【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第九章 無限の城、夢幻の果て(二)

「久しぶりでんなぁ……(ねえ)さん」

 

 濃い霧の中現れた洋装姿の男に向かって、宝耳(ほうじ)は声をかけた。

 男はかすかに眉を寄せて、宝耳を睨みつける。それからフと薄く笑った。

 

「やはり貴様、そうか……」

 

 宝耳は松の根元に突き出た岩の上に座っていたが、ひょいと降りると、傍らに置いてあった小さな植木鉢を持って、男の前に立った。

 

「なんだ、それは?」

 

 男が植木鉢から少しだけ飛び出た茶色の植物を胡散臭そうに見遣る。

 宝耳はニコリと笑って言った。

 

「姐さんご所望の『青い彼岸花』ですがな。残念ながら、これ陽の光があるところやないと咲きまへんよってに、今はこんな見た目ですけどな」

()らん」

「さいでんな」

 

 即座に宝耳は鉢から手を離した。

 バリンと足元で砕けた残骸を、男は冷たく見てから宝耳の首に手をかけた。

 

「いつまでも人を食った男だな、シンゴ。今、この首を掻き切ってやってもいいのだぞ」

「ヒャア、ご勘弁を~! ワイにはまだ、使い道おまっせ~」

「フン、貴様ごときが……」

 

 鼻で嗤う男に、宝耳は早口にまくしたてた。

 

「これから鬼殺隊を皆殺しして、産屋敷(うぶやしき)も滅ぼして、太陽を克服した鬼を食ろうても、この世界がすぐに変わると思いまっか? それこそ外国(とっくに)に出るにしろ、通辞やら何やらと、ワイみたいな目端の利くモンがおるほうが、鬼のお仲間さんよりなんぼかお役に立てますで~」

 

 男はギリッと歯噛みして宝耳の首を掴むと、ブンと投げた。

 放り出されて、コロコロと地面を転がってから、宝耳は起き上がる。ついでに足元でうようよと蠢いていた『()』の文字が刻印された一つ目の使い魔を、ブスリと針で刺し貫いた。

 

「今の私の望みが叶えられなければ、お前は用済みだ」

 

 男が傲慢に告げると、宝耳は軽く肩をすくめて言った。

 

「伺いましょう」

「産屋敷のもとへ連れて行け。少しでも躊躇(ためら)えば殺す」

 

 すぅぅ、と宝耳の目が細くなる。

 

「造作もなきこと」

 

 手短に答えると、宝耳は背を向けて歩き出した。

 

 耀哉(かがや)の思惑通りだった。

 未来視が指し示すままに、無惨はこの日にやってきた。宵闇を過ぎて欠けた月の傾く頃、立ちこめる霧の中から現れると。

 だが、その先についてはわからないと言った。その理由は、やがて知ることになるのだろう。

 

 一つめの結界門をたやすく解呪(かいじゅ)する。

 産屋敷に仕える神主や、巫女、代々の式柱によって、堅く、幾重にも施されてきた結界。長い年月にわたって鬼の目を欺き、産屋敷という鬼狩りの家門を守り繋いできた鉄壁の防護が、宝耳によって次々と解放されてゆく。

 最後の門を解呪すると、無惨の目の前にはどこか懐かしい景色が広がっていた。薄霞の中に広がるその壮麗な屋敷に、遙か遠くの昔に忘れ去っていた奇妙な感覚が一瞬甦りそうになる。

 

「そのまま飛石(とびいし)を辿って行けば、お望みの者がおります」

「貴様も来い」

「ご冗談を。鬼の惣領たる御仁を連れてきたとなれば、ワイは裏切者として、真っ先に叩き斬られます」

「フン。臆病者が。貴様のような腑抜けの小心者が浅ましく生き残るから、この世は醜いのだ」

 

 心底からの軽蔑をにじませて言う無惨に、宝耳は深々と頭を下げた。

 

「新たなる世は、強者(きょうじゃ)のみが正義となりましょう……」

 

 静かに言って顔を上げると、既に無惨は霞の中に消えていた。

 ニヤリと笑って見送ってから、宝耳はすぐさま来た道を走り出した。途中から結界門によって導き出される道から逸れて、木々の間の道なき道を進む。

 

「宝耳様! こちらにございます!!」

 

 鋭く呼びかけてきたのは、鬼殺隊探索方・鬼蒐(きしゅう)の者である春海(はるうみ)だった。

 鬼の気配を煙として感じるという特殊な能力を持った彼は、鬼の探索方として長らく働いてきたが、今はその役目をなくし、宝耳に付き従っている。

 宝耳はすぐさま春海に駆け寄ると、挨拶もなく尋ねた。

 

「ここか?」

 

 雷に打たれて折れ、枯れた巨木の根元近くに、人一人がようやく寝そべりながら入れる程度の小さな穴がある。

 春海がコクリと頷いた。

 

「そうか。お前、先に行け」

 

 言うなり、宝耳はクルリと振り返って自分の後をついてきた鴉を呼んだ。

 

月蘭(ユエラン)!」

 

 森の中を飛行して、鴉が目の前に来た途端、宝耳はバサリと斬り捨てる。真っ二つにされた鴉の死骸が、草叢(くさむら)に落ちた。

 宝耳はカチャリと刀を鞘に収めてから、その刀も鴉の落ちた場所に投げ捨てた。

 

「もう要らん」

 

 ボソリとつぶやいてから、宝耳はすぐさま穴の中に滑り込んだ。寝るような恰好で下へと進んでゆき、降りきった先でようやく立てたが、今度は(くるぶし)まで冷たい水に浸かった状態で進まねばならなかった。

 

「あともう少しです……」

 

 春海が息切れしながら言ったときに、ドオォォンと何かが爆発したかのような音が響いた。

 パラパラと土が落ちてくる。

 

「始まったようやな。急ぐぞ」

 

 宝耳は岩肌を軽く触って、地中深く流れる川の道を走る。

 水中を潜って岩の間を抜け、腹這いになってどうにか洞穴から出ると、鬱蒼と暗闇に沈む森の中を駆けた。

 人家の見える丘の上まで来てから、ようやく振り返る。

 遙か遠く、赤く夜空を焦がす炎が見えた。

 

「……やれやれ。恐ろしきかな、産屋敷耀哉」

 

 宝耳は泥だらけの顔を歪めてつぶやいた。

 

 おそらく耀哉は宝耳に無惨を案内させて、そのままもろとも殺すつもりだったのだろう。

 あの爆薬量だ。

 のんびり来た道を歩いて帰っていたら、今頃は木っ端微塵に吹き飛んでいた。

狡兎(こうと)死して走狗(そうく)()らる』の故事通り、使役の用をなくしたモノには、死が与えられるのみ。

 

「これからどうなされますか?」

「さぁて……とりあえずは竈門(かまど)禰豆子(ねずこ)の近くにでも張っておこか。場所はわかっとるんやな?」

 

 春海がコクリと頷くと、宝耳はニヤリと笑って歩き出す。

 

無惨(おに)が勝てば、あの娘と新たなお館様の首でも持って行って、鬼殺隊が勝てば……まぁ、そのときにはゆっくり考える時間はあるやろ」

 

 もう一度、宝耳は振り返って、もくもくと煙の立つ、かつて産屋敷邸のあった場所を眺めた。

 

「それまでは高みの見物やな」

 

 

◆◆◆

 

 

 夜の静寂に轟いた爆音と、地響き。

 

 鬼の襲撃に備えていた鬼殺隊士たちが、すぐさま刀を差した次の瞬間には、皆が落下していた。

 

「なんだこれぇぇ?」

「うわあぁぁーっ」

 

 悲鳴があちこちから聞こえる。

 (かおる)もまた、急にどこかに向かって落ちていく感覚に驚愕しつつも、すぐにそれが鬼による血鬼術であることを認識した。

 

「鬼だッ!!」

 

 大声で叫んでから、呼吸の技を繰り出す。

 

 鳥の呼吸 壱ノ型 鷹隼(ようしゅん)空斬(くうざん)

 

 廊下を歩いていた紫色の顔の鬼の首をばさりと切り落とすと、その場に立った。

 

「うわあぁっ」

 

 背後で翔太郎が声を上げる。途中で断ち切れた廊下から落ちかけていた。

 薫は走って手を掴み、引っ張り上げてやったが、声をかける暇もなく、蝙蝠(こうもり)のような鬼が飛来してくる。黒の鋭い爪で引っ掻いてこようとするのを、ギリギリで刀を抜いて(はじ)いた。

 

 ギィィヤァァー! 

 

 蝙蝠鬼の鋭い咆吼(ほうこう)と同時に、まるでその声が変化したかのように、無数の小さな黒の飛翔体がこちらに向かってくる。

 

「させるかッ!」

 

 翔太郎がすぐさま技を繰り出し、薫もまた自分達を取り囲もうとする小さな敵に応対する。

 

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

 鳥の呼吸 陸ノ型 迦楼羅(かるら)千翔(せんしょう)

 

 二人を中心とした渦巻きのような攻撃によって、蝙蝠鬼の放った飛翔体はすべてが散り消えた。再び蝙蝠鬼が吠える前に、薫の刀がうなる。

 

 鳥の呼吸 参ノ型 飛燕(ひえん)之鋒(のほう)

 

 上下から襲いかかってくる二本の刃に鬼は首を落とされ、すぐさま黒い煙となって消えていった。しかし、一匹を殺して息をつく暇もなかった。すでに背後で翔太郎をはじめとして、複数の隊士が鬼との戦闘状態にある。

 薫は腕一本の翔太郎が苦戦しているのを見るや、すぐさま助勢した。早い動きの鬼に翻弄されていた翔太郎は、薫によって一太刀浴びせられた鬼の動きが鈍ったところを衝いて、技を繰り出し首をとった。だが感謝を言っている暇はない。薫は既に他の鬼に向かっていっている。

 

「くそっ、なんだって、こんなに鬼が湧いて出てきやがるんだよ!」

 

 翔太郎は文句を言いながら、今度は自分が苦戦している新参隊士を助けて、また鬼の首を斬る。

 

「一体、何なんですか? こんなにいっぱい鬼がいるなんて……」

 

 泣きそうな新参隊士の問いに、翔太郎はイライラして怒鳴った。

 

「知るか! 俺が聞きてぇよ!!」

「喧嘩してる暇あんなら、お前ら、こっち手伝え!」

 

 あちこちで怒声と気合いが飛ぶ。

 合間に鬼の不気味な咆吼。

 薫はともかく目の前に延々と続く廊下を走った。目の前に出てくる鬼を倒しながら、かすかに聞こえてくる悲鳴のような、泣いているかのような声に耳を澄ませる。

 不思議なことに、それはこの場で最初の鬼の首を斬った刹那に、直接脳に響いた。

 

 

 ―――― …………テ。

 

 

 どこかで聞いたことがあった。その哀願を。

 喉奥に苦いものがこみ上げてくるのを、ギリと唇を噛みしめて走っていく。

 

 行き止まりの(ふすま)を切り捨てると、薄暗い広間にいた数十体の鬼が、一斉にこちらを向いた。

 

「くっ!」

 

 向かってきた鬼に対峙する間に、別の鬼が襲いかかってくる。

 先程の蝙蝠のような鬼が咆吼して、また無数の小さな黒い物体が狭い部屋の中を飛び回る。

 

「ざけんなぁっ!」

 

 薫のあとに続いていた隊士たちが、一斉に攻撃を放つ。風、水、花……様々な呼吸の技によって、広間にいた鬼が一掃されると、急にシンと静まり返った。

 

「なんだ、一体……」

「油断しないように」

 

 隊士たちが身を寄せ合いつつ、警戒を深める。

 薫は一人、少し離れた場所に立って、先程の声を探した。耳を澄ますが、既に塵と消えた鬼の痕跡を辿ることはできない。片膝をつき、鬼の血がついた畳に触れる。

 心を(しず)かにして、集中した。

 

「薫さん? なにして……?」

 

 翔太郎が薫の肩を叩こうとするのを、止めたのは城戸(きど)綾子(あやこ)だった。

 薫や秋子らと一緒に、川での修練に参加していた女隊士の一人。彼女は薫が鬼になったという噂が流れたときも、極めて冷静に対処し、その沈着で公正な性格は多くの隊士たちから信頼され、隊内におけるまとめ役の一人となっていた。

 

「邪魔しないほうがいい」

「邪魔って……?」

「なにか、探ってるみたいだわ」

 

 綾子の推測は正しかった。

 薫には違和感があった。

 いくら鬼の総攻撃とはいえ、これほどまでに多くの鬼がいることなど有り得るだろうか。しかも、通常の鬼よりも明らかに攻撃力が高い。急に訳の分からないこの場所に落とされてから、戦う鬼はすべて血鬼術を使ってきた。

 これは珠世から聞いた情報だが、いわゆる異能の鬼は、通常ある程度の年月を経なければ ―― 要はそれくらい人を食べなければ、異能を発揮することはできないはずなのだ。

 その上で、薫にはさっきから鬼を斬り捨てるたびに、妙な感覚があった。

 どの鬼も同じであるかのような……姿形も、使ってくる血鬼術も違うのに、すべてが似ている(・・・・)ように感じるのだ。同じ彫刻家がつくった彫像のように……。

 薫は息を呑んだ。

 これほどまでに大量の鬼を、ただ無惨が人を鬼に変えたのだろうか? しかもすべてに同程度の能力を与えて。

 

 珠世は言っていた。

 無惨は気まぐれで、人助けのように人を鬼にすることもあれば、竈門禰豆子のように太陽を克服する鬼を作り出すために人を選んで鬼にすることもあった、と。そのくせ、少しでも機嫌を損ねれば、長く寵愛してきたかに思える鬼も、簡単に殺す。

 尊大で、そのくせ卑屈で、やもすれば潔癖な性格のせいで、鬼を大量に作り出すようなことはしてこなかった、と。

 

「もし彼奴(きやつ)がもっと泥臭く、自らの気位の高さを捨て去ることができていたならば、とうの昔にこの国の人の半分も鬼にして、鬼殺隊に戦いを挑んでいたことでしょう。結局のところ、あの男の望みは自らにしかないのです。自らが完璧になりさえすればいい……」

 

 珠世は無惨への軽蔑も露わに語っていた。

 無惨の望みが実のところどこにあるのかはさて()いても、今、こうして大量の鬼がいることは、本来の無惨の性向からは考えられない状況だ。だとすれば……。

 そこまで考えたときに、また声が響いた。

 

 

 ―――― …………ケ……テ……

 

 

 (みじ)めに、哀しく、訴えかけてくる。

 その声はあの日、死ぬ間際の東洋一(とよいち)に向かって伸ばされてきた白い手を思い起こさせた。

 

 

 ―――― とよ…い…ち……助け…………死な…ない………死ね…な…い

 

 

紅儡(こうらい)……」

 

 薫がつぶやいた途端に、ぐらりと部屋が揺らぐ。

 途端にぐしゃりと障子戸を破って梁らしきものが、突っ込んできた。それも一本や二本ではない。

 隊士たちは散開した。

 薫はまた空中に放り出されたが、すぐさま階段の踊り場のような場所に着地する。

 周囲を見回すと、四方八方に階段が巡らされていて、あちこちの廊下であったり、広間であったり、中には西洋風の柱がズラリと並んだ広場のような場所もあった。

 

 薫はより意識を集中した。

 脳裏に忌々しいあの鬼の姿を思い浮かべる。

 異様に盛り上がった右肩、その肩にある紅い目。長く伸びた髪は蛇のようにうねり、人であった日を忘れられぬかのように、奪った日輪刀で呼吸の技を使う。

 思い出すだけでも、神経を逆撫でする感覚に全身が粟立った。だが、その忌避する気持ちと正反対の方向へと向かう。

 気配を感じていた。

 鬼のくせに、何度も薫の前に立ちはだかっては、哄笑しながら人を傷つけ、最期には涙を浮かべて憐れみを乞うてきた、宿怨の鬼。

 

『どこに居る? 紅儡!!』

 

 意識の奥で呼びかけたとき、ひゅんと風の刃が鼻先をかすめた。

 目の前に巨大な頭の、天狗のような姿をした鬼が浮いていた。バッサバッサと羽音をたてて、薫に向かってくる。

 

「くっ!」

 

 薫は天狗がそれこそヤツデのような葉っぱを振って攻撃してくるのを、技を使っていなした。しかし階段という足場が厄介だった。下に降りようとする薫を阻むように、下から突風に混じって細かい刃が向かってくる。首を取るのはたやすいが、今、薫はこの天狗を殺す前に試したいことがあるのだ。

 ギリッと奥歯を噛みしめてから、深く息を吸って呼吸技を繰り出した。

 

 鳥の呼吸 肆ノ型 円環(えんかん)狭扼(きょうやく)

 

 真正面からではなく、あえて天狗鬼の後方へと円環(リング)状の斬撃を飛ばす。その攻撃に気を取られた鬼がくるりと後ろを向いた瞬間に、薫は跳躍して鬼の頭を掴んだ。同時に先程後方へと放った円環の斬撃が角度を変えて戻ってくる。驚く鬼の首に斬撃が嵌まって、即座に絞結(こうけつ)していく。

 

 ギギィィィッッ!!!!

 

 鬼がバタバタと葉っぱを振る手を、薫は左手の刀で斬り捨てる。

 頭を掴む手に力を込めた。本能的な嫌悪感に嘔吐しそうだったが、歯を食いしばって耐え、より強く鬼の頭へと指を食い込ませる。やがてズブリと肉を割る感覚が伝わった。生温かなぬらぬらとした感触に、指が震えて引っこ抜きたくなる。だが必死にこらえて、鬼の脳へと爪を立てた。

 

「…………どこ?」

 

 自分のやってることのおぞましさに震えながら、薫は必死で探った。

 この鬼がどこから来たのか。

 そこにいるのは、紅儡なのか。

 

 階段、廊下、襖、障子戸、広間、扉、階段、階段、錆びた鉄の扉の先、固く冷たい土で囲まれた通路。

 どこからかぴちゃんと水音が響く。

 一瞬の間に、脳裏に陰鬱な光景が流れた。

 その先に(うごめ)く巨大な赤い物体も……。

 

「薫さんっ!」

 

 翔太郎の声が響いた途端に、目の前の鬼の首が千切れた。薫の斬撃が鬼の首を絞め上げて、ひねり斬っていた。すぐに黒い塵となって消えていく。薫が掴んでいた頭諸共に。

 

 薫はさっきまで鬼の脳みそを掴んでいた自分の手をまじまじと見つめた。

 本当に、気持ちが悪い。

 ドクン、と耳の裏で動悸がする。

 明らかに自分の心臓ではない、何か別の……忌避したい隠された鬼の鼓動だ。

 

「薫さんっ!? 大丈夫ですか?」

 

 翔太郎の声が交差する階段の上から聞こえてくる。

 薫は顔を上げると、叫んだ。

 

「紅儡がいる!」

 

 翔太郎の顔色が変わった。すぐに怒鳴るように問うてくる。

 

「どこです!?」

 

 薫はぐるりと見回した。

 交差する階段の向こうに、錆びた鉄の扉がチラリと見えた。

 

「錆びた鉄の扉の先にいる! 先に行くわ。もし、他の人もいるなら結集して。巨大化してるから、一人では無理かもしれない!」

 

 その声を聞いたのは翔太郎だけではなかった。

 先程の部屋にいた隊士も含め、迷路のように連なった階段や廊下で鬼と戦いながら、行き先を見つけられず惑っていた者たちは、薫の言葉で全員が錆びた鉄の扉に向かった。

 

 

<つづく>

 




次回は2024.05.11.更新予定です。
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