【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第八章 柱稽古(二)

 音柱・宇随(うずい)天元(てんげん)のもとで行われた走り込みの訓練をひとまず卒業すると、次には霞柱である時透(ときとう)無一郎(むいちろう)による高速移動の訓練であった。

 年下で、まだまだ幼さの残る顔つきながら、やはり柱。その剣技はひときわ抜きん出たものがある。

 実弥(さねみ)のような鋭さや速さとはまた違った意味で、緩慢でありながら目にも留まらぬ動作で技を繰り出す様は、まるで手品師のようでもあった。

 多くの隊士は無一郎の淡々とした態度に戦々恐々であったが、薫は特に彼を恐れることもなく、一週間ほどの修練の間に、霞の呼吸独特の緩やかでありながら、無駄のない重心移動などをつぶさに観察した。

 能の舞のごとく、精緻でつきつめられた動作。それを可能にするだけの筋力。

 まだ十四歳そこらでしかないということが信じられないほど、彼の技術は熟練者の域に達していた。研ぎ澄まされ、磨き抜かれた一振りの剣そのものだ。

 

「……いいでしょう、森野辺(もりのべ)さん。次に行ってください」

 

 淡々と稽古の終了を告げられ、薫は深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます。勉強させていただきました」

「森野辺さんは、風から派生した呼吸を使われると聞いてます」

「え? あ、はい。そうですが」

「一連の稽古が終わったら、もう一度自らの技を練り直したらいいと思います。たぶん、体の使い方が以前よりもずっとよくなっているはずですから」

 

 薫が無一郎を観察するように、無一郎も薫の動きを見ていたらしい。

 普段は無口で、稽古が終わって挨拶しても「……ん。はい」としか返ってこない彼が、初めて指導者らしいことを言ってくれたので、薫はニコリと笑った。

 

「はい。わかりました。覚えておきます」

「……素直ですね」

「えっ?」

「普通、たいがいの人は僕が年下ですから、あんまり言うこと聞こうとしないんです」

「年下であっても、霞柱様の実力を見くびるようなことはしません。有益な助言は素直に受け取ったほうが、私にとっても有難いですから」 

 

 薫が真面目に答えると、無一郎はニコッと笑って手を差し出してきた。

 

「頑張ってください」

 

 薫は頷いて微笑み返した。

 それまで無表情というか、ボンヤリとして何を考えているのかわからぬところのある霞柱であったが、その笑顔は年相応の少年の、屈託ないものだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 翌日。

 薫は甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)の屋敷に向かった。久々に会った蜜璃は相変わらずだった。

 

「あーっ、薫さーんっ。待ってましたよーっ」

 

 顔を見せるなり、飛び跳ねるようにやって来る。

 

「ご無沙汰しております、恋柱様。いつぞやはご挨拶もなく、勝手にいなくなってしまって、本当にご迷惑を……」

「いいのいいのー。私こそ、薫さんの具合が悪いのわかってたのに、連れ回しちゃったりなんかして、申し訳ないことしたなと思ってたから。元気になって良かったー」

 

 心底ホッとしたように言う蜜璃に、薫は本当に申し訳なかった。

 あの頃。

 蜜璃と刀鍛治の里で再会した頃は、一番精神的に追い詰められていた。そのせいで、蜜璃に嫉妬までした。

 一つは同じ鬼殺隊士として、どんどん強くなって階級も上がってゆく仲間としての嫉妬。

 もう一つはちょうど同じ頃に刀鍛治の里を訪れた実弥と接する彼女の、親しげで気安い態度に、女として嫉妬した。

 今考えたら、どうかしているとしか思えないが、それくらいあの頃は追い込まれていたのだ。

 

 蜜璃はあれからたった一年の間に柱となり、しかも上弦の鬼を討った。とても比べるべくもない。

 もはや以前のような妬心(としん)は湧いてこなかった。蜜璃のような強さを手に入れることはできないかもしれないが、今は一緒に戦えることが嬉しい。

 

「よろしくお願い致します、恋柱様」

「やだー、改まっちゃって。でも、うん。それじゃよろしくお願いします」

 

 蜜璃は薫の前で恥じらいつつも、自らの役目を思い出したのか、あわててキリリと居住まいを正し、柱らしく訓練内容を述べる。

 蜜璃のもとでは、体の機能性を高める柔軟運動が主に行われた。

 その際にいわゆるバレリーナが着用するような、レオタードという服の着用を求められたが、あまりにも胸や尻の形が露わになり、とても修練に集中できそうにない。

 

「甘露寺……いえ、恋柱様。このレオタードというのは、必ず着ないといけないのでしょうか?」

 

 薫がおずおずと尋ねると、蜜璃はあっさりと否定した。

 

「ううん。隊服でもいいよ」

 

 薫以外にも女の隊士の多くはレオタードに不満があったのか、薫が許されたことを知ると我も我もと隊服で修練を受けることになった。反面、男の隊士たちのほうはレオタードのままだった。おそらく言えば蜜璃は男の隊士たちにも隊服での稽古を許したのだと思うが、誰も恋柱に話しかけられなかったらしい。

 

 柔軟については、薫は珠世の館にいるときから、日々のなまった体を引き締める意味もあって怠っていなかったので、あまり苦痛はなかった。

 女の隊士は基本的に戦闘において、膂力(りょりょく)力業(ちからわざ)では男には敵わないため、日頃から柔軟性と俊敏性に重きを置いた修練を行う。そのため、基本的に蜜璃の稽古において悲鳴を上げているのは男の隊士で、女隊士は平均的に三日から五日ほどで切り上げていった。

 薫も三日目には稽古終了を言い渡され、次の蛇柱の屋敷に向かう前に、蜜璃に呼ばれた。

 

「ねぇ、薫さん。その……風柱の不死川(しなずがわ)さんとはもう会った?」

「え? いえ……お忙しいでしょうし、いずれこのまま進んだら稽古をつけてもらうことになると思って」

「あっ、そっかー。確かにそうだ」

 

 蜜璃はポンと手を打ってから、パクッとパンケーキを一切れ食べる。

 今は蜜璃と二人でお茶の時間であった。

 蜜璃の屋敷は他の柱と違って、洋風と和風が混ざり合った瀟洒(しょうしゃ)な建物で、庭などの造作もどちらかというと西洋風であった。そのため蜜璃は頻繁に庭のテラスにテーブルを用意し、そこでお茶会を開いて、数名の隊士と歓談することがあった。

 恋柱の『地獄の柔軟』は多くの男隊士に悲鳴を上げさせたが、ここで饗されるおやつはひとときの憩いの時間として、つらい柱稽古の中での唯一の安らぎとなっていた。

 薫はローズティを飲みながら、その香りに目を細めた。

 今度、珠世の家に行くときに、この茶葉を持っていくといいかもしれない。珠世はほとんど飲食をしないが、紅茶だけは好むのだ。

 

「実弥……風柱様がなにか言ってこられましたか?」

 

 薫がパンケーキを切り分けながら尋ねると、蜜璃はアハハッとごまかすように笑った。

 

「あ、ううん。不死川さんはね、何も言ってきてないの。っていうか、私が聞こうとしたら、ホラ、音柱の宇随さんに止められちゃって」

「音柱様が?」

「うん。今は柱総掛かりで稽古してやってんだから、森野辺のことなんか言って、風柱を悩ませるなよ、って」

「……そうですね」

 

 天元の言う通りだった。

 今は実弥も風柱として隊士たちへの指導に専念せねばならない。そのことは薫も天元から言われていたので、あえて実弥に会いに行かなかったのだ。

 ただ、正直なところ、薫が柱稽古に参加していると知れば、実弥はすぐにでも飛んでくるのではないか……と、若干期待していたので、いまだに何も言ってこない実弥に、少し寂しい気持ちになっていたのは否めない。

 だが、その裏事情(からくり)はすぐに知れた。

 

「なんかね、音柱様が必死になって隠そうとしてるみたいなのよね」

「え?」

「不死川さんから、薫さんのこと。この前、わざわざ秋子さんとか、ほかの隊士達にも根回ししてたみたいで。ぜーったいに風柱には、薫さんが柱稽古に参加してることを教えるなーって」

「…………」

 

 薫は眉を寄せた。

 どうして天元がそんなことをするのか理解できない。

 首を傾げる薫に、蜜璃は少し声をひそめて言った。

 

「どうもね、音柱様、ちょっと企んでるみたい」

「え? たくらむ……って、なにを?」

「不死川さんが薫さんに久々に会って、吃驚(びっくり)するところを見たいんだって!」

 

 その話を聞いた途端に、前に天元に言われたことを思い出す。

 

 ―――― 風柱の稽古に行くときには俺に教えろよ……

 

 薫は眉間を押さえた。

 本当に、何を考えているんだろうか。あの人は。忙しいはずなのに、そんな馬鹿馬鹿しいことを……。

 あきれる薫に、蜜璃は無邪気に続ける。

 

「だから周辺には、絶対に薫さんのことを言うなって……えーと、カイコウレイ?」

「……箝口令(かんこうれい)ですか?」

「そうそう! カンコウレイっていうの、やってるの!」

「……そうですか」

 

 薫はニッコリと頷きながら、内心で天元に毒づいた。

 だとすれば実弥が来てくれない、などと拗ねていた自分が、随分と滑稽な話ではないか。

 すっかりあきれてため息をつく薫に、蜜璃がおずおずと尋ねてくる。

 

「やっぱり伝えたほうがいい? 薫さんも、会いたい……とか、思ってたり、する?」

「え……いえ、そんなことは……」

「我慢してるんだったら、協力するよ!」

 

 力いっぱい言われて、薫は呆気にとられた。

 しばらく蜜璃と見合ってから、ぷっと吹き出すと大笑いした。

 

「いえ。もう、どうせですから、私も実弥さんのびっくりした顔が見たいですし。お世話かけますけど、しばらく黙っていてください」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて言うと、蜜璃がホッとしたように笑った。

 

「うん。薫さんなら伊黒(いぐろ)さんのところもすぐに突破できると思う。そしたら次だもんね!」

「そうですね……」

 

 頷いて実弥の顔を思い浮かべると、急に落ち着かなくなった。

 もうすぐ会えるとなった途端に、いざ会ったときに何を言うべきなのか、どう接すればいいのかわからない。そもそも、吉野で別れたときには二度と会わないつもりであったのだから。

 キュッと胸が痛む。

 薫はあわてて首をブンブン振り、実弥の姿を脳裏から追い出した。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

 

 蜜璃が胸を押さえた薫を心配そうに見てくる。

 

「大丈夫です。ともかく今は、一つ一つの稽古に集中しないと」

 

 薫は自分に言い聞かせるように言ってから、残っていたパンケーキを平らげると蜜璃に稽古の礼を言って立ち上がった。

 

「あっ、そうだ。そういえば薫さんって、ピアノ弾けるんだって聞いたけど」

 

 別れ間際に、蜜璃がまた突拍子もないことを尋ねてくる。

 

「はい……少しは」

「じゃあ、落ち着いたら聞かせてね。私、ちょっと憧れてるの。ピアノを聴きながら、美味しいマドレーヌ食べて紅茶飲むの~」

「じゃあ、それまでにまた練習しておかないとですね」

 

 薫は微笑んで了承する。

 決して約束はできなかったが、このことをきっと忘れずにいようと思った。

 

 

◆◆◆

 

 

 翌日からは蛇柱・伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)による太刀筋(たちすじ)矯正の稽古だった。

 迷路のような室内、場所によっては狭隘(きょうあい)になる空間で、蛇柱の変幻自在の剣に振り回されて一日目は終わった。

 

「無駄な動きが多い。二刀でやるならば、もっと刀を自在に扱えるようにしろ。突きのときに脇が開きすぎだ。隙をつかれる。動きで相手を攪乱(かくらん)させるなら、もっと素早く動け。筋力が足らん」

 

 終わったと同時に、息継ぎもせずに一気に注意点を並べ立てられる。薫はまだ息を切らしていたが、目の前の蛇柱はまったく平然としたものだった。普段は寡黙(かもく)で、おとなしそうに見えるが、やはり柱は柱。稽古も苛烈で、言葉も辛辣(しんらつ)だ。

 正直、蜜璃の稽古で多少、のんびりと弛緩(しかん)していた気持ちを見透かされたかのようだった。蛇柱の色の違う目は、そんな不思議な力が宿っているように見える。

 

「あ……ありが……」

 

 いつもであれば稽古終わりに礼を言う薫も、息を整えることができず、言葉が出てこない。

 そのまま蛇柱は背を向け、道場から出ようとして、ふと立ち止まると一言付け加えた。

 

「……柔軟性は甘露寺から聞いていた通り問題ない」

 

 恋柱と蛇柱が仲が良いという噂を思い出して、薫はハッとなった。きっと蜜璃から薫のことを聞き及んでいたのだろう。

 

「あ……ありがとうございます!」

 

 かろうじて姿が消える前に大声で礼を言う。

 その日の夜に早速、指摘された箇所について自分なりに修正を加えていく。

 蛇柱の訓練においては、徹底的に動きの無駄を()かれた。

 

「むやみ刀を交えようとするな。基本的に敵からの攻撃は()けろ。あくまでも()けろ。力勝負で鬼に(かな)うと思うな。いなして隙をつけ」

 

 どうしたって男の隊士に比べて膂力(りょりょく)のない女隊士には、基本的に鍔競り合いなどの力業(ちからわざ)は忌避された。蛇柱は女隊士にも容赦なかったが、そこの指導については厳密に区別していた。

 彼は各人の力量や癖に合わせて、もっとも有効な攻撃法を示してくれた。薫には二刀使いをするのであれば、それを活かした攻撃についての駄目出しが繰り返された。

 薫は以前から試行していた新たな鳥の呼吸の型についても、蛇柱の意見を聞いた。

 

「それだと風の呼吸の晴嵐(せいらん)風樹(ふうじゅ)と変わらない。しかも威力も低いし、攻撃範囲も狭い。新たな技としては、あまり意味がない。むしろそれくらいなら、不死川に直接教えを乞うて、晴嵐風樹を磨いたほうがマシだ」

 

 蛇柱は蜜璃と一緒にいるときには、ほとんど話をせず聞き役に回っているので、寡黙(かもく)(たち)かと思っていたが、いざ話すと存外忌憚(きたん)なく、厳しく、ズバズバ指摘してくる。

 薫はわりと長い間、その技については創意工夫を重ねてきていたので、ガッカリと肩を落とした。しかし返す言葉もない。実際のところ、薫自身もこれでは駄目だと思っていたからこそ相談したのもある。

 

「……その通りです。すみません。お忙しいところを」

 

 消沈する薫に、蛇柱は眉を寄せると、ボソリと言った。

 

「自分の呼吸の型があるだろう」

「え?」

「せっかく自分でつくった呼吸の型があるのだから、そこから工夫を重ねたほうがお前に合ったものができるだろう。もう時間もあまりないから、一から作ることを考えるよりは、今までのものをより極めるか、あるいは二つの技を組み合わせて練るか……」

「それは……そうですね……」

 

 薫は蛇柱からの提案に頷くと、先程までの暗い顔から一変して笑顔になった。

 

「ありがとうございます! 蛇柱様のご意見、参考にさせていただきます」

「……勝手にしろ」

 

 蛇柱は蜜璃以外にも、実弥と仲が良いと秋子らから聞いたことがある。ぶっきらぼうに言って去って行く後ろ姿に、なんとなく同類のにおいがした。

 

 

<つづく>

 




次回は2024.04.06.更新予定です。
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