【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第三章 死闘(一)

 勝母(かつも)の助手である房前(ふささき)律歌(りっか)は、本部からの要請で、しばらく関東方面での隊士たちの看護を行っていた。

 同時にそうした看護の仕方や薬の調合などを、(かくし)らに指導し、そろそろ彼らが一人前に動けるようになってきたので、ようやく吉野の勝母の元に戻ることになった。

 

 これで関東方面における、隊士らの主要な医療施設は蝶屋敷と、今回新たに作られることになる施薬(せやく)医療院の二つになる。これまで重傷者の手当が蝶屋敷に集中していたせいで、せっかく柱となった胡蝶しのぶも、鬼狩りとして十分に働けない環境にあった。いや、むしろこの二つの業務を、眠る時間も削ってこなしていたのだが、これでずいぶんと軽減されるはずだ。

 

 律歌としては、ひとつ肩の荷が下りた気分だった。

 新たに蟲柱となった胡蝶しのぶは、律歌にとっては可愛い妹弟子であったカナエの妹だ。姉と違って生真面目で、ついつい無茶をしがちな娘で、そのくせ意地っ張りなので、わかりやすく手助けしようとしても突っぱねられる。

 その点、今回のお館様の采配は見事だった。

 今後の鬼殺隊の為と言われれば、しのぶも否やは言えない。

 

「やっぱりお館様はよく人を見ておられるわ」

 

と、話した相手は同期の岩柱だった。

 彼も最近は関東方面での仕事が多く、何度か顔を合わす機会があったのも、嬉しいことだった。

 

 そんな盛り沢山の東京での仕事を終えて、ようやく律歌は帰ってきた。

 

 雪降る中、降り立った駅の乗降場(ホーム)でウーンと伸びをする。はあぁ、と吐いた息は口から出た瞬間に白くなった。

 汽車を下りた途端に吹きつける北風の冷たさに、人々は逃げるように乗降場(ホーム)から去っていく。

 

 それでも帝都の人の多さに辟易していた律歌は、人の少ないその場所でしばらく佇んでいた。

 ふと、同じように人気のなくなった寒風吹きすさぶ乗降場(ホーム)に立っている人に気付く。黒い外套を着た男は、雪雲の向こうに霞んで見える山々を睨むように見据えていた。

 

「あれ?」

 

 律歌はハラハラ舞う雪の向こうに見えたその姿に目を瞬かせた。

 よくよく見つめようと、サササッと近付くと、男は不自然な律歌の動きにすぐに反応して、鋭い視線を向けた。

 が、律歌と目が合うなり、ギョッとした表情になる。

 

「あー! やっぱり! 不死川じゃないの、久しぶりー」

 

 声を上げると同時に律歌は風柱・不死川実弥の外套をはっしと掴んだ。

 

「おい! なんだよ、離せ」

 

 怒ったように言ってくる実弥に、律歌はすぐにパと離す。

 ヘヘヘと笑って、両手をヒラヒラさせた。

 

「あー、ごめんごめん。つい反射的に掴んじゃった。逃げられそうでさ」

「なんで俺が逃げるんだよ」

「だって、昔はよく逃げてたじゃないのー、コ・レ! から」

 

 律歌はおどけたように言って、ピンと反るくらいに人差し指を伸ばす。

 注射針のつもりだ。

 

 鬼が好む稀血、その中でも当人が鬼から聞いた(げん)で言うならば、不死川実弥の血は『極上の稀血』らしい。

 勝母が調べたところ、その血は輸血の際には非常に役に立つものだった。

 血というものにはそれぞれ固有の型が存在し、それらの型が同じもの同士で輸血せねば拒否反応が起こってしまう。だが実弥の持つ稀血は、どの型の血液にも拒絶反応を起こさない。そのためこれまでも何度となく実弥は、生死の危険がある重傷隊士のために、己の血を分けてやっていた。

 だが、日頃は泣く子も黙る鬼殺隊随一の狂犬(と一部隊士に呼ばれている)にも、苦手なものはあるようで、それが注射だった。

 

 律歌の示すものに、実弥は眉を寄せ、元から不機嫌そうな顔が愈々(いよいよ)仏頂面になった。

 剣呑とした相変わらずの雰囲気は、知らない人間からすれば恐ろしく感じたろうが、律歌には懐かしいくらいだった。

 

「で? なに? こっちで仕事?」

「仕事は……昨日終わった」

「あら? 帰るとこ?」

「……婆さんに用事だ」

「なんだ、一緒じゃないの。じゃ、行こー」

 

 快活に言って、律歌はさっさと歩いて行く。

 実弥はしばらく動かなかったが、数歩先を進んだ律歌に大声で呼ばれた。

 

「おーい! 行くよー。薫に会いに来たんでしょー」

 

 不意をつかれて、実弥の顔がギクリと強張る。

 反射的に「違うッ」と叫んだが、律歌は大して聞いていなかった。

 

「ハイハイ。とりあえず行こっかー」

 

 のんびり言って歩き出す。

 お構いなしの律歌に実弥は嘆息したが、あきらめて後をついていく。

 どう言い訳したところで、律歌の言う通り百花(ひゃっか)屋敷に向かうつもりであったし『薩見(さつみ)惟親(これちか)に頼まれた』ことでもある。

 歩きながら、自分に言い聞かせた。

 そう。あの気弱そうに見えて、わりと図々しい執事に()()()()()()()()()()、様子を見に行くだけだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「降ってきたねぇ…」

 

 勝母はどんどんと降ってくる雪で、白くなっていく景色を見てつぶやいた。「今日は休んだらどうだい?」

 

 隊服だけを着て、修練に向かおうとする薫に呼びかける。

 

「あらゆる気候での戦闘に備えるのは必要なことですから」

 

 薫は言いながら、寒くなって手がかじかまないように、両手を握っては開く…を繰り返す。

 

「大丈夫っすよ、勝母さん! 薫さんが無理しがちだったら、俺がしんどいーって、連れて降りてきますから」 

「あぁ、頼んだよ」

 

 勝母は笑って、翔太郎の肩を叩いた。

 右腕を失くし、左肩も刺し貫かれて、下手をすれば左腕も使い物にならないかもしれないと思ったが、翔太郎は若さで乗り越えた。

 体力的なことだけでなく、精神的にも元からの楽観的な面もおおいに手伝って、将来(さき)への希望を失わなかったというのもある。

 口減らずで、少々甘いところのあるお坊ちゃんと思っていたが、翔太郎は案外と粘り強かった。

 勝母の課した地味な回復訓練にも、真面目に取り組んで、着実に状態を元に戻していった。今や、薫との立合稽古においても、時には一本取りに行くまでになっている。

 

「じゃ、行ってきまーす!」

 

 雪降る中を山の頂上に向かって走っていく二人を見て、勝母は目を細めた。

 若いものだ。

 自分も昔はこのくらいの天候で逡巡することなどなかったのに、年を経て、子を産むと、どうしても親の目線が加わり、心配が先に立つ。   

 

 木立の中に消えていく二人を見送ってから、勝母は百花(ひゃっか)屋敷に戻った。

 門を入ってしばらく歩くと、大きく育った椿の木に赤い花がいくつも咲き、そこに白い雪が積もっている。

 この椿は、勝母のかつての住まいである花鹿(かじか)屋敷の離れに植わっていた椿の木だった。

 今は蝶屋敷となったあの場所には、祖母が『必勝』と名付けた桜の木があったが、さすがにそれを移植するには大きすぎたし、下手をして枯れさせては元も子もないので、そのままにしておいた。考えてみれば、あれは祖母が未来の隊士たちに向けての励ましとして植えたものなので、柱となる者の屋敷に植えられているのが正解だろう。

 

 馴染み深い花鹿屋敷の庭から、持ってきたのはこの椿の木だけだ。

 勝母はふと、その椿の太くなった幹に触れた。

 

「………」

 

 無言の中に過ぎ去った、苦く、悲しく、楽しい日々は、遠い思い出になる。

 

「父上、(みゆき)は強うなりましたぞ」

 

 骨すらも残さずに死んだ父に向かって、力強く勝母は言った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「やぁやぁ…こりゃすごい」

 

 翔太郎は頂上近くの道を走りながら、愉しげに言った。

 

「いつもだったら見晴らしがいいところなのに、もう何も見えないや」

 

 薫は眼下の濃い雲霞に眉を寄せた。

 

「これだけ雲が厚かったら、鬼も活動しているでしょうね」

「そうですね。わっ! 薫さん、見てくださいよ。ホラ、あれ、もう雲ですね。雲が目の前を横切ってますよ」

 

 翔太郎が道の上を通り過ぎていく霧の塊に声を上げる。

 確かに、山の下から見上げれば雲に見えたことだろう。それくらい冷えた空気が下へと押し寄せてきているということなのだろうが。 

 

「そろそろ帰りましょうか」

「そうっすね」

「帰り道の方が危険だから、油断しないように」

 

 薫は注意すると山を下っていく。

 本当はこの頂上のひらけた場所で、技をつかった訓練などを行うつもりであったが、唇が紫色になっている翔太郎を見て、薫はすぐ帰ることにした。

 今日は、薫にとっては久しぶりに気分も良くて、もっと訓練を行いたかったのだが、ここで無理をして翔太郎の体調が悪くなっても困る。それに一度、翔太郎を百花屋敷に送ってから、自分はまたここに戻ってきて、一人で修練することもできるだろう。

 

 背の低い灌木と、枯れた草が少し生えているだけのゴツゴツとした岩肌の道を過ぎて、勾配の急な下り道に入ると、冬枯れの森は降り始めた雪でうっすらと白く覆われていた。鈍色の空から降る雪にぬかるんだ悪路が、足元を危うくする。何度か転びそうになりながら、薫は木々の間を抜けていった。

 

「薫さん、待ってぇ~」

 

 翔太郎が情けない声を上げる。

 薫は足を止めると、振り返った。頬に笑みが浮かんでいる。

 翔太郎がああやってわざとに情けない声を上げるのは、いいところを見せたい時だった。

 

 今も薫が見ていると確認すると、少し段になっている岩場から跳躍して、張り出していた柏の太い枝を片手一本で掴む。そのままブランブランと振り子のように、体を大きく振って、こちらに向かって飛んできた ―――― 刹那。

 

 ビュウウツ!!

 

 空気を切り裂く音がして、翔太郎の足に紐のようなものが巻き付いた。

 翔太郎が体勢を崩して落ちる。

 その翔太郎の向こうで、木々が次々に倒れていった。

 バリバリと木の幹が割れる音が、静かだった森の様相を一気に変える。

 

 ズズズと足元から低く響いてくる土の揺れに、薫はよろめきそうになって、地面に手をついた。

 ゾクリと背筋を這いのぼる緊張は、この数年で刻み込まれたものだった。

 考える前に、足首につけていた訓練用の砂袋を取り払う。体力強化のために重量のある砂袋をくくりつけて訓練をしていたのだが、敵が襲来してきた今は邪魔となる。

 

「っつッ!」

 

 ぬかるんだ地面に倒れた翔太郎が呻いた。

 薫は立ち上がると同時に刀を鞘から抜くと、翔太郎の足に絡んでいた、不気味な灰色の紐のようなものを切った。切ったと同時に、その切り口から赤紫の液体がほとばしり、白い雪に汚いシミをつくる。

 

「触手か…」

 

 薫はつぶやいて、その触手が伸びてきた方を睨みつけた。メキメキと周囲の木々を根元から倒しながら、雪混じりの土煙をあげて、ソレは現れた。

 

「いィ…たァ…なァ……」

 

 妙に甲高い、間延びした声。

 気分が昂揚しているのか、喜んでいるように聞こえる。

 

 見間違えようはずもない。

 再び現れた忌々しい、呪わしい鬼。

 

紅儡(コウライ)…!」

 

 薫と翔太郎はほぼ同時に叫んだ。

 

 

 

<つづく>

 




次回は2023.05.06.更新予定です。
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