【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 彷徨(四)

「やぁ、お嬢さん。えぇ夜でんな」

 

 相変わらず、人を食ったような話しぶりだ。だが薫は、その顔を見た途端にホッとなった。

 

「久しぶりですね、宝耳(ほうじ)さん」

「まったくでっせ。いやはや……まさかと思うたけど、ここにまで戻ってきはったとは。で、世話になった方々への挨拶はできましたんか?」

「…………」

 

 薫は俯いた。

 会うことはできなくとも、どんな様子かぐらいは見ようかと、幼い頃に世話になった播磨屋(はりまや)を訪ねたのだが、店はもう跡形もなくなっていた。周辺の店に事情を聞いてみれば、あの後、事実上播磨屋を取り仕切っていた奥方のコウが急死。新たに迎えた後妻がどうやらタチの悪い女であったようで、散財を重ねた挙句に店の金にまで手をつけて、とうとう身代(しんだい)持たずに倒産し、家族も離散してしまったらしい。

 亡くなったコウの墓を教えてもらったが、誰一人身寄りが参ることもなくなった墓は、石も崩れ、周囲には雑草が生い茂っていた。薫は草を取り除いて簡単に掃除し、道辺に咲いている野菊くらいしか供えられないことを詫びながら、手を合わせてその場を後にした。

 

 実父母の墓にも訪れて線香をあげたものの、顔も覚えていない両親である。正直、あまり感慨はなかった。美しい御影石で出来た墓石を見ながら、これを建ててくれたのが、森野辺(もりのべ)の父であったと思い出すくらいだ。

 薫の母の墓は、当初、粗末な卒塔婆(そとば)が一本建てられただけのものであったが、薫を引き取りに来てくれた森野辺の父が、ずっと母が持っていたらしき父の遺骨と一緒に、同じ墓に埋葬し直してくれたのだ。その後、養父母らと一緒に何度か来たが、森野辺の家を出て鬼殺隊に入ってからは、一度も訪れたことはなかった。

 今回、久々に故郷に戻ってきたついでにやっては来たが、墓石の前に立っても、彼らに話すことなどない。昔のことを思い出し、母にも事情があったのだと理解はできても、感情は納得できない。実の母に殺されかけたという事実(トゲ)は、いつまでも薫の中に鈍い痛みを与え続ける。……

 

 それからは特に故郷(ここ)でやることもなかったのだが、どうしても一番にお礼を言いたい相手のことが引っかかっていたのだろう。あてどもなくその人(・・・)の墓を探して回り、そうこうする間に日々は過ぎて、既に涼秋(りょうしゅう)の頃になっていた。

 

「銀二という男の墓を探してますんやろ?」

 

 宝耳はそんな薫の心を見透かしたかのように言ってくる。薫はさすがに驚いた。

 

「どうして……?」

「ハハハ。いやぁ、お嬢さんの考えてることなら何でもお見通し、と言いたいところやけど、生憎(あいにく)と情報提供者がおりましてな」

「情報提供者?」

「昔、オナゴ同士で盛り上がりましたんやろ。初恋の相手やら、なんやら。秋子が言うてましたわ。なんでも字ィ教えてくれたんやて? ハ…博徒(ばくと)、ゴロツキの類にしては学のある人間やったようでんな」

 

 秋子の名前を出されて、薫はすぐに納得できた。

 確かに昔、秋子や他の女隊士たちと任務終わりの宿などで、そんな話をしたことがある。そのときに、自分が幼少期に東北の片田舎で暮らしていたことも、子守女中で働いていたことも、秋子には言ってあった。

 宝耳は秋子に鬼殺隊に入ることを勧めたという間柄だから、訊くのはたやすかったろう。

 

「まさか…銀二さんのお墓が、わかったんですか?」

 

 ちょっとだけ期待して尋ねてみると、宝耳は申し訳なさそうに頭を掻きながら首をすぼめる。

 

「いやぁ~。さすがに時間がありまへんわ。一応、ここら根城にしとる親分さんから、話でも聞こうか……と思ぅとったら、こうしてお嬢さんに会えましたんでな」

「そう……ですか」

 

 薫は頷いてから、自分の身勝手さに頬を歪めた。

 そもそも宝耳には銀二の墓を探す理由などないのだ。薫を見つけるために、その手掛かりについて調べようとしていただけ。それなのに当たり前のように教えてもらおうなど、おこがましいにも程がある。

 

 薫は顔を上げると、まっすぐに宝耳を見つめた。

 

「秋子さんにまで聞き回って、こちらにいらしたということは、私をお探しだったということですね?」

「ハァ。まぁ、そうでんな」

「また、あの鬼たちのときのような、勝手な単独行動ですか?」

 

 以前に薫が仕留めようとしていた二人の鬼を逃したとき、宝耳はその理由と目的を明確にしなかった。どうして本部と連携をとらないのか、と怒った薫に、のらりくらりと意味のわからない説明をして、結局彼の意図はつかめないままだ。

 しかし今回は、明確な返事がかえってきた。

 

「いいや、今回はしっかりお館様からのご命令でっせ」

「…………」

 

 薫はそれを聞いて、表情を固くした。

 薫が鬼になったと八重(やえ)が主張し、宝耳がお館様のもとへ連れて行ったのだということは、聞いている。この話をしてくれた律歌(りつか)翔太郎(しょうたろう)はまったく信じておらず、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てていたが、八重の言葉が真実であることは、薫が一番よくわかっている。

 

 八重は黒死牟と薫が話しているのを聞いていたらしい。

 黒死牟はおそらく八重がいたのに気付いていただろうが、見逃したのだろう。八重が下手に鬼殺隊士ではなく、恐怖で怯えて声も出ずに震えていたことで、かえって捕殺対象にならなかったようだ。

 薫はその話を聞いたとき、八重が生きていてくれたことに安堵(あんど)した。ともかくも、勝母(かつも)との約束は守れたのだから。……

 薫はふっと目を細めた。

 その八重の話を聞いて、宝耳がここに来ているということは……目的はもう明らかだ。

 

「よかったです、あなたが来てくれて」

 

 薫がしみじみと言うと、宝耳はキョトンとした。

 

「ワイが来て良かった? なにが?」

「あなたでしたら、きちんと処理して下さると思うので」

「………ほぅ」

 

 宝耳は腕を組んで唸った。「覚悟は固めておられるようでんな」

 

 薫はこの数ヶ月、ずっと持て余してきた自分が、ようやくすっきりと旅立てるのだと思うと、いっそ清々(すがすが)しくて、自分を探し当ててくれた宝耳に感謝したいくらいだった。

 

「良かったです。自分ではうまく死ぬこともできなくて、かといって誰かに頼むこともできなくて……ずっと迷っていたので」

「ハハ。ワイやったら、なーんも悩まんとバッサリ()るやろて? やれやれ。なかなかお嬢さんもキツイこと言われますなァ。ワイとお嬢さんの仲で」

 

 宝耳が茶化したように言うのを、薫は真面目な顔で見つめていた。

 初めて会ったときから、この人は変わらない。飄々(ひょうひょう)として、本心を語らない。だが、果たしてそうだろうか? そもそも彼に本心など、存在するのだろうか?

 どこか裏がありそうでいて、その実、宝耳には隠し事などないような気がする。良くも悪くも彼は無色透明で、透けて見える向こうに彼がいると思っていたら、まったく別のものを見ているだけなのかもしれない。

 薫はぼんやりとそんなことを考えてから、ポツリと言った。

 

「あなたは、神様みたいな人ですね。宝耳さん」

「………カミサマ? ワイが? なーんのご利益もございまへんで。ワイは」

 

 大仏のような仕草をする宝耳に、薫は首を振った。

 

「神様にご利益なんてないですよ。いつだって、見てるだけ。苦しいことも、悲しいことも、何もせずに見ていられるから、神様なんですよ……」

 

 薫の中で、神様にお願いするなんてことは、とう昔に失われていた。諦観(ていかん)をこめたその言葉に、宝耳は神妙な顔になる。

 薫は顔を上げると、またニコリと微笑んだ。

 

「あなたはきっと、私を殺しても、明日には平然と忘れていられるでしょう?」

「そら、ひどいなぁ」

 

 宝耳は渋い顔になったが、否定もしない。

 薫は笑ったまま付け加えた。

 

「褒めているんですよ、一応」

「やれやれ……」

 

 宝耳はポリポリと頭を掻くと、珍しく困ったような笑みを浮かべた。

 

「泣きわめいて助けてくれとせがまれたら、一思いに殺してやろと思いましたのに、そうも諦観されておっては、こちらもやり(にく)ぅおまっせ」

「あら、そうですか。じゃあ一応、戦いますか? でも私、日輪刀を持ってないんですけど」

「お嬢さんがホンマに鬼になったんやったら、血鬼術の一つ二つ出せるんと()ゃいますのん?」

「生憎と……そんな異能を持てるほどではなかったようです」

 

 そう言いながら、薫は宝耳の前にしゃがみ込むと、膝をついて首を垂れた。

 手を合わせながら、忠告する。

 

「ちゃんと首を落として下さい。下手に命をつなぐと、私の理性が切れて、あなたを襲ってしまうかもしれません」

「…………」

 

 宝耳は黙り込んだ。

 じっと待つが、刀の鯉口が切られる音もしない。

 薫はあまりに長いので、顔を上げた。

 宝耳が無表情に薫を見下ろしている。

 

「……宝耳さん?」

 

 薫が戸惑って尋ねると、宝耳はフンと鼻を鳴らした。

 

「生憎と、ワイも滅多(めった)矢鱈(やたら)と殺して回ってるワケやおへん。必要とあらば……と、前にも申しましたやろ」

「でも、お館様のご命令なんでしょう?」

「さいでんな。人に(あだ)なす存在であれば、即座に滅殺とは言われましたわ」

「だったら……」

「但し今後、無惨を始末するにあたって、協力するというなら……連れて来いと言われとりましてな」

「協力?」

 

 薫が驚くと、宝耳はポケットから何かの瓶を取り出し、差し出した。中には藤色の液体が入っている。見た途端に、ザワリと鳥肌が立った。

 

「これ…は…?」

「藤の花からつくった……まぁ、鬼からしたら毒ですわな。ワイが鬼を生け捕りにするのに使ってるんと、ほぼ同じ薬効のモンですわ」

 

 薫は震える手で、その瓶を取った。それが自分にとって毒であるということは、にじみ出てくる汗が証明している。瓶を掴んで青い顔をしている薫に、宝耳は抑揚のない声で話してくれた。

 

「今、無惨を確実に始末するために、より強力な鬼の毒を精製するという実験をしてましてな。しかしご存知の通り、鬼というのは毒をくらってその個体は死んでも、別の鬼にはもう効かん。どうやら鬼同士で、毒についての情報を共有して、解毒してまうようですねん。今後は以前、お嬢さんも会った二人の鬼、あれと連絡とって、共同でその毒を開発しようかという話が持ち上がってましてな。向こうの持つ鬼としての情報は、今までこちらが入手してきた知見(ちけん)とは比べ物にならんやろうし。その上、こっちには最近、鬼のくせして人間を助けるような、奇妙な鬼娘も手に入りましてな……」

「人間を……助ける……鬼?」

 

 薫は聞き返しながら信じられなかった。

 前に宝耳が話していた二人の鬼が、人間に協力的であったという話だって半信半疑……というより、全く信じられなかったのだ。

 だが、今となればその言葉は、薫にある一つの可能性を示してくれる。

 

「しかし、ここでひとつ問題が生じとりますんや。毒を作ったとしても、実際に鬼で試すわけにいかん。向こうに筒抜けになってまいますからな。そこで鬼娘の血液を使って、どこまで効果があるのかを見てますんやけど……これがなかなかうまいこといきまへん。ワイがつい最近、勝母(かつも)刀自(とじ)の旦那の日記やら、研究資料やらを調べてても、頻繁に嘆いてはるのが、『標本(サンプル)』いうのが少ないゆうことですねん。要は実験体が多いほどに、より精度の高い、無惨にも効果の期待できる毒が作れると……こういうことですねんけど、そうそう()りまへんやろ? 鬼の血を持ってる人間なんぞ」

 

 薫は震えた。それは恐怖ではない。喜びだ。こんな自分ですらも、鬼殺隊で役に立てることがあるのだと。それが、何よりも嬉しい……。

 

「これ……飲めばいいのですか?」

 

 震える手で、瓶の蓋を取る。途端に立ち昇ってきた匂いに、軽く頭痛がした。

 

「もしかしたら、お嬢さんにとっては劇薬かもしれまへんで。舐めただけでも、悶え死ぬかもしれまへん」

「そうであれば、それでいいです。……死ぬことすら、叶わないのかと思っていたんですから」

 

 宝耳はなんとも言えない顔で首をひねる。薫は構わずに、瓶の中の液体をすべて飲み干した。

 

「…………あれ?」

 

 なんの反応もなくキョトンとしていると、急に喉が焼けつくように痛みだした。

 

「うぅっ……」

 

 猛烈な吐き気がして、空っぽの胃から酸っぱい胃液がせり上がってくる。ゴホゴホと()せながら、今飲んだばかりの藤色の液体を吐き出した。

 ハァハァと呼吸が荒くなる。

 うまく息ができない。

 ビリビリと四肢から始まって、全身が痺れてきて、薫はその場にバタリと倒れた。

 急速に意識が朦朧としてくる……。

 

「やっぱりキツいようでんな。ま、死にはしまへんやろ。少々、眠ってもらって……」

 

 宝耳が言うのが、遠くに聞こえた。液体はほとんど吐き出してしまったのに、やはり藤の毒は自分にとって致命的なものだったのだろうか。

 視界が暗くなり、薫は目を閉じた。

 

 もし、このまま死ぬのであれば、それもいい。

 でも、もし、生き延びることができたのなら。

 自分のような者にも、役立つことがあるのならば。

 そのときは……鬼殺隊のために生きて……死のう……。

 

 

<つづく>

 




次回は2023.11.11.更新予定です。
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