともできまい!!!」

 

 東洋一は薄く笑った。

 

「あぁ、そうだな。こんなジジィ相手に人質はいらんだろう? ウチの弟子は離してやってくれ」

「ハハッハハァ! 手も足も出んだろうなぁ!?」

 

 哄笑する紅儡の前に立って、東洋一は刀を抜いた。

 

「貴様に剣士であったという記憶が一分たりと残っているなら、その子を離せ」

「ヒヒヒヒヒ」

 

 紅儡は口の端を異常なほどに吊り上げると、盛り上がった右肩から出た手を前方へと出す。

 

 グチュグチュと肉の蠢く音とともに、肉が割れ、血管を裂きながら、刀が現れる。

 正確には、かつて刀であったもの、だ。

 刀身は紅儡が作り出したらしい緑色の血管が絡みついて、既に銀色の輝きすら失っている。

 

 紅儡はその(つか)をしっかりと握ると、東洋一の方へと刀身のある部分を見せつけた。

 刀身の下の部分に彫り込まれた『悪鬼滅殺』の四文字。

 それがあるということは、柱の証である。

 

 紅儡は刀を持って得意気にせせら笑う。

 

「見ろ、東洋一。貴様には永遠に持てなかったものだ」

「どこで……」

 

 手に入れた? と尋ねかけて、東洋一は口を噤んだ。

 風波見(かざはみ)家が襲われたことを思い出す。

 おそらくはその時に周太郎の刀を奪ってきたのだろう。

 

「刀を持ったぐらいで柱に及ぶとでも思っているのか? 相変わらず、哀れな奴だな」

 

 東洋一は溜息をつくと、ゆっくりと全集中の呼吸を始めた。

 紅儡はギリギリと歯軋りすると、刀を振り上げる。

 

 霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫

 

 雨を巻き込んで繰り出されたその技を、東洋一は体をねじって避けつつ、自らも技を繰り出して相殺する。

 

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

 雨と土が混じった剣戟が一旦収まると、双方が間合いを取ってにらみ合った。

 

 紅儡の頬と肩が切れていたが、ニヤリと嗤う間に修復する。

 東洋一の太腿からは血が流れていた。完全に避けきれなかったのだ。

 グッと喉の奥が詰まったのは、紅儡からの攻撃によるものでなく、自らの技によって内臓に無理が生じたせいだろう。

 

「ハハッハハァ!! いいザマだな! 東洋一」

 

 紅儡はずぶ濡れになって固まっている東洋一を見て、高笑いした。

 

「俺が哀れだと? 哀れなのはお前だ! 所詮はあの男に利用されただけだろうが! 奥義も教えてもらえず、柱も賢太郎に譲るしかなかった……哀れなのは、お前だ! 篠宮東洋一」

 

 東洋一はまだ静かに呼吸を続けていた。

 刀を中段に構えたまま、じいぃと紅儡を見つめる。

 その目には何の感情もない。

 

 目が合った紅儡はビクリと震え、混乱した。

 なぜ、自分は怯えている…?

 

「一つ、聞く」

 

 東洋一が低い声で尋ねた。

 

「千代は……どうした?」

「千代ォ?」

 

 紅儡は首をかしげる。

 一瞬の後、思い出した顔は一気にドス黒くなり、目には剣呑な光が閃く。

 

「……あの女…あの女……」

 

 つぶやく声は小さく、目の前にいる東洋一すらも見てないようだった。

 

「千代は…話したのか? 真実を」

 

 東洋一が静かに尋ねると、紅儡はギロリと睨みつけた後、クッと片頬を引き攣らせた。

 

「……あァ…聞いたよ。すべて、みんな…」

 

 ギリ、と東洋一は歯噛みして、紅儡を睨みつけた。

 

「わかっていて…襲ったのか? 再び、風波見家を襲って……子を殺したのか!?」

 

 震える声で叫ぶ東洋一を、紅儡はしばらく凝視していた。

 それから、ゆっくりと……嗤った。

 

「そうか。お前も…賢太郎と一緒か……」

 

 ククク…と喉を鳴らしながら、つぶやく。

 怪訝に眉を寄せる東洋一を見て、紅儡は耐えきれぬようにケラケラと哄笑した。

 

「哀れよなぁ……お前も賢太郎も。本当に、哀れな奴らだ」

「……どういう意味だ?」

「………」

 

 紅儡はその問いには答えなかった。

 代わりに、

 

「千代をどうしたのか……教えてやろうか?」

 

 うっすらとした笑みを貼りつかせて、東洋一を見下ろす。

 

「さんざん痛めつけて十日ほど放っておいたんだ。目に(うじ)虫がわいて腐り始めた。………食べてやったよ。ちょうどウマい頃合いだった。……ハハハッ」

 

 陰惨なその状況を聞いて、東洋一が激昂することはなかった。むしろ無表情に凝り固まった。

 ザリ、と右足が一歩前に出る。

 

 途端に紅儡の体が勝手にビクリと震えた。

 まただ…!

 内心で苛立ちながら、足元から這い登ってくる、ありえない感情にカチカチと歯が鳴る。

 

「いっ、いいのかッ!? お前の弟子がどうなっても!!! 技を放てば、この弟子諸共微塵となるぞッ!!?」

 

 東洋一は刀を八相に構えながら、その時になって初めて微笑を閃かせた。

 

「殺されて……何度甦ってこようが、お前は儂を憶えとるんだな。儂に振るわれた剣を、お前の心が忘れても、お前の血も、肉も、骨も……憶えて……怯えている」

「うッ、うるさいッ! うるさいうるさいうるさいうるさいッ!!! 来るな! お前の弟子を……お前の弟子がどうなっても…!」

 

 紅儡は必死で叫びながら、ギリギリと三郎を強く握りしめていく。

 

 東洋一は刀を持つ手に力を籠めた。

 睨みつけるその先にいるのは、鬼。

 かつて共に戦った仲間。

 一度、殺したはずの…弟とも思った……家族。

 

「浩太」

 

 懐かしい名前で呼ぶと、紅儡の顔が真っ赤に染まる。

 

「その名で俺を呼ぶなぁッ!」

 

 だが東洋一は過去を懐かしむ気はない。今、もっとも腹立たしいのは―――…

 

「お前が………飛鳥馬(あすま)の技を遣うな…!!」

 

 叫ぶなり、ゴオッッと風が巻き起こる。

 

 風の呼吸 玖ノ型 風破観(かざはみ)

 

 幾筋もの竜巻がうねるように紅儡に襲いかかった。

 

 避けることも、躱すこともできない。

 東洋一が縦横無尽に刀を振り回すその姿を捕捉する前に、紅儡の体は肉塊となって土の上に落ちていた。

 

 ぴちゃん、と水溜りに雫が落ちた。

 

 いつの間にか雨が止んでいる。

 あの風に煽られて雲まで退けたというのか……?

 

 紅儡はどうにか首を動かそうとするが、長く伸びてダラリと地面に落ちた首はもうゆっくりと灰となって消えつつある。

 ギョロギョロと目を動かすと、視線の先で倒れた東洋一の姿があった。

 地面に突っ伏している。

 

「なぜだ……なぜ………玖ノ……型……お前が……」

 

 つぶやく紅儡に、東洋一はゆっくりと顔を上げた。

 泥だらけだったが、その顔は昔のままに温かい笑みを浮かべていた。

 

「だからお前は……馬鹿、なんだ。師匠は…お前にも……俺にも…いつも……手を……伸ばして…」

 

 言いながら、東洋一は一生懸命に手を伸ばそうとしていた。

 あの日の周太郎のように。

 

 だが、紅儡はただ己の身が消えゆくのを感じ、震える声でつぶやくばかり。

 

「馬鹿な…馬鹿な……」

 

 声はだんだんと小さくなり、伸びた首の先にあった頭は塵と消えた。

 

 ゴロリと仰向けになった東洋一の目に、雲の切れ間から夕焼けに染まり始めた空が見えてきた。

 

 抗えずに目を閉じて……しばらくすると、どこからか呼ばれる声がする。

 再び目を開くと、茜空を背に呆然と固まる薫と、泣きじゃくる三郎の姿が見えた。

 

「お師匠様ッ!!!!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 薫は苛立った。

 足をやられたのもあるが、それよりもあの漆ノ型を使ったせいで、思った以上に体に負担がかかったらしい。

 いつものように走れない。

 息が切れる。足がもつれる。

 また、こけた。

 すぐに立ち上がって、再び走り始める。

 

 なんてことだろうか。

 どうして自分はこうなることを考えなかったのだろう? 

 風波見家を襲った紅儡が、恨みと憎しみのままに()()()()()()()()()東洋一に復讐を考えないはずがなかったのに…。

 

 東洋一の家に近づくにつれ、徐々に雨足が弱まりつつあった。

 塀の向こうに紅儡であろう腕が伸びて、何かを掴んでいるのが見えた。

 

 あの鬼は…また、人質を取っているのか?

 ギリと歯噛みして、薫は跳躍すると塀の上に飛び乗った。

 同時に、下から巻き起こる風の勢いに思わず落ちそうになって、屈み込んで塀を掴む。

 

 何が起こっているのか…すぐにはわからなかった。

 

 うねり狂う竜巻のような斬撃。

 ヒィヤアアアァ…と悲鳴を上げる紅儡。

 

 人質を掴む腕もまた斬られて、その落ちる少年が三郎と気付くや否や、薫は跳んで受け止めた。

 三郎を抱えたまま、雨で柔らかくなった地面の上を転がると、松の張り出した根にぶつかって止まる。

 

「う……」

 

 呻く三郎に薫は大声で呼びかけた。

 

「三郎くん! 三郎くんッ!! しっかりしてっ」

 

 三郎は呻きながらゆっくりと瞼を開くと、しばらくボウっと目に映るものを眺めた後、カッと目を見開いた。

 

「師匠っ」

 

 叫びながら、身を起こす。

 咄嗟に地面についた手に痛みがはしって、顔を顰めた。

 

「大丈夫? 三郎くん」

 

 助けようとした薫を遮って、三郎は叫んだ。

 

「師匠はッ? お師匠様ッ」

 

 三郎は無理にも立ち上がって、辺りをキョロキョロと見回す。

 薫も立って紅儡の肉塊の周囲をゆっくりと歩いていくと、地面の上で仰向けに倒れた東洋一を見つけた。

 

「先生ッ!!!!」

 

 慌てて走り寄って、東洋一の体を抱き起こす。

 

「先生ッ! 先生ッ!!」

 

 何度も呼ぶが東洋一の目は開かない。

 

 薫は泣きそうになるのを必死でこらえた。

 まだ、わからない。

 心臓の鼓動は聞こえる。

 医者を呼んで、すぐに薬をもらえばあるいは……!

 

 顔を上げた視線の先に、ゆっくりと消えつつある肉塊から伸びた白い手。

 東洋一に這い寄ってくる。

 

『と……よい…ち……さ…』

 

 その声はどこからしているのだろう?

 奇妙に間延びして、頭の中に直接響くかのようだ。

 伸びてくる手の先に、あの右肩の紅い目が涙を浮かべてこちらを見ていた。

 

「…………」

 

 薫は震えた。

 

 この期に及んで、まだ、この鬼は泣くというのか?

 己が殺そうとした兄弟子に助けを求めるのか?

 

 雲が千切れて、沈みかけた夕日の赤光が差し込んでくる。

 斬り刻まれた肉塊は光の中で塵となって消えていこうとしている。

 だがその肉塊の影に沿って、白い手だけが死にかけた蚯蚓(みみず)のように震えながら伸びてくる。

 

 薫は鞘から(こうがい)をとると、東洋一の肩を掴もうとしていたその手に突き立てた。

 ピタンピタン、と濡れた土を叩いて、手が崩れていく。

 

『とよ…い…ち……助け…………死な…ない………死ね…な…い』

 

 その声は悲しい余韻を残して、雨上がりの蒸れた空気の中に消えていった。 

 

 薫はその鬼の姿が消えていくのを凝視しながら、混乱していた。

 

 今、この鬼は何と言った?

 死なない?

 死ねない?

 一体、どういうつもりで…何を、言っていたのだろうか……?

 

 鬼の(むくろ)が消え、もはや何もなくなったその場所に、最初に現れたのは実弥だった。

 呆然としてこちらを見ている。

 

 しっかりと目が合っているのに、薫の目にも実弥の目にも互いは映ってなかった。

 次いで匡近が、しばらくして、すっかり息切れした守が姿を現すなり、こちらに駆けてくる。

 

 まるで時間が止まったように思っていた薫がハッと我に返ったのは、三郎の泣きじゃくる声に東洋一が答えたからだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「お師匠様ぁぁ! ごめんなさい! 僕が…僕が鬼に捕まったから…ごめんなさいッ!!」

「馬鹿が…なんで…お前のせいだ。儂がこうなったのは……寿命、だ。少々……年寄りの…冷水が過ぎた……な」

 

 ポツポツと言いながら、東洋一は自分の周囲に集まった弟子達の姿を眺めて、フッと笑った。 

 

 ―――――案外と…まともだったな。儂の死に方は。

 

 今や東洋一は自分の死期をはっきりと感じ取っていた。

 匡近、実弥、薫、守と三郎。

 こうして弟子達に看取られながら逝くのであれば、自分の生涯はわりといいものであったと、心の中で総括する。

 

 一旦、目を瞑って浅く息を吐くと、守と三郎を交互に見た。

 

「守、三郎。お前達、匡近に…師事、しろ。やさしいが、手抜きはせん…男だ。ついていくことができれば、お前達の道も……見えて、くる…だろう」

 

 守はボロボロと泣きながら、それでも「はい」と力強く頷く。

 三郎は目を伏せて、激しく首を振っていた。

 

「匡近」

 

 呼びかけられた匡近は、困惑した表情で「はい…」と返事する。

 

「お前に……剣士としての才能がある…のは、認める。だが……お前は育手となって……後進を…育てて、いけ。そっちの方が……お前には、合っとる」

「師匠……」

 

 匡近は唇を噛みしめた。

 最期とわかっていても、簡単に首肯できない。

 

 東洋一は笑った。それでもいい。

 匡近が自分の言うことを聞いても、聞かなくともいい。

 己の信じた道を進むのは、誰であれ止めることはできないのだから。

 

「薫…」

 

 東洋一は自分を抱いている薫の手を掴んだ。

 

「お前さんを…鬼狩りしたは……迷ったが、儂が心配する…よりもずっと………お前さんは、強かった…な。だが………一人で、抱え込むな…よ」

 

 涙を呑み込んでひたすら耐える。

 そんな薫の姿を見る度に、東洋一は薫が幸せを遠ざけているように思えてならなかった。

 誰か…誰でもいい。もっと人を頼るようになれれば、きっとその痛みやすい心が傷つくこともなくなるだろうに。

 

「……先生」

 

 つぶやく声は震えていたが、それでも潤んだ瞳から涙が頬を伝うことはなかった。

 血が滲むほどに噛みしめた唇が、必死で泣くのを耐えさせている。

 やれやれ、と東洋一は内心で溜息をついて、微笑みながら薫の手を軽く叩いた。

 

 それから最後に実弥へと目を向ける。

 

 相変わらずの天邪鬼は睨みつけるように東洋一を見つめていた。

 薫と同じように唇を噛みしめて涙を堪えるものの、肩がかすかに震えている。

 

「実弥」

 

 東洋一が呼ぶと、実弥は一歩だけ前に進み出た。

 

「……ジジィ」

 

 会えばいつも出る悪態も、喉の奥で詰まっているようだ。

 

「………実弥、頼むぞ」

 

 それだけ。

 

 それだけで、きっとわかるだろう。

 

 東洋一は確信していた。

 四の五の言う必要もない。

 

 この男は柱になるのだ。

 そうして、きっと…この永い鬼殺の悪夢を断ち切るだろう。

 

 それができる。

 そう……信じている―――……。

 

「…っ…オイッ!!!!」

 

 実弥が怒鳴りつけて襟首を掴んだ時には、莞爾とした笑みを浮かべて、篠宮東洋一は息を引き取っていた。

 

 

 

<つづき>

 

 

 







次回は2021.10.02.土曜日に更新予定です。



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