【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

220 / 247
幕間

 哀しげな慟哭(どうこく)が空間に(とどろ)いていた。

 目の前でむくむくと肥大して、もはや原型もない姿となったその醜いモノを、無惨は無表情に見るだけだった。

 

「うわぁ……これはこれは、なんだか豆腐の化け物みたいだなぁ」

 

 まるで花火でも見に来たかのように、童麿(どうま)が扇子片手に仰ぎ見る。

 

 ゴボッとその灰白の物体がまるで咳でもしたかのように蠢いて、何かを吐き出した。

 ボタボタと落ちてきた透明な蜈蚣(むかで)のような生き物が数匹、不完全な胴体から黄緑色の体液をこぼしながら、シャワシャワと這いずり回る。

 

「気持ち悪い」

 

 童麿は自分の足元を上ってこようとしたそれに、ピシリと扇子をあてて殺した。

 落ちた同胞を、他の透明な蜈蚣(むかで)があっという間に食い散らす。

 それから共食いを始めた。

 

「なにやってんですか、此奴(こやつ)らは」

 

 童麿があきれたように言っている間にも、巨大化したソレは咳をするたびに、奇怪なものを生んでいく。

 鋭い黒い爪をもった、狼頭の鬼。

 蛇のような首が三つ伸びた鬼。

 背が高く首細い鳥様の鬼は、よろよろと立ち上がると、ケェェーツと鋭く鳴いて、無惨に突進してきた。

 だが、紫色の(くちばし)がその喉をつつく前に、黒死牟(こくしぼう)虚哭(きょこく)神去(かむさり)が一閃する。

 ()いだ刀閃は一筋であったのに、鳥は微塵に崩れ去った。

 

「……無惨様」

 

 黒死牟が静かに声をかけると、無惨は苛立たしげに眉を寄せた。

 

「本当に面倒な。どこまでも役に立たぬ。こんな程度のものしか作り出せぬか」

 

 吐き捨てるように言って、手を伸ばす。

 また、悲鳴が響く。

 必死に逃げようと、ソレはぐねぐねと変形して四方八方に無数の手を出した。

 

「おやまぁ、千手観音ならぬ……なんだろうか、これ」

 

 童麿は自分を掴もうとする白い手を無造作に払いのけながら笑った。

 ビチビチビチッと数百近くの手をちぎり落としたのは、猗窩座(あかざ)の拳だった。

 

「化け物が……お前ごとき……」

 

 言っている間にも、拳と足とで自分に迫ってくる手を破壊する。

 黒死牟は刀を手にしながら、無惨を見ていた。

 

 伸ばした手がソレに触れ、爪が皮膚を割って入っていく。

 今までに無数の鬼を作り出してきた血が注入されると、灰白の物体は激しく痙攣した。

 表面を覆うように突き出ていた手という手がすべて、ビリビリと雷に打たれたかのように震えたあと、開いたまま固まった。

 あっという間に物体も硬化して、まるで冷えた石膏のようになった。

 

「あーあーあーあー。玉壺(ぎょっこ)でもいたら、これも芸術とかいって彫刻でもしそうなのにー」 

 

 童麿は残念そうに言ったあと、自分の目の前で凝り固まった小さな手をピンとはじいた。

 パリンと手が砕ける。

 途端にメリメリと物体に(ひび)が走った。

 無惨がすっと指を抜くと同時に、物体の表面を覆っていた白い殻が割れてはじけた。

 

 コオオォォォ!!!!

 

 不気味な咆吼(ほうこう)が轟く。

 白い殻を破って出てきたソレは、ピンク色の肉の表面に網のような血管をまとっていた。

 デロリと横たわったその肉塊を見て、童麿がまた気味悪そうにつぶやく。

 

「今度は赤蛞蝓(なめくじ)かぁ」

 

 揶揄(やゆ)するような響きに、表面の無数の瞳がカッと開いた。

 赤く濁った白目の中に、美しい緑の瞳がキョロキョロと辺りを窺うように忙しなく動く。

 ギロリと緑の瞳が一同に童麿を睨みつけると、ニョキリと太い腕が生えて、一つの瞳を(むし)り取った。

 赤い手から転がり落ちた肉片と瞳は、見る間に一ツ目の鬼となった。

 ぐぅぅ、ぐぅぅと唸りながら童麿に近寄ってくると、手をかざして雷撃を放った。

 

「おおぉぉ~」

 

 童麿はあっさり避けて、パチパチと拍手する。

 

「鬼を作る鬼かぁ~。これが紅儡(このコ)の最終形態ってワケですか、無惨様」

「さぁな」

 

 無惨はひとまず満足したのか、パチリと指を鳴らす。

 途端に琵琶の音が響き、雷撃を放ったその一ツ目の鬼の姿が消えた。

 斜め下の廊下を、唸りながらトボトボ歩く姿に、童麿がいかにも哀れそうにつぶやいた。

 

「おやおや、新入りくんにいきなり無限城は厳しかろうに。可哀相に、迷子になっちゃうぜ」

 

 その言葉も聞き終わらぬうちに、無惨は紅儡(こうらい)に背を向けた。

 

 ベオン、と琵琶の音が響くと、既に別の場所にいた。

 

 研究室らしき実験器具が並んでいる。

 試験管からは、もくもくと青灰色の煙が立ち昇っていた。

 

 一歩、踏み出したときに靴に何かが当たる。

 何気なく拾ってみると、それは懐中時計だった。

 

「……これは?」

「落とした……ようです」

 

 答えたのは黒死牟だった。

 

「落とした?」

「前に……戦った者が、持っていた……もの」

「お前が戦利品を取っておくとは、珍しいこともあるものよな」

 

 皮肉げに無惨が言うと、黒死牟は表情を動かすことなくつぶやいた。

 

「この時計……わずかながら無惨様の気配を……感じました故」

 

 その言葉に無惨はわずかに眉を上げる。

 カチリと(てのひら)の中の懐中時計の蓋を開けると、既に時計は硝子が罅割れて、針も止まっていた。

 だが、それよりも無惨を緘黙(かんもく)させたのは、蓋裏にあった古びた写真だった。

 

 碁盤の上に乗った袴着姿の男児と、その子供を挟んで両親が写っている。

 睨むようにこちらを見つめる母親とは対照的に、父親のほうは穏やかに微笑んでいる……はずだ。

 何度も写真に触れていたのか、その顔はもはや薄くなっていた。

 

 

 ―――― 愛しくてたまらないんですよ……

 

 

 なんの羞じらいもなく、屈託なく、息子への溢れんばかりの愛情を垂れ流す。

 とんでもなく間抜けで、愚鈍で、人のいい、お節介な男。

 そのくせ頭脳は明晰だったから、いずれ青い彼岸花が見つかれば、薬を作るのを手伝わせてやろうと思っていたのに……ひ弱な人間であったせいで、あっさりと流行病(はやりやまい)で亡くなった。……

 

 無惨は冷めた表情で、時計の蓋をパチリと閉じた。

 

「必要とあらば……」

 

 黒死牟が言うのを遮って、無惨は時計をその胸に押しつける。

 

「勝手に処分しろ」

 

 そのままつかつかと足早に闇の中に消えた。

 

 黒死牟は懐中時計を手にしばらく考えていたが、やがてそこにあった机の上にコトリと置いた。

 

 誰もいなくなったその場所で、試験管からはいつまでも煙があふれ、懐中時計は鈍い光を帯びて置かれている。

 (あるじ)をとうに失った時計は、そのまま忘れ去られた。……

 

 

<つづく>

 




次回は2024.05.04.更新予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。