【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第九章 無限の城、夢幻の果て(四)

 鬼を生み出す鬼となった ―――― 。

 

 その言葉通りに、次々に紅儡(こうらい)の口から丸まった赤鬼が数体コロコロと転がり出てきた。

 最初に出てきた鬼と同じように、跳躍と同時に手足を開き、隊士たちに襲いかかる。

 

 さすがにここへ来て、鬼が現れたとあわてる者はいなかった。

 隊士らはすぐさま臨戦態勢をとり、あちこちで呼吸の技がうなる。

 一方、雑魚ともいえる敵を無視して、翔太郎は紅儡へと斬りかかっていった。

 

 風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風

 

 ゴオッと烈風が吹いて、四本爪の斬撃が紅儡の肉を裂く。

 以前であれば、三本爪の斬撃しか出なかったのだが、この柱稽古の間に、特に実弥に厳しく仕込まれたらしく、威力を増した技が使えるようになっていた。

 しかし紅儡はその斬撃にビチビチとのたうち回りながらも、あっという間に修復する。

 

「くそっ!」

 

 歯噛みしてくやしがる翔太郎の横で、赤鬼を斬り捨てた隊士が、隣で刀を構えながら言った。

 

「とんでもねぇデカブツ野郎だな。こりゃ、一斉に攻撃しねえと駄目じゃねぇのか?」

「この鬼が今まで殺してきた鬼どもを産んでるのなら、この鬼を殺せば戦況は変わるわ」

 

 綾子も乱れた呼吸を整えながら、刀を構えて言う。

 

「一気に責め立てるで!!」

 

 秋子が吠えるように言うと、それぞれが呼吸を深めた。

 最初に跳躍して技を繰り出そうとした男の隊士が、突如、紅儡からにょっきりと突き出た巨大な腕に掴まれる。

 

「ぐおっ!」

 

 くぐもった声がしたかと思ったら、ベキリと骨の折れる音がして、隊士の体は力を失った。投げるようにその体は放り出され、壁にぶつかってから、冷たい石の床に落ちる。口から一筋血を垂らして、既に絶命していた。

 全員が凍り付いた一瞬の間に、紅儡は隊士を殺したその手をパと開いた。

 薫はすぐに攻撃を察知して、先に技を繰り出した。

 

 鳥の呼吸 陸ノ型 迦楼羅(かるら)千翔(せんしょう)

 

 血鬼術 風雷(ふうらい)奔濤(ほんとう)

 

 バリバリと紅儡の五指から放たれた振動波が、隊士たちに絡みつくように襲いかかる。

 薫は技を繰り出すことによって、それを相殺したが、以前対峙したときに食らったものよりも、攻撃範囲も広く、強力になっている。その場にいる全員を守ることはできない。

 だが、薫が動くのを見て、秋子をはじめ皆がそれぞれに防御のための技を繰り出していた。

 

「こンの……化け物が」

 

 秋子がつぶやく。

 紅儡の腕はぐっと拳を握り、また肉塊の中に沈んでいった。

 だがすぐにゴポッとまた吐き出す音がして、新たな鬼が生み出される。今度は三箇所に開いた口から、鋭い一本角を持った三ツ目の鬼がゴロゴロと転がり落ちた。

 岩を積んで作ったかのような鬼だった。

 動きは緩慢だが、ただ刀を振るうだけでは斬れない。岩のように固い皮膚が、日輪刀を(はじ)いて斬らせない。しかも片手に持った斧でもって、襲いかかってくるだけでなく、同じ鬼同士でぶつかっては一度砕けてから、一体化して徐々に大きくなっていく。

 最終的には、十尺を超す巨大な岩の鬼が三体になった。一緒に巨大化した斧が振り下ろされるたびに、床に亀裂が走る。もしあの斧の攻撃をくらったが最後、即死だ。

 

 薫は技を放って、少しずつ鬼の岩の(からだ)を砕いていった。

 同じ鬼同士で砕ける分には、合わさって再生されるようだが、日輪刀による攻撃で砕かれた場合は、再生できないようだった。

 だが、何度も呼吸技を繰り返せば、早々に息切れを起こす。それこそ柱でもない隊士たちには、容易なことではなかった。

 劣勢になってきているのを感じた秋子が喝を入れる。

 

「皆、踏ん張りどころやでッ!」

 

 その怒鳴り声に呼応したように、どやどやと新たに駆けつけた隊士らが、一体の岩の鬼に向かって一気に呼吸の技を放った。

 特に岩の呼吸の隊士による攻撃は、まさしく弱点であったようだ。

 

 岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き

 

 鎖に繋がれた二つの棘のついた鉄球の一つが岩の鬼の足に絡みつき、一つが岩の鬼の頭上に放たれる。足に絡みついた鎖が鬼の動きを一時的に封じたと同時に、鬼の頭上の鉄球の鎖を踏んで、勢いよく鬼の頭を粉砕した。

 

「佐戸! こっちも!!」

 

 呼ばれるよりも早く、その岩の呼吸の隊士が鉄球を振り回しながら、もう一体の岩の鬼へと向かっていく。

 

「岩柱様の継子やった男や。腕の立つのが来てくれたな」

 

 秋子は形勢が変わったことにホッとしたように言ってから、すぐさま残る一体に向かった。

 薫もすぅぅと息を吸い込んで、集中を深める。

 だが、いざ技を放とうとしたときに、頭の中に声が響いた。

 

 ―――― タス……ケ……テ!

 

 鋭い痛みを伴って響く声に、薫は体勢を崩した。

 膝をつく薫の目前で、秋子や翔太郎、綾子ら数名の隊士によって技が放たれて、残る一体の岩の鬼も砕け、黒い煙と消える。

 

「薫さんっ!」

 

 翔太郎と秋子がすぐさま駆け寄った。

 綾子は紅儡の動きに注視しながら、油断なく辺りを見回す。

 

「大丈夫か? どないした?」

 

 秋子が尋ねてくるが、薫は突如として襲ってきた頭痛とそれに伴う嘔吐感で、話すことができなかった。

 

森野辺(もりのべ)さん、後ろに下がっててください」

 

 綾子が冷たく告げる。

 どうにか顔を上げて、戦列に加わろうとする薫に、鋭く叫んだ。

 

「邪魔です! 風見くん、森野辺さんを壁際まで連れて行って!」

 

 翔太郎は有無を言わさない綾子の剣幕に、素早く自らの刀を鞘にしまった。薫の腕を掴んで、片腕でどうにか引きずっていく。 

 秋子は黙ってその様子を見送ってから、綾子に謝った。

 

「ごめんな」

「今、必要なのは、戦力ですから」

 

 綾子はにべなく言ってから、フッと頬を歪めて笑った。

 

「あの人は、たぶん切り札ですよ。こんな迷路みたいなところで、ほとんど迷うことなくここにたどり着いたんですから。おそらく、何かしらの鬼の特有の気配を感じているんでしょう」

「……せやな」

 

 秋子も同意してから、眉を寄せる。それはおそらく薫の望まないことであろうが、もはやこの状況下では利用するしかない。

 

「三人一組で、順々に攻撃していくで。上に跳躍せんように。腕が出てきたら要注意や。防御の技で(しの)ぎぃ」

 

 秋子の指示で、隊士たちはそれぞれの立ち位置で、組になって攻撃を開始する。

 

 一方、壁際で座り込んでいる薫は、仲間たちが戦う姿を見ながら、歯痒かった。せっかく一緒に戦おうと約束したのに、今の自分はこうして見ているしかない。もはや自分で割ってしまいたいほどに、頭が痛かった。

 もしかすると鬼の(タネ)が、この状況下で反応しているのだろうか。それを珠世の薬が抑えこもうとして、劇症を引き起こしているのか……?

 だとすれば、もうあまり時間はないのかもしれない。……

 

 薫はよろよろと立ち上がった。

 食いしばった歯の根から、血がじわりと滲む。

 

「薫さん、無理しちゃ駄目だ」

 

 支えてくれる翔太郎に、薫は頼み込んだ。

 

「翔太郎くん……人のいないところに……手薄になっているところに回り込んで」

「駄目ですよ。もうちょっと休んだら、きっと治るから」

 

 薫は首を振った。

 ドクンドクンと、耳裏から聞こえる鼓動はますます大きくなってきている気がする。

 鬼となった途端に死ぬとしても、それまでにせめて、皆の助けになるように……せめて……

 

「紅儡が……これ以上、鬼を産まないように……封じることはできるかもしれない」

 

 薫はつぶやきながら、技を繰り出して紅儡を攻撃する秋子らから離れてゆき、壁伝いに回り込む。入ってきた方角の反対側は、やはり人は少ない。先程、秋子の言っていた岩の呼吸の隊士と数人が技による攻撃を繰り返している。

 

「翔太郎くん。援護を頼むわ」

 

 切れ切れにつぶやくなり、薫は刀を鞘に収めた。

 翔太郎が止める間もなく、紅儡に向かって突進する。

 

「薫さんっ!」

 

 翔太郎はあわてて追いかけながら、呼吸の技を繰り出した。

 

 そのとき紅儡はまた新たな攻撃を仕掛けていた。

 肉塊から十二本の長い腕を生やしたかと思うと、その先端にあるヤツデの葉のような大きさの手をそれぞれに振るう。

 

 血鬼術 乱刃(らんば)嵐剳(らんとう)

 

 鎌鼬(かまいたち)のような空気の刃が隊士たちに襲いかかってきた。

 最初に紅儡に会ったときに、翔太郎も食らった血鬼術と同じものだ。

 

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

 翔太郎の援護によって、薫に向かってくる鎌鼬の刃が散らされる。

 主に防御として使われることの多いこの技も、翔太郎は実弥から()()()薫陶を受けたせいか、防御・攻撃ともに威力が増していた。

 十二本ある腕の一本が、風の力を受けてビチビチと千切れていく。

 

 薫は紅儡に近付くと、ぐっと喉奥に吐き気を押し込めて、両手を肉塊に突っ込んだ。

 途端に紅儡が咆吼を上げる。

 

 戦っていた隊士たちは、その凄まじい叫びに顔をしかめた。鼓膜に痛みがはしる。

 

 紅儡は十一本の長い腕を扇子状に伸ばしたまま、電撃に打たれたかのように細かく振動した。

 かと思うと肉塊の表面に、十数個あまりの緑の目 ―― これもまた、一つ一つが人の頭ほどもありそうなくらいの大きな瞳だ ―― が、一気に開く。

 だがその不気味な姿よりも隊士たちを恐怖させたのは ―――

 

「上弦?」

「上弦だと、この鬼が!?」

 

 緑の瞳に刻印された『上弦』という文字。

 思わずたじろいで足がすくむ隊士らに、秋子の怒号がとんだ。

 

「無惨()すのに、上弦くらい()さんでどないすんねん!」

 

 ビリッと再び緊張感が戻る。秋子が気合いと共に呼吸の技を繰り出して戦うのを見て、またそれぞれが攻撃を再開した。

 

 一方、薫は目の前の緑の瞳を凝視しながら、深く腕を肉塊の中に(うず)めていく。当初、薫の腕に抵抗して押し出そうとしていた紅儡は、今度は一気に絡みついてきた。強くねじ切らんばかりに。

 

「薫さんっ!」

 

 翔太郎は紅儡からの攻撃を技で(しの)ぎながら叫んだ。

 

「駄目だ! やめろ! そんなことしたら……」

 

 だが、翔太郎の声を薫は無視した。

 唇を噛みしめてから、脳内に響く声に向かって、静かに呼びかける。

 

「…………助けてあげるわ。だから、受け()れなさい……私を」

 

 目をつむって、声の主を探す。

 かすかに聞こえる、か細い声。

 小さく震える、幼い、少年の……

 

「…………浩太」

 

 その名を呼ぶと、薫の腕を絡めていた肉が緩んだ。

 同時にずるりと中に吸い込まれる。

 

「薫さんっ」

 

 翔太郎は薫の肩を掴んで、必死に食い止めようとした。

 一本しかない左腕で、薫を吸い込もうとする紅儡から、どうにか引き剥がそうとする。

 薫は笑みを浮かべて言った。

 

「このまま攻撃を……続けて……」

「駄目だって、薫さんッ!」

 

 スッと肩を落として翔太郎の手から逃れると、薫は紅儡の中へと入っていった。

 ぐにゃぐにゃとした肉の蠢く感覚が気持ち悪い。

 だが今はそれよりも、声に集中した。

 

 ―――― タスケ……テ……。助ケテ……

 

 小さい子供の、あえかに呼ぶ声。

 薫は耳を澄ませた。

 集中が深まるほどに頭痛は遠のき、徐々に意識が混濁していく…………。

 

 

<つづく>

 




次回は2024.05.18.に更新予定です。
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