【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
『死んだ人間には挨拶に行ってるかもしれない……』。
期待した分、消沈して家に帰ると、
「風柱様! 今日、粂野さんのお墓に行ったら、これ……」
両手に乗せて大事そうに出してきたのは、琥珀の数珠だった。匡近の形見で、薫がいったん匡近の実家にまで持って行ったが、家族の意向で薫に譲られた……と守から聞いている。
「来たのか?」
実弥が尋ねると、守は残念そうに首を振った。
「今日……粂野さんの墓参りに行ったら、石灯籠の中に置いてあったんです」
「……これだけか? 他には?」
「あとは白い
実弥は風に頼りなげに揺れていた白い花を思い出し、それを供えただろう薫の姿に重ねた。
やはり薫は匡近に会いに来ていたのだ。だが……
実弥は守の手から数珠を取り上げた。琥珀の玉が連なって、途中に二つある木の玉からは、寺社のお堂で焚く香のような匂いがしていた。
「一週間前に行ったときにはなかったはずなんです。そのときに供えた花も、
守は忸怩たる思いがあるのか、くやしそうに唇を噛み締めた。
「たぶん花の状態からして、この二、三日ぐらいのことでしょう。毎日でも行って待ち伏せしてればよかった……」
「………」
実弥は数珠を握りしめた。
すれ違ってしまったようだが、ともかくも、あの胡散臭い男の言ったことは間違っていないようだ。だとすれば……
「ちょっと出る。そのまま任務に向かう」
実弥は数珠を隊服のポケットにつっこむと、踵を返す。
「えっ? あの、ちょっとは休んだほうが……」
「いらん」
守が心配そうに言うのを、実弥はすげなく一蹴し、ふたたび外に出た。
薫が失踪したと知って以来、従前通りに柱として任務をこなしながら、休息できる昼日中には薫の捜索を行う実弥に、守は何度となく休むように言ってきたが、実弥の耳には入ってこなかった。
浅い眠りの中で何度となく薫が自ら命を絶つ姿を見て、そのたびに息が止まりそうな思いをして目覚める。もういっそ、眠りたくなかった。
既に匡近の墓に挨拶に来ているのならば、他にこの関東近辺で行きそうな場所は限られている。
実弥は数年ぶりに亡き弟妹たちの眠る不死川家の墓を訪れた。
まだ真新しい供花の中に、匡近の墓で見た白い秋明菊を見つけて、薫が来たことを確信する。本来であれば実弥や玄弥がするべき掃除などもしてくれたのだろう。おそらく自分たち兄弟以外参る人などいるはずもないのに、墓は磨かれたように綺麗だった。いつも薫が訪れたあとは、そうだった。墓に生えた苔や、周囲の雑草などまできれいに取り除いてくれている。
薫が来訪したのか確認したかったが、小さい頃から知っている和尚は先年に亡くなり、新たな和尚は剣呑たる雰囲気を滲ませる実弥に警戒して、まともに話をすることもできなかった。仕方なしに寺の小僧に、それらしい女が来なかったかと訊いてみたが、やはり判然としない。
またガックリ肩を落とし、今度は薫の両親の墓を探そうとしたが、その場所はすぐにわからなかった。
旧
―――― 鬼殺隊を辞めて、どこに行けと言うんです!?
薫の悲痛な叫びが聞こえる。
もう、本当に……薫には居場所がないのだ。
忸怩たる思いで、なんとなく昔、薫と歩いた河原の道を歩いていると、馴れ馴れしく声をかけられた。
「おや、風柱様。こないなとこまで来られるとは……」
いちいち癇に障る
振り返ると、案の定そこには、白髪まじりの
「テメェ……伴屋、宝耳」
「ワイの名前を覚えてくれてはったとは、嬉しいことや」
宝耳は嬉しそうに笑ったが、実弥は信じなかった。
この男の陽気で
「なんでテメェがここにいる?」
「そら、もちろん。風柱様と同じ理由ですわ」
「……なんだとォ?」
「せやから、ちゃあんと見とけと言いましたやんか。せっかく人が釘さしといたぁ言うのに、結局逃げられはって……案外と信用されてまへんな、妹弟子に。もっとも……」
宝耳は言葉を切ると、スッと目を細めて、いやらしく笑った。
「
実弥はグッと拳を握りしめた。
目の前の男の挑発に乗せられて、肝心なことを忘れては意味がない。
「……薫を探す理由はなんだ?」
感情を押し殺した声で尋ねると、宝耳は天元に言ったのと同じように答える。
「それは、お館様から探すように……」
「だから、それがなんでなんだよ!!」
実弥は恐ろしい速さで宝耳の目前に迫ると、襟首を掴み上げた。
並の人間とは思えぬ移動速度といい、絞め付ける力といい、その鬼気迫る顔とあいまって恐ろしいほどだったが、それでも宝耳の態度はのんびりしたものだった。
「えぇんでっか? また、すれ違いになってまいますで。お嬢さんの養父母の墓、探しとりますんやろ?」
「……知ってるのか?」
「ここから、そう遠ぉもない場所ですわ。一緒に行きまひょか」
言いながら、宝耳は襟首を掴んだ実弥の腕を掴む。
実弥は唇を噛みしめると、掴んでいた襟首を離し、忌々しげに宝耳の手を振り払った。
軽くよろめいて、宝耳は「やれやれ」とつぶやく。
「余裕のないことでんなぁ、風柱。鬼との戦いにおいては、冷徹無比とも言われておるのに、どうにもあのお嬢さんのこととなると、頭に血が上りやすくなるようでんな」
「うるせェ。さっさと歩け」
「へぇへぇ」
宝耳は肩をすくめてから歩き出す。
言っていた通り、隣町の小さな寺社にある墓地の隅に、ひときわ立派な墓が立っていた。
「おや。ここも一足違い」
宝耳は供えられた白の秋明菊を見て言った。
不死川家の墓と同じように、おそらく苔などを取り除いて、きれいに掃除したのだろう。洗い清められた墓石に供えた線香はすでに燃え尽きて、御影石の上に灰が落ちていた。
ここで手を合わせている薫の姿が思い浮かぶ……。
「さぁて、ここもおらんとなれば……あとは、ちょいと遠出せななりませんな」
宝耳はそう言って、軽くため息をついた。
「どこだ?」
実弥が問うと、宝耳は「さぁ?」とまた、わざとらしくすっとぼける。
「殴られる前に吐け」
実弥が冷たく、殺気すらにじませて言ったとき、カアァァ! と頭上で爽籟が鋭く鳴いた。
「西ノ村! 西ノ村ニテ鬼ノ気配アリィ」
実弥はギリと奥歯を噛み締めた。
目の前で宝耳は薄笑いを浮かべている。
「あぁ、もう
慇懃無礼とはこの事とばかりに、宝耳は実弥の苛立ちをますます逆立てる。
実弥は音もさせずに剣を抜き、宝耳の鼻先に鋭く
「一度で言え。お前は今からどこに向かう? 薫に会って、どうする気だ?」
宝耳は自分の鼻先、小指一本分の位置にピタリと構えられた刀をまじまじと眺めてから、フンと鼻をならした。
「少し考えればわかりそうなもんですやろ。ここら近辺の、お嬢さんと関わりの深かった知り合いの墓はほとんど参ってはる。風柱様とお嬢さんの同門やった人の墓にも、先だって亡くなられた花柱・胡蝶カナエ様の墓にも、同じ仲間であった者たちの墓にも……それぞれにあの白い菊が揺れておりましたわ。おそらくここらでの墓参りはあらかた済んで……となれば、あとは……信州あたりに行かはるんと
信州と聞いて、すぐに実弥は思い当たった。
薫と実弥の育手であった
そうして自らと縁のあった人の墓をすべて回った後に、薫が何を考えるのかは、言うまでもない。
任務さえなければ、すぐにでも向かいたかった。
だが、足は動かない。
目の前の男を恨めしく睨みつけることしかできない。
「それで、薫をどうするつもりだ?」
「お館様のご指示通りに」
「だから、それを聞いてんだろうがァッ!」
実弥は焦りも隠さず怒鳴りつける。
夏の盛りも過ぎた今、夕暮れの時間はだんだんと早くなっていた。空は急速に太陽の光を失い、東から藍色の
「やれやれ。心配が多ぉて……大変なこっちゃなぁ。風柱様も」
ポリポリと宝耳は頬を掻いてから、静かに言った。
「もし……万々が一、あの
「あいつは……鬼になんかなってない」
「そうであってほしいもんですな。鬼になんぞなって、人を襲いでもして、ワイも殺されでもしたら、あるいは……風柱様が相手せなあかんかもしれん」
宝耳は言ってから、ジロリと下から覗き込むように実弥を見つめた。感情のない、どこか粘着質なその視線は蛇のようだ。
実弥はグッと
この男はまったくもっていけ好かないが、今は自分の代わりに、薫を追ってくれる唯一の人間だ。しかも自分と違って、そうした探索にも長けている。
「うるせぇ。とっとと鬼を殺してすぐに行くからな。テメェ、勝手なことすんなよ」
剣呑と言う実弥に、宝耳はスゥッと目を細めた。
「さて? ワイよりも早ぉに風柱様が会うかもしれまへんで」
「……どういう意味だァ?」
「風柱様が今から向かわれる先にいる鬼が、森野辺薫やったら……?」
宝耳が言い終える前に、実弥の傷だらけの拳がその頬にめり込んだ。
ズサササッと音をたてて、宝耳が後ろへと吹っ飛び転がった。
「…テメェ。……今度、余計な口叩きやがったら、テメェがお館様の何であろうが叩っ斬る」
実弥は無様にのびている宝耳を無表情に見下ろすと、冷淡に言った。抑揚のない声は、いつもの凄みのある恫喝以上に、空恐ろしく響く。
そのまま宝耳の返事を聞くこともなく、実弥は踵を返して走り出した。
一方、のびたフリをしていた宝耳は、足音が遠ざかり聞こえなくなると、ゆるゆると体を起こした。
「やれ…なんとも…素早い……ことや」
つぶやいてから、詰まった鼻血をフンと吹く。
「で、風柱様が向かったのは、どんな鬼や?」
宝耳が尋ねると、ひっそりと墓石を囲む木立から現れたのは、
鬼殺隊の特殊組織である
「僧侶であった者のようにござります。数年前より家族諸共に姿を消して、探索しておりました。この一年の間にも寺付近に住む村人が五人、隊士方も数名向かわれましたが、行方不明となり、先日隊士と思われる方の足と、日輪刀が見つかりましてござります」
「坊主が家族喰ろうて、鬼となったか……因果なことや」
宝耳はとくに感慨もなく言うだけ言って立ち上がると、パンパンと服を叩いて土を払った。
「大丈夫にござりまするか?」
「大事ない。ハ……さすがに風柱。
「風柱様は、情実のある御方にござりますれば……」
春海の言葉に、宝耳はフ…と皮肉げに頬を歪める。
「その
ポケットから煙草とマッチを取り出すと、手慣れた動作で火をつけた。
「向かわれますのか?」
春海が尋ねると、面倒そうに煙を吐いて宝耳はぶらぶらと歩き出す。
「行かんワケにもいかんやろ。あぁして、
「……そのようなことを
「心配? ワイが? 誰を? 風柱をか?」
「森野辺薫様を、です」
「ふ……ん」
宝耳はしばらく煙草を味わってから、すっかり紺色となった夜空に向かって煙を吐き出した。
「まぁ……あと十年ほどしたら、好みには入るかもしれんけど。まだ、乳臭いガキやな。ワイからすると。風柱とお似合いやろで」
宝耳のあけすけな物言いに、春海はふ、と微笑してから、少し硬い表情で尋ねた。
「好みといえば……深川の
「あぁ、
「では……やはり、あの女は……」
「はて、さて。
「……危険にござります」
「ハハッ! 心配してくれとんのか?」
宝耳は笑いながら軽く春海の肩を叩くと、耳元で囁いた。
「お
「………は」
春海は頷くと、そのまま離れて夜の闇へと消えた。
宝耳は紫煙をくゆらしながら、ボソボソとつぶやく。
「……そやな。利用できるモンは、利用せなあかん。鬼の協力者も、鬼の娘も、
<つづく>
いつも読んでいただき、誠にありがとうございます。
申し訳ございません。他作の執筆に加え、作者の体調不良のため、本作の執筆が進んでおりません。次回の更新は来月以降になります。長くお待ちいただいている読者の皆様には、本当に申し訳ございません。気長にお待ちいただけると有り難いです。