【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第三章 死闘(三)

 窓の外を見れば、雪が勢いを増していた。

 

「こりゃ…下手すりゃ吹雪になるね」

 

 勝母(かつも)は眉を寄せて、つぶやいた。

 帰ってきたらすぐに入れるように、風呂でも沸かしておこうかと、縁廊下を歩いていると、バサバサとあわただしい羽音が聞こえてくる。

 

「…祐喜之介(ゆきのすけ)?」

 

 声をかけると、鴉は一目散に勝母に向かってきた。

 

「敵襲! 鬼、鬼! 交戦中!!」

 

 勝母はカッと(まなじり)を決すると、すぐさま日輪刀を置いてある自室に向かおうとして、チッと舌打ちした。そういえば、不肖の弟子が持ち出していた…と気付く。

 踵を返し、修練場の横にある小部屋に向かった。

 

 そこにはかつての弟子達の日輪刀が保管されている。

 任務によって重傷を負い、隊士を引退した者。隊士であることに疲れ果て、刀を置いて姿を消した者。……鬼によって殺された者。

 彼らの多くは、続く弟子達の(たす)けになるようにと、刀を勝母に託した。

 この部屋に入るたび、数十本はある刀の多さに、勝母はやるせない気持ちになる。

 しかし今は感傷に浸っている暇はない。

 

 目に入った数本を手早く持って、一番重く感じたものを腰に差す。

 それでも、いつも持っていた自分の刀に比べれば軽かった。満身の力で技を繰り出せば、折れるかもしれない。文句を言っても仕方ないが。

 

 祐喜之介の先導で走りながら、勝母は現れた鬼というのが紅儡(こうらい)であろうと目算していた。

 薫からの話と、自分の経験からして、あの鬼がいずれ復活するであろうことは予想できた。復活すれば、風波見(かざはみ)家の生き残りである翔太郎を、このままにしておくとは思えない。

 

 鬼となれば人であった頃の記憶は薄れてなくなると聞くのに、あの鬼に限ってはしつこく覚えている。それほどに恨みが深く、憎しみが枯れることもないのだろう。

 

 激しさを増してきた雪が、容赦なく勝母の顔に当たってべシャリと溶けた。

 走り、呼吸しながら、勝母の血が徐々に熱くたぎる。もはや一人の育手ではなく、一人の鬼狩りに戻りつつあった。

 

 やがて倒れた木々の間から、戦っている薫と翔太郎の姿が見えた。

 そのほかにも朱色の髪をした、右肩が白く膨れ上がった鬼の姿。しかも一体ではない。

 勝母は苛立たしげに歯軋りすると、跳躍した。

 

 

 花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

 

 その場にいた紅儡の分身二体が、勝母の豪速の剣撃によって切り刻まれていた。

 薫も翔太郎も呆気にとられた。

 

「なんだい、他愛も無い」

 

 勝母は薫の隣にストリと着地すると、隙なく構えながらも、あきれたように言った。

 

「アンタたちも、こんなのサッサと始末しちまいな」

「してますよ!」

 

 翔太郎は叫んで技を放ち、目の前の一体を倒す。薫も頷いて、技を繰り出す。

 

 

 鳥の呼吸 参ノ型 飛燕之鋒(ひえんのほう)

 

 

 上下からの剣撃によって、紅儡の首と右腕が落ちた。

 勝母が来る前に始末したのも含め、紅儡のすべての分身を倒したものの、薫は構えを崩さなかった。

 

「勝母さん、来ます」

「そのようだね」

 

 さすがに勝母は説明を受けずとも勘づいていた。

 足元からゴゴゴと響く振動。バリバリと地面が割けると、また紅儡が姿を現した。

 今度は八体。

 すべての紅儡の足は触手によって形作られ、それは木の根のように土中に潜っている。

 

「本体は地下というわけか…」

 

 勝母は皮肉げに頬を歪めた。

 睨みつける左目がギラリと光る。

 

 翔太郎はゴクリと唾を飲み下した。

 いつもは少しばかり口やかましい婆様ぐらいに思っていた勝母の、凄まじいほどの闘気を感じて圧倒される。

 かつては毎日のように鬼を(ほふ)っていた柱。その戦いぶりは獅子(しし)搏兎(はくと)とごとく、一切の手加減を許さない阿修羅の剣とも呼ばれた、花柱・五百旗頭(いおきべ)勝母。

 年経ても、いざ鬼を前にすれば、現役の頃の気力が戻る。

 

「雑魚ばかりを相手にしても仕方ない。翔太郎、薫、あんた達は技で土を掘るんだ。あいつらは私が引き受けよう」

 

 言うなり勝母は駆けていくと、たちどころに二体の紅儡の首と右腕を斬り落とす。

 

「……あの人、まだ現役でもいいんじゃないの?」

 

 翔太郎はなかば呆気にとられて言った。

 薫も同意したかったが、今はゆっくり話している暇はない。

 

「翔太郎くん、やるわよ!」

 

 声をかけるなり、薫は土に向かって技を放つ。

 

 分身の紅儡は、いつも輪になって現れた。今も、薫らを囲うようにして八体が土から出てきた。であれば、おそらく各々の分身の対角線上の中心部に、本体がいる可能性が高い。

 

 薫は渾身の突き攻撃である漆ノ型磐穿喙(ばんせんかい)を、翔太郎は風の呼吸の壱ノ型を地面にぶつける。大きく罅割れた地面から、蠢く触手が伸びてくる都度斬り落としつつ、地面をえぐっていく。

 

 その間にも勝母は分身をあらかた倒すと、再び出現する前に薫らの方にやって来て、自らも技を叩き込む。

 

 

 花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

 

 連続九回の斬撃は地面を深くえぐりこんで、現れ出る触手も一緒くたに断ち斬る。

 

 コオォォ…と不気味な咆哮とともに、再び紅儡が四体の分身となって現れた。

 そのうちの一体が、刀を振り上げている。

 

「あっ!」

 

 薫は声を上げた。

 あれは勝母の刀だ。最初に現れた紅儡の首と右腕を切断したあとに、拾う間もなく、新たに分身との戦闘に突入してそのまま置き捨てられていた。

 

「まさか、あれは私のかい?」

 

 勝母は目を(すが)めて、見覚えのある刀を見つめる。泥にまみれていたが、鬼の持つ手の間から、紅梅色の柄巻(つかまき)が見えた。

 

「そうです」

 

 薫が頷くと、勝母はさっとあたりを見回した。

 

八重(やえ)は?」

「あっ…さっき助けて、逃しました」

「そうかい。じゃ、問題ない」

 

 勝母は瞬時に理解した。

 刀を持って逃げた八重は、おそらくこの鬼に捕まった。

 日輪刀を持っていることで鬼殺隊士と思われ、人質にされたのかもしれない。あるいは八重が翔太郎の居場所を教えたのか…?

 

 考えながら、勝母は自分の刀を持っている紅儡に向かって一目散に走っていく。

 

 

 花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

 

 大きい円を描く斬撃は、一瞬の間に紅儡の首も右肩も落とした。

 黒い塵と消える右手から地面に落ちていく刀を、勝母は空中で取ると、続いて攻撃してくる二体目の紅儡をなんなく一刀両断する。

 

 

 花の呼吸 壱ノ型 椿の火影(ほかげ)

 

 

 ざっくりと斬りつけられた紅儡は、ヒギャアアアア! と、けたたましくわめいた。

 

 勝母の握る日輪刀は、見る間に真朱(まそほ)に染まる。その赤い刀身は、まるでそれ自体が熱を持っているかのようだった。

 

「あぁ、これこれ」

 

 勝母は手に馴染む柄を握りしめて笑った。

 この太さ、この重さ。

 さっきまで持っていた刀はやたら細いのと、軽いのとで、技の精度に納得がいかなかったが、自分の日輪刀であれば、現役時代の八分程度には力を発揮できるだろう。

 

「さぁ、やろうか」

 

 低く唸るように勝母が言うと、紅儡の紅い瞳に怯えが浮かんだ。

 

 

 ――――― 所詮、お前は雑魚だ…

 

 

 記憶に刷り込まれた女の言葉と、目の前の女の醸す充溢した気合が重なり合う。

 紅儡()()は、土の中に逃げようとした。

 

 逃すまいと勝母は広範囲の技を繰り出す。

 

 

 花の呼吸 参ノ型 零れ桜・散華

 

 

 呼応するように薫と翔太郎も、土に向かって技を放った。

 

 

 風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

 鳥の呼吸 漆ノ型 磐穿喙

 

 

 ようやく本体らしきものにぶち当たった。

 土に隠れていた紅儡の大きな紅い目。おそらく腕にあるものだろう。この大きさからすれば、本体はどれほどに巨大なのか…?

 

 薫は刀を振り上げたが、紅儡はその紅い目玉を落ち着きなく動かしてから、薫をじっと見つめてくる。

 

「この野郎! 一気にえぐり出してやる!!」

 

 翔太郎はようやく見えた本体に息巻き、重ねて技を繰り出そうと刀を構える。

 

 薫はハッとした。

 紅儡の紅い瞳から、涙が溢れ出していた。

 

「待って!」

 

 あわてて制止するや、妙な声が響く。

 

 

 ――――― 逃ゲテ!

 

 

 いきなり呼びかけてくる声に薫は混乱した。

 頭の中に直接、訴えてくる。何度も。

 

 

 ――――― 逃ゲテ!

 ――――― 逃ゲテ!

 

 

「な……」

 

 問い返すことはできなかった。

 ゾワリと、全身に悪寒がはしった。

 

 同時に―――――

 

 

 ドオォォォォン!!!!

 

 

 山鳴りが起きたのかと思うほどの衝撃が襲った。

 それがただの地の鳴動でないのを、薫は反射的に悟っていた。ほとんど無意識に防御の技を放ちながら、自らの体を切り刻もうとする()()を必死でかわす。

 それでもおそろしいほどの威力をもったその攻撃によって、薫は吹っ飛ばされた。

 伸びた枝に手足や顔を傷つけられながら、木々の間を抜け、腐って折れた巨木にぶち当たると、地面に落ちた。

 

「ぐ…」

 

 頭をしたたかに打ちつけたのか朦朧とする。

 必死で意識を保とうとするが、瞼が抗いきれずに落ちてくる。

 急速に闇が薫を包み、そのまま気を失うかに思えたが ――――

 

「キャアアアァッ!」

 

 甲高い悲鳴が、一瞬の安息を破って響き渡った。

 

 

 

<つづく>

 




次回は2023.05.20.更新予定です。
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