【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
<隊服悶着・一昔>前編
「重いッ!!!!」
叫ぶなり、支給したばかりのその隊服を投げて寄越す。
「あ、あ…ああ…あの」
「そんなん着て仕事出来るか! 冗談じゃねぇ」
一分の言い訳も聞かず、男はさっさと出て行ってしまう。
庄助は呆然としたまま、投げられた隊服を持って立ち尽くした。
一部始終を見ていた、同じ縫製部の隠である
「とうとう来たか…」
年号が明治に変わってからしばらくして、鬼殺隊においても洋装における機動力―――つまり、動きやすさに着目し、隊服についての大幅な改変が行われることになった。
それまでも一応、鬼の攻撃に対してある程度の強度を持った織物によって半着と袴が作られてはいたのだが、これを着るかどうかは任意だった。
正直なところ、普通に売っている着物とさほどに大差はなかったからである。
そのため、これまで縫製部とはいいつつも、仕事といえば新入隊士の新たな着物の仕立てが主で、どこにおいても忙しい鬼殺隊にあっては暇な部署…とされていた。
それが今回、洋式服を取り入れることになってから
洋服というものの作り方の勉強から始まり、生地の強度を高める工夫、隊士各位への採寸、それからはひたすらに縫って縫って縫いまくる日々。
最終的には庄助は寝ながらまつり縫いを行うという特技まで身につけた。
縫う工程の時には「どんだけ縫えばいいんだよ! もう無理!」と喚き立てた庄助ではあったものの、基本的にはようやく自分が役に立てる日が来た! と、意気軒昂であった。
隊士となるを諦めて隠となって五年。
お針子だった祖母からの薫陶を受けて、裁縫上手ということでこの部署に割り当てられ、正直、くすぶった日々を送っていた。
今回の隊服改変は、不本意な日常を送っていた庄助にとって、ようやく回ってきたやり甲斐のある仕事だった。
そして、見事、やり遂げた。
最年長にして伝説の柱と呼ばれた風柱・
「よくやってくれた。何もないところから作るのは相当大変だったろう。君達の功績は大きいぞ」
この言葉を聞いた時には、庄助はすべて報われたと思った。
同時に、これでこの数ヶ月に及ぶ地獄のような忙しい日々も、ようやく一段落して、ようやく家でのんびりできるだろう……と思っていたのだ。
が。
多くの隊士達は新たな隊服を喜ばなかった。
「なんか…動きづらい…」
「なんか…クサい」
「なんか…嫌」
―――――不評だった。
一応、全員着用の事という決まりにはなっていたが、隊士の中には新たな隊服を着ず、昔ながらの着物で任務を行う者もいた。
庄助は「わかってない!」と腹を立てた。
この服は鬼の爪牙から隊士達を守るためのものであるのに…。
自分達はそのためにこの半年の間、心血を注いで頑張ってきたのに。
着なければ、新隊服のスゴさはわからない…。
内心では苛々と不平不満が渦巻いたが、一介の隠が隊士達に対して「着ろ!」と命令することなどできない。
それに一部の隊士達は縫製部がこの半年の間、血眼になって新隊服の準備を進めてきたことは知っていて、そのことを隊内に噂で広めてくれたので、さすがに面と向かって文句を言ってくる隊士はいなかったのだ。
しかし、今日、とうとうやって来た。
しかも隊服を突き返してきたのだ。
他の隊士は着ないながらも、家の
いや、それだって嫌ではあったが。
「重い……?」
庄助はその隊服を持ちながらつぶやく。
「うん、そうみたい」
返事をしたのは、先輩の
「どうも、鬼の爪に耐えうるものを…って言って、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石の砂を染める工程で混ぜたでしょう? それで重くなっちゃったみたい」
「でも、それも…耐えられない重さじゃないって……桑島様も仰言って…」
「そりゃ、柱になる人と一般隊士とじゃ違うでしょ」
「えぇ? それじゃあ、今までの試作の意味がないじゃないですか!?」
本部に常駐する隊士というのは少ないので、成り行き上、本部に来ることが多い柱に試着をお願いすることになってしまっていた。
庄助はガックリと項垂れた。
「でも…さっきの人って、篠宮さんだろ? あの人が文句言うなんて意外だな」
そう言ったのは庄助と同期の
女子の多い縫製部において、元々は呉服屋の丁稚奉公をしていたという辰之進は、もっとも縫製技術に長けている。
「篠宮…?」
「風柱様の継子だよ。風柱様の継子の中でも、腕はピカイチだって評判だ。まぁ…もっとも遊興が過ぎてよく怒られてるみたいだけどな」
「あの人が着ないとなったら…いよいよ皆、着ないだろうなぁ」
津村タネが溜息まじりに言う。
「なんで?」
「人望がある…っていうのとは違うけど、なんか篠宮さんが着ないならいいや…って感じになりそうだもの。あからさまに着ないって吹聴するわけじゃないにしろ、影響は多少なりとあるでしょうね」
「そんな…」
庄助とて、無理して何が何でも着てもらいたいとは思わない(実は思ってる)が、それでもこの隊服はただの服ではない。
あくまでも隊士達を守るために作り上げたものなのだ。
庄助は投げつけられた隊服を抱きしめるように持つと、部屋を飛び出した。
縫製部のある棟を抜け、本部へと向かう渡り廊下のところで、さっきの男が鳴柱・桑島慈悟郎と親しげに何か話していた。
「し…篠宮さんッ!!」
大声で呼びかけると、ついとこちらを向く。
さっき服を投げつけた相手の顔を覚えていなかったらしい。ん? と不思議そうに庄助を見た。
「お……重いのは、理由があるんですッ!」
「は?」
「染色の時に猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石の砂を混ぜて、強度を上げているんです。だから、鬼の爪や牙にも傷つけられないようになっていて、多少重いのは仕方がないんです!」
「………いきなり来て、なーにをベラベラくっ
横で見ていた桑島慈悟郎は、庄助の持っていた隊服を見遣って、ジロリと東洋一を睨んだ。
「なんだ東洋一、お前…隊服着てないのか?」
「着れるわけないでしょ、こんなの」
「お前なぁ…」
「重いし、なんかクサいし」
「クサいのは、だからそれも染料の関係で……何度か洗ったら消えると…」
庄助が説明しかけると、東洋一はズイと顔を寄せるなり、ビチッと指を弾いておでこを打ってきた。
「いったあぁっ!!」
あまりの痛さに庄助は後ずさった。ヒリヒリと額が熱い。
「なにするんですかぁッ!!」
「うっせぇよ。何度か洗って消えるなら、何度か洗って消えてから寄越せ。クセェのが気になって仕事なんぞ出来るか」
「それは……」
確かに言う通りだが、実際のところ、洗ってニオイが消えるのかは不明だった。
さっきから言うように、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を染料と一緒に混ぜ込み、定着させるための材料に臭いものがあるのは事実で、正直なところ庄助などは今、この隊服に残っているニオイの数十倍はキツイ悪臭の中で何度も試行を重ねたのだ。
桑島慈悟郎は庄助達が必死になってこの半年、奮闘してきたのを見ていたので、さすがに東洋一の
「東洋一、クサいくらいで文句を言うな! だいたい、こんなニオイ…血のにおいに比べればマシだろうが。重さだって、この程度で弱音を吐くなんぞ…お前らしくもない」
「わかってねぇな、ジゴさん。この程度のモンを出してきて、はい出来ました~…なんて、してやったりってな顔されちゃ困るんだよ。俺らは命張ってんだ。なんでこんなへんちくりんの、訳のわかんねぇ筒袖を我慢して着なくちゃならねぇ? どっちが優先されるんだ? 服か?」
聞きながら、庄助の怒りに火がつく。さっきこの男は何と言った?
―――――この程度のモン?
―――――してやったり??
―――――へんちくりん???
よくも……よくも、よくも……。
「待って下さい!!」
庄助は怒鳴ると、ギリと歯噛みして東洋一を睨みつけた。
懐から小さな帳面を取り出す。
それはこの数ヶ月、庄助がこの隊服を作成するために行った試行錯誤の記録であった。
「これを見て下さい!!!!」
東洋一は目の前に差し出された、破れ目のある汚れた小さな帳面を、気のない様子で受け取ると、ペラペラとめくった。
「この程度…って、あなたにはわからないでしょうけど、私達は必死で研究に研究を重ねて作り上げてきたんです! あなた達が命を張っている以上、その身を守るための服を、一生懸命、いろいろ…あちこち回って、糸から、染料から、縫い方だって新たに考えたりして…寝る間だって惜しんでやってきたんです! してやったりとかじゃない!! 必死でやってきた成果を……」
東洋一はフゥと溜息をついて、庄助に帳面を返した。
その顔にあまり変化はない。
ボリボリと頭を掻きむしりながら、
「あぁ、頑張ったな」
とは言ったものの、それはねぎらいの言葉ではなかった。
「………」
庄助は唇を噛み締めて、東洋一を睨んだ。
その庄助の視線をまともに受け止めながら、東洋一は涼しい顔で言う。
「頑張ったから、認められて当然だとでも思ってんのか? その程度だから、年中暇つぶしの穀潰しなんだよ」
『年柄年中暇つぶしの穀潰し』とは、かつての縫製部を揶揄したものだ。
今回の洋式隊服の製作にとりかかるまでは、実際のところそうであった。
「いっ、今は違いますッ!」
「へぇ? そうか? てっきりこの出来損ないの隊服作って、できました~…って終了して元通りになるんじゃないのか?」
「そんなことないです!」
「じゃあ、どうすんだよ?」
聞き返されて、庄助は返事に詰まった。
正直、隊服が完成した後のことは考えていなかった。
もちろん、新たな隊士が来たら作製するし、破損すれば修復する作業もあるのだろうが。だが、それだと以前と同じ『暇つぶしの穀潰し』の縫製部になってしまう……。
言葉が出ない庄助を東洋一はニヤニヤと笑って見ている。
「……改良……してきます」
「そうかい。じゃ、期待しといてやるよ」
最後までいちいちイラつく
◆◆◆
斯くして―――――母田庄助と篠宮東洋一の隊服をめぐる攻防が始まった。
隊服改良版零号。
問題とされた重さと臭さを軽減した。
意気揚々と持って現れた庄助を見るなり、東洋一はフンと鼻で嗤った。
「ずいぶんと自信があるようだなぁ。見せてみろ」
「どうぞ」
渡した瞬間に、東洋一は眉を寄せた。
「駄目だな」
着ることもなく一言。庄助は目を剥いた。
「なんでです! 重さもニオイも、以前とは比べ物にならないはずです!」
「ニオイは…まぁ、及第点をやってもいい。だが、重さはまだ駄目だ。使い物にならねぇ」
「……が、我慢しなさいよォ、ちょっとは!」
「我慢してまで着てほしいのか? その程度か、お前の努力は」
薄ら笑いを浮かべながら、東洋一は持ってきた隊服を手の平の上でポンポンと弾く。
庄助はギッと歯軋りすると、隊服を引っ掴んで抱きしめた。
「………また来ますッ」
◆◆◆
隊服改良版壱号。
猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石の割合をより少なくした。
当然、軽くなった。軽くなったが……
「これで、鬼の爪を防ぐのか?」
出来た隊服は東洋一に引っ張られると、あっさりと破れた。
言われなくともわかった。強度が落ちている。
これでは隊服の意味がない。
「……出直します」
庄助は悄然として持ち帰る。
◆◆◆
隊服改良版弐号。
これは意外なことから、これまでにない改良が加えられることになった。
それまでは織り上がった布に猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を染料と一緒に染み込ませて、その後で縫製をしていた。
だが、偶然に縫製部の女子達の間で白身魚の練り物の話―――覚えておく必要もないので詳細については忘れた…が、
「そうだ! 糸だ!」
叫ぶなり庄助は製糸を頼んでいた職人を訪ねた。
糸の段階で猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を練り込むように撚り混ぜて、染色も行うことにしたのだ。そうすれば、量が少なくともより強度のある布が作れる。
最初に完成した時と同じくらいの意気込みで、道場にいた東洋一を訪ねると、前回とは違って自信に溢れた庄助の様子に、フンと笑う。
「随分と自信満々だな」
「どうぞ」
手渡して東洋一はその隊服を持ってしばらく考え、
「駄目だな」
と、返してきた。
「ええぇぇ!!?? ど、どど、どこが? 何が駄目なんですッ?」
「重い」
「嘘だァッ! 相当軽くなってる筈ですよォ!?」
「あぁ。最初に比べればな。でもまだ重い」
「………」
庄助は自信が覆された恨みもあって、ジットリと東洋一を睨みつけた。
「あなた…何がなんでも着たくないだけじゃないんですか?」
「そんなこたぁねぇよ。着るに値する…いや、着たいと思やぁ着るさ。しかし、これじゃあ無理だな」
庄助は怒りのあまりに全身が震えた。
「もう……結構ですッ!!!!」
東洋一から隊服を奪い取って、庄助は走り去った。
◆◆◆
「はあぁぁ。もう嫌だぁ~」
屋台の蕎麦屋で深い溜息をつく庄助に、呆れた目を向けるのは同門であった
庄助は元々は隊士になるべく育手の元で研鑽を積んでいたが、稽古の途中で足の骨を折り、以来
「別にもうそんなにこだわらなくていいんじゃねぇのか?」
梶原が言うと、庄助は再びはあぁと溜息をつく。
「そうだよなぁ…。何もあの人のために作ってるわけじゃないんだし…」
言いながらもそれは庄助の本意ではない。
こんな中途半端な状態で終わらせることは許せなかった。
だが、これ以上どこをどう改良していけばいいのかわからない…。
途方に暮れて頭を抱え込んでいると、頭上で鴉が喚き立てる声がする。
隣にいた梶原の顔がサッと強張り、すぐさま立ち上がる。
「庄助、すまんが支払い頼むぞ。オヤジ、ここは危険だ。すぐさま引き払え」
店の親父が目を白黒させている間に、庄助はその手にお金を握らせた。
「悪いことは言わない。今日は店じまいして、早くここを立ち去った方がいい」
「ど、どうしたってんだ?」
「いいから! 怖い目をみたくないなら、早くしろ!!」
庄助は親父を手伝って屋台をしまうと、梶原の走っていった方角と逆方向へと追い立てるようにして帰らせた。
空を仰ぐと鴉が飛び回っている。
鬼が近くにいるのだ。
庄助は息を殺しながら、梶原を追った。
むろん、自分はただの隠なので戦うことはできない。
だが、今は見たかったのだ。
梶原は庄助の作った隊服を着ていた。
それも今回自信作として作り上げた改良型のものだ。
実際の戦闘においてどれほど有効であるのかを確認したかった。
川沿いの道々をそろそろと進む。
ここは堤防の上で、眼下には猛暑で干上がった川の河原が広がっていた。
月明かりの下で白い丸い石が敷き詰められたように転がっている。
わずかに真ん中に流れる川の水面も、月明かりを反射して白く光っていた。
一町半ほど進むとギィンと刀が何かに弾かれる音が聞こえた。
庄助はさすがに近寄ることはできなかった。
堤防の上で這いつくばって、伸びた草の間から戦闘の様子を見つめる。
何度か鬼の爪が梶原の服を掠った。
だが、布地を切り裂いたかどうかはわからない。後で検分する必要がある。
今は…その時に梶原が死んでないことを祈るしかない。
最初に鬼と戦っていたのはかなり小柄な隊士だった。もしかすると女かもしれない。
足をやられたのか、立ち上がれずにいる。
梶原は必死に応戦していたが、子供ような鬼の動きは素早い。
だんだんと体力を削られて、梶原が劣勢になっていく。
十分に呼吸を溜めて、裂帛の気合と共に梶原が技を繰り出すと、鬼の身体がパックリと三つに裂けた。
やった、と思う間もなく、三つに割れた身体がそれぞれに一つ一つの体になっていく。
どうやら鬼はわざと梶原の刀を受けたらしい。
三つに分体した鬼は、梶原と女隊士を取り囲む。
「鬼が三体なんて………」
さすがに庄助はあわてた。
ここで自分がまごまごしている間に、梶原達が殺られかねない。
周辺に他の隊士はいないだろうか……?
思わず中腰で辺りを見回し、再び河原へと目を向けた時には、鬼はもう目前に立っていた。
「………ひ」
悲鳴は上げられなかった。
声が潰れて、かすかに空気が漏れるだけ。
怯えきった庄助を見て、鬼はにっこりと笑った。
笑う顔は人間であった頃の、少女の面影が少し残っていた。
「こっちから見てるのがいると思ったら、なんだつまらない。ただの小男」
子供のような高い声で早口にしゃべっている間にも、蛇のような細く長い、赤い舌がチロチロと蠢く。
それがひどく怖かった。
「さぁ、あっちで皆と一緒に私に食べ―――――」
言いながら鬼は庄助の頭を掴もうと手を伸ばす。
だが、最後まで言い終わらないうちに首も腕も斬り落とされていた。
「高みの見物にしては、命懸けだな~」
聞き覚えのある声に、いつの間にか瞑っていた目を開く。
月明かりの逆光で顔は暗かったが、それが誰なのかはすぐにわかった。
「し…しし……篠…宮さ」
「震えてんじゃねぇか。いつもの負けん気はどうしたよ」
相変わらず、人を小馬鹿にしたようなその口調に、今は安堵すら感じた。
だがすぐに思い出す。
「梶原ッ」
河原の方はと見ると、そこにいた二体の鬼は一人の剣士によってあっさりと首をとられていた。
倒れながら塵となって消えていく。
「……済んだな。行くぞ」
「え?」
「検分してたんだろ? 早く来い」
言うなり東洋一は土手を下ってさっさと梶原達のいる方へと歩いていく。
庄助は腰が抜けてフニャフニャになりながらも、あわてて立ち上がってついて行った。
河原に下りていくと、案外と石の下に川の水は流れていた。
女隊士(やはり女の隊士だった)は、戦闘中に水に濡れて全身がぐっしょりしていた。
その上、鬼からの攻撃で肩と背中をやられて、隊服は血に染まっていた。
「服んでおけ」と、女隊士に丸薬を渡しているのは天狗の面を被った男。
彼のことは知っていた。
あまりに優美な顔のせいで鬼に馬鹿にされる、という理由で天狗の面をつけるようになったという水の剣士。
面貌については庄助は見たことがないので真偽はわからないが、次期水柱候補であるという評判は間違いないと思った。
梶原も女隊士も手こずっていた鬼、しかも二体をあっという間に葬っていた。
「隠は既に呼んでいる。すぐに来るだろう」
言っている間にも、土手の方から走ってくる隠の姿が見える。
「どうだ…? 新しい服の着心地は?」
東洋一がいきなり女の隊士に尋ねた。
ぐったりした様子ながらも、女隊士はやや怒ったようにつぶやく。
「重い…です。息が…できない」
「そーかそーか。脱ぐか?」
東洋一が言うと、女隊士はキッと睨みつけた。
どうやら見た目ほどにはひどい状態ではないらしい。
それよりも―――
女隊士が隠達によって運ばれた後、東洋一はその場に立ち尽くしていた梶原に声をかけた。
「おい、梶原。お前、その上着だけ脱げ」
「は?」
「いいから、脱げよ」
梶原は怪訝な顔をしつつ、上衣を脱ぐと東洋一に渡す。
東洋一はそれをいきなり川の中に沈めた。
「あっ!」
「なにするんですっ」
思わず声を上げた庄助に、東洋一はすっかりびしょびしょになったその服を差し出す。
「持ってみろ」
言われるまま、服を受け取ろうとして、庄助はその重さに思わずガクリと膝が折れた。
「あっ!」
「重いだろ?」
「………重い、です」
乾いている時の隊服でも多少なりと重さはあるものの、濡れたその隊服はそれこそ刀よりも数倍重かった。これでは確かに着ているだけで息をするのも辛くなりそうだ…。
「俺らの戦う場所ってのは、水辺でも雪の中でも、雨降る中でも関係ない。その上、敵の返り血を浴びることもある。さっきの女みたいに自分の血が染みることもある。その時にこんなに重くなっちまったんじゃあ…動きようがないだろう?」
「………」
庄助は黙るしかなかった。
今の今まで、実際の戦闘状況を考えた上での製作を行っていなかった。
こんな…基礎中の基礎を……。
「お前さん、俺に着ろ着ろとやたら言ってくるが、自分はどうなんだ? 着たことあるのか?」
「え? い……いえ」
基本的には隠が着るものではないので、一部の隊士か柱に試着してもらうことが常だった。
否定する庄助に、東洋一はやれやれ…とあきれた溜息をつく。
「作ってるお前さんが着てもみねぇで、何がわかるんだよ」
「え……でも、俺はどうせ着ないし」
「そういうことじゃねぇ。自分で着てみりゃ、同じ『重い』ってのでも、どれくらい違うのか実感できるだろうが。試着たって、毎度違う人間が着てるんじゃ比較にならねぇ」
「………」
正直、服のことについては何もわかってないくせに―――と、半ば馬鹿にしていた東洋一にもっともなことを並べられ、庄助はぐうの音も出なかった。
この隊服は隊士の身を守るためのもの―――などと言いながら、実際のところ自分は、この目の前にいる人達のことを考えて作っていただろうか?
真剣に…一生懸命に作ってさえいれば、皆がそのうち認めてくれるだろう…と、己の正しさを押し売りしていただけではないのか?
作ることが重要なんじゃない。着てもらうことが何より大事なのだ。
それなのに自分は、着る人間のことを考えて作っていなかった……。
今更ながらに庄助は自分の独り善がりに気付いた。
ペコリ、とお辞儀をすると庄助は無言でその場を後にした。
「え? おい…母田!」
梶原があわててついて行く。
残された東洋一に、左近次はあきれたように言った。
「いつまでも隊服を着ない…と鳴柱様がボヤいていたのはそういう事ですか」
「あぁ? なんだ?」
「あそこまでご指南されるとは、随分とお優しいことで」
「優しい? どこが?」
左近次は答えず、歩き出す。
知り合った頃からこうなのだ。教えるのではなく、指し示す。自分で気づかせる。遠回りなようでいて、その方が実は芯から身に入るのだ。
「あーあ。酔いが覚めちまったぜ。飲み直そうかな~?」
「いい加減にしなさい。明日から遠征でしょうが」
「チッ! まぁいいや」
東洋一は肩をすくめると、月明かりに照らされた夜道を口笛を吹いて歩いて行った。
<後編につづく>
次回は2021.10.09.土曜日更新予定です。