【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 狂宴(七)

「どうして…いつも…私を置いていくの…?」

 

 冴えた月の光を映した川面。冷たく吹き渡る夜の風。

 地面に突伏して泣き伏しているのは薫だ。

 

 天元はその様子を静かに眺めていた。

 鬼殺隊にいれば、誰しもが思うことだ。

 自分よりも能力のある人間、優しい人間であるほどに、先に逝ってしまう。いつも取り残されるのは自分ばかり。

 

 震えるピアノの音がしたかと思うと、また景色が変わる。

 

 一面の菊の花。

 その中で生気のない顔で薫が白菊を()っている。歌を歌いながら。

 

「シケた歌、歌いやがって…」

 

 天元は物悲しいその歌声に舌打ちする。

 

 これも自分と同じ、薫の記憶から紡がれたものなのだろうか。正直、いい気分ではない。不可抗力とはいえ、見たくもないし、薫だって見せたくもないだろう。あのクソ婆鬼はわざとそうしているのだろうか?

 

「おい、早く起きろよ!」

 

 天元はペシリとやや強めに薫の頬をぶったが、一向に目を覚ます様子はない。

 

 また景色が移り変わる。

 

「……だが………一人で、抱え込むな…よ」

 

 薫に抱きかかえられた老人が優しくつぶやく。

 土と血で汚れた顔を見るに、おそらく畳の上で死んだのではないだろう。

 周囲を取り囲む数人の男や少年の姿から察するに、この老人は育手か何かだろうか。

 

 そういえば、この任務の前に薫が言っていた。

 

 ―――――ここのところの体調不良は私の育手や兄弟子や、信頼していた花柱様が亡くなられたから…精神的なものです。

 

 天元は薫の腕の中で莞爾と微笑んで息を引き取った老人を見て、彼がおそらく出来た人物であったのだろうと思った。

 一人で抱え込むな…と薫に言った言葉は、弟子のことをよく観察した上で、互いの信頼関係がなければ出てこない。

 

 嗚咽が響く中で再び空間が揺れる。

 

 急に水の中だった。

 ゴボゴボと空気が口から漏れ出す。

 一気に呼吸ができなくなって、天元は焦った。

 だがこれが幻影であると言い聞かせて、大きく息を吸い込むと、普通に空気が鼻から入ってくる。

 全集中の呼吸だ。いついかなる時も、これが基本だ。

 

 薫は水の中に落ちていく。仄暗い水の底へと手を伸ばして…まるで、死にに行こうとするかのように。

 だが、途中でその腕を引っ張り上げたのは胡蝶カナエだった。

 

「何を考えているの?」

 

 薫の頬を殴って、カナエは口調だけは優しく言う。

 つい先ごろ亡くなった花柱を懐かしく見ながら、天元はフッと笑った。

 

 そうだ。コイツはこういうヤツだった。柔らかな物言いをしながら、一番痛覚に訴える場所に針を刺すような。それでいて全く嫌味でなかったのは、カナエに備わったおおらかな茶目っ気のせいだろう。

 

 しかしここにいるカナエは心底から薫を心配しているようだった。

 

「あなたの心が塞がっているから、息も通り道を失くしたのよ」

「……関係ありません。お願いですから、一人にしてください。今度は無茶しないようにしますから」

 

 頑なに薫は突っぱねる。カナエはそれでも我慢強く話していた。何を話しているのか天元にはよくわからなかった。女同士にはよくあるような他愛もない話だ。

 

「どうしてあなたはそんなに苦しそうなの? 誰かのことを想って過ごす日々はつらいだけ?」

「…誰かって、誰も………」

「嘘。薫はいつも………の話になると、顔色が変わるじゃない」

 

 カナエの途中の言葉が聞き取れなかった。

 天元が眉を寄せたと同時に、ピアノの音もプツリと途切れる。だがすぐにまた流れてきた。曲を変えたらしい。

 静寂を包み込んだ荘重な音色が響いてくる。

 

「う……ぅ…」

 

 気を失っている薫が呻いた。

 

「おい! 起きろ!」

 

 天元は思い切り薫の頬をぶっ叩いた。

 この際、後で恨まれようが、この先に見たくもないものを見せられるよりはいい。だが、まるでその薫を守るかのように、蔦が伸びてきて薫を包もうとする。

 

「なんだ…ッ、これ」

 

 天元はイラっとして苦無(クナイ)で蔦を切ったが、すると薫の頬に傷が入る。

 

「ゲッ! おいっ…お前…起きろっ言ってんだろうがッ!!」

 

 怒鳴っている間にも、蔦が見る間に薫を包んでいく。

 こうなった以上、手出しが出来ない。この蔦すらも、薫の作り出した幻影であるなら、斬り裂けば薫に重傷を負わせることになってしまう。

 

 ギリと歯噛みして辺りを見回すと、また情景は変わっていた。

 

 今度はどこかの家の中だった。

 夜の暗い廊下。目の前には襖が少しだけ開いた状態である。

 

「今度は何だよ……」

 

 溜息まじりにつぶやいて襖を開いた。

 

 そこはよくある畳の和室だった。

 天元の住む屋敷と同じような造りらしい。

 開け放たれた縁側からの月明かりが部屋の中を白く照らしている。

 

 部屋を見回す前に天元の目を引いたのは、庭を臨む縁廊下に座り込んだ男の姿だった。背を向けているので、顔はわからない。

 

「……誰だ?」

 

 天元がつぶやくと、ビクリと男の肩が揺れる。同時に。

 

「………う…っ」

 

 部屋の隅の暗がりから女の声。

 反射的に目を向けるとそこには薫がいた。

 布団で隠してはいるが露わとなった肩、乱れた髪。

 見た瞬間に、すぐに状況は把握できた。

 

 天元は深い溜息をついた。

 本当に悪趣味極まりない鬼婆ァだ。元は侯爵夫人だかなんだか知らないが、華族だ何だとうそぶいても、中身は下世話な出歯亀親爺と変わらないじゃないか。

 

「冗談じゃねぇぞ…オイ。俺は他人の見る趣味はねぇんだ」

 

 ブツブツぼやきながら、蔦に覆われた薫をコンと蹴る。

 

 目の前では縁側に座っていた男が立ち上がっていた。

 何を考えているのか知らないが、コトを済ました後に女をおっ()り出して月見とは、呑気でフザけた野郎だ。

 互いに馴染んだ遊女と酔客か、顔の見慣れた夫婦というならまだしも、この二人の関係がそうした(こな)れたものでないのは、すぐにわかる。

 

 振り返った顔は逆光で最初よく見えなかったが、目が慣れてそれが誰かわかると、天元は唖然となった。

 

「……不死川……?」

 

 見間違いかとも思ったが、はだけた衿元から覗くあの無駄に派手な切り傷だらけの体といい、物騒極まりない吊り上がった目といい、まず間違いなく新しく風柱になった不死川実弥に違いない。

 それを肯定するかのように、薫が呼びかける。

 

「…実弥…さん」

 

 天元はゾッとなった。

 こんなもの見たくない。冗談じゃない。

 

 襖を開いて出て行こうとしたが、その襖がなくなっていた。

 

「オイッ!!」

 

 大声で叫んだが、二人には聞こえないらしい。

 後ろを向いたはずなのに、なぜかまた目の前に幻影が現れる。

 

「薫……」

 

 間違いなくこれが幻影に違いないと思ったのは、そこに立っていた不死川実弥が微笑みながら薫に向かって手を伸ばしたからだ。

 あの男の笑った姿など想像もできなかったが、案外笑ったらそれなりに愛嬌がある。

 

「……って、感心してる場合じゃねぇんだよ……勘弁してくれ」

 

 ゲンナリして天元はその場に座り込んだ。

 目の前で転がって蓑虫のようになっていた薫がモゾモゾと動く。

 

「お前…何の夢見てんだよ……とっとと起きろよ」

 

 ボヤいている天元の目の前では、あの(・・)不死川が聞いたこともないような優しい声で薫にささやく。

 

「ずっと…一緒にいよう……」

 

 反吐が出そうな甘い台詞に天元は呆れ返ったが、その時、薫をくるんでいた蔦がビチビチと千切れていった。

 空気が唸る音がして、覆われた蔦が弾け飛ぶ。同時に薫が跳躍した。

 

 鳥の呼吸 壱ノ型 鷹隼空斬(ようしゅんくうざん)

 

 容赦なく、薫はそこで微笑んでいた不死川実弥を真っ二つに断ち斬った。

 

 

 

<つづく>

 






次回は来週更新予定です。

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