【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 宴のあと(一)

「おや、終わったみたいやな」

 

 任務を終えて出てきた天元を出迎えたのは、いつかの不愉快な関西弁の男―――伴屋(ばんや)宝耳(ほうじ)だった。

 

「おやおや、お嬢さん。抱っこされて…中でくたばってもうたんかいな。もう少ししたら隠が来よりますさかい、ここに置いてったらよろしいで、音柱様」

 

 天元の腕の中で眠る(というより気を失っている)薫をまじまじと見つめて、宝耳は目を細める。

 

「いらねぇよ。お前と二人になんぞさせられるか」

「なんの心配してはるんやら。音柱様こそ、お嬢さんになんぞかまけとって、三人の奥方に叱られしまへんのか?」

 

 天元は宝耳の軽口に付き合うのもいちいち面倒で、話を断ち切った。

 

「で? その足元に転がった汚ねぇ男どもは何だ?」

「は? コイツらでっか?」

 

 言いながら、宝耳は無造作に男の一人の首を踏んづける。うぅ、と男は呻いたが、薬でもかがされたのか目を開けなかった。

 

「一人は新聞屋(ブンヤ)の成れの果てみたいなゴロツキで、もう一人は火付けしようとしとった、ただのゴロツキですな」

「火付け…?」

「ここに火ィつけて、あんたらが出てきたところをキャメラでパシャリと。次の日には『帝都を脅かす殺人結社 廃墟にて謎の放火!』とでも見出しを打つつもりやったかな?」

 

 面白おかしく宝耳が講談口調で語ると、天元は冷たく言い放った。

 

「……そんなモンできるわけねぇだろう?」

 

 いつもそうしたことにおいては産屋敷の調整力が働いて、表沙汰になることはない。

 宝耳は何が面白いのかニコニコ笑いながら言った。

 

「それは、いつもそれなりの横槍を排除して、そのように保たれてるいうことですわ。今、このときも」

 

 天元は眉を寄せて、再び宝耳の下に転がる男共を見下ろす。

 

「横槍は菊内(きくない)男爵か?」

「菊内も、こいつらと同じ…穂先の一つに過ぎまへん」

 

 宝耳は訳知り顔に微笑む。

 天元は苛ついたように、顔にかかる髪を振りのけた。

 

「面倒だな。俺はこういうまだるっこしい話は嫌いなんだよ。伯爵にしろ、伯爵に」

「ま、その方がよろしいでんな。ワイはこれから、残った穂先を片付けてきまっさ。あぁ、ソイツらは朝まで動けまへんやろから、放っておいてよろしいで。ほな、失礼」

 

 飄々と言って宝耳は去っていく。軽やかな足捌きはまるで音がしない。天元の耳をもってしても。

 

「お前が一番怪しいんだよ」

 

 天元はつぶやくと、薩見(さつみ)伯爵邸へと歩いていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 菊内男爵は落ち着かなかった。

 

 もうそろそろケリはついたはずだ。今日来たのが平隊士で、あの年増の女鬼に殺られたとしても、運良く討ち取ったにしても、何らかの成果は出ている頃合いであった。わざわざ報告を受けるまで起きておらずとも、明日の朝に新聞を見ればわかることではあったが、どうも気になって眠れない。

 

 何杯目かのブランデーをグラスに注いでいると、キィとドアが開く。サッとそちらに目をやったが、そこには誰もいなかった。

 

「……何だ…? 執事のヤツめ、ちゃんと閉めていかなかったな」

 

 男爵は相性の悪い執事に毒づきながら、扉までせわしなく歩いて行くと、バタンとしっかり閉じた。普段はしない鍵までしてしまったのは、どこかで怯えがあったからなのかもしれない。

 

「執事さんはえぇ仕事をしてはりまっせ」

 

 暗闇からいきなり声が聞こえて、男爵はウワッ! と声を上げた。無様に尻もちをつく。手に持っていたグラスからブランデーが零れた。

 

「あーあ。勿体ない」

 

 男は暗がりからぬうっと現れると、ぶうらぶうらとこちらに寄ってくる。男爵の側で立ち止まると、持っていたグラスを取り上げ、残り少ない酒を一気に呷る。喉が熱くなったのかカーッと息を吐いた。

 

「相変わらず…ウマイなぁ、向こうの酒は。こんな上質のモンは十歳(とお)以来やで」

 

 男爵は憤慨しながら立ち上がると、荒々しく男からグラスを取り上げた。 

 

「誰だ、貴様ッ!?」

 

 男爵が怒鳴りつけると、男は乾いた声で笑った後、勿体ぶったように答えてくる。

 

「伴屋宝耳と申します。ご相伴の伴に屋号の屋に、宝の耳と書きますねん。どうぞお見知りおきを~」

 

 ふざけた物言いである上に、ふざけた名前だ。どうせ偽名だろうと、菊内男爵は取り合わなかった。驚いて尻もちをついた自分を取り繕うように横柄に尋ねる。

 

「貴様が連絡役か。…まぁいい。それで、首尾は?」

 

 仕事(・・)の報告を待ちわびていた男爵は、その男が執事の案内もなく訪ねてきたことに疑問を持たなかった。所詮、金で非合法なことも請け負うような輩であれば、コソ泥のように屋敷に忍びこむのも訳ないことであろう…。

 しかし、目の前の男はいちいち面倒だった。

 

「まぁ、そう焦らんと。今日は色々と(せわ)しゅうて大変でしたやろ? (はり)でもして、ゆるゆるお聞きあれ…」

「鍼なんぞ要らん! とっとと用件だけ伝えろ!」

「困った人やな…」

 

 宝耳が髪を掻き上げた……次の瞬間には男爵の目の前は真っ暗になった。

 驚きよりも恐怖が全身を覆う。声を上げることもできず固まった男爵に、諭すように優しく宝耳が囁いた。

 

「目ェ見えまへんやろ? あぁ…下手に動かん方がえぇ。どこぞに頭ぶつけて死んでもうたら大変やぁ」

 

 言い終わらないうちに、四肢に力が入らなくなって、男爵はその場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。そのまま倒れてしまったのか、顔に絨毯の柔らかな毛が触れている。動けないままでいると、やがて光が戻ってきた。

 宝耳は傍らにある大理石の卓子(テーブル)の上に座って、男爵を面白そうに眺め見ていた。

 

「おぉ、男爵。目は戻ったみたいやな。大丈夫でっか? 時間が思たよりかかったな。年のせいかな?」

 

 またふざけたことを言ってくる。ギロリと男爵は睨みつけた。

 

「とっとと元に戻せ!」

 

 確かに視力は戻ったが、四肢の脱力はまだ続いていた。このままでは、どこに逃げることもできない。

 

「まぁ、大人しゅうしときなさいよ。ワイの鍼はよぅ効きますんやで。昔の古傷……例えば、修行中に痛めた腰なんかにも」

 

 意味ありげに言ってくる宝耳を、男爵は睨みあげる。その目に微かに怯えが浮かんでいた。

 宝耳はニヤニヤ笑っている。

 

「さて。首尾よく終了致しました、とでも言えばえぇんかな? あとは明日の……いや、もう今日か…朝刊を御覧じろ、ということで。まぁ、残念ながら朝刊には特に男爵のお喜びになるような記事が載る予定はございまへん。何せ、あのゴロツキ記者は今頃男爵同様に動けんようになってますさかい。朝になったら、貰ぅた前金持ってトンズラしとるんと()ゃうやろか? あぁ、火付けの方も一緒に」

「……クソが。鬼殺隊士か、貴様」

 

 男爵は忌々しそうに歯噛みして尋ねたが、宝耳は気のない様子で無視している。ホジホジと耳をほじって、ぽんと爪先を弾いた。

 

「さすがにこの年やからなぁ…現役は難しいんですわ。まぁ、ボチボチとやってますけど、最近はなんや貴方(あン)さんみたいな面倒事を抱えることが多なってきましたわ。えぇんやら、悪いんやら」

「フン。大口を利いたところで、所詮は鬼殺隊の人間だ。相手にできるのは鬼程度(・・・)だろう。十二鬼月でもない限り、鬼なんぞ頭の悪いだけの下等の生き物だ」

 

 吐き捨てるように菊内男爵が言うと、宝耳はカラカラと楽しそうに笑った。

 

「ハッハッハッ!! よぅ言うたもんやな。成程なぁ…男爵と呼ばれるまでに出世した男の言うことはさすがに違ゃうもんやなぁ……茂太(もた)

 

 男爵の顔色があからさまに変わる。

 宝耳はニコと笑った。

 

「菊内茂敬(しげたか)なんぞ言うご大層な名前より、馴染みあるやろ? 名字の方も菊内より、加西とかいう……汚い乞食の坊主を引き取って育ててくれた、人のエェ宮司(ぐうじ)の名前の方がしっくりくるんと違ゃうか?」

 

 もはや怯えを隠すこともせず、男爵―――茂太は宝耳を凝視していた。脇は冷や汗でびっしょり濡れている。

 

「お…お…お前……なにを…知って…」

「さぁて」

 

 宝耳はヒョイと卓子(テーブル)から立ち上がり、キャビネットから勝手にグラスを取り出すと、ブランデーを注いだ。

 美味(おい)しそうに口に含みながら、のんびりと茂太に声をかける。

 

「言いたいことあったら言うてみぃや。聞いたるで」

「……なん…だと?」

「これまでのこと、こうなったこと。さぞかし言いたいことが、たーんまりあるんやろ? 言うてみぃ」

 

 ソファに半ば寝転んで、宝耳は器用にブランデーを飲んでいる。茂太はギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「貴様らが…タケを殺したんだ…」

 

 低い声で唸るように言う。

 

「タケ? 誰やろ? あいにくと藤襲山で死んで隊士にもなれなんだヤツの名前なんぞ、隊の名簿にも載らへんよってなぁ」

 

 揶揄もあらわに宝耳が言うと、茂太は激憤した。

 

「タケは…竹三(たけぞう)は、お前らに殺されたんだ! 鬼にタケを襲わせて…何が鬼から守るだ! せっかく生き残ったのに…タケは無駄死にさせられたッ!!」

 

 しかし宝耳の様子は変わりなかった。聞いているのかいないのか、手の中でブランデーの入ったグラスをくるくると回している。

 茂太は怒りに震えながら、それでも権高に言い立てた。

 

「フン! 所詮、お前らは鬼を狩るしか脳のない集団だ。今日のことだって、俺のお陰であの女の鬼を討伐できたんだろうが! 感謝されこそすれ、報復を受ける覚えはないぞ!!」

 

 宝耳はグイッとブランデーを呷って、空になったグラスをテーブルに転がすと、パンパンと拍手した。

 

「そやなぁ…ありがとうさん。まぁ、ワイは何もしとらんけど。……ほんで?」

 

 トボけた顔で、まだ促す。茂太はイラっとして吠え立てた。

 

「望みは叶えてやったろうが! お前らは鬼を狩るのが仕事…鬼を狩るしかないんだ! 俺に何ができるものか。下手なことをすれば、薩見もタダでは済まないぞ。当然、産屋敷(・・・)もだ!」

 

 宝耳は一瞬真顔になって、茂太をじっと見つめた。ややって「成程」と頷いた顔には、またさっきまでの微笑が浮かんでいる。

 

「ふん。で、言いたいことは全部済んだんやろか?」

「貴様…産屋敷直属の手下か?」

 

 宝耳は答えず、煙草入れから取り出した葉巻を咥えると、手慣れた様子で火を点けた。

 また茂太の横にあるテーブルの上に腰掛けると、フゥと息を吐く。

 

 フワリと漂ってきた匂いに、茂太は眉を顰めた。

 

「……阿片(アヘン)……か?」

「おや? 世話になったことがあるんかな?」

「馬鹿を…言え…。こんな…モノ……」

 

 つぶやきながら、すぐに視界がグルグルと回り出す。

 脳髄が徐々に痺れ、無意識に涎が垂れ落ちてくる。目が痛いほど染みるのに瞬きができなかった。

 

 茂太は必死に歯を食いしばって宝耳を睨みつけた。

 ただの阿片ではない。いくつかの麻薬が混合されたものだ。こんな濃度のものを平然と吸っている…不気味なこと、この上ない。

 産屋敷はこんな()()をいつから()()()()()のだろう…?

 

「茂太よぅ」

 

 宝耳が呼びかけてくる。

 妙に間延びした声だ。

 

 茂太は歯がカタカタ鳴った。

 寒くないのに、寒い。寒くてたまらないのに、汗が止まらない…。

 だんだんと正常な思考が出来なくなっていく…。

 

「これで首尾よく運べば、お前の復讐は果たせたんかいな?」

「そ……うだ。タケの…仇…。オノレ…産屋敷め…自らの…呪いのために……俺の…弟…を……犠牲に…して……」

「そやなぁ…弟は残念やったなぁ…。育手の師匠にも才能あるゥて言われとったいうのに…あたら若い命を藤襲山で散らしてもうたなぁ…」

「あ…あ…あぁ…タ…ケゾ……」

 

 ろれつの回らなくなってきた舌で、茂太はどうにか弟の名前を呼ぶ。涙が滂沱と溢れて止まらない。

 そうだった。弟は才能があったのだ。自分よりもずっと強かった。早かった。

 だが、自分は……

 

「ああああぁぁぁ!!!!」

 

 茂太は情けなく叫んだ。

 

「俺は無理だ。俺は無理だ。鬼狩りなんて無理だ。無理だ無理だ無理だ無理だ……無理なんだよぉ…」

 

 徐々に四肢の自由が戻ってきていたが、茂太はそのまま絨毯の上で芋虫のように丸く固まって突っ伏した。ヒックヒックとしゃくりあげる肩が大きく揺れる。

 宝耳はその肩を撫でさすってやった。

 

「そうやそうや。無理やったな…せやから逃げたんやもんなァ。あんな厳しい修行なんぞ、やってられん。今もあの時の古傷が痛むことがあるんやもんなァ…」

 

 茂太はまるで地獄で仏とばかりに、顔をガバリと上げると宝耳の膝を掴んだ。

 

「そうだ! 無理だったんだ! 俺には…お、お、鬼を…鬼なんて…怖い……怖い…」

「あぁ、怖いわなぁ。お前さんを育ててくれた宮司のおっさんをめちゃくちゃにして食べよったもんなぁ。怖い思いしたなァ、茂太」

 

 すると茂太の目には、宝耳がその育ての親である加西宮司と重なった。

 

「あぁ、おじさん! おじさん! 怖かったんだよ!! 怖かったよおォォ」

 

 子供のように泣きわめく茂太を、宝耳は無表情に眺めていた。

 最後に深く煙を吸い込んでから、ポイとそのまま葉巻を寝台(ベッド)に投げ捨てた。

 

「茂太ァ」

 

 宝耳が呼びかけると、膝に突っ伏して泣き喚いていた茂太は、あどけなく顔を上げる。笑みを浮かべた宝耳の顔が、まるで人形のように見えた。

 

「弟が藤襲山で死んだと、育手から聞かされた時、お前さん…どない思ぅた?」

「………へ?」

 

 ポカンと、茂太は涎を垂らしたままの口を開ける。

 宝耳はゆっくりと、丁寧に、言って聞かせる。

 

「最初に。悲しいよりも先に、産屋敷憎しとなる前に、お前さん、どう思ぅた? ()()()()にはわかんねんで。()()()()は何でも知っとるんや。こう思ぅたはずや、お前は。『あぁ、自分はやっぱり行かんでよかった』ー…って」

 

 茂太の顔が強張った。

 またガタガタと震えだす。

 汗が異常なほどに額から噴き出して、シャツの襟はびっしょりになった。

 

「宮司が殺された時も。隣で泣いてる弟を慰めながら、お前はこう思ぅたはずや。『自分は生き残れてよかった』…」

「うあ…うあ……うぅ…」

 

 茂太は必死に抗弁しようとしたが、まともな言葉が出てこない。

 目の前にいたはずの懐かしい宮司の姿は既になく、三日月の口をした不気味な()()が、ニヤニヤと笑っているだけだ。

 

「えぇんやで、茂太。当たり前のことや。お前は元から、()()()()の、()()()()()の男なんや…」

 

 年経るに従って肥大化していた茂太の自尊心は著しく傷つけられた。

 しかし涙を流し、鼻水も涎も垂らし、果ては失禁までしている大の男が、何を言うことができたろうか。

 

「茂太よォ…せめての温情や」

 

 宝耳はゆっくりと立ち上がった。

 カチャリ、と刀の鯉口を切りながらつぶやく。

 

「弟殺された哀れな兄として、逝かせたるわ…」

 

 抜き打ちに一刀。

 縋ろうと手を伸ばしていた茂太は、そのまま仰向けに倒れた。

 

 茂太の―――菊内男爵の開ききった目が、信じられないように虚空を見つめていた。

 

 宝耳はその頭をガシリと掴むと、首に刃を当てた。

 

「さァて。お前さんの利用価値は今からやで…男爵」

 

 

 

<つづく>

 





次回は2022年7月23日更新予定です。
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