【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第四章 戀慕(五)

「あ~…君、その蝶の髪飾り。窕繿(ちょうらん)のだねェ」

 

 童磨と名乗ったその鬼は、カナエの髪飾りを見て言った。

 柔らかそうな白橡色の髪の頭頂部は、血を被ったかのように真っ赤で禍々しい。

 

 カナエは刀を構えながら、ビクリと震える。

 彼を殺してから息を潜めていた感情が、ザラリと胸の奥を舐める。

 

「ってことは、君が窕繿を殺したのかな? あ~あ~、お気に入りだったのにねぇ、あの子」

 

 ぺちゃくちゃと喋りだす童磨は、カナエの癇に障る。

 いつもなら鬼に対して人であった頃のことを思い出させようと、話しかける余裕もあるのに、この鬼はなぜだか苛立つ。

 

 厳しい目で睨みつけるカナエにニッコリと笑いかけて、勝手に話してくる。

 

「俺が見つけたんだよ。可哀想に死にかけててねぇ…みすぼらしくて汚くて、本当は放っておきたかったんだけど、鬼になりたい、鬼になりたい…って必死にさ、もう声も掠れてほとんど聞こえなかったんだけど、俺ってば鬼だから気付いちゃったんだよねぇ…」

 

 刀を握りしめる手に力がこもる。

 震えるほどに。

 

 死にかけながら鬼になりたいと……それが、彼の人間としての最期の願いであったという事実を今更ながらに知って、カナエの胸がまた絞めつけられる。

 

 呼吸が…乱れる。

 

 童磨はカナエの葛藤など知る由もない顔で、金色の扇をフワフワとあおぎながら、楽しそうに話し続ける。

 

「俺はなぜだかあの()()には嫌われてるんだけど、でも好みはわかるんだよねぇ…不思議と。長く一緒にいるからかなぁ? 俺が紹介した子はお気に入りになるんだよ。従順で、大人しくて、無欲な、よーく喰べる子だったなぁ…窕繿。小さな村だったら、一晩で喰べ尽くしちゃうんだもの。喰べ方もとても美しいんだよ。あの子の蝶々が蜜を吸うみたいに、人の血肉を吸うんだ。赤ん坊なんて骨も残らない」

 

 そこまで言って、童磨はジロリとカナエを見た。

 グルリと目玉が回ると、そこには上弦・弐の文字が浮かんでいた。

 

 初めて出会った上弦の鬼に驚きながらも、纏っている気配は穏やかで、殺気は微塵もない。

 だが、それをそのまま信じるほどカナエも馬鹿でない。

 

 三日月のように笑みを浮かべた口とは反対に、その紅い瞳は冷たく光った。

 

 次の瞬間にはフイと童磨の姿は消えた。

 カナエは即座に構えたが、童磨は既にカナエと頬が擦り合うほど近くまで来ていた。

 

 耳元で囁く声は抑揚もなくカナエを非難する。

 

「酷いねぇ、君。鬼を殺した戦利品ってワケ?」

 

 気付けば童磨は再び元の位置に立っていた。

 いつの間にか、カナエの右の髪飾りを()っている。

 

「返して!」

 

 カナエが怒鳴るのも、まるで聞いてないように、童磨はしげしげとその髪飾りの蝶を見つめていた。

 ヒラヒラと夜空に浮かぶ月の光に翳して首をかしげる。 

 

「うーん…? なんか、ちょっと違うねぇ。なんだろう? 俺もあの子に貰ったことあるけど、あの蝶はもっと妖しくて毒々しくて綺麗だったなぁ」

 

 ギリっと歯噛みして、カナエは呼吸の技を放つ。

 

 花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

 しかし手応えはなかった。

 避けた気配も感じさせず、童磨は既にカナエの斜め後ろに立っていた。

 

 速い。

 

 速すぎて移動が見えない。

 

 明らかに自分が動揺して、集中を欠いているせいだ。

 このままでは、殺られる―――……

 

 ジワリ…と汗が額から伝う。

 

 童磨はまだ矯めつ眇めつカナエの髪飾りの蝶を見ていた。

 しばらくして「あぁ…そうか」とつぶやいて口の端を歪める。

 

「やっとわかった。君が…窕繿の愛しい愛しいお嬢様?」

 

 サアァ、と血の気が引いた。

 震えそうになる唇をギリッと噛み締める。

 

 童磨に動揺を悟られないよう、カナエは視線を逸らさず睨み据えた。

 

 鬼は扇を口元に当てて、ニッコリと微笑む。

 

「そっか…そうかぁ。じゃあ、窕繿の望みは叶ったわけだ。ずっと会いたいって言ってたからねぇ。どう? 久しぶりに会って、懐かしい話はできたかな? あぁ……でも残念だねぇ。彼、自分の名前忘れてしまったから……君、教えてあげた?」

 

 ビクリ、とカナエの体が強張った。

 喉の奥底から嗚咽が漏れそうになる。

 

 童磨はカナエの様子を見て、首を傾げる。

 

「あれぇ…? 君も忘れたの?」

「………」

 

 答えられないカナエを凝視した後、童磨は呆れたため息をついた。

 

「やれやれ…やっぱりか。どうせ覚えてないって言ったのに。可哀想な窕繿。愛し君に会えても誰とわからぬまま鬼として殺されて……」

「違う!」

 

 気付くと、カナエは叫んでいた。

 涙が頬を伝って落ちる。

 

「私は……彼を…鬼として殺したんじゃない! 人として死ぬために、鬼の(くびき)から救ったのよ!!」

「アッハッハハハハハハ!!」

 

 童磨は大笑いした。

 しばらく笑い続けて、いきなりカナエを冷えた目で見た。

 

「なんて詭弁だ。笑わせるなぁ…」

 

 ひどく顔を歪めてつぶやいた声は、低く、怨念深く響く。

 

 言われるまでもなく、それはカナエとてわかっていた。

 

 それでも、あの時、彼をこの手で斬ったことに後悔はない。

 あれ以上、彼に人を殺めさせることはさせない。絶対に。

 

 未だに顔も名も思い出せなくとも、カナエの知る彼は、決して人を殺して喰らうことを喜ぶような人間ではなかったはずだから。

 

 涙をのみこんで、呼吸を整える。

 

 花の呼吸 参ノ型 零れ桜・散華

 

 カナエが技を放つと、童磨は扇を振るった。

 辺り一面に氷の粒が降る。

 冷気がカナエの周囲を包み込み、その中で息をすれば肺が凍りつきそうだ。

 呼吸を浅くし、再び技を放つ。

 

 花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

 刀が大きな円を描き、童磨の首を狙う。

 しかし童磨は焦りもせずに、扇を優雅に動かした。

 

 湾曲した巨大な氷がカナエの攻撃を防ぐと同時に攻撃してくる。

 後方へと回転して避け、すぐに技を放つ間もなく、今度は頭上から巨大な氷柱(つらら)が幾つも落ちてきた。

 

 花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

 技で氷柱を跳ね返しながら、どうにか逃れると、童磨は先程までの剣呑だった雰囲気が嘘であったかのように、のどかに笑っていた。

 

「凄いなぁ…なかなかだね、君。良かったよ、窕繿が君を喰べなくて。あの子、本当に男でも女でも犬でもネズミでも、ごっちゃに食べちゃうからさぁ。君みたいな可愛い女の子が一緒くたにされちゃあ、かなわないよねぇ。俺は違うよ。女の方が美味(おい)しいし、栄養価も高いからね」

 

 ゾッとカナエの背筋に悪寒が走る。

 鬼が女に執着するのは珍しいことではないが、この鬼は、はっきりと理由があって好きなのだ。

 

 いつもならその程度の言葉は流すのに、自分が女であるということに嫌悪を抱く今は、ただ気味が悪い。 

 自分が男であったなら、彼は―――窕繿は、カナエに執着することもなく、鬼とならずに済んだろうか……。

 

 童磨はカナエの本心など知る由もないのに、妙に人の顔色を窺うのだけは得意のようだ。

 いかにも情け深い顔で問うてくる。

 

「どうしたの? 苦しそうだね。君みたいな()()()()には、この世界はつらいんだろうね。大丈夫。俺が喰べてあげるよ。もう苦しまずに、俺と一緒に永遠の時を生きていこう……」

 

 その言葉が本心であったなら、カナエは一層寒気に身を震わせたことだろう。

 だが、目の前の鬼の言葉はどこまでも空虚だった。

 

 彼とは違う。

 言葉は少なくとも、彼は鬼となっても最期まで、カナエだけを見て…カナエの為に死を選んだのだ。

 

 ―――――さぁ…早く……

 

 差し伸ばされた手。

 カナエにその身を委ねるかのように――――…

 

 彼の言葉が真実であればこそ、悩み苦しんだ。

 鬼を救いたかったのに、鬼を作り出した自分に。

 

 それでもきっと、自分はあの選択をするしかなかった。……

 

「……あなたに何がわかるの」

 

 カナエは刀を構え直し、キッと童磨を睨みつける。

 

「私は彼の望みを叶えたわ。彼は私に会い、私に斬られることを望んでいた。だから、もう迷わない。私は彼を……救ったのよ!」

 

 震える叫びは、血を吐くように辛い。

 自分に課した矜持が、がんじがらめに自分を潰そうとする。

 それでもカナエは立っていた。

 

「じゃあ……どうして泣いてるのかなぁ?」

 

 嫌味に尋ねる童磨に、カナエは答えない。

 零れる涙を拭うこともなく、一歩踏み込んで技を繰り出す。

 

 花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

 連撃を避けずに、鬼は対の扇だけで防いだ。

 まるで春の風がそよいだ程度でしかないように。

 

 カナエはすぐさま次の技を繰り出す。

 

 花の呼吸 壱ノ型 椿ノ火影

 

 その(きっさき)は童磨の左目を真っ二つに切り裂いた。

 だがブンと振るった二の太刀は空を切った。

 

 既に童磨は剣先の届かぬ場所に立っていた。「うわーぁ」と白々しい感嘆の声を上げ、押さえていた手を離すと、既に紅い目も、割れた頬も再生されている。

 

「そうやって躊躇(ためら)うこともなく殺したんだろうねぇ、君は。鬼狩りはいつだって自分だけが正しいと信じているんだから。可哀想な窕繿。思い出してももらえず、殺されてもまるで助けたみたいに言われるなんて、心外だろうなぁ。哀れで惨めで…これじゃ、何のために()()()()()()かわからないよ。あのまま死んでも良かったねぇ……」

「救っ…た…?」

 

 呆然と聞き返して、カナエはフッと笑みを浮かべた。

 

「……違うでしょう」

 

 皮肉げなカナエの微笑に、童磨は眉を顰める。

 目にまた剣呑な光が浮かんでいた。

 

「彼を救ったんじゃない。あなたは彼に()()()()()()()のでしょう?」

 

 童磨はまじまじとカナエを見つめた後、ハハハと大声で笑った。

 心底、楽しそうでなかなか笑いが止まらない。

 

「俺が救われる? 俺が? 俺がどれだけの数の人間を救ってきたか、わかってるの? ハハハハ!」

 

 身を捩らせて笑いながら、童磨は饒舌だった。

 

「俺は、彼を惨めな死から救ってやったんだよ。君のように殺した訳じゃあない。永遠の命を得て、彼はようやく思うままに()()()()()()ようになったんだ。愛しいお嬢様を探し続けて、人を喰らい、蝶を作る。……なんて純粋なんだろうね。君もそうは思わない?」

「……鬼であった彼を認める気はないわ」

「酷い子だなぁ。可哀想な窕繿に同情するよ。こんな冷たいお嬢様に恋するなんて、なんて報われないんだろう…」

 

 黄金の扇で口元を隠しながら、童磨はいかにも悲しそうに言ったが、紅い目には何らの感傷もなかった。

 

 カナエは静かに全集中の呼吸を整えながら、冷たく言い放つ。

 

「さっきから…あなたはどうしてそんなに心にもないことばかり言うのかしらね。虚しいとは思わないの?」

「? …虚しい? なにが?」

「まだ気付いてないのね…可哀想に。本当に哀れなのは、彼じゃないわ。あなたよ。空虚で、誰に理解されることもない、傷つくことすらできない、気の毒な―――」

 

 カナエが最後まで言う前に、童磨の姿がユラリと揺れたかと思うと、目の前に来ていた。

 

 ガチッ!!

 

 首へと振り下ろされた扇子を刀で受けたが、もうひとつの扇子はカナエの脇腹を抉っていた。

 息を吸い込んで吐くと同時に、後方へと下がって間合いをとったが、ボタボタと血が落ちた。

 

「………おや、ゴメン。ひとおもいに殺してあげようと思ったのだけど」

 

 無表情に童磨は言う。

 抑揚もない。

 

「おかしいな……なんだかひどく…気分が悪い」

 

 固まった顔のまま、童磨は不思議そうに首だけをぶらんぶらんと右に左に振る。

 

 ゴフッ、とカナエの口から血があふれた。

 それでも鼻からスゥゥと吸い込んで走り出す。

 

 息を止めると同時に高く跳躍して技を放った。

 

 花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

 空中で回転しながら童磨の首を狙う。

 刃がその白い首に吸い付くように伸びていく。

 

 しかし童磨はその軌跡を既に見切っていた。

 いきなり姿が消えたかと思うと、背後から氷の蔓が襲ってくる。

 

 一つは刀で叩き壊したものの、残りの氷の蓮華は容赦なくカナエの体を抉った。

 見る間に隊服は血に染まり重くなった。

 

「……クッ!」

 

 膝をつくと、ゴボゴボと胸で奇妙な音がした。

 気道を逆流した血が口からあふれてこぼれ落ちた。

 

「あーあ…大変だぁ」

 

 童磨はまた道化のように笑っていた。

 

 カナエは突っ伏して倒れたまま、その空虚な笑みを見て残念に思った。

 気づかないまま、また戻ったのだ…この鬼は。

 

 軽いため息は、白み始めた空に立ち上っていく。

 

 童磨は血のついた扇をゆるやかにあおぎながら、不満そうに言った。

 

「ふぅ…。もう夜明けじゃないか。君は特別に、最期まで生きたまま喰べたかったのに。俺はみっともない喰べ方はしたくないんだ。仕方ない…失礼するとしよう」

 

 そのまま立ち去りかけて、「あぁ…そうだ」と振り返る。

 

 童磨は懐からさっき取り上げたカナエの髪飾りを取り出した。

 

「俺は優しいからね。ホラ、窕繿の形見でしょ?」

 

 言いながら、カナエの髪に蝶を挿す。

 血塗れのカナエを見下ろす顔は、満足気だった。

 

「………ありがとう」

 

 ほとんど聞こえないほどの微かな声でカナエが礼を言うと、童磨は驚いたように目を見開いた。

 何かを言おうとして、適当な言葉が見つからず押し黙る。

 

 迫りくる朝の光は本能的な恐怖だ。

 そのまま無言で闇の中へと姿を消した。

 

 カナエはうつろな目で、童磨の消えた先を見つめていた。

 やがて、眩しい光が周囲の景色を鮮明に浮かび上がらせ、ピチピチと雀の鳴き声が朝の訪れを告げる。

 

 ―――――本当は……羨ましかったんでしょう?

 

 もはやその場にいない童磨に、カナエは問いかけた。

 

 ―――――鬼になるほどに人を愛することのできる彼に、憧れていたのでしょう? あなたは何もないから。満たされない…寂しさすら感じられない、空っぽな心。

 

 それでも、彼を殺したカナエに無意識に苛立っていたのだろう。

「詭弁だ!」と嘲笑った童磨の顔が思い浮かんで、カナエはフッと笑みをもらす。

 

 ―――――……残念ね。さっき、彼のために怒っていたことに気付くことができれば、少しだけ…あなたは救われたのかもしれないのに……

 

 哀れで、気の毒な、報われない魂。

 

 鬼として生きることは、人としての喜びを捨てることだ。

 夜の闇を抜けて、朝日に安堵し、今日という一日を始められることに感謝し、家族や友人と、いつもどおりの挨拶を交わす。

 

 永遠の命には、その日々の喜びはないのだろう。

 

 ―――――……可哀想な…鬼……

 

 意識が……一瞬、ストンと落ちる。

 

 

 

 

「姉さんッ! 姉さんッ!!」

 

 カナエは再び目を開いた時、涙を流しながら必死で自分を呼ぶしのぶを見て、ホッとした。

 

 この最期の時に、妹に看取られるなんて、自分はなんて幸せ者だろうか…と。

 

 けれど、この子がこのまま隊士として鬼と戦い、いつか一人で死んでしまうのかと思うと、胸が絞めつけられる。

 今更ながらに、巻き込んでしまったことを後悔するしかない。

 

「しのぶ…鬼殺隊を辞めなさい」

 

 涙を浮かべるしのぶの頬を撫でながら、カナエは静かに言った。

 

「あなたは頑張っているけれど…本当に頑張っているけれど……多分しのぶは……」

 

 あんな鬼相手に敵うわけがない。

 柱である自分ですらも、あの速さを見極めることはできなかった。

 

 きっと、殺される。

 そして、あの鬼は愉悦してしのぶを喰らうだろう。

 

 ―――――自分の妹を鬼殺隊に入れるなんて、気がしれねェ…

 

 不死川実弥の言葉が懐かしく響く。

 本当にその通りだ。

 

 それでもやっぱり同じ選択をするだろう。

 

 一人で生きていく勇気もない臆病者。

 それが自分の真実の姿だ。

 

 弱虫で身勝手で、唯一人の妹すらも、自らの復讐の道連れにした…。

 

 だから…もう…… 

 

「普通の女の子の幸せを手に入れて……」

 

 ごめんね、しのぶ。あなたを道連れにして。

 

「お婆さんになるまで生きて欲しいのよ」

 

 ごめんね、先に逝ってしまって。

 

「…もう…十分だから……」

 

 どうか、これからは…あなただけでも平和に、生きていってほしい。

 

 だが、カナエの弱々しい言葉を払いのけるように、しのぶは泣き叫んだ。

 

「嫌だ! 絶対辞めない! 姉さんの仇は必ずとる! 言って!! どんな鬼なの? どいつにやられたの……!!!!」

 

 怒り狂うしのぶの瞳は真っ赤に充血しながらも、真正面からカナエの死を受け止めようとしていた。

 

「…………」

 

 カナエはまじまじとしのぶを見つめながら思った。

 

 ―――――この子は…私よりも、ずっと強いのかもしれない……

 

 強情で、そのくせ泣き虫で、本当は人のことをとてもよく見ていて、困っていたら文句言いながらも助けてあげるような…心底、優しい妹だ。

 自分よりもずっとずっと優しいから、継子や仲間達が次々と死んでいくこの鬼殺の中で生きていくことは、きっと、とてもつらいことだったろう。

 

 けれどしのぶはカナエの後悔など押しのけて、自らの力で強くなっていた。

 傷つきやすい自分の心に鞭打って、歯を食いしばって、生き抜いてきた。

 

 もう…とっくに、しのぶは立派な鬼狩りなのだ。カナエが背中で守っていた幼い妹ではない。

 

「……頭から…血をかぶったような……鬼だった」

 

 切れ切れに話しながら、カナエはしのぶの顔を見つめ続けた。

 

 かわいい、愛しい、妹。

 しのぶの存在は、カナエにとって救いで、勇気で、希望だった。

 いつも彼女が笑っていてくれることを願っていた。

 

 いいや、しのぶだけでなく。

 

 自分にとって大事な人達すべてが…ただ、幸せに…笑っていてほしいと…。

 

 だから、カナエは剣をとった。

 後悔は、ない。

 

 そう……。

 

 ()も、最期には笑ってくれていた。……

 

「……姉さん! 姉さん!!」

 

 しのぶの声が遠のいていく。

 

 カナエはゆっくりと目を瞑った。

 だんだんと体の重さが消えていく。

 

 意識が消える寸前に、思い出した。

 

 

 そう……

 

 確か……

 

 駒吉って…

 

 恥ずかしそうに、言ったのよ……。 

 

 

 

<つづく>

 






次回は2022.02.26.土曜日に更新予定です。

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