【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 狂宴(六)

「お前…また、殺すのか?」

 

 天元は問いかけた。

 結局、()はこの道を選ぶしかなかったのだろうか。

 

 目の前に立つ()の足元には、雛鶴と()()()が無残に殺されている。

 

 あの時と同じだった。

 闇夜の森の中。覆面をつけた人間が襲ってきた。尋常でない敵意に天元は容赦なく斬って捨てた。

 覆面がハラリと落ち、地面に倒れていたのは須磨だった。

 

 天元は目を見開いたまま固まった。

 

 心臓が奇妙に跳ねる。呼吸が乱れ、冷や汗が背を伝った。

 そっと須磨を抱き上げて彷徨する。

 

 やがてあの日と同じ滝の近くで、眩しいばかりの月光の下、雛鶴と()()()が殺される瞬間を見た。

 真っ黒な装束の()が振り返る前に、天元にはそれが()()()()()()()()()()()

 

 二人の嫁の首を落とし、その首を拾い上げようとしている姿に、嫌悪感が噴き出す。

 

「やめろ!」

 

 叫ぶと()が振り返る。だが、相変わらず冷たい顔だ。いや、何も感じていない顔…といった方が正しいだろうか。

 微かに眉間に皺を寄せて、こちらをじっと窺っている。

 

 天元は須磨をそっと地面に降ろし、静かに問い重ねる。

 

「俺と戦うために嫁を殺したのか?」

 

 

 ―――――一欠片(ひとかけら)でも人であってほしいから、里を出たのだ。

 

 

「あの時、見逃したのは、俺を絶望させるためか?」

 

 

 ―――――冷たく凍りついてしまった弟の『弱味』として生き続ける。それが弟妹達を殺した自分にできる唯一の償いだと思ったから…。

 

 

「そうやって俺の『弱味』を消して、俺を引きずり込む気か!? そんなに俺を殺して…『完璧』とやらになりたいのかよ!!?」

 

 叫びながら吐き気がする。

 どこまで…いつまで、この男は信じているのだろう…?

 

 不必要なものは淘汰する。何のためらいもなく任務を遂行する。まるでそれが正義であるかのように。もはや時代の波に消えようとする忍の長としての使命であると信じて。

 

 天元はもはや躊躇なく刀を振り下ろした。

 素早く()()は後ろに跳躍して間合いをとる。そうしてギギギと口の端を歪めると、キィヤアアァ!! と甲高い声で咆哮した。

 見る間に()の姿は変貌していった。

 額に生えた灰色の角、紅い目、耳まで裂けた口からは牙がせり出していた。

 

 天元は醜い鬼となった()に打ちのめされた。

 

「お前……鬼に…なっちまったのか……」

 

 かすれた声でつぶやく。

 もう、本当にこれで…天尚は死んだのだ。

 

 天元はギロリと睨みつけると、鬱金色の日輪刀を構えた。

 

「鬼に…容赦はしねぇ」

 

 音の呼吸 肆ノ型 響斬無間

 

 バリバリと空間が鳴動し、悲鳴と高らかな哄笑が入り混じって聞こえた。

 

 ザワザワと耳鳴りがする。やがてそれはゆっくりと消えていったが、静かな廃墟に佇む自分と、目の前で裂傷を負って床に倒れ伏した薫の姿に混乱する。

 

「………」

 

 今の今まで、何処にいたのか……わからなかった。

 ただ、自分が技を放ったことだけはわかる。屋根の一部が吹っ飛んで、月明りが真上から差し込んでいた。

 

 天元はハッとなって薫を抱き起こした。

 

「おい! しっかりしろ!!」

 

 声をかけると、薫がうっすらと目を開く。

 

「音…ば…し…さま…血、鬼……じゅ……どう、か…気を……たし…に」

 

 切れ切れに訴えかけてくる薫に、天元から殺気が失せていく。

 自分は一体、何に向かって技を放ったのだろうか? 鬼がいたはずなのに…その鬼の姿すらも、もう頭から消え失せている。

 

「どうなってんだ…おい! 寝るな!!」

 

 必死になって声をかけるが、薫はぐったりと気を失っていた。

 見たところ重傷は負っていないが、鼻血が出ていた。脳に何かしらの衝撃を受けたのかもしれない。

 

「……素晴らしいこと」

 

 緊迫した状況の中、いかにも愉しげな声が響いた。

 顔を上げると、部屋に来た時にあった絵はなく、生成色の画布の中で、白い顔の女の鬼が嗤っていた。

 額から生えた灰色の角、両目の端と頬に薔薇のような紋様がある。

 

「テメェ……」

 

 天元は薫をそっと床に寝かしつけながら、鬼を睨みつけた。

 しかし艶然と鬼は微笑む。

 

「美しい里でございましたわ。それにとても楽しい()()をされていましたのね。羨ましいので、同じような状況(シチュエション)を作って差し上げましたのよ。いかがかしら? 愉しんでいただけまして?」

 

 言葉遣いは上品であったが、天元は虫酸が走った。

 まったく悪趣味な鬼だ。どうやら天元の記憶を勝手に掘り起こして、血鬼術を張り巡らせたらしい。

 

「悪趣味なババァだな」

 

 天元が吐き捨てるように言うと、絵の中の鬼はムッと鼻の頭に皺を寄せる。

 

「あれが悪趣味だとおっしゃるなら、それはあなたの趣味が悪いということですわ。だって、あの幻影はあなたの作ったものなのですから。(わらわ)は少しばかり色をつけて差し上げただけ」

 

「あぁ…懐かしかったよ。久しぶりにな」

 

 天元は奥歯を噛み締め、刀をぶんと絵に向かって振るった。

 しかし、絵だと思ったそれは天元の刀を柔らかく撥ね返した。

 

「まぁ…さっきからなんと粗暴な輩だこと。オォ、怖い怖い。薫子(ゆきこ)さんがやっと大人しくなったことですし、彼女の()でも見ましょうかしら?」

 

 言うなりポロンと音が聞こえてくる。

 流れるようなピアノの響きが怒涛となって押し寄せてくる。

 

「う……」

 

 薫が呻いた。

 

「やめろ! テメェ、このババァ!!」

 

 天元は再び斬ろうとしたが、そこには鬼の顔はなく、また新たな絵が現れていた。

 チッ、と舌打ちしてその絵を斬りつける。

 

「うああっっ!!」

 

 途端に薫の体が跳ね、斬られた肩から血が溢れた。

 天元は絵と薫を交互に見て、ギリと歯噛みする。

 

「言ったでしょう?」

 

 ふわりとまた絵の中から鬼がささやく。

 

「幻影はあなたが作ったと。今、ここに描かれる絵も薫子さんが作っているのに、あなたが斬れば、傷つくのは彼女でしてよ」

「……クソババァめ…」

 

 つぶやいた天元の耳に、つんざくような高音が響いた。

 

「グッ!!」

 

 脳味噌に直接穴を開けられたかのような衝撃波。

 耳にぬめった感触がして触れると、血が出ていた。鼻からも出ている。

 

「耳がよいのも、良し悪しですわね…普通の人間なら聞こえない音ですのに」

 

 鬼は嗤いながら揺らめいて消えた。

 

 天元は感じたことのない頭痛に頭を押さえながら、薫の側まで来ると、肩の傷口に晒しを巻きつけた。

 

「クソ…早く目覚ませ…」

 

 ペシペシと薫の頬を打つが、目を覚ます気配はない。

 ピアノの音色は気味悪く纏わりついて、ゆっくりと周囲の景色を変えていく。

 

 天元はギリと奥歯を軋ませた。

 どうにも嫌なことになった。

 自分の経験でいうなら、この先見せられるのは薫にとっても封印したいような思い出に違いない。………

 

 

 

<つづく>

 

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