【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 宴のあと(ニ)

「終わったぜ、伯爵」

 

 まだ夜明けまで時間はあったが、惟親(これちか)は一睡もせず起きていたので、すぐに薫を抱えた天元を迎え入れた。

 気を失っている薫を見て、一瞬蒼白になりかけたが、すぐに天元が溜息まじりに話してくれた。

 

「死んじゃいねぇよ。ちょいとばかし、面倒くせぇ鬼婆ァに糞味噌に言われただけのこった。体の方は(あばら)がいかれているかもしれねぇから、ま…頼まぁ」

 

 正直なところ、薫の怪我の大半は鬼によるものというより、天元の技を受けたことによるものだろう。自分がうっかりと血鬼術に(はま)ってしまったことも含めて、どうにも借りをつくったようで、天元としてはバツが悪い。早々に退散したかったが、当然ながら惟親は呼び止めた。

 

「やはり鬼は、明見(あけみ)千佳子(ちかこ)様…でしたか?」

「……俺は知らねぇよ。やたらとお喋りで、やたらとピアノの上手(うま)い鬼婆ァがいたってだけだ」

 

 惟親は黙り込んだ。

 ピアノがうまいかどうかなど、天元は気にするたちではない。にもかかわらず、上手だと言わしめるのであれば、おそらく明見侯爵元夫人である千佳子に違いない。

 

 ベッドに寝かしつけた薫を女中に頼んで、惟親と天元は部屋から出た。

 

「鬼は滅殺した。そこは問題ねぇ…それよりも出てきたらあの野郎がいたのは、アンタの差し金かい?」

 

 惟親は眉を寄せた。「あの野郎?」

 

「この前のでけェ鼠だよ。ブンヤだとかゴロツキだとかの口を封じて、まだ仕事があるとか抜かしてどっか行きやがった」

「仕事…?」

 

 惟親は困惑してつぶやいた。

 天元の言う鼠が宝耳(ほうじ)であるのは間違いないだろう。

 しかし、惟親は実のところ宝耳の行動の全てを把握してはいない。鬼の生け捕りや、先物取引に関しての情報収集など以外は、事後報告がほとんどだ。

 

 天元は難しい顔の惟親を見て、軽く息をもらして腕を組む。

 

「アンタらが鬼殺隊の仕事だけをしているわけじゃないのは知ってるし、こっちに面倒がかからないなら、俺が何を言うことでもないがな…正直、あの男はちょいとばかし伯爵の手には余る代物(シロモン)だと思うぜ、違うか?」

「………」

「俺の昔の稼業のヤツらの中には、二つ名で呼ばれるのがいた。それこそ鼠だとか、蛇だとか、蜂だとか…。俺に言わせりゃ、ヤツは百足(ムカデ)だ。猛毒の百足だよ。使()()するには、少々性質(タチ)が悪いやつだ。わかってて使おうってんなら、せいぜい、信用しないことだな」

 

 さすがに元忍だ…。

 惟親は天元の慧眼に感心すると同時に、その度量と信頼感に縋りつきたくなった。

 

「もしヤツが鬼殺隊に対して…お館様に対して、害為すモノなら……音柱様は始末して下さいますか?」

 

 天元の顔が無表情に固まる。

 惟親はハッとなってすぐに撤回した。

 

「失礼を申し上げました! お忘れ下さい!」

「……伯爵」

 

 天元は眉を寄せて、鬱陶しげに髪を掻き上げた。

 

「人を使い捨てする人間ってのは、どんな時代でもいるもんさ。俺もそういうヤツを嫌ってほど見てきた。アンタがその部類の一人になるってんなら、もうちっと悪人になるんだな。覚悟を人任せにするもんじゃない」

「……申し訳ございません」

 

 惟親はただただ頭を下げるしかなかった。

 自分よりも二十近く年下だというのに、諭されるとは…情けない話だ。

 

「とにかく。伯爵にとっちゃ不本意だろうが、お嬢さんは一応、任務は遂行したから、除隊の話はナシだ。ま、しばらくは休養する必要はありそうだがな」

 

 天元が話を変えると、惟親はこれにも溜息をつきながら頷く。

 

「音柱様がそう仰言(おっしゃ)るのであれば…」

「ただなぁ…ちょいとばか気にかかる。馴染み過ぎるんだよ、コイツ」

「馴染み…すぎる?」

「今回の鬼がちょいとばか特殊だったのもあるが……血鬼術に馴染み過ぎる」

 

 言いながら天元が思い出すのは、自分の記憶を基にした幻術の中で、薫が()()()()()()()ことだ。

 おそらく千禍蠱(チカコ)は薫の姿を天元にそのように見せて、相討ちさせようとしていたのだろう。実際、それは成功した。

 だが、ああまで幻影に馴染んでしまうことが天元には腑に落ちなかった。

 

 反対に薫の記憶によって幻影が張り巡らされた時には、天元は千禍蠱からの干渉を感じつつも退けていたのだ。

 でなければ、もしかするとあそこで不死川実弥に()()()()()()()のは天元であったかもしれない。

 二重の意味でゾッとする。

 

「なんだって俺が不死川にならねぇといけねぇんだよ……」

 

 ハァァ、と深い溜息とともに愚痴が出る。

 惟親がキョトンとした。

 

「は? 不死川? 新しい風柱様がどうかしましたか?」

「いや…なんでもねぇ」

 

 天元はそれ以上考えないことにした。考えたところで、あれは幻術でしかない……はずだ。

 

「とにかく、よく寝かせとけ。それと血鬼術のせいで、ちょいとばかし妙なうわ言をぶつくさ言うかもしれねぇが、気にするな」

「はぁ…?」

 

 惟親はいきなり落ち着きない様子の音柱に首をかしげつつも、了承する。

 

 美しい朝焼けの中、天元は三人の嫁が待つ家へと帰っていった。

 

 惟親からすれば若者といって差し支えない年齢であるというのに、なんとも頼もしい後ろ姿だ。

 柱という人種は、年齢を凌駕する人格を形成するものなのだろうか。絶え間ない修練と実戦で培った精神力が、彼らをして最強の剣士たると同時に、上に立つ人間としての包容力を身に着けさせるのだろうか…。

 

 年をとっても全く変わらない自身を省みながら、惟親は何度目かの溜息をついた。

 

 ふと見れば、西の空に黒く煙が上がっている。

 火事だろうか。確かあちらは……

 

菊内(きくない)の屋敷ではないか…?」

 

 惟親は眉を寄せた。

 

 ―――――まだ仕事があるとか抜かしてどっか行きやがった…

 

 もし、あれが菊内男爵邸の火事であるなら、十中八九、宝耳が関わっていると確信できる。

 

 惟親は軽く口笛を吹いた。

 鴉がフワリと飛んできて、木蓮の木に止まった。

 

清樹(せいじゅ)、宝耳に来るように伝えてくれ」

 

 首に水色の組紐を巻きつけた鴉は、すぐさま飛び立った。

 

 鴉からの伝言をどこで聞いたのか…。

 宝耳がやって来たのは、丸一日が過ぎた翌朝のことだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「やれやれ…忙しいのに呼び出されて来たったちゅうのに…。どないした? 伯爵。暗い顔して」

 

 惟親は憮然とした顔で宝耳に新聞を投げつけた。

 

「菊内男爵邸は火事だそうだ。菊内男爵の煙草の火の不始末で…」

「へぇ…さよか」

 

 宝耳はシガレットケースから煙草をとると、火を点けた。

 うまそうに吸いながら、足元の新聞を拾ってパラパラとめくる。

 菊内邸火事についての記事で止まると、フッと笑みを浮かべた。

 

「ハハハ。菊内男爵は不眠症で薬を常用。火事に気づかぬまま死亡した模様…ってか。成程、そういうことで一件落着したわけやな」

 

 惟親はダンッとテーブルを叩いた。

 

「説明しろ」

 

 宝耳はプカァと煙を吐いて、惟親を面白そうに眺める。

 

「聞いてどないすんねや? 今更どないしようもない」

「説明しろ。私には…お前のやったことに対して、知っておく必要があるんだ!」

 

 宝耳はニヤリと嗤った。

 

「無理せんでもえぇのに」

 

 それから新聞をテーブルの上に放り出す。

 

「何からや? 菊内の正体か?」

「菊内の正体、それとこの任務の裏にあった全てだ」

「ふん…(なご)なるな。ま、えぇわ…菊内の正体は、元鬼殺隊士…でもないか。鬼殺隊士を目指していた少年剣士…いうとこかな?」

「なんだと!? 鬼殺隊の関係者だったのか!?」

「関係者言うほどのモンやないやろ。よぅある話や。水の育手の元で修行しとったけど、辛ぅなったかして、逃げ出しよったんや。育手も『無理や』思ぅて、追いかけることもなく、そのまま放っといた。一方、育手の元に残った菊内の弟は、兄と違って()()才能もあったんやろ。ちゃんと修行して、最終選別まで行った。ただ、()()程度の実力では藤襲山では生き残れんかったんやろなぁ。鬼にやられてボロボロになった弟の死体を見た兄は…()()()、鬼ではなく、鬼殺隊に恨みを持つようになった」

 

 惟親は黙り込んだ。

 菊内男爵の恨みが歪んだものとも思えない。それは弟を失った兄としては、正当な怒りだ。

 

 宝耳は先を続けた。

 

「兄は恨みを抱きながらも、生きていくしかなかった。横浜の貿易会社に紛れ込んで、商売の才能があったかして、やがて一財産築くまでに至った。その後に先代菊内男爵の借金の肩代わりやら、男爵の出戻り娘に気に入られて婿入りするのはアンタも知っとるやろ?」

「つまり…今回のことは、菊内男爵の復讐だったということか?」

 

 沈鬱な顔で言う惟親を見て、宝耳はククッと喉を鳴らした。

 

「まさか。本気でヤツが復讐を考えとったんなら、もっと前にいくらでもやりようはあったやろ。お前を血祭りにあげることだって、適当な隊士を襲って殺すことかて出来たはずや。夜会開いて女を鬼に襲わせる? 復讐にしては、随分まだるっこしいことやな…。所詮、弟の話なんぞヤツにとっちゃ自分を正当化できる、(テイ)のいい隠れ蓑や」

「じゃあ…やはり…」

 

 惟親は重苦しく黙り込むと、宝耳はピクリと眉を上げた。

 

「予想はついてたワケやな。さすがは腐っても薩見(さつみ)一族の末裔」

「黒幕は…西條(さいじょう)閣下か」

 

 苦々しく惟親が言うと、宝耳は軽く手を打つ。

 

「御名答。侯爵閣下が菊内をうまいこと籠絡したんか、菊内の方が売り込みに行ったんかは定かやないけど…ま、互いに上手い汁を吸えると思ぅて利用したんやろ」

 

 惟親は唇を噛み締めた。

 

 おそらく今回のことは、菊内男爵と西條侯爵二人の企みであったのだろう。

 鬼を使って令嬢達を失踪させ、鬼殺隊を出向させて、表舞台に引きずり出す。そうして産屋敷家の持つ絶対的な支配力に影響を及ぼそうとしていたのだ。

 

「目的は、産屋敷の財産か?」

 

 惟親が吐き捨てるように言うと、宝耳はフワーッと煙を吐き出して首肯する。

 

「いつの世も、意地汚い人間の考える動機は()や」

 

 惟親は深く嘆息した。

 鬼殺隊の存続と引き換えに産屋敷を脅す気だったのか、それとも鬼殺隊自体に介入して産屋敷の影響を減退させることで、(カネ)が自分達に回ってくるとでも思ったのか…。

 

徳川(トクセン)の世から…いや、もっとずっと前から、この手の横槍はあったやないか。公儀や政府なんていう時の権勢者からしたら、鬼殺隊にしろ産屋敷にしろ、内実が掴みにくい分、煙たいモンなんやからな。今回のことも侯爵らだけの悪知恵なんかどうか…。ま、御一新この方、忙しいてこっちにまで目の向くことなかったのが、いよいよ平和になると、余計なことを考える阿呆が出てきよるな」

 

 宝耳の言う通り。

 いつも、鬼殺隊と時の権勢とは、互いの領分を侵さない不文律の下、付かず離れずの状態でやってきた。だが長い歴史の中では、たまにこうした均衡を破る者が出てくる。

 

 今回は西條侯爵と菊内男爵の関与だけが明らかとなったが、惟親が毎日のように顔を合わせる人々の中にも、彼らに(くみ)したか…あるいは彼らを利用した人間がいるのかもしれない…。

 

「……そのようだ」

 

 重々しく頷きながら、惟親は腹を押さえた。

 さっきから胃が痛む…。

 

 宝耳はあきれたように溜息をついた。

 

「やれやれ。困ったことやなぁ。産屋敷の目付であり、()()()の薩見の長がこれでは。時の権力者相手にアメとムチでうまいこともっていくのは、ご先祖からの十八番(おはこ)やろ」

「……時代が違う」

「ハッハッ! 先祖が泣くな。ま、お前さんが動けん分、ワイが動くしかない」

「お館様は…ご存知なのか?」

「知らんワケないやろ。ワイは慈善でやっとるんと()ゃうんやで」

「………殺したのは、菊内男爵だけか?」

 

 惟親が充血した目で睨みつけると、宝耳は不思議そうに聞き返す。

 

「なんや、伯爵。殺人の多いか少ないかでお前さんの罪悪感も変化するんか?」

 

 ギリッと惟親は奥歯を噛み締めた。握りしめた拳が震える。

 

「男爵邸には、使用人も多い。無駄な人死を作る必要はないだろう!」

「心配せんでも、よっぽどのノロマでもない限り、火事が起きたんやから逃げとるやろ。一応、火事やー、起きィーて、叫んでから出て来たったがな。新聞にも菊内以外の死亡者はおらんて書いとるやろ」

「そうか」

 

 ホッと惟親が胸をなでおろす間もなく、宝耳は付け加える。

 

「ただ、まぁ、菊内の娘の伊都子(いとこ)やったか? あれは行方不明になっとるけどな」

 

 薄笑いが不気味に見える。

 惟親が暗い目で(じつ)と見つめると、宝耳は肩をすくめてみせた。

 

「ちゃんと家から連れ出したがな。煙吸って、気ィ失っとったけど」

「それで?」

「それで? お前の先祖がやってきた通りにしただけや」

 

 惟親は蒼白になって唾をのみ込んだ。

 つまりそれは、藤襲山に彼女を置いてきた…ということだ。

 

「昨日…来なかった理由は……それか」

 

 声を震わせて尋ねる惟親に、宝耳は返事する代わりに煙を吐く。

 自分の前を漂う紫煙を、惟親は陰鬱に見つめた。

 

 過去において、産屋敷家や鬼殺隊に介入しようとしてきた者に対して、惟親の先祖は直接的な方法をとることは少なかった。

 それは鬼殺隊という組織が『鬼から人を守る』ことを標榜していたせいもある。

 人を守ると言っておいて、その()を直接殺すことは躊躇(ためら)われたのだろう。そのために、彼らの対処方法はある意味凄惨であった。

 つまり()()()()()()()()、産屋敷家に対して()()を働いた人間を、藤襲山に送り込んだのだ。

 丸腰で鬼の巣窟に放り込まれた彼らの末路は想像に難くない。

 

 伊都子もまた、父親からの入れ知恵とはいえ、鬼を利用して自らの鬱憤を晴らすという子供じみた行為の代償を支払わされたわけだ。

 

 先祖の行いを初めて知った時、惟親は嘔吐し、しばらく何も食べられなくなった。

 いくら人を殺していない、とは言っても、鬼に人を殺させているという点で、何が違うというのか。とんだ詭弁だ。……

 だが、藤襲山に弱い鬼を集めて、隊士達の取捨選択(さいしゅうせんべつ)を行っている時点で、鬼殺隊そのものですら、鬼を利用していることに変わりない。

 

 忸怩たる思いで項垂れる惟親の心を見透かしたかのように、宝耳は軽い調子で言った。

 

「長い歴史の中で、人が鬼を上手いこと使ぉて儲けるなり、権力の道具にしてきた例はいくらでもあったやろが。つい先ごろで言うなら、八丈島の鬼もそやろ」

 

 惟親の脳裏に、いつも白蛇を連れ、色違いの目をした少年の姿が浮かぶ。

 彼は少しずつ回復すると、自分の従姉妹のことを惟親に頼んだ。自分を生贄にしようとしていた一族の生き残りであり、唯一の血族。

 

 数ヶ月前、あちらに行くついでに宝耳に様子を見てくるよう頼んでいたことを思い出す。

 

「伊黒一族の…あの生き残りの少女は……」

「ハッハッ! もう少女なんちゅうモンやないわ。ふてぶてしいおっ母さんになっとったがな。一族の集めた金銀財宝を我が物にして、たいそうな羽振りやで。良かったな。鬼から助けて、幸せに暮らしとるで」

「………」

 

 惟親はまた苦いものを呑み込む羽目になった。

 どうして人というのは平等でないのだろう? 苦しい思いをしてきた分、彼に平穏が与えられるべきではないのか。……

 

「なんや。その顔。気に食わんのか?」

 

 宝耳が尋ねると、惟親は苦々しくつぶやいた。

 

「……一方で、未だに苦しんでいる者もいる……」

「気に食わんのやったら、殺したろか?」

 

 まるで鶏の首をひねる程度のことだと言わんばかりだ。

 惟親はそれまで溜まった苛立ちを吐き出すように怒鳴りつけた。

 

「簡単に殺すとか言うな! 聞きたくないんだ、私は!!」

 

 しかし宝耳はまったく動じない。

 

「何やぁ、惟親…今更。だいたいなぁ、殺すの自体は簡単やけど、面倒なんは死体の処理なんやで。その点、鬼はぺろりと飲み込んだら終わりや。楽なモンやなぁ~」

「………」

「ま、八丈島(あそこ)やったら、殺して海にでも沈めといたら、あとはフカが食いよるやろから、大した手間やないか」

「……やめろ!!」

「本気にしなや~、伯爵。顔が青ざめとるで」

 

 宝耳が惟親の()()な性格で遊ぶのはいつものことだった。だが、今日はさすがの惟親も血の気が引くことばかりを聞かされて、正直、気分が悪い。

 

 宝耳は小さくなった煙草を灰皿に放り投げて、立ち上がった。

 

「まぁ、これでしばらくは静かにしとるやろ。あちらさんがこっちに直接手出しでけへんように、こちらも軽々に手は出せん。しかし、()()は据えとかんとな」

「それで…菊内男爵を見せしめにしたのか? わざわざ放火までして…」

「放火程度で、海千山千の古狸共が震えるとでも思うか? ()ゃう違ゃう違ゃう違ゃう、惟親。見せしめ言うからには、今後一切、二度と、こんな不埒なことを考えんように…もし考えた時には自分がどうなるのか……わかりやすぅ教えたらんと。ワイが西條閣下に()()()んはなぁ……」

 

 宝耳は詳しく言いたそうであったが、惟親は遮った。

 

「もういい。………私の方から西條に言うべきことがあるか?」

「そうやなぁ……まぁ、男爵のことを()()()()()()()()()()()は認めてやってもえぇんと違ゃうか。あぁ、そや…」

 

 しばし思案した後に、宝耳はにっこり笑った。

 

「奥方のご感想は? とでも聞いてもらえると……多少、肝が冷えることやろな」

 

 実のところ、宝耳の()()()を受け取ったのは西條侯爵夫人の春子だった。

 彼女は自分の婚約指輪を()()()()()()()()に卒倒し、半月近くヒステリー状態が続き、とうとう首都から遠く離れた山村の療養所に送られた。

 惟親がそのことを知るのはまだ先のことだったが。

 

「事情聴取はこんなトコですやろか? ほな、ワイはこれで失礼しまっさ、伯爵。あぁ、例の()()()の調査、頼みまっせ。そっちの方がお館様には重要なんで」

 

 足取りも軽く…実際に音もさせずに、宝耳は去っていく。

 

 惟親は心底疲れ切って、ソファに横たわった。

 

 

 ―――――使役するには、少々性質(タチ)が悪いやつだ。わかってて使おうってんなら、せいぜい、信用しないことだな…

 

 

 先日言われたばかりの天元の言葉が響いてくる。同時に、

 

 

 ―――――使役するんだよ。死ぬまで、ね…

 

 

 柔らかいまま、感情を凍りつかせた聡哉(さとや)の声も。

 

 一度も会ったはずがないのに、二人が同じ言葉を使ったことに、惟親は昨日少し驚いていた。

 

「死ぬまで……か」

 

 つくづく自分の弱々しい精神が惨めで嫌になる。

 

 聡哉も、惟親からすれば子供とも言える耀哉ですらも、産屋敷の当主として呪いを享受し、鬼殺隊のお館様として隊士の死を迎える責務を果たしているというのに。

 

 

 ―――――もしヤツが鬼殺隊に対して…お館様に対して、害為すモノなら……

 

 

 自分の言葉に惟親は嗤った。

 そんなことは有り得ない。絶対に、宝耳が鬼殺隊を…産屋敷を裏切ることなど有り得ない。そもそも産屋敷にも鬼殺隊にも忠誠がないのだから。

 ()にとって、命の源は()()そのもの。それを知っていて使()()するのが、惟親の役割。

 それなのに、あんな言葉が出るなど……

 

「信用はしない……信用はしていない…」

 

 自分に言い聞かせるように惟親はつぶやいた。

 

 

 

<つづく>

 





次回は来週更新予定です。
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