【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第八章 柱稽古(一)

 珠世(たまよ)から薬をもらった(かおる)が、鬼殺隊に復帰できたのはそれから一週間ほど過ぎた頃のことだった。もうすでに柱稽古が始まっており、まず基礎体力向上のために元音柱・宇髄(うずい)天元(てんげん)のもとへ向かうと、薫を見るなり、飛びついてきたのは須磨(すま)だった。

 

「よかった~! いきなりいなくなっちゃって、どうしたのかと思ったよ~」

「すみません。ご心配をかけて」

 

 薫が謝っていると、()()()雛鶴(ひなづる)もやって来る。

 

「お元気になられたんですね」

 

 雛鶴の問いかけに、薫はニコリと微笑んだ。

 

「はい。でも、まだ完全じゃありませんから、皆さんに負けないように体力をつけないと」

「アンタならすぐに元に戻るさ」

 

 ポン、と()()()が励ますように肩を叩く。

 

「はい、頑張ります!」

 

 薫が力強く返事すると、杖をつきながらやって来た天元が、やや皮肉げな口調で話しかけてきた。

 

「あんまりお前にゃ頑張ってほしくねぇと……風柱あたりは思いそうだけどな」

 

 実弥(さねみ)のことを出されて、薫は少し気まずい顔になった。

 すぐに須磨が「そうだ!」と声を上げる。

 

「あのこっわい風柱と会った? 前に探しに来てたんだよ」

「え?」

 

 薫が聞き返すと、()()()が頷く。

 

「そうそう。もう血相変えてさぁ……ウチで薫を隠してるんじゃないのかっ、て。もし隠してたら、教えるわけないよねぇ」

「大変、心配されておられましたよ。兄弟子だと伺いましたが……ご連絡はされましたか?」

 

 雛鶴が気遣わしげに尋ねてくる。

 薫はどんどん実弥に申し訳なくなってきて、顔を伏せた。

 その姿を見て、天元がフッと笑う。

 

「まぁ、そのうちに会うんだろうさ。奴だって、稽古つけるんだからな。風柱の稽古に行くときには俺に教えろよ」

「え? どうしてですか?」

「見物。面白そうだからな」

「意味がわかりません。風柱様の稽古は普通の打合(うちあい)稽古と聞いています」

「フツーね。あれをフツーと言っていいのかどうか……。ま、とりあえず知らせろよ。お前相手にあの風柱がどうなっちまうのか、ミモノだからな」

 

 楽しげに言う天元を、薫は少し睨みつけたが、それくらいで怯むような相手でないのはわかりきっている。小さくため息をついてから、話を変えた。

 

「音柱様がご無事でよかったです。上弦の陸と激闘の末、勝利されたと聞いて……奥方様たちもご無事で本当になによりでした」

「あぁ、あれな。まぁ、俺にしちゃ無様な話さ。派手にやられちまったし、いいところはガキにもってかれちまった」

「そんなことはありません。音柱様の的確な指示と、援護あってのことと聞いています」

 

 天元は肩をすくめて三人の嫁と目を見合わせてから、ニヤッと笑って薫を見た。

 

「いやぁ~、本当はなぁ……あこそにはお前に潜入してもらおうかと思ってたんだぜ」

「えっ?」

「嫁もそうだが、遊郭なんだから女が行くのが一番目立たねぇだろう。生憎、ちょうどお前、吉野の方で休んでたもんだから、あきらめたけど……いや、ありゃあ今考えたら、お前に頼まなくてよかったな」

「それは……」

 

 薫は複雑だった。

 確かに天元が遊郭の鬼を探索して、退治していた頃の薫といえば、黒死牟(こくしぼう)の件で身体だけでなく、精神的にも不安定であったので、とてもではないが鬼狩りとしての仕事をこなすことはできなかったろう。そんな自分が歯痒くて情けない。

 だが天元の理由は薫が不調であったということではなかった。

 

「もし、お前なんか連れてったら、風柱(ヤロウ)黙ってなかったろうからな。知ったが最後、お前を揚屋(あげや)から掻っ攫っていって、俺は軽く数発は殴られてたろうな」

「そっ……! そんな……ことは」

 

 薫の顔がみるみるうちに赤くなる。

 須磨が「やだ、真っ赤っか」とおどけたように言い、まきを(・・・)は「やれやれお熱いねぇ」と肩をすくめ、雛鶴はクスクスと微笑んだ。

 

「いいんだよ。今回はあのカマボコどもに頼んだのが良かったんだからな」

「カマボコ?」

「そのうちお前も会うだろうさ。一人は額に火傷痕のある馬鹿で、一人はまっ黄っきの頭した馬鹿で、一人は猪の被り物した馬鹿だ」

「……馬鹿しか言ってないような気がするんですけど」

「あぁ? ホメてんだぜ、俺ゃ」

「そうですか。……そうですね」

 

 薫はつとめて冷静に返事した。そうだった。この音柱はいちいち素直じゃない人だった。馬鹿、と気軽に言えるほどに、彼らは天元の信頼を得ているのだろう。

 

「ま、ともかく……お前もここに来たからにゃ稽古だろ」

「はい!」

 

 薫はようやく本題となって、ピシリと背を伸ばした。「よろしくお願いします!」

 

 

◆◆◆

 

 

 天元のもとでの稽古は、徹底した走り込みであった。基礎的な体力、持久力の増強。これが十分でなければ、これからの稽古はもちろん、対無惨(むざん)になど立ち向かってゆけるわけがない。だが柱稽古と銘打つだけあって、その厳しさは、東洋一(とよいち)の下で修行していた当時を思い起こさせるに十分であった。

 天元から認可が下りるまでは、次の柱の元へ稽古に行くことはできない。天元の稽古が終わった後には、料理の用意をする雛鶴らの手伝いをすることもあった。

 

「薫ちゃ~んっ!」

 

 番重(ばんじゅう)*1におにぎりを詰め込んで運んでいた薫に、大声で呼びかけてきたのは三好(みよし)秋子(あきこ)だった。

 

「アコさん!」

 

 薫もうれしくて、愛称で呼びかける。少しよろけそうになって、あわてて床几(しょうぎ)の上に箱を置いて振り返った。

 相変わらず小柄だが、耳下でバッサリと切った髪と、おそらくその後にも鬼狩りとして生き残ってきたという自負がそうさせるのであろう。出会ったばかりの頃の、やや自信なさげな様子はすっかり消えて、キリッと立つ姿勢は熟達した女剣士そのものであった。

 

「元気になったんや! 久しぶりやなぁ」

 

 秋子は嬉しそうに薫の手を取って叫んだ。

 その声に後ろからついてきた升田(ますだ)があきれたように言った。

 

「っとに……あんだけ走った後だってのに、なんだってそんな元気が残ってんだ。お前は」

「うるさいわ! そんな疲れなんぞ吹っ飛ぶゆぅねん! アンタかて嬉しいくせして、素直に喜びぃや」

「はぁ……ま、よかったな。いや、いいのか? 今回のことじゃ、お館様も無理して参加する必要はないって言ってるんだぜ。無惨との最終決戦ってことで、逃げたい奴は逃げろってさ。アンタもこんなとこいつまでもいないで、安全なところに行ったほうがよかないか?」

 

 升田は無精髭を伸ばして、以前よりも顔の傷も増えて、ますますいかつい容貌にはなっていたが、こちらも中身はさほどに変わりないようだ。深刻な内容でも、どこか他人事のようにのんびりと問うてくる。

 

「まさか、そんなこと……」

 

 薫はゆるゆると首を振った。

 升田の言う通り、柱稽古が始まる前に、お館様からの通知として、鬼殺隊の面々にはここで隊士を辞めても咎めず、勤続年数等に応じた支度金を用意してくれることになっていた。しかし隊士たちの多くが親しい者を奪われたという復讐で入った者が多い上、無惨滅殺が鬼殺隊の宿願であることは、全員の共有認識となって久しい。この時点で隊士を辞めるのは、隊士となって日が浅く、高給目当ての者がほとんどだった。

 

「そんな奴ら、()るだけ邪魔やから、居無(いの)ぅなって清々(せいせい)したわ」

 

 秋子はおにぎりをパクつきながら話す。

 

「でも、秋子さんは……よろしいのですか?」

「なにが?」

「ご家族もいらっしゃいます。弟さんや妹さんたちも、待っているでしょう」

 

 秋子は元々、親兄弟を殺された復讐のために鬼殺隊に入隊していない。彼女は経済的な事情によって、遊郭に売られるよりはまだいいと、宝耳(ほうじ)の紹介で鬼殺隊に入ってきた。待っている家族がいるのならば、なにも危険な戦いに赴く必要はない。まして秋子のこれまでの経歴であれば、支度金は十分に用意してもらえるだろう。

 秋子はもぐもぐとおにぎりを一気に飲み込むと、ニカッと笑った。

 

「それな。ウチも図々しいよってにな、本部に交渉? いうやつ、してん」

「交渉?」

「辞めるやつに払える金があるんやったら、これから命賭けて戦う人間にも出して欲しいてな。これまで養ってきた家族が~言うて泣きついたら、けっこうガッポリもらえたで。それ渡しといた。ま、贅沢せんかったら、お母ちゃん死ぬまで十分にあるやろ。兄弟が多いから、任せられるしな!」

 

 あまりにさっぱりした表情で言う秋子に、薫は圧倒されつつ、彼女の覚悟に胸がしめつけられた。

 

「もう~、そないな顔するもんやないて。別にウチ、死ぬつもりやないねんで。しっかり生き残って、その時にも、またちゃっかり貰おうって思てんねんから」

「ホントにがめついやつ」

 

 升田があきれたように言いながら、豚汁を啜る。秋子はやかましわ、と言いながら、二つ目のおにぎりを頬張った。

 

「ほんで、薫ちゃんは手伝いしてんの?」

 

 尋ねられて、薫は首を振った。

 

「私も参加してます。秋子さんたちと一緒です」

「へっ?」

 

 秋子は思わずおにぎりを食べるのを止める。ほろりと口の端からごはんが零れたのを、あわてて拾ってから、ごくりと飲み下す。升田も豚汁を喉に詰まらせて、しばらく胸を叩いていた。

 

「嘘やろ!」

「本気か!?」

 

 二人から責められるように問われて、薫はポカンとなった。

 

「薫ちゃん、無理せんとってや。律歌(りつか)姐御(あねご)から聞いとるんやで。勝母(かつも)さんが()うなったときに対決した鬼に、相当やられたんやろ? 寝たきりで、もう剣も握られへんようになったって……」

「それは……一時はそうだったんですけど」

 

 薫は少し言い淀んでから、思いきったように立ち上がった。緊張した面差しで二人を見つめ、すぅと息を吸い込む。

 

「皆さんの足手まといにならないように頑張りますから、一緒に戦わせてください。お願いします!」

 

 いきなり頭を下げられて、秋子も升田もキョトンとしてから互いに目を見合わせた。

 

「いやぁ……」

 

 ボリボリともみあげを掻きながら、升田がぼそりとこぼす。

 

「俺はまぁ、アンタが決めたことにとやかく言うつもりはないんだけどよ。しかし……風柱様が許すかね?」

「え?」

 

 薫は顔を上げた。困り顔の升田の横で、秋子もうんうんと頷いている。 

 

「薫ちゃんの調子が良くないて聞いて、一回、風柱様に聞きに行ったことがあるんや。『なんか具合が悪いみたいですけど、なんぞ聞いてはらしませんかー?』て。そしたらあン人、もぅごっつぅ渋い顔して、しばらくは無理やからそっとしといてくれー言うてはって……」

「いや、俺なんか任務が一緒になったときに聞いたら『もし治ったとしても、戻らせるつもりはない』って言ってたんだぜ。だからもぅ、俺はてっきりアンタは鬼殺隊を辞めるか、裏方に回るのかと」

「そうですか……」

 

 薫はその話を聞いて、フッと笑みを浮かべた。

 以前の自分であれば、何を勝手に決めてくれているのかと怒っただろう。けれど、今は実弥の無骨な優しさが嬉しかった。自分のことを大事に思ってくれているのだと感じられて、胸に温かさが宿る。

 とはいえ ――― 。

 

「なにか勘違いされておられるみたいですね。今度、会ったときにしっかりお話ししておかないと」

 

 にっこり笑った薫を見て、秋子と升田はまた目を見合わせた。近日、風柱とその妹弟子による喧嘩が勃発するだろう。しかもその勝者がどちらになるかも、二人には予想できた。

 

 

 ―――― 風柱様も、大変だな……

 ―――― やれやれ、難儀なこっちゃで……

 

 

 久しぶりに会っても、相変わらず薫の頑固な性格を思い知って、升田は小さくため息をつき、秋子はカラカラと笑った。

 

 

<つづく>

 

*1
長方形の浅い箱




次回は明日2024.03.31.更新予定です。
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