【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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<隊服悶着・一昔>後編

 隊服改良版参号。

 

 ようやく出来たその改良品を持って訪れたのは、かの『伝説の風柱』の居宅である風波見(かざはみ)家だった。

 

 偶然、本部にいた風波見周太郎の息子の賢太郎から、

東洋一(とよいち)さんなら、今日は(うち)においでですよ」

と、聞いたのだ。

 

 庄助は迷った末、思い切って訪ねてみることにした。

 無論、東洋一に完成した改良版を試してもらうためでもあったが、正直、単純な野次馬根性で、この機会に風波見家に行ってみたかった。

 

 応対した年増の妻女は少々怖かったが、物腰は丁寧だった。

 案内されて、道場に入ると東洋一と周太郎が打合稽古をしていた。

 

 その気迫と緊張感に、傍らで見ている継子達は息をのんでいた。

 途中からであったが、庄助も多少なりとそうした稽古の経験があったため、これが相当な手練同士の打合であることはすぐわかった。

 永遠と続くかに思えるほど、双方共に互角であった。

 

 剣戟の間があいた時に、東洋一は手を上げて周太郎を制した。

 

「客人のようですよ、師匠」

 

 既に庄助が来ていることに気付いていたらしい。

 周太郎もまた同様であったようだ。「うむ」と頷くと、意外にも名前を呼ばれた。

 

母田(もだ)庄助(しょうすけ)だったか? 隊服のことか?」 

 

 庄助は「はっ」とひれ伏した。

 それは儀礼上行ったのではない。

 自分のような末端の隠を、柱の筆頭として何かと忙しい風波見周太郎が知っていてくれたことが、嬉しくてたまらなかった。

 

「あの…その……そちらの篠宮様から色々とご指導を受けまして」

「ふん…そうらしいな」

 

 面白そうな様子で周太郎は東洋一を見た。

 

「鳴柱からも言われたよ。お前が新しい隊服を嫌がって着ないものだから、他の隊士に示しがつかぬと」

「はぁ…すいません」

 

 東洋一が曖昧に笑うと、庄助は即座に否定した。

 

「いえ! 篠宮様に非はありません。私が独り善がりな作り方をしていたのです。全面的に考え方を改めまして、再度作り直してきました。今一度、確かめていただきたいと思います」

 

 庄助が新たな改良版参号となる隊服を差し出すと、周太郎がまず手に取る。

 

「うん。以前よりも軽くなったな。強度はどうかな?」

「はい。服の端をもって引っ張るのを百回、小刀で斬りつけるのを百回行いまして、見ての通りです。また、ニオイの方も糸の状態で染色を行った後に一度洗い、織った後にも洗い、縫製の後にも洗いまして、ほとんどなくなっていると思います」

 

 周太郎は莞爾として笑った。

 

「大したものだ。最初のものが出来た時で十分にも思えたが、改良を重ねてここまで仕上げてくるとは…」

 

 言いながら周太郎から隊服を渡された東洋一は、神妙な顔をして、手の上でその重さを量っていた。

 やがてチラとこちらを見て微笑む。

 庄助は手応えを感じて、ようやく心の中で快哉を叫ぼうとしたが……

 

「とりあえずは、重さとニオイは直ったな。あとの問題点は、色」

「はいぃぃ??」

「前から思ってたけど、なんだってこの色なんだ? 漬け過ぎた大根みてぇな色じゃねぇか」

 

 漬け過ぎた大根…。

 確かに隊服は赤と黄味がかった灰色のような、微妙な色合いだ。

 だが……

 

「はぁ……あの、なぜ駄目なのか聞いていいですか?」

 

 とりあえず訊いてみる。

 今まで重さや臭いについては東洋一に限らず、隊士達からチラホラと不満を聞いていたが、色に関しては一度も文句を言われたことはない。

 

「野暮天」

 

 東洋一はきっぱりと言い放った。

 

「は?」

「どうにも間抜けな感じがするんだよなぁ……ピリッとしねぇ」

 

 庄助はガックリした。

 この前はあんなにいい事言ってくれてたのに、なんだ今回のその理由にもならない理由は。

 

 ムカつきながら面を上げると、周太郎と目が合った。

 マズイ…と思ったと同時に、周太郎が大笑いする。

 

「確かになァ……ピリッとしねぇ…とはいい言い草だな」

「あ、やっぱ師匠もそう思います?」

「そうだな。まぁ……夜目にやや目立つ…かな」

 

 庄助は落胆しかけていた気持ちをハッと引き締めた。

 今、周太郎は大事なことを言っていた。

 

 夜目に目立つ。

 

 それはつまり鬼から見て、目に入りやすいということだ。

 

 和装での隊服時、当初は暗がりで見分けのつきにくい黒や濃紺で作られていた。

 だが、生地の染色に猩々緋砂鉄等の特殊なものを混ぜるようになってからは、この色になってしまったらしい。

 数世代前の先達の考えた技は試行錯誤の末のもので、それはそれで大変な苦労だったろうとは思うが、まだ改良すべき点ではあったのだ。

 

 庄助は再び頭を下げると、東洋一から隊服を受け取った。

 

「かしこまりました。風柱様の貴重なご意見、痛み入ります。次こそは完成させて参ります」

 

 すごすごと立ち去った庄助を見送って、周太郎は肩をすくめた。

 

「隠相手でも容赦ないな、お前は」

「死出の旅路の衣装になるかもしれないんですからねぇ。少々、物を言いたくもなるでしょうよ」

「ハッハッハッ。死出の旅路など……お前ではいつの事になるかわからんだろう」

「そうですかね? ま、出来上がるまでは生き延びることにしますよ」

 

 軽く言うと、東洋一は廊下を早足に帰っていく庄助を見て愉しげに笑った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 夜目に目立たぬ色、となると考えられるのは黒である。

 だが、この染色は困難を極めた。

 前述の通り、猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を練り込んだ糸を染色する際、様々な染料を試すものの、金属に反応してすっきりとした黒色が出ない。どうしても、やや赤茶けたような色になってしまうのだ。

 

 庄助があまりに必死にやっているのを、同じ縫製部の隠達は当初呆れたように見ていたのだが、寝不足がたたってとうとう幻覚混じりのことを言い出すまでになると、放っておけなくなった。

 

「篠宮さん! いい加減にして下さいよ!!」

 

 茨木(いばらぎ)辰之進(たつのしん)は方々に聞き回って、ようやく隊士達が共同で借りている下宿屋の一室で寝こけていた東洋一を見つけると、大声で怒鳴りつけた。

 

 東洋一は正直、ドタドタと入ってきた辰之進の足音で目覚めていたのだが、わざとに寝惚けた顔で起きると、ぼーっと辰之進を見た。

 

「誰だ、お前」

「縫製部の茨木です! 母田庄助の同僚です!」

「あぁ……アイツな。なんだ、どうした? 今日はお前が持ってきたのか?」

「違います! 庄助はここ数日、染料の配合で不眠不休で…とうとうおかしな事を言いだしたから、今日、無理やり家に連れ帰って今、寝かしつけてきたところです!」

「へぇ…お世話様」

 

 気のない様子で言って、東洋一は置きっぱなしになっている鉄瓶から、すっかり冷めきった白湯をグイッと呷る。

 辰之進はキッと睨みつけて、今にも掴みかかりそうな勢いで喚き立てた。

 

「あんたねぇ……誰のせいだと思ってるんですか!? あんたがアレコレ文句つけるから、あいつは大真面目にあんたの相手して、必死に…一生懸命…昨日も今日もロクに食べもせず、ずっーとやってるんですよ!! ぶっ倒れますよ、このままじゃ」

「知ったこっちゃねぇや」

 

 ボリボリと懐手で胸のあたりを掻きながら東洋一は大欠伸をする。

 辰之進はヒクヒクと頬を引き攣らせた。

 

「へ…ぇ……そう、そうですか。いいですよ。でしたらこちらにも考えがあります。この洋式隊服は元は花柱と風柱様からの肝煎りなんです。あなたがそうやって難癖をつけると……お二人に進言致します」

 

 チラと東洋一は辰之進を見遣ると、フンと鼻で嗤った。

 

「見事に、虎の威を借るなんとやら、だな。それで俺が大人しく言うこと聞くとでも思ってんのか?」

「な……なんです? その不遜な態度も含めて……」

 

 辰之進は言いながら、ジワリと額に冷たい汗が噴き上がってきた。

 じいっと辰之進を見つめる東洋一の目を見ていると、だんだんと目が離せなくなる。まるで蛙を呑み込む前の蛇に見入られているかのように。 

 

 一瞬の間で、辰之進と間合いを詰めた東洋一は、耳元で囁く。

 

「友達思いのフリかァ? えェ?」

「ひ……あ…」

 

 辰之進は一気に声が涸れた。

 喉元に何かを…たぶん、刀を…当てられている。

 いつの間に、抜いたのか…? まったく見えなかった。

 

「一生懸命にやってる? 当たり前だろ。できる努力は全てやってこそ、一生懸命っ()うんだよ。その上で心身まですり減らしてアイツはやってる。お前はそれを見て、のこのこ俺の前に現れて、何を言いに来た? 暇か、貴様」

「あ……う……」

「お涙頂戴したきゃ、それこそ師匠と勝母の前ででもやってみろよ」

 

 言うなり、東洋一は立ち上がってコツリと辰之進の額を小突く。

 大した力ではなかったのに、辰之進は不様に後ろに転がった。

 急に強張っていた身体の力が抜け、這いつくばって東洋一の方を見ると、その手に握られていたのは扇子だった。

 

「あ……扇子…?」

 

 混乱して辰之進は目を瞬かせる。

 ペチリ、と扇を閉じる音が響き、ハッと見上げると冷たい瞳の東洋一と目が合った。

 

「止めてみろよ、アイツを。本気になった人間は、お前が考えてるほどヤワじゃねぇぞ」

 

 最後に言い捨てて、東洋一は立ち去った。

 怒って出て行ったのかと思ったが、どうやら後からやって来た他の隊士に聞くと、鴉から危急の任務を告げられたようだった。

 

 辰之進はすっかり自信を喪失した。

 浅ましい自分の心底を見せつけられた気がする。

 

 項垂れて縫製部に戻ると、津村タネが泣きそうな顔で寄ってきた。

 

「駄目よ~、茨木ぃ。また母田くん、戻ってきちゃって」

と、困りきった様子で告げる。

 辰之進は唖然とした後、ハアァと長く息を吐いた。

 

 研究室に入ると、確かに庄助が多少、朝よりは血色のいい顔になって、また瓶をいくつも並べては色水を比べ見ている。

 

 辰之進に気付くと、「ちょうどいいところに来た!」と叫び、手招きする。

 

 辰之進は少しばかり笑った。

 それは庄助を馬鹿にしたのではない。

 東洋一の言葉を思い出していたからだ。

 

 ―――――本気になった人間は、お前が考えてるほどヤワじゃねぇ…

 

 確かにヤワじゃない。むしろ嬉々としてやっている。

 それが困るけど……。

 

 辰之進は軽く首を振った。

 どうしてだか今の庄助が少しばかり羨ましく思えた。

 

 

◆◆◆

 

 

 隊服改良版肆号。

 

 試行錯誤を重ねた上、庄助はようやく満足のいくものが出来ると、途端にバタリと倒れてそのまま一昼夜眠り込んだ。

 それは庄助だけでなく、巻き込まれた縫製部の面々はほとんどが家に帰ることもなく、その場で倒れるように寝入った。

 

 ということで完成品を持って庄助が篠宮東洋一を訪ねたのは、出来た翌日のことだった。

 

 真っ黒な隊服を見るなり、東洋一は嬉しそうに微笑んだ。

 

「いいじゃねぇか。やっぱり粋となりゃ、黒だろうよ。あんな萎びた大根みたいな色よりよ」

 

 そう言いながら持ち上げて、重さも確認している。

 そのまま床に置くと、上着を広げた。

 庄助はやった! と手応えを感じた。

 とうとう着るところまできた……!

 

 が、東洋一は上着を持ち上げてまじまじと眺めたまま止まった。

 

「なんだ、これ?」

 

 不機嫌そうな声が聞こえて、庄助は一気に肝が冷えた。

 

「え? なんですか?」

「この真ン中にズラズラ並んでる、丸いのなんだよ?」

「あ…これは(ボタン)と申しまして……西洋の服はこれで二つに分かれた前身頃を重ねて留めるようになってまして……」

 

 そこまで聞くと、東洋一は上着を庄助に押し付けた。

 

「駄目だ」

「はいいぃ?」

「こいつをいちいちこの穴の中に通すのか? 何個あんだよ。面倒くせぇわ」

 

 上着を留める釦の数については、庄助も当初の案では多いと考えていた。

 これもまた今回の改良において、自分でも試着したことで、わかったことだった。

 

 隊士は危急の任務が言い渡されることも少なくない。すぐさま着替えができなければならない。

 そのため、元は二十個近くあった釦を十個まで減らしたのだ。

 

 しかし東洋一はまだ多いと言う。

 

「四まで減らせ」

「四ですか? それだと……間が開いてしまってガバガバに…。せめて…七とか」

「四」

「五……」

「俺は三でもいいと思ってんだぞ」

「…………」

 

 なんだろう、ここは。

 競市にでも来ているのか? まさか釦の個数で交渉する羽目になるとは…。

 

 黙り込んだ庄助に、東洋一は溜息をついてまだ言い被せる。

 

「だいたいなぁ、なんなんだよ…このチビた碁石みたいなのは。こんなモンぶらぶら下げて戦えるかってんだ。お前は研究熱心だが、どうにも()ってのが分かってねぇなぁ」

「粋……って」

 

 だんだんと庄助の中からフツフツと怒りが沸いてくる。

 確かに自分は田舎者だ。洒落た都会の着こなしなど知ることもない。

 だが、今自分が作っているのは隊服。仕事着。

 そこになんで()が必要なんだ!

 

 フルフルと肩を震わせる庄助を見て、東洋一がつぶやく。

 

「隊士にとっちゃ隊服は死装束でもあるんだぞ。少しでもいい格好で死にたいだろうがよ」

「…………」

 

 庄助は無言で震えた。

 俯いて耐え、しばらくしてから顔を上げると、ニッコリと笑って東洋一を見た。

 

「そうですね。釦の数が多いと着替えにも手間取りますし、戦闘中も気になってしまうかもしれません。もう少し考えてみます」

 

 言いながら、なぜだろう…勝手に握り拳をつくっていた。

 無論、殴るようなことはしないが。

 

 東洋一は気付きながらも、余裕綽々と笑う。

 

「お…殊勝だな」

「とんでもございません。篠宮様に認めていただけるまで、何度でも、改良に改良を重ねて、より良いものを作るのが縫製部の務めだと思っておりますので」

 

 笑顔を貼りつかせて慇懃に答えると、庄助は丁寧に服を畳み、深く頭を下げた。

 立ち上がると、足音だけは激しくその場を去った。

 

「怖くなってきやがったなァ…」

 

 東洋一はクックッと笑って独り()ちた。

 

 

◆◆◆

 

 

 隊服改良版伍号。

 

 前回に指摘された釦については、東洋一の願い通りに四つまで減らした。

 その上で庄助が心配したように、前がガバガバに開かないよう上着の丈から見直した。

 

 従来の物は、最初にもらった洋式軍服の型紙に合わせて尻まで隠れる設計で作られていたのだが、思い切って丈を腰まで短くした。

 この変更は意外にも、本来の目的であった機動力という点においては非常に有効だった。

 庄助をはじめとする縫製部全員が、見本の型にとらわれ過ぎていたことに気付き、あくまでも隊士達の利便性を考えた仕様での作り方を再度見直すきっかけになった。

 

 その上で、釦も大きなものに変えた。

 色も、小さい碁石みたいだと揶揄されたので、皆で意見を出し合った結果、一般隊士は銀色、柱は金色の釦にすることに決まった。

 どちらも黒に映えて、なかなか()だろう……と、呉服屋で丁稚奉公をしていた辰之進が太鼓判を押す。

 

 しかし持って現れた庄助に、東洋一は今回は始めから機嫌が悪かった。

 一応、出来上がった隊服を見て、庄助から釦部分の改良についての説明も聞いたが、上着を見ても口をへの字にして見つめたままだ。

 

「あの~…まだどこか?」

 

 おずおずと尋ねたのは、一緒に来ていた辰之進だった。

 釦の色について自分が最終的に決めることになったので、気になってついて来たのだ。

 

「いや、ま……いいんじゃねぇの。これだったら、皆喜んで着るだろうよ」

 

 東洋一は言いながら、上着をそのまま風呂敷の上に置いて、窓の外で降り出した雨を眺めている。

 辰之進は東洋一の言葉をそのまま受け取って、ホッとした顔になった。

 

「本当ですか? やったな、庄助」

「………」

 

 庄助はしかし眉を寄せた。ズイと、東洋一に詰め寄る。

 

「らしくないですね。言いたいことがおありなら、仰言(おっしゃ)って下さい」

 

 チラ、と東洋一は庄助を見ると、眉間に皺を寄せながらポリポリと頭を掻く。

 

「別にいいんだけどよ。左近次のには裏地がついてんじゃねぇか。何で俺にはねぇんだ?」

「は?」

「左近次のには裏地がついてたぞ。青いボカシの入った鱗文様の」

「………」

 

 庄助は一応笑顔を浮かべていたのだが、そのまま固まった顔を見た辰之進は、隣からヒンヤリとした冷気を感じた。

 

 しばし静かな時が流れた後。

 

「えぇ加減にせえーーッッ!!!!」

 

 それまで腹に溜めに溜め込んできた庄助は、とうとう大声で吠えた。

 仁王立ちして東洋一をギッと睨みつける。

 

 ちなみにここは以前辰之進がやって来た隊士達のたまり場になっている下宿屋である。

 凄まじい怒鳴り声に、寝ていた隊士までが飛び起きて、そろそろと東洋一達のいる部屋を窺う。

 

 しかしそんな隊士達の注目を浴びていることなど、庄助は全く知らなかった。知っていたとしても、止められなかった。

 

「人がヘイヘイと頭下げとったら、えぇ気なりよって!! 左近次ィ? 水柱様と言え! お前より後輩でも柱になられたんや! 敬え!!」

 

 ビシリ! と指を差して庄助は怒鳴りつける。

 そこからは溜まりに溜まった鬱憤が噴き出すばかりだった。

 

「裏地はなァ…水柱様から直接頼まれたんやッ!! 自分は汗っかきで、脱ぐ時にひっかかって脱ぎにくいから、できれば裏地をつけといてくれるかー、言うて! ちゃんと理由を聞いて、丁寧に言ぅてくれりゃなぁ…こっちかってしっかり応対するんやー!! 裏地が欲しいだァ? テメェのはただの格好つけやろうがいッ! 水柱様のが羨ましいだけやろがッ! こっちゃ全隊士の隊服を作っとんねん! テメェだけの好みにいちいち合わせて作ってられるかあぁぁ―――ッ!!!!!」

 

 最後はほとんど絶叫だった。

 

 この半年以上におよぶ苦闘の末、こんな幕切れとはなんとも情けないやら、悲しいやら、腹立たしいやら……庄助の目から涙が零れ落ちた。

 

 しかし、東洋一はポカンとした顔でつぶやいた。

 

「お前……上方(かみがた)の人間なの?」

「それ、今、聞くことかッ!?」

 

 呆れて再び怒鳴ると、庄助はハァハァと息切れして座り込んだ。

 隣にいた辰之進も呆れ顔で東洋一を見ている。

 

「水柱様のが羨ましいって……子供ですか、あなた」

「どうとでも言え。とにかく、隊服はこれでいいさ。ただし、俺は着ないけどな」

「あぁもう……いいですよ。ご勝手に」

 

 辰之進は匙を投げた。

 隊服をたたむと、庄助に「行こう」と声をかける。

 

 しかし庄助は動かなかった。厳しく東洋一を睨みつける。

 

「……()、ですか」

「……そうだな」

「隊服は死装束。ならば『粋』に、『逝き』たいと…いう訳ですか?」

 

 東洋一は「いき」に言葉をかけた庄助を見て、ニヤリと笑った。

 

「ああ、そうだ。俺がぐうの音も出ねぇような、()な隊服を持ってこい。そしたら着てやるよ」

 

「………わかりました」

 

 庄助は立ち上がると、振り返ることなく出て行く。

 あわてて追いかけてきた辰之進が情けなく呼びかけた。

 

「おい庄助ぇ。もぅ、いいじゃないかよぉ。あの人だって、皆が着るようになったら否が応でも着るようになるさ」

「それじゃ、今の今まで俺がやってきた意味がないんだよ!」

「意地を張るなよぉ…」

「いや、駄目だ。意地は通さないと、今まで必死にやってきた自分が立たない。俺はあの人に隊服を着させるって……決めたんだ」

 

 庄助はそれきり無口になって、縫製部に戻ると、すぐさま東洋一の隊服製作にとりかかった。

 

 

◆◆◆

 

 

 一週間後。

 

 隊服改良版伍号篠宮東洋一仕様。

 

 ということで、庄助が訪れたのは再び下宿屋だった。

 その日、東洋一は夜から仕事が入っているらしく、夕刻に訪れた庄助を見るなり、ニヤリと笑った。

 

「さて、出来たか? よけりゃ、今日の任務にでも着てってやるさ」

「それは上々。今日からでも着たくなるでしょうね」

 

 庄助も受けて立った。

 東洋一の前に風呂敷包みを置くと、結びを解いて開く。

 

 中には黒い隊服があった。その襟と袖口、背中部分にサラリとした生地の、薄黄色の裏地が縫い付けられている。

 

「ほぉ…いい取り合わせじゃねぇか。黒に黄とは…」

「これは黄色とは申しません」

 

 庄助はビシリと否定する。

 東洋一が首を傾げた。

 

「黄色じゃねぇ? なんて色なんだ?」

「梔子色です」

「クチナシ……?」

 

 鸚鵡返しにつぶやいて、しばらく考えてから、東洋一はケラケラと笑った。

 

 クチナシ…口無し。

 つまり、これ以上は問答無用。

 ついでにいうなら、死人に口なし…ということで、死装束としてはなんとも皮肉がきいている。

 

「成程な。ま、ありきたりだが……お前にしちゃ考えたじゃねぇか」

 

 言うなり、バサリと上着を肩にかける。

 

「しゃーねーから着てやるわ」

「四の五の言わずに着て下さい。野暮ですよ」

「言いやがる」

「それでは…失礼します」

 

 庄助は深く頭を下げると、すくっと立ち上がって東洋一を見た。

 その目は自信と達成感に溢れていた。ようやく、これで……

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「終わった…と、思ったな。あの時は」

 

 庄助は懐かしそうに目を細めて、ズズと茶を啜る。

 目の前では、庄助の一番弟子を自任する前田まさおがチクチクと隊服の修復作業を行っていた。

 

「しっかし…面倒臭い人もいたもんですねぇ」

「本当にな。まぁ、お陰で『暇つぶし穀潰し』なんて悪名も返上して、なんとも忙しく楽しく仕事させてもらったよ…」

「いや、少しは暇欲しいですよ。僕は」

「今、儂の相手しとるぐらいは暇だろうが」

「はあぁぁ。もう、すっかり毒されて…。そんなだから奥さんにも逃げられちゃったんじゃないですかぁ。僕は嫌ですよ。ちゃんと定時には家に帰ります」

「その前に相手はおるんか?」

「将来っ、将来的にっ」

 

 前田がムキになって言うと、庄助はヒャヒャヒャと歯の抜けた口を開けて大笑いした。

 

 裁縫自慢が集まる縫製部にあって、前田まさおはその技術力は抜きん出た存在であったが、性格にやや……かなり難があるため、隠はじめ隊士からも―――特に女子に―――嫌われている。

 

「ま、忙しい言うても…お前さんらにゃミシンがあるだけえぇじゃろうがい。アレのお陰で格段に隊服を作るのも早ぉなったし。えぇ時代じゃわ、お前らは」

 

 前田は肩をすくめる。

 老人の『昔はもっと大変だった話』というのは、たいがいにおいて、『比べたら今は楽だ』…という軽い批判が入る。

 

 まぁ、そこにいちいち目くじらたてて言い争うほど前田も子供でない。

 実際、話を聞くだに庄助の時代というのは、ミシンがない分、全隊士の隊服をすべて手作業で縫っていたのだから、今それをやれと言われたら、縫製部全員真っ青になるだろう。

 

「さて…行くか」

 

 庄助はお茶をすっかり飲み干すと立ち上がった。

 

「え? お帰りですか?」

「帰るよ。引退した爺さんに、昔の手柄話を長々語られて勘弁してほしい…って顔されとるんでな」

「嫌味なことを言わんで、また来て下さいよ。今度の隊服にはまた新たに外国から仕入れた染料の糸を使うことになってて…」

 

 なんだかんだと言いながら、前田はこの師と仰ぐ人と話すのが嫌いではない。

 庄助の研究意欲は引退するまで健在だった。

 見習うべきところはまだまだあるのだ。

 

「まだ改良しとるんだものなぁ……勝った、なんぞと一息ついとる間もなかったわ」

「そうですよ。改良版陸拾伍号くらいになってんじゃないですかね?」

「頑張っとるな、お前らも」

「他人事みたいに言ってないで、師匠も参加して下さいよ。今日もこれから工場に行くことになってんですから」

「ダメダメ。儂ゃ今から用がある」

「えぇ? 隠居して暇で暇でしょうがないから、近所の古着屋で手直しの手伝いしてるとか言ってたじゃないですか」

「ちょいと遠出して、懐かしい人に会いに行くからの……また今度」

 

 そう言って庄助は手を振ると、縫製部を出て行った。

 

 既に引退した身であるので、正門から堂々と行くのも気が引けて、庄助は西にある小さな通用門へと向かった。

 

 道々には染料となる花がいくつか植えられている。

 朝降った雨がまだ残る、塀沿いの日陰に、青い露草が一輪だけ咲いていた。

 

「おやおや……こんな時間まで咲いとるとは…。お前はよほどに頓珍漢か、頑張り屋じゃの」

 

 庄助はまるで子供に接するように、その昼過ぎにまで珍しく咲き残った露草に話しかける。

 昔はこの露草も必死で採集して、早朝から色水を作っていたものだ。

 

「さて……。行くか」

 

 すっかり重くなった腰を持ち上げるように立ち上がると、庄助は駅へと向かって歩き出した。

 

 隠居した身には時間は山とある。

 はるか昔の、懐かしい知人の墓参りのために遠方を訪れることも、そう面倒ではない。

 

 見上げた空に吹き上げる風が、彼を思い出させた。

 

 

 

 

<閑話休題 隊服悶着・一昔 了>

 

 

 





本日、更新が遅くなり日またぎとなりました。すいません。
次回より更新頻度が変わり、週一になります。
次回は2021.10.16.土曜日の更新予定になります。

pixivの方では、作者のつぶやき話(裏設定エピソード等)をアップしてます。興味とお暇がある方はどうぞ。
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