【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第八章 柱稽古(七)

 実弥(さねみ)のところでの柱稽古を終えると、次は岩柱である悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)の訓練を受けるはずであるのだが、これはあまりに過酷であることから、女隊士は軒並み断られた。

 轟音響く滝行、丸太担ぎ、それから自分の背近くある岩を一町先まで押し歩く……。

 こればかりは男隊士であっても、途中での辞退が認められるくらいであった。

 

 だがもちろん、(かおる)は不満であった。

 さすがに同じ内容のものをこなせと言われてもできないだろうが、かといってこのまま各自が自主訓練に終始するのは勿体ないように思えた。ここまで隊一丸となっての稽古はなかったことで、確かに連日の厳しい稽古に音を上げる者は後を絶たなかったが、反面、隊内の結束力が増したのは間違いない。

 薫は同期であったという律歌(りつか)を通して、岩柱に面談を申し込んだ。

 

「岩柱様の訓練の邪魔にならぬ場所で、女隊士たちも稽古を積むことができるように、許可をいただきたいのです」

 

 悲鳴嶼行冥は願い出た薫に目を向けたが、光を失った瞳に薫が映ることはない。しばしの沈黙のあとに尋ねた。

 

「具体的には、どこでだ?」

「岩柱様の稽古が行われている川の少し下ったところに支流があります。その場所近辺に、簡易ながら修練場を作らせていただけないでしょうか。女隊士は膂力(りょりょく)はありませんが、その分、俊敏性や柔軟性、平衡感覚を養う訓練をすれば、より自らの剣技にも磨きがかかると思います」

「…………一体、何を行う気か?」

 

 薫の説明に眉を寄せた悲鳴嶼に、明るく言ったのは律歌だった。

 

「わかりやすく言うなら、吉野の百花(ひゃっか)屋敷での修練場をここに作ろうってことよ」

「百花屋敷の?」

「そう。吊った丸太の上での打合稽古だったり、川にある岩を使った跳躍訓練だったり。あと、あっちの川の方には、小さなお堂に行く石段もあるから、それこそ背負子(しょいこ)重石(おもし)担いで、階段上ったりね。まぁ、昔からやってたことだけど、仲間も多いと、それだけみんな楽しいし、何より負けず嫌いが多いから、競い合うだろうしね。隊士の士気も上がって、一石二鳥か三鳥くらいにはなると思うんだけど……どうかしら、岩柱様」

 

 ズイッと悲鳴嶼の前に進み出て、挑戦的に律歌が問う。

 悲鳴嶼は困ったように眉を寄せてから、やや後ろに退()がった。

 

「逃げないでよね、岩柱様」

「……逃げてない」

「そう? で、どうでしょう? 岩柱様」

「……房前(ふささき)

 

 悲鳴嶼が低く、律歌の姓を呼ぶ。

 薫はいつも律歌の名前しか言わないので、そういえばそんな名字だったのだと、少し新鮮だった。

 

「はい。こちらにおりますよ、岩柱様」

「その……岩柱様はやめろ」

「あら? 嫌だった?」

「…………」

 

 困ったように黙りこむ悲鳴嶼を見て、律歌はニンマリ笑っている。

 薫は端から見ていて、律歌の少々意地悪な悪戯に苦笑した。

 それくらいで満足したのか、律歌は少し悲鳴嶼から距離をとると、いつものように呼んだ。

 

「で、悲鳴嶼くんの意見は?」

「……いいだろう。お館様や、本部にも伝えておく。設備の普請(ふしん)については、(かくし)はじめ手の空いた男隊士にさせよう」

「ありがとうございます!」

 

 薫が嬉しそうに礼を述べると、隣で律歌も深々と頭を下げた。

 

「ありがとう、悲鳴嶼くん。さすが同期。話が早くて助かるわー」

 

 明るい律歌の声に、悲鳴嶼はまた渋面になった。

 

「……お前はやるなよ、房前」

「なによー。ちょっと体を動かすくらいいいじゃないのさ」

「怪我人を診るべき者が、怪我しておっては示しがつかんだろう」

「私がドジなことくらい、みんなご承知よ」

「房前!」

「はいはい。わかったわかった」

 

 笑いながら律歌は立ち上がって、手を振った。

 

「じゃあね。お願いしますよ、岩柱様」

 

 むっすりと悲鳴嶼は頷く。

 薫もあわてて頭を下げると、律歌に続いて部屋を出た。

 廊下で待っている律歌にあきれたように声をかける。

 

「律歌さんってば、おからかいになるのも大概にしないと」

「ハハハッ! だって、いかにも柱でございーってな顔してるのが、可笑(おか)しくって」

「岩柱様は柱の中で最年長でいらっしゃるのでしょう? 柱らしく、貫禄があって当たり前じゃありませんか」

「そうかしらねぇ? 私にゃ、ただの猫好きの気のいい(あん)ちゃんなんだけど」

(あん)ちゃんって……律歌さんと岩柱様は、年齢はそう変わりないはずじゃ……?」

 

 言いかけて薫は口を噤んだ。

 にこやかに笑っている律歌からの圧がすごい。

 

「薫~。妙齢の女に、年齢のことを話題にするのは得策じゃないわよ~」

「……肝に銘じます」

「よろしい」

 

 律歌はピシリと言って、歩き出す。

 片足が不如意(ふにょい)であるはずなのに、なぜだか颯爽として見えるのは、いつも背筋を伸ばして歩く律歌の姿が(すが)しく見えるからだろう。真っ直ぐで凜とした、曇りない心そのままに。

 

 薫はふ……と笑った。

 きっと岩柱の悲鳴嶼のあの態度も、ただ同期だからというよりも、律歌のこの性格によるところが大きい。

 柱の重鎮として、誰よりも強くあらねばならず、上に立つ者としての責任を背負う悲鳴嶼にとって、律歌はある意味、忌憚なく語り合える唯一の友であるのかもしれない。 

 

「……いい関係性ですね、律歌さんと岩柱様は」

 

 薫がポツリと言うと、律歌は振り返って微笑んだ。

 

「ま。長ーいつき合いですから」

「…………」

 

 なんとなくそこに、たった二人残った同期という以上の信頼関係を感じたが、薫は言わずにおいた。

 

 

◆◆◆

 

 

 翌日。

 新たに岩柱・悲鳴嶼行冥の山に造成される訓練場について、詳細な希望などを聞きたいと本部に呼ばれた。

 薫は秋子にも一緒についてきてもらい、具体的な設備について意見を出した。訓練に関わる設備のほかにも、一時的な休息兼更衣室として、女隊士専用の小屋なども必要であることなどは、薫にはない視点であったので、秋子についてきてもらったのは正解だと思った。

 基本的にはこの訓練場は女隊士専用のものとし、薫や秋子ら古参の上位階級者がそれぞれに指導する。時々、律歌や恋柱の甘露寺(かんろじ)蜜璃(みつり)蟲柱(むしはしら)の胡蝶しのぶなども時間に余裕がある状況であれば、臨時で指導にあたることとした。

 

 鬼殺隊における本部の統括役でもある薩見(さつみ)惟親(これちか)は、薫と秋子の意見や提案を取り入れたうえで、

 

「あまり大がかりなものを作っている暇はありませんから、あくまでも簡便なものになるのはご了承下さい」

 

と言い、それでも、

 

「できうる限り早く……そうですね。三日……いや、二日で完成させましょう」

 

と気忙しげに言うと、早急に取りかかるからと、挨拶もそこそこに行ってしまった。

 

 惟親とのあわただしい接見を終え、薫と秋子は部屋を出た。

 

「……なんや。(せから)しい人やなぁ」

 

 渡り廊下を歩きながら、秋子があきれたように言う。

 薫は笑ってとりなした。

 

「仕事熱心な方なんですよ。あれでのんびりされている時もあるんですけど……」

 

 言いながら、惟親が奏でるピアノを懐かしく思い出す。

 秋子はすぐに頷いた。

 

「ま、すぐに動いてくれはるのは助かるこっちゃ。こっちもいつ、戦になるかわからんのやし、訓練できるのは早いほどにえぇしな」

「……そうですね」

 

 薫は固い表情になって、ふと考える。

 無惨を殺傷するための毒はできたのだろうか?

 薫が珠世(たまよ)らの館を出てからは、週に一度の間隔で薬をもらいに行っては、簡単な身体検査を受けるだけになっている。愈史郎(ゆしろう)に進捗を聞いても教えてくれないし(それが意地悪でなのか、単純に機密扱いであるのかはわからないが)、毒の精製についての情報はまったくの不明だ。そうこうする間に無惨が鬼を引き連れて襲ってきやしないか……と、薫は心配になるが、たとえそれが今日の今になるにしろ、一年後になるにしろ、するべきことはただ一つ。修練して、より技を、身体機能を磨くしかない。

 

 考えながら歩いていると、角からいきなり現れた人と肩がぶつかりそうになった。

 薫はあわててよけようとしたが、向こうも同じ方向によけてしまって、結局正面からぶつかった。

 

「すみません!」

 

 謝って顔を上げると、どこかで見たことのあるような、端正な顔の青年が見下ろしている。

 薫はまじまじと彼を見つめた。

 何となく見たことがあるのだ。特徴的な赤錆色と亀甲柄の片身替わりの羽織にも見覚えがある。

 

「あの……」

 

 薫が問いかけようとすると、秋子が隣で頭を下げた。

 

「失礼致しました。水柱様」

「水柱様?」

 

 聞き返してから、もう一度、目の前の青年剣士を見る。

 茫洋(ぼうよう)とした表情に怒気はなかったが、薫はあわてて謝った。

 

「失礼致しました、水柱様」

 

 水柱の冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)

 確か現柱の中では三番目の古株である。

 そんな人を前にして、知り合いだろうかとまじまじ見ていた自分が恥ずかしい。

 ここのところ、実弥を始めとして、蜜璃にしろ天元にしろ、柱相手であるのに親しく話したりしていたせいで、すっかり図々しくなっていたようだ。

 水柱はしばらくその場で沈黙していたが、やがてボソリと言った。

 

「……お前、隊士になったのか」

「え?」

 

 思わず顔を上げて、また水柱と目が合う。

 冷たく思える無表情。静かに凪いだ瞳……。

 

「あっ」

 

 薫は声をあげた。ようやく脳裏に記憶が甦る。

 まだ鬼殺隊に入る前、父母を殺され、鬼への恨みと憎しみを持ちながら、どうすることもできず、何を為すべきかもわからず、ただ生きていた日々。悪夢から逃れるように、真夜中過ぎに家を飛び出すと、偶然に鬼に襲われる子を見つけて助けようとした。だが日輪刀もない身にはどうすることもできず、自分もまた一緒に鬼に殺されそうになったとき、現れた鬼狩り。

 

「あのときの……」

 

 見覚えのある理由がわかって、薫の顔は一瞬ほころんだが、同時にとんでもないことも思い出して、すぐにあっと口を開いたまま強張った。

 

 

 ―――― その刀……頂くことはできませんか?

 

 

 できるものなら、その場で過去の自分を張り倒したいくらいだった。

 いくら鬼殺隊に入る前で無知だったとはいえ、初対面の、しかも助けてもらった恩人に対して、よくもそんな厚かましいことが言えたものだ。

 

「あ、あ……あの折は、大変失礼致しました!」

 

 薫はまた深々と頭を下げた。

 本当に恥ずかし過ぎて、穴があったら入りたいとはこのことだ。

 だが、水柱の表情に変化はなかった。ただ、自分の目の前でひたすら恐縮して頭を下げる薫をぼーっと見たあとに、ポン、とその頭に手を乗せた。

 

「…………え?」

 

 薫は驚いて、思わず顔を上げる。

 

「精進したな」

 

 またボソリとつぶやいて、水柱はクルリと背を向けると去って行った。

 薫はしばし呆然としていたが、最後の言葉があの日から鍛錬を重ねて鬼殺隊士になった薫への(ねぎら)いとわかると、途端に満面の笑顔になった。

 

「ありがとうございます!」

 

 思わぬ人からの、思わぬ激励に、薫は胸が震えた。この道を選んだ自分を、ようやく認められた気がする。

 去って行くその背に向けて、薫は再び長く頭を垂れた。

 

 

◆◆◆

 

 

 一方、その水柱・冨岡義勇と薫との一連のやり取りを、非常に複雑に見守っていた面々がいる。

 

「……知り合い……だったんでしょうかねぇ?」

 

 蜜璃は隣から伝わってくるただならぬ気迫を感じながら、誰にともなく言った。

 

「聞きゃいいだろうが」

 

 あっさり後ろから言ったのは宇髄(うずい)天元(てんげん)だ。

 

「うっ、宇髄さん! そんないきなり!!」

「ここで悶々としてても仕方ねぇだろうが。なぁ、風柱?」

「うるせぇ……」

 

 低く唸るように実弥は言ってから、くるっと背を向けるとその場から立ち去った。

 

「おーい。そのまま戻ったら、冨岡と鉢合わせる羽目に……って、行っちまった」

「私、止めてきます!」

 

 蜜璃があわてて追いかけようとするのを、天元はすぐさま止めた。

 

「やめとけ、やめとけ。どーせ冨岡に会ったって、あの野郎のことだ、なーんも言えねぇよ」

不死川(しなずがわ)さんだったら、何か言う前にド突き回すかもしれませんよ!」

「おぉ。そりゃ、派手に面白ぇな。見物に行くか」

「もう、面白がってる場合ですか。柱同士で喧嘩なんて」

 

 心配する蜜璃に、天元はふっと笑った。

 

「大丈夫さ。そんなことにはならねぇよ。まさか自分がヤキモチ焼いてるなんてのを、よりによって冨岡に知られるなんざぁ……ヤツにとっちゃ、弱みを握られるも同然だからな」

「ヤキモチって……やだっ! 宇髄さんってば、そんなこと!」

 

 蜜璃は真っ赤になって、恥ずかしさを紛らすかのように、バシバシ天元の背中を叩きまくる。およそ女とは思えぬ力強い打撃に、天元は「痛ぇっ」と喚きながら、その場から飛退(とびすさ)った。

 

「あ……すみません」

 

 蜜璃はすぐに手を引っ込めた。

 庭を挟んだ向こうの渡り廊下を歩く薫たちの姿を見送ってから、また心配そうにつぶやく。

 

「不死川さん、冨岡さんには何も()()()()としても、薫さんに文句言ったりしないでしょうか?」

「はぁ? 森野辺(もりのべ)に?」

「『俺以外の男としゃべるなー』とか」

「クッ、ハハハハハッ!!」

 

 天元は大笑いした。可笑(おか)しくてたまらないのか、しばらく止まらない。

 蜜璃もあきれるほど笑ってから、どうにか(こら)えつつ教えてやった。

 

「あのなぁ、甘露寺。男の嫉妬なんぞ、みっともねぇだろ。ましてそれを、惚れた相手に知られた日にゃ、面目丸潰れだぜ。(オス)の意地の張り合いは、(オス)同士でするもんさ。間違っても、(メス)相手になんぞするもんじゃねぇよ」

「はぁ……?」

 

 蜜璃は頷きながらも、よくわからなかった。

 天元はニヤリと笑って、最前から背後に感じる殺気に向かって、流し目をくれる。

 

「あそこで蛇を首に巻いたヤツと同じさ」

「え?」

 

 蜜璃は天元がくいと背後に向けた指の先を見る。

 首をかしげると、天元の太い腕の向こうに蛇柱・伊黒(いぐろ)小芭内(おばない)の姿があった。

 

「あっ、伊黒さーんっ」

 

 蜜璃はすぐさま声を上げ、手を振って伊黒の元に向かって走り出す。

 途端に消えた殺気に、天元はまたしばらく笑いが止まらなかった。

 

 

<つづく>

 




次回は明日2024.04.21.更新予定です。
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