【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 宿願(一)

 (かおる)宝耳(ほうじ)が産屋敷邸へと向かっている間に、また鬼殺隊においては一大事が起こっていた。

 先だって上弦の陸を討ったばかりだというのに、今度は上弦の肆と伍をほぼ同時に討伐したのだ。

 刀鍛冶の里を襲ったその鬼たちを撃退したのは、前の戦闘においても稀有な働きをした竈門炭治郎、それから霞柱の時透無一郎、恋柱の甘露寺蜜璃、また不死川玄弥も含まれていた。

 玄弥の名前を聞いた途端に、薫はすぐさま確認した。

 

「無事なんですね? 玄弥くんは、生き残ったんですよね?」

 

 宝耳は自らの鎹鴉の頭を撫でてから空に飛ばして、肩をすくめた。

 

「とくに死亡とも言うとりませんから、無事なんでっしゃろ。あの坊主も、兄の風柱同様にちょいとばかし奇妙な特性を持ってますからな」

「奇妙な特性?」

「鬼喰いですわ。鬼を喰らって、一時的にその鬼の特性を自分のモンにしよる。しかし色々と副作用なんぞもあるやろうから、蟲柱が定期的に体調管理はされとりますし、ま、問題ないですやろ」

 

 サラリと宝耳は言ったが、薫は眉をひそめた。

 鬼を喰らう……そんなことをして、無事でいられるものなのだろうか。それにそのことを実弥は知っているのだろうか。そもそも玄弥が鬼殺隊に入ることには大反対していたのに、そのうえ大事な弟がそんな危ないことをしていると知っていたら……。

 

 薫の危惧を推し量ったように、宝耳が釘を刺した。

 

「あ。不死川玄弥の鬼喰いについては、風柱様には内緒でっせ。岩柱様からも黙っておくようにと言われておりましてな」

「じゃあ、やっぱりご存知ないんですね」

 

 薫は軽くため息をついた。このことを知ったときの実弥の怒りが容易に想像できる。それこそ足の骨を折ってでも、無理矢理に弟を鬼殺隊から追い出しそうだ。

 

「まぁ、いろいろと…あの兄弟は仲がええのんやら悪いんやら……七面倒臭いんですわ。お嬢さん、下手な世話焼きはご無用に願いまっせ」

 

 宝耳に早々に釘を刺されて、薫は複雑な顔になる。

 小さい弟妹たちの兄として、互いに支え合っていた二人の兄弟。

 玄弥は誰より実弥を慕っていた。それはあの兄の弟らしく、わかりやすい愛情表現ではなかったが、いつも彼は兄の役に立てることを一番喜んだ。兄から褒めてもらうのが、一等嬉しそうだった。

 

「……玄弥くんは、どうしてそんなことを……」

 

 薫がつぶやくように言うと、宝耳が肩をすくめた。

 

「それが、どうやらあの坊主、呼吸の技が習得できとらんようでしてな」

「え?」

「兄の方も篠宮(しのみや)老人に弟子入りするまでは、相当なやり方で鬼狩りをしとったようやけど、弟も兄に倣ってというべきか……いやはや、まったくもって恐ろしい兄弟ですわ。呼吸の技も使えず、剣の腕もそれほどでもなし……で、藤襲山で生き残りよるんですからな。ま、ちょいと粗暴なところはあっても使いよう。それに鬼喰いなんぞして、もし歯止めがきかんようなってもアカンから、本部としても放っておけんかったんでしょうな」

 

 薫は粛然と固まったまま、拳を握りしめた。

 鬼の肉を喰う……そんなおぞましく、恐ろしい行為を選ぶまでに至った玄弥の思いが、痛々しい。

 自分に鬼殺隊士になる才能がないと、そう頭で理解しても、玄弥は追いかけたかったのだろう。実弥のあとを。あの頃と同じように。

 あの日、大好きな家族を失ったのは実弥だけではない。玄弥も一緒だ。だから、残された唯一人の家族である兄から、何としても離れたくなかったのだろう。

 

 薫には玄弥の気持ちが、なんとなく想像できた。

 自分も実弥には何度も鬼殺隊を辞めろと言われてきた身だ。けれど聞き入れることは、結局なかった。

 今、こんな状況になってすらも、鬼殺隊のために尽くしたいと思う。それは両親や親しい人間を殺されてきた恨みも勿論ある。だが、今まで戦ってきた自分のためにも、戦いの中で自分を信じてくれた人のためにも、自分はやはり最後まであがき続けたいのだ。

 出来うることをできる限りやって、できるならばやりきって、残していく未来(かれら)に希望を見せたいのだ。

 

 

 ―――― やりてぇこと見つけて、一所懸命にやって、出来ても出来なくても、やりきったって思えるまでは、連れて行ってはもらえねぇんだ……

 

 

 ふと浮かんだのは、幼くなっていた自分に言われた実弥の言葉。

 不器用に言葉を紡いで、小さい薫を励まそうとしてくれていた……。

 

 薫はあわてて顔を車窓へと向けた。そっと伝い落ちそうになる涙を、指ですくい取って止める。

 

「……どないしはった?」

 

 宝耳が怪訝に問うたのは、涙を浮かべた薫が微笑んでいたからだ。

 

「いえ……」

 

 スンと洟をすすって、涙を押し籠めた薫の顔は、どこか晴れ晴れとしていた。

 

「早く、実弥さんに会いたいと思って……」

「ほぉ? しかし風柱様は、大層お怒りでっせ。勝手に姿(くら)ましてからにー……いうて」

 

 宝耳は少しばかり意地悪く言ったが、薫は笑った。

 

「そうですね。久しぶりに、怒られるでしょうね。でも……ようやく、伝えたいことができたんです」

 

 まるで観音菩薩のような、穏やかで美しい薫の表情に、宝耳は今回も風柱が『負ける』だろうと予想した。なんだかんだと言っても、ホレてしまった弱みというのは、そう覆せないものだ。…… 

 

 

◆◆◆

 

 

 宝耳に連れられて、不思議な道を辿った先には、それこそ平安時代の貴族の邸宅かのような、広く雅やかな屋敷が待っていた。

 いくつもの廊下を渡った先、開かれた(ふすま)の向こうに、彼の人は待っていた。

 

 産屋敷耀哉。

 鬼殺隊を束ねる総帥。鬼舞辻無惨の因業(いんごう)を今なお受け続ける、宿命の一族の若き(おさ)

 呪われた一族の体質ゆえに、彼もまた短き生が終わるその手前にいる。今もその病は彼を蝕んでいっているのだろう。もはや座ることもできない状態で、それでも彼は自らの運命を放擲(ほうてき)することもなく、諦観(ていかん)することもなく、ただ命を燃やしていっている。

 布団に横たわったままの彼の傍らには、白い髪を結った美しい女性と、同じく白い髪のおかっぱ髪の女の子が二人、静かに座っていた。

 

「お館様……森野辺(もりのべ)(かおる)を連れてまいりました」

 

 宝耳は軽く頭を下げると、挨拶もなしに唐突に用件を告げる。クス…とかすかに笑うような気配がして、布団に寝そべっていた耀哉が軽く手を上げた。

 

「さすがだね、宝耳。仕事が早い」

 

 宝耳は特に何を言うこともなく、再び頭を下げるとその場を去った。もはや彼らの間には、主従としての礼法も必要としないらしい。

 一方、一人残された薫は、目の前に並ぶ人々らの(かも)す雰囲気に気圧(けお)されて、ただ頭を下げることしかできなかった。

 

「薫……よく来たね」

 

 病床にあるのであろうその人の声は、意外なほどに強く聞こえた。

 涼やかで、軽やかで、それでいて深く心に沁み入るように響く。

 不思議な声音だった。

 いつまでも聞いていたいような(こころよ)さと、ここにいてもいいのだという安心感が一気に広がる。

 

「……私など…お目通りがかない、(おそ)れ多いことにございます」

 

 恐縮して薫が答えると、クスリとまた笑い、コホンと軽く咳払いする。傍らに座っていた女性、おそらく耀哉の妻であろうあまねが、気遣わしげに見たが、耀哉は「心配ない」と声をかけていた。

 

「いや……実弥に怒られるかと思ってね。許しもなく勝手に『薫』なんて、気軽に呼んだら」

「そんなことは……!」

 

 薫はまさかお館様である耀哉から、そんなことを言われると思わず、真っ赤になってすぐに否定した。

 

「風柱様が私を気軽に呼ばれるのは、それは……単純に昔そう呼んでいた癖みたいなものですから。それにお館様に向かって怒るだなんて、そんな失礼なことをなさるわけがありません」

「そう? でもきっと、今から君に頼むことを話したら、僕は実弥に叩きのめされるだろうよ。そうなっても、僕は文句が言えない」

 

 耀哉の冗談めかした口調の中に、張り詰めた緊迫感を感じて、薫はさっと身を引き締めた。

 

伴屋(ばんや)宝耳(ほうじ)氏から伺いました。……鬼の血を()けて、もはや生きる価値もない私に、お役目を与えていただけると知り、有り難く思います。鬼舞辻無惨討伐のために、この不肖の身、いかようにもお使い下さいませ」

「……君の決意が天晴(あっぱれ)であるほどに、哀しいね。薫。実弥は、きっと望まないだろう。彼にとっては、君が鬼殺隊に居続けることだって心配でたまらなかっただろうに、僕が頼もうとしていることは、確実に君を苦しめるのだろうからね」

「私は……自分になしうることを、ただやるまでです。できることがあるだけ、幸せだと思っています。もし、機会を与えて頂けるのでしたら、風柱様に直接会ってお話したく存じます。(つたな)いかもしれませんが、私の気持ちをお伝えして……。今すぐにご理解いただけずとも、いずれ納得していただけると……信じております」

 

 耀哉はフゥーと長い吐息をついた。

 沈黙の中を、涼秋の風が通り抜けていく。

 コン、と耀哉が小さく咳をすると、少女の一人が立ち上がって縁側の障子をしめた。

 

「……君たちは、家族だね」

 

 ポツリと、耀哉は言った。

 薫は一瞬、その意味がわからず顔を上げる。

 障子戸越しに微かな明かりが差し込むだけの薄暗がりの中、布団の中の耀哉がこちらを向くのがわかった。その病に侵された顔が、穏やかな笑みを浮かべているのも。

 薫は否定しようとしたが、ほろりと頬を伝う涙に自分のことながら驚いてしまい、言葉が出なかった。

 どうして目の前のこの人は、会ったばかりだというのに、薫の最も望む言葉をくれるのだろう。今このときも病に冒され、痛む身体をかかえて、なぜ他人のことを思い遣れるのだろう。この数ヶ月、鬼になってしまった自らの不遇を嘆いてばかりで、誰のことも考えられなかった自分とは比べ物にならない。

 

「どうぞ」

 

 いつの間にか近くに来ていた白いおかっぱ髪の少女が、白い手巾(ハンカチ)を差し出してくる。薫は恥ずかしさに頬を赤らめながらも、おずおずとその手巾(ハンカチ)を手に取った。涙を拭うと、無理矢理に笑みを作って、軽く首を振る。 

 

「……家族なんて、おこがましいことです。ただ、昔からの知り合いですから……少しは、他の人に比べれば、大事に思ってくださっているのだろうと、それは……お互いにそうなのだろうと、思っているだけです」

「君は……実弥にとって、君の存在が、その程度だと思ってるのかい?」

 

 耀哉は楽しげに聞き返してきて、フフフと悪戯っぽく笑う。

 あまねがそっと布団に手を置いて、まるで子供に言い聞かせるようにそっと声をかけた。

 

「お館様、いけませんよ。おからかいになっては……」

「ハハ……お見通しだね。あまね」

 

 耀哉は自分の胸元近くに置かれたあまねの手に、そっと手を重ねた。

 薫は目の前の二人の、穏やかでありながら強固な関係性を感じて、胸がじんわりと熱くなった。

 

「薫。これからのことは、惟親(これちか)に差配を頼んである。彼の指示に従ってくれ」

「は……」

 

 薫は短く頷いて、再び深く頭を下げた。

 白いおかっぱ頭の少女たち二人が同時に立ち上がり、耀哉と薫の間にある襖のそばに歩いてきて、静かに襖を閉めていく。

 薫は襖が閉まる寸前に、チラリと耀哉のほうを窺った。気の所為(せい)かもしれない。だが、深い慈愛をたたえた瞳と目が合って、薫は瞬時に確信した。

 おそらくこれが、耀哉と話す最初で、最後になったのだろうと。 

 

 

<つづく>

 




長くお待たせして申し訳ございませんでした。
次回は2024.03.16.更新予定です。
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