【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 宴のあと(三)

「ゲッ!!!!」

 

 思わず大声が出て、天元は咄嗟に口を押さえる。

 目の前には、明らかに困惑しつつ苛ついた様子の風柱・不死川実弥が立っている。

 

 胡蝶しのぶが蟲柱に就任したことを周知させるため、産屋敷邸に柱達が招集された。

 天元はある程度は覚悟していたのだが、襖を開くなり鉢合わせしてしまい、思わず口から素直な感想が出てしまった。

 

「なんだよ…オッサン」

 

 年長の、柱としても結構先輩な天元に対してこの言い様。

 ふてぶてしいことこの上もないのだが、不思議と天元は不死川実弥のこの態度について腹が立ったことはない。むしろ、面白がってしまう。

 

 だが、今はまずい。

 余計なことを言い出しそうで、自分の性格が怖い。

 

「いや、なんでもない…」

 

 いつも何かしら自分をからかってくる音柱が、珍しく矛先をあっさり収めたので、実弥は眉を寄せた。

 

「なんだ? 言いたいことあるんなら言え」

「………」

 

 天元は引き攣った笑みを浮かべた。

 

 言いたいことは山とあるが、聞きたくもねぇんだよッ―――とは、本人に言うワケにもいかない。藪蛇だ。ここは穏便に済ませて、素知らぬ顔でとっとと家に帰るのが一番なのだ。

 

 幸いなことにお館様が現れて、胡蝶しのぶの蟲柱就任を告げ、しのぶから流暢な挨拶があった。

 どこかの誰かさんのようにお館様相手に喰ってかかるような阿呆なことはしない。

 

 つつがなく儀式が終了して解散、となった後に、間の悪いことに廊下で天元に声をかけてきたのは薩見(さつみ)伯爵だった。

 今日は、執事として産屋敷家に詰めていたらしい。

 

「音柱様、しばらくぶりでございます」

 

 例の鬼退治の後、二週間ほどが過ぎている。

 

「おぅ…伯爵」

 

 普通に薫の調子はどうか、と尋ねたかったが、背後から近づいてくる実弥が気になって、天元はぎこちなく相槌を打っただけだった。

 

「先立っては、お世話になりました。とりあえず、あれで落着致しました」

「う…ん。そうか、良かった」

 

 上の空の天元を訝しみながら、惟親(これちか)は自分の横を通り過ぎる柱達に丁寧にお辞儀する。

 

「柱の皆様におかれましては、いつも隊務精勤のこと上々至極にございます」 

 

 惟親ら産屋敷家の使用人の言うことは、たいがいこの言葉なので、柱達は特に気にも留めない。

 皆、軽く頷いて通り過ぎていくのを見送った後で、惟親は天元に向き合った。

 

「ところで最近、音柱様の奥方様が度々、我が家にお()でになるのですが…」

「へ? あ…そう、だったかな?」

 

 天元はあの後から遠征に行っていたので、気にかけている暇はない。そういえば、そんなことを須磨あたりが喋っていたような気もするが…。

 

「はい。薫さん…あ、いや森野辺くんと仲良くなったようで…色々と面倒を見てくださっておられます」

 

 その名前を聞くなり、惟親の背後で足の止まった実弥に、天元はあーあ…と内心で嘆息する。

 案の定、振り返った顔はわかりやすく動揺していた。

 自分を睨むように見つめてくる実弥の視線を、天元はシラーっと逸らした。

 

「それで、奥方のお一人が音柱様が着用になられた燕尾服を是非引き取らせてほしいと仰言(おっしゃ)ってまして。まだ使うこともあると思うのでこちらで保管しようと思っていたのですが、ご入用でしたら預けておきましょうか?」

 

 惟親は本当にどうでもいいことを言ってくる。

 天元としては、その背後から迫ってくる威圧感をどうして感じられないのかが不思議だ。

 

「あ? あー…どっちでも……」

 

 適当な返事をすると、惟親は人のいい笑顔を浮かべる。

 

「奥方達も、音柱様のあの姿には惚れ惚れなさっておいででしたからね。では、預けておくことにします。そういえば、一度写真館に行きたい、とも仰言っておいででしたよ。知り合いの腕のいい写真師を紹介しておきました。今度、お暇な時でも四人で行かれるとよろしいです。奥方達のドレスは家内のをお貸してもよろしいですし、仕立てるおつもりであれば……」

「あぁ…いや、うん。また今度な、伯爵」

 

 思わぬ長話につかまった天元は早々に逃れようとしたが、惟親は決定的なことを言ってくる。

 

「あ、音柱様。森野辺くんですが、なかなか回復が思わしくなくて…」

 

「オイ!」

 

 とうとう実弥が惟親の肩を掴んだ。

 

「はい?」

 

 惟親は振り返ってギョッと声を詰まらせた。

 元からあまり人相のよろしくない風柱が、今や鬼の形相で惟親を睨みつけている。

 

「森野辺ってのは、森野辺薫のことかァ? 回復がよくねぇってのは…どういうことだァ?」

「へ…いや…あの……」

 

 へどもどと言いよどむ惟親に、天元は同情しつつ溜息をついた。

 

「やめとけよ。森野辺薫は今、伯爵の家で療養中なんだからな」

「療養? アイツ、また具合悪くしてんのか…」

 

 実弥は軽く眉を寄せると、惟親をジロリと見た。

 

「で?」

「はい? あ…いえ、少々回復に時間がかかっているので、蝶屋敷での養生を勧めたのですが、本人がなぜか遠慮していまして。音柱様のお屋敷ですと蝶屋敷からも近いので通えますし、奥方様達も是非にと仰言っておいでですので、移って……」

 

「駄目だ!」

 

 なぜか天元でなく、風柱が反対してきたので惟親はますます困惑した。

 天元の方を見ると、頭を抱えながらもどこか口元が笑って見える。

 

「おいおい、風柱。随分、お怒りだな。心配なのはわかるが、ちーたぁ落ち着け」

「うるせぇ。怪我してんなら、とっとと蝶屋敷に行きゃあいいだろうが。なんでテメェん()に行くんだよ」

「そりゃあ、俺にも責任があるからな。今回の森野辺の怪我は、ほとんど俺の技をくらったせいで肋折れたのが原因だし」

「はぁぁ!? テッ…メェ…何してんだッ」

 

 一気に怒りがこちらに向けられるのが、天元はむしろ面白かった。

 なんともわかりやすい男だ。悪戯心がムクムクとわいてくる。

 

「仕方ないだろ。血鬼術で妙な幻影を見せる鬼婆ァにとっ捕まっちまったのさ。俺だって、森野辺薫とわかってりゃ技なんぞ放つワケない。しかし実際に怪我させた事実はあるからな…伯爵からの頼みもあるし、嫁も賛成してるんなら俺が拒否する理由はねぇわな」

「テメェ、元忍者だろうが! 何を幻術なんぞに惑わされてんだよ!! テメェの技なんぞ受けて、あいつがまともでいられるわけがあるか! とっとと隊から外せ」

「それは…除隊させろ、ということですか?」

 

 間から惟親が恐る恐る口を開くと、天元と実弥の二人から睨み据えられる。

 

「そうだ!」

「そんなもん、なんで風柱(コイツ)が勝手に決められるんだよ」

 

 惟親は亀のように首をすくめた。

 どうして柱二人から責められているんだろうか? 自分は薫の話をしただけなのに…。

 

「すみませんが…風柱様は、森野辺くんとお知り合いなのですか?」

 

 惟親がこの問答が始まってからずっと疑問だったことを聞くと、実弥は憮然として即答する。

 

「同門だ」

「あぁ、なるほど。そういうことですか」

 

 惟親はようやく得心して頷いた。

 妹弟子のことであるので、心配をしているのだろう。

 

 しかし、天元はフッと笑った。

 

「同門ねぇ。それだけか?」

「………なんだと?」

 

 実弥の顔がまた険しくなる。

 

 天元はチラと惟親を一瞥した。

 意図を感じて、惟親は頭を下げると辞去を告げた。

 

「それでは…私はまだ仕事がございますので」

 

 惟親が去った後、二人だけになると実弥はますます感情を露わにする。

 

「テメェ…さっきからなんだ?」

「なんだ? なんか気に障ったか?」

「とぼけてんじゃねぇぞ、オッサン。今日は最初(ハナ)っからおかしいと思ったら…アイツのこと、黙ってたな」

「………ふん」

 

 天元はクスッと笑みを浮かべると、腕を組んで実弥を見下ろす。

 

「なんだって俺がお前にいちいち森野辺薫のことでご注進しなきゃならねぇんだよ。どういう仲だ、お前らは」

 

 あけすけに天元が問うと、実弥の顔は強張った。

 

「妹弟子の心配…にしては、妙にこじれた怒り方だよな。除隊させろとは…本人の意思も無視して」

「アイツが…足を引っ張るからだ…」

「お前ねぇ…言ってもあのお嬢さんだって丙だろ? そこまでひどくもねぇよ。確かに少々、気になるとこはあるけどな…」

「なに?」

「気になるか?」

 

 実弥はギリッと歯軋りした。

 その様子を見ながら、天元はいよいよ意地の悪い自分に酔ってくる。

 

「今回の任務は色々と面倒でな。正直、あのお嬢さんじゃないと出来ないことも多かったんだ。例えばドレスなんての着て、手に手を取って踊るとか……男と」

「………」

「なかなか綺麗だったぞ、あのお嬢さんのドレス姿は。さすがは元令嬢だけあって、立ち居振る舞いが自然だった。あの格好でピヤノなんぞ弾いて、そこらにいた男共は全員魂持ってかれてたなぁ…」

「………テメェ…いい加減にしろ」

 

 さすがに天元が面白がっているのを感じたのだろう。実弥は低い声で唸るように威嚇した。

 これ以上つついたら、手が出てきそうだ。今はお館様のお屋敷内ということで、この男も最大限に堪えている。妙なところで常識があるのだ。

 

「ま、あのお嬢さんがどこで療養しようがどうでもいいが…俺の家が嫌だとか抜かすなら、お前が引き取れよ。お前ン()からも近いだろ? 蝶屋敷」

「ハアァ!? フザけんなよ、オッサン! なんで俺の家で…」

「妹弟子だろ?」

 

 天元はツイと実弥の胸を突く。

 

()()()()()()だろ。それだけだろ?」

「ッ…!」

 

 実弥の耳が赤くなるのを見て、天元はニヤリと笑って続ける。

 

「不甲斐ない妹弟子の容態を心配して、自分の屋敷で面倒見るくらい普通のことだし、()()()()()()()()()()()……だろ? 療養が終わったら、回復訓練に付き合うことだってできるもんな」

「………無理だ」

 

 珍しくうろたえた様子で実弥がつぶやく。

 天元は首を傾げた。

 

「なにが?」

「………アイツが許さない」

 

 天元はしばらくまじまじと実弥を見た後、ブッと噴き出した。

 

「笑うな! オッサン!」

 

 実弥が怒るのが、ますますツボに入って、しばらく天元は大笑いした。

 

「お前らって…どういう仲なんだよ、ホントに」

「うるせぇ…」

「ハイハイ。もうこれ以上は何も言わねぇよ。最初(ハナ)から関わる気はなかったしな…。ま、気になるなら様子だけでも見に行け。まだしばらくは伯爵の屋敷で休んでるだろうからな」

「………行かねぇ」

 

 実弥は踵を返して足早に去っていった。

 

 やれやれ…と、天元は軽く溜息をもらす。

 

 そんなつもりもなかったのに、結局、余計な口出しをしてしまった。

 どこかで、あの天邪鬼のクソガキを少々懲らしめたい気持ちがあったのだろうか。

 

 

 ――――望んだって、あの人があんなことを言うものか!!

 

 

 血反吐を吐くかのような薫の叫び。

 

 その通りだろうと天元も思う。

 しかし、ツンケンした言葉とは裏腹のあの態度。

 まったく、どうにも不器用で見てられない。

 

 天元は今日、明日あたり薩見邸を張ってやろうかと思った。

 必ずヤツは来るだろう。だが…

 

「ま、それやっちゃ、正真正銘、出歯亀親爺になっちまうな…」

 

 肩をすくめると、ぶらぶら歩き出した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ホントーに、ごめんねぇ。天元様のせいでこんなになっちゃって…」

 

 奈津子に案内されてやって来た須磨は、薫の顔を見るなり飛びつくように謝ってきた。

 

「あ…いえ…」

 

 薫があわてて起き上がろうとするのを、()()()がさすがの身のこなしで素早く止める。

 

「起きなくていいよ! 肋折れてんだろ? 天元様の技をくらったんだ…それくらいで済んで良かったよ」

「……はぁ…」

 

 薫がきょとんとしていると、一番最後に入ってきた雛鶴がニコリと笑った。

 

「骨折に効く薬湯を持ってきたの。食事の後で、煎じてもらって飲んでね」

 

 どうやら天元は薫の怪我が自分の技によるものだと、妻たちに話したらしい。これまでの天元の戦歴の中で、そんな勘違いは初めてのことで、相当に気にしていたようだ。

 天元がハッキリ言わないまでも、態度から妻達は感じ取って、忙しい夫に代わって謝罪に来たらしい。

 

「そんな…血鬼術のせいですから…」

 

 薫は恐縮した。

 だが、ふと考える。

 

 薫の記憶から作り出された幻影。

 だとすれば、薫が見たあの空間もまた天元の記憶から作り出されたものなのだろうか。

 

 暗い森の中。

 黒装束で現れた須磨達。

 薫と対面した天元が放った言葉。

 

 

 ――――そんなに俺を殺して…完璧になりたいのかよ!?

 

 

 あれは、どういう意味なのだろう?

 一体、誰に向かって言ったものだったのだろう……。

 

 あれが過去に起きたことであるなら、妻達が知っている可能性は高い。

 

「あの……」

 

 聞こうとして薫は逡巡した。

 

 自分だって、見たくもない過去を見せつけられたのだ。しかも勝手に(いじ)られて。

 天元の幻影もまた、天元にとって一番触れられたくないものである可能性がある。

 

「なぁに?」

「どうかしたかい?」

 

 須磨と()()()が尋ねてきたが、薫はしばし言い淀んで、結局、その事に関しては口を噤んだ。

 

「いえ…あの音柱様にお伝え下さい。任務であれば、想定外のことも起こりうるのだから、気になさらないようにと」

 

 実のところ天元は妻達に、自分にかけられた幻影のことを話していた。

 弟妹を殺したあの日が再現されたことも、薫が弟の姿になって現れたことも。

 

「いきなり訳の分からねぇことで怒鳴られて、アイツも面食らったろうな。どういうことかと訊かれりゃ、答えないわけにもいかねぇだろうな……」

 

 妻達に天元はバツ悪そうに言ったものの、その顔は暗かった。

 天元にとってその記憶がまだ生々しく、痛みを伴うものであることを妻達は全員わかっていたので、実のところ薫がどういう態度を取るのか観察していたのだ。

 

 三人は素早く目配せした。

 どうやらこのお嬢さんはまともな人間だ、と三人各自で安堵する。

 

「まぁね。柱になってからは単独任務が多かったから、久しぶりの共同任務でちょいとばかし調子が狂っちまったのかもしれない。でも、ま、天元様の技を食らってこの程度で済んでるんだから、お嬢さんもなかなかやるんだね」

 

 ()()()は薫を褒めるついでに、それとなく天元を持ち上げる。

 

「それより、ピアノ弾けるって、ホント?」

 

 須磨がいきなり尋ねてきた。

 

「え…あ…はい。少し…」

「今度聴かせてよ!」

「須磨。まだ治ってもないのに、無茶なこと言わないの」

 

 たしなめる雛鶴に、薫は「大丈夫ですよ」と笑った。

 

 その後、なんだかんだと気にかけてくれるのか、もしくは須磨曰く「天元様が遠くに仕事に行っちゃってつまんない」からなのか、三人の妻は度々、療養中の薫を訪ねてくるようになった。

 当初の険悪な出会いからすると意外なほどに仲良くなったことに、薫は戸惑いつつも嬉しかった。

 

 いつも(少々騒がしいほどに)元気な須磨と、口達者な()()()がやり合い、冷静に雛鶴が取り纏める…という三人ながらのやり取りを見ているだけでも楽しかったし、冗談を交えながらも天元の話となると、三人それぞれに素直な愛情が伝わってきた。

 

 天元とこの嫁達の関係が薫には羨ましかった。

 

 自分には、決して手に入らないものだ……。

 

 

 

<つづく>

 




次回は来週更新予定です。
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