【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第九章 無限の城、夢幻の果て(三)

(かおる)ちゃんッ!」

 

 最初の衝撃によって、秋子もいきなり空中に放り出された。

 足場のない場所でもがきながら落ちていく秋子を掴んだのは、升田(ますだ)だった。彼もまたせり出した(はり)の上によじ登って、そこで落ちてきた秋子のベルトをどうにか掴むと、ブンとどこかの部屋に放り投げた。そこは豪奢なペルシャ織の絨毯の上にソファが置かれてある洋間のようだった。

 秋子は空中でクルリと回転してから着地したが、降りた場所がソファの上で、思ったよりも柔らかなクッションのせいで、足場が不安定になり、ぐにゃりと足首をひねる。

 

「……()ッ」

 

 秋子は一瞬、痛みに顔をしかめたが、手当している暇はなかった。すでに自分を助けた升田が童子人形のような鬼二匹を相手に応戦している。秋子は走って向かうと、一匹の童子鬼に向かって呼吸の技を放った。

 

 水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦

 

 升田もまた呼吸の技でもって、童子鬼の首を斬っていた。他にいた鬼も、同じ場所に落ちてきた隊士たちによって片付けられている。

 

「なんか、俺ら、やっぱり強くなってないか?」

「さっきの鬼、血鬼術使ってきたけど……俺らだけで()れたぜ!」

 

 (にわか)の勝利に湧き立つ隊士たちを横目に、秋子は油断なく辺りを見回す。

 おかしな場所だった。

 窓があるが、その向こうに傾いた畳敷の部屋やら、どこに繋がっているのかわからない長い階段が見える。

 

「なぁ、これ……どうなってんだ?」

 

 升田が尋ねてくると、秋子は首を振った。

 

「ウチにもわからん。いずれにしろ鬼の襲撃には違いないやろ。こないなけったいな場所、血鬼術で作られたとしか考えられん」

 

 升田は秋子に同意してから、わしゃわしゃと髪を掻き毟った。

 

「おかしいと思ったんだよな。新しい隊服がきたと思ったら、すぐに着用して、それからは鬼の襲撃に備えて隊服を着て寝るように……なんてさ」

「本部はある程度、鬼の襲撃を見越してたということやろ。正確な日時まではわからんでも……おそらく鬼蒐(きしゅう)の人たちが頑張ってくれたんと()ゃう?」

 

 秋子は一度だけ鬼蒐の者たちに会ったことがあり、彼らの不思議な能力について知る機会があった。そのため、彼らによって今回の鬼の襲撃が予想されたと考えたのだが、事実は無論違う。だが一般の鬼殺隊士が、お館様である産屋敷耀哉にそうした稀有なる先見力が備わっていることなど知りようもなく、ましてその上で周到な策が巡らされていたことなど、知らされてもいなかった。

 

「ともかくは散ってもうた仲間と合流していったほうがえぇやろ。こんな鬼がわんさといる場所に、柱でもないのが一人二人で相手できるもんやない」

 

 その時、また空間がねじれはじめる。生き物であるかのように動いて、秋子らのいた部屋もものすごい勢いで移動していく。

 中にいる秋子らもまた宙に浮いて飛ばされた。

 どさりと落ちた先は、階段の踊り場のような場所だった。

 

「もう……なんやねん。ホンマに」

 

 秋子は文句を言いながら、ゆっくりと上半身を起こす。下からうめき声がして見てみれば、尻の下に升田を敷いていた。アハハッと笑って、秋子は立ち上がった。

 

「すまんすまん。大丈夫かぁ?」

 

 屈託なく言って、秋子は升田に手を差し出す。升田も「おぅ」とつぶやいて秋子の手を掴んだが、急に険しい顔になると、ぐいっと自分の方に引っ張った。

 

「え?」

 

 いきなり抱きすくめられ、秋子が戸惑っている間に、升田の日輪刀が一閃して、こちらに飛んできていた鬼の首を斬る。

 キュエエェェと断末魔の悲鳴を上げて、鬼が消えていった。

 

「間一髪だな」

 

 升田がニカッと秋子に笑いかける。秋子もホッとして笑う。だが二人、顔を見合わせて距離の近さに気付くと、互いに真っ赤になった。

 秋子は升田をドンと押しやるようにして立ち上がった。思わず、先程くじいた足に重心をかけてしまい、顔をしかめる。

 

「お前、どこかやられたのか?」

 

 升田はすぐに気付いて立ち上がると、気遣わしげに尋ねたが、秋子はヒラヒラと手を振った。

 

「大丈夫や。少し、足をひねっただけや。それより……」

 

 辺りをキョロキョロと見回して、他の隊士たちの姿を確認する。

 (ひら)けた空間に、無数の階段が交差しながら、あちこちの部屋に繋がっていた。

 秋子たちのように階段で戦っている者もいれば、どこかの部屋で倒れている者もいる。

 状況を確認する間にも、空間は野放図に変化し、廊下に繋がっていたと思っていた階段が、いつの間にか十数匹の鬼が待ち構える部屋へと()げられていたり、その部屋の天地が逆になっていたり、走っていた廊下がいつの間にか壁になっていたり……。

 その度にそこにいた隊士たちは翻弄されて、逃げる者もいれば、別の部屋に放り出される者、ずっと下へと落ちていく者……様々に、この面倒な血鬼術の空間で戦っている。

 

「……鬼のほうも、ウチらが集まるのは阻止したいようやな」

 

 そのことに気付いたのは、秋子だけではないようだ。

 

「伝令! 伝令! (つちのえ)隊士・城戸綾子ヨリ伝令! 錆ビタ鉄ノ扉ヘ向カヘ! 森野辺以下、向カツテ候!」

 

 綾子の鎹鴉が動く部屋や階段の間を飛び回って懸命に叫んでいた。

 

「錆びた鉄の扉やて?」

 

 秋子は反復してから、さっと先程見回したときにチラと見た扉の方へと目を向けた。

 下へと長く伸びた階段の先に、錆びた鉄の扉がある。

 

「あれか!」

 

 秋子は叫ぶなり、全速力で階段を降りていく。

 升田も続いた。

 三段飛ばしで跳躍して降りていき、あと少しというところで、また階段が動いて、鉄の扉に続いていた方向を変えようとする。

 秋子は更に勢いを増した。

 

「秋子、待てッ!」

 

 升田が後ろから叫ぶ。

 秋子は動く階段の先まで来て、扉に向かって飛んだ。

 鉄の扉のある小さな足場に向かって降りようとした刹那に、横から血走った目の鬼が迫ってくる。

 

『殺られる!』

 

 瞬時に死を意識したとき、ドンと背中を蹴飛ばされた。

 目的であった扉に叩きつけられ、その手前の足場にゴロリと転がる。

 誰かが秋子を蹴飛ばして、間一髪、鬼から(のが)れさせてくれたのだ。

 すぐ秋子は起き上がり振り返った。

 

 翼の生えた青鬼が升田を大きな手で掴んでいた。

 太く伸びた爪が、升田の背中を貫いて胸から突き出ている。

 ビクリと攣縮(れんしゅく)した升田の足から、ポタポタと血が落ちた。

 

「升田ッ!」

 

 秋子が叫ぶと、升田はなんとか顔をかたむけた。

 目が合って、少しだけ笑う。

 

「升田ァッ!!」

 

 もう一度秋子が叫ぶと同時に、升田がまだかろうじて持っていた日輪刀で、鬼の首を横から刺し貫いた。

 グガアアァァと青鬼は吠えて、升田を掴んだまま落ちていった。

 滅茶苦茶に入り乱れる階段や部屋に阻まれて、あっという間に升田と鬼の姿は消えた。

 

 秋子は目を真っ赤に見開いたまま、ギリッと奥歯を噛みしめた。

 こぼれかけた涙をすぐに拭うと、背後にある鉄の扉の取っ手を掴んだ。心の中で誓う。

 

 

 ―――― 無駄にせぇへん……!

 

 

 秋子は日輪刀を持つ手に力を込めると、扉を開いて中に入っていった。

 

 

◆◆◆

 

 

 薫は先程見かけた鉄の扉に向かっていたが、その途中にも階段が向きを変えたり、途中で切れて手近の部屋に跳躍したりして、なかなか目的の場所に行くことができない。こうなると視覚情報を頼りにするよりも、途切れ途切れに聞こえてくる紅儡(こうらい)らしき鬼の意識を辿っていったほうが近道であった。

 薫のあとについて行く隊士たちの中には「一体、どこに向かってるんだ?」と疑問を口にする者もいたが、綾子や翔太郎が無言でひたすら薫のあとを追っていくので、ともかく同調してひた走る。その間も、鬼からの攻撃で一人、また一人と脱落者は出たが、足を止めた者は行く者を微笑んで見送り、先を行く者は唇を噛みしめて走り去った。

 

 バタバタと廊下を進んでいると、上から鬼が落ちてきた。

 薫はさっと後ろへと飛び退(すさ)ってから、刀を構える。あとから来ていた者たちも刀を構えたが、鬼は既に首を落とされて、塵と消えていくところだった。

 そこには鬼と戦っていたであろう隊士の一人が、ぐったりと倒れている。

 薫はすぐに気付いて走り寄った。

 

「升田さんッ!」

 

 升田はまだかろうじて息があった。だが、鬼にえぐられたであろう胸から大量に出血して、もはや長くないことは見て取れた。

 

「秋子が……扉……に」

 

 升田が上に向かって指さす。

 

「頼む……」

 

 最後の息で伝えると、升田はそのまま動かなくなった。

 

「升田さんっ!」

 

 翔太郎が叫ぶ。

 他の隊士たちも、涙声になって叫ぶ。

 薫は大きく息を吐いてから合掌した。ギリッと歯噛みして顔を上げると、再び走り出す。

 涙を流す暇はなかった。

 それは薫だけでなく、そのあとに無言で続く隊士たちは全員、悲しみを押し殺して、ひたすら前を向くしかなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

 秋子は先程までの場所から一変した異質な空間に眉を寄せた。

 扉をくぐった途端に、冷たく固い、切り出してきた岩でつくったかのような通路が続く。

 ぴちゃん、ぴちゃんと水音がして、暑いわけではないが空気はじっとりと蒸れている。

 慎重に進んでいると、前方からタッタッと駆けてくる足音が聞こえてきた。秋子はすぐさま刀を構えた。

 

「ニンゲン~ッ」

 

 秋子を見つけた両手のない鬼が、ピョンピョンと跳ねて迫ってくる。すぐさま秋子は呼吸の技を放った。

 

 水の呼吸 弐ノ型 水車

 

 その鬼の首を斬るのはたやすかったが、続いて同じようなのがどんどん現れる。

 

「くっ!」

 

 秋子は続けて呼吸の技を放って、一気に三体の首を斬ったが、鬼は間断なく押し寄せてくる。何度も呼吸の技を続けて、息がだんだんと続かなくなってきたときに、背後からドタドタと走ってくる足音が聞こえた。

 

「アコさんっ? いますかっ」

 

 薫の呼ぶ声も。疲弊していた秋子は一気に元気を取り戻した。

 

「ここやでッ!」

 

 薫をはじめとする隊士たちが十数名、押しかけてくるなり、秋子に群がっていた鬼らに一斉に攻めかかる。呼吸の技によって振るう刀の唸る音と、首を断ち斬られた鬼の阿鼻叫喚が、狭い通路に響き渡った。

 その場にいた鬼をすべて片付けると、通路の先から不気味な咆吼が聞こえてくる。

 

「アコさん」

 

 声をかけられ振り返った秋子は、固い表情の薫を見て、すぐにピンときた。

 

「升田さんが……」

 

 言いかける薫を遮って、秋子はパン! と両手で自分の両頬を打った。

 

「情けない顔しとったらあかんな。これからや!」

 

 決然と言って、涙を追い払う。

 今は、泣いている暇はないのだ。まだ、戦っている最中なのだから。

 

 薫は秋子の意思を感じ取ったのだろう。それ以上は何も言わず、頷くと、先に立って走り出した。

 

「この先に鬼がいるんか?」

「はい。紅儡です。おそらく……」

「紅儡って、翔太郎の腕を斬った……?」

「えぇ。甦りの鬼……それに」

 

 狭い通路を抜けると、急に広い空間に出た。

 ドーム状の岩屋の真ん中に、巨大な肉塊が鎮座している。

 

「なんや、これ……」

 

 その姿はおよそ鬼とは思えなかった。でろりとその場に横たわった姿は、どちらかというと極端に肥大化した赤い蛞蝓(なめくじ)のようだった。首がどこなのかもわからない。

 

「まさか、無惨は人以外のも鬼にしよったんか?」

 

 秋子がボソリとつぶやくと、薫は真っ直ぐにその赤い物体を睨み据えながら言った。

 

「人でした。間違いなく……」

 

 ゴポォ、と肉塊がゲップのような音を出す。

 口らしき穴が開いて、何かを吐き出した。

 コロコロと丸い卵のようなものが出てきたと思ったら、ギャーッ! と汚ない叫び声を上げて、一ツ目の赤鬼が丸まっていた四肢を伸ばして跳躍する。

 すぐさま襲いかかってきた生まれたばかりの鬼(・・・・・・・・・)を、薫は冷静に斬り捨てた。

 

「今は……鬼を生み出す鬼となったようです」

 

 

<つづく>

 




次回は明日2024.05.12.更新予定です。
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