【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第九章 無限の城、夢幻の果て(八)

「久しいなァ、千代よ」

 

 月のない闇夜に突如現れた鬼に、千代は驚かなかった。

 夫である賢太郎が風の呼吸を使う何者か ―― 鬼なのか人間なのかもわからない ―― に襲われて死亡し、しかもその死体もないと聞いて、遠からずやって来るだろうと思っていたからだ。

 

 篠宮(しのみや)東洋一(とよいち)によって、裏切者となった浩太は成敗されたと思われていた。しかし、この数ヶ月、風の呼吸の剣士を狙った鬼がいるらしいとの情報を受けた賢太郎は、すぐにそれが浩太であろうと断言した。まだかろうじて残っていた風の剣士たちは、(トド)メを刺すことができなかった東洋一を(なじ)ったが、賢太郎はただ一人、彼を責めなかった。むしろ喜んでいるようですらあった。

 だから千代は言ったのだ。

 

「あなたは浩太があなたを殺しにきても、()される気ですね?」

「…………そうだね」

 

 賢太郎は否定しなかった。

 千代はうっすらと笑っている賢太郎に、呆れや怒り、苛立ち、軽蔑、様々な感情を一気に燃やしたが、最終的には無関心に近い寂しさが残っただけだった。

 

晃太郎(こうたろう)のことを言う気ですか?」

「知らないんだろう? 浩太は」

「えぇ。……言う暇もありませんでしたから」

「せめて彼に教えてやりたいんだ。知っていれば……もしかしたら、浩太は鬼にならなかったかもしれない」

 

 まだ浩太への憐憫を見せる賢太郎に、千代はそっと歯噛みした。

 本当に変わらない。浩太が鬼になってすらも、友だと思っているのだろうか。まったく、反吐が出る。この偽善者め……。

 

 だから賢太郎の死亡を聞いたと同時に、千代は彼が浩太に殺されてやったのだと理解した。おそらく賢太郎から晃太郎のことを聞いた浩太が、早晩、千代の前に現れるであろうことも。

 だが、隣で晃太郎を抱きしめているツネは、千代に親しげに話しかける鬼に、肝を潰したかのようにかすれた声でわめき立てる。

 

「おっ、お前……この鬼めが。馴れ馴れしく我が嫁の名前など呼んで……何者じゃ!?」

「ハッ! これはこれはお内儀様(ないぎさま)もお久しゅう。まだ生きてやがったとはなァ……相変わらず、鬱陶しい婆ァだ」

 

 憎々しげに吐き捨てる鬼の言葉に、ようやくツネもそれがただの鬼ではないと気付いたらしい。「まさか……」とつぶやいて詰まる。

 千代は一度目を閉じてから、すぅと息を吸って呼びかけた。

 

「浩太、賢太郎さんを殺したのはあなた?」

 

 静かに問いかけた千代に、紅儡(こうらい)は血走った目を向けた。その目だけで、浩太が自分を恨んでいると知れた。

 千代はツネと紅儡の間に立つと、もはや見事な鬼となり果てた、かつての幼馴染みと向き合った。

 

「あなたがこの家を恨んでいるのはわかっているわ。風波見(かざはみ)が作り上げたものすべてを、あなたは()()したいのよね」

 

 あえて千代はその言葉を使った。鬼狩りが鬼に対して使う『滅殺』という言葉。

 ピクリと紅儡の表情が歪む。

 千代は内心でうっすらと笑ったが、凜と背筋を伸ばした姿は決然として、柱の妻たるに相応しい威厳すら備わっていた。

 

「あなたの憎しみは、私がすべて受ける。お義母様(かあさま)と晃太郎は助けて」

「フン! どうしてお前の言うことを聞かないといけない? 俺に指図できるのは無惨様だけだァ」

「…………いいの?」

 

 千代は口角を上げて、不気味な微笑を閃かせた。

 

「何も知らないままで」

「お前……」

 

 ギリギリと紅儡が歯ぎしりする。

 千代はまたうっすらと微笑みながら、紅儡を嘲弄(ちょうろう)した。

 

「賢太郎さんが言ったことが真実だと思う?」

「お前……やっぱり賢太郎に嘘をついていたんだな!」

 

 紅儡が怒鳴ると、ツネに抱きしめられていた晃太郎が泣き出した。小さな子供の泣き声が、穴の空いた屋根から星空に向かって悲しく響く。

 千代は一度振り返って、晃太郎の頭を撫でた。

 ただ一人の子供。千代にとって、この世で唯一、自分を必要としてくれた存在。無償の愛を捧げ、無邪気に受け入れてくれた、愛しい吾子(あこ)

 千代はまた紅儡に向き直ると、手をのばした。

 

「さぁ…連れてゆきなさいな、浩太。私のことは……あなたの好きなようにするといい」

 

 紅儡は剣呑と千代を睨みつけてから、グイと乱暴にその手を掴んだ。

 

「千代ッ!」

 

 ツネがあわてて千代の袖を掴もうと手を伸ばす。紅儡は無造作にツネの手を払いのけた。ザクリと長い爪がツネの顔を斬りつける。ヒッと短い悲鳴を上げて、ツネはひっくり返った。

 盛り上がった右腕の中に千代を抱きかかえながら、紅儡は哄笑した。

 

「ハハッハハァ! ざまぁみろ、婆ァめ。お前を一番に殺してやるゥ」

「やめて! 浩太!!」

 

 千代は紅儡にしがみつき、必死に懇願した。

 

「お願いよ、浩太。お義母様と晃太郎は見逃して」

「さぁてな。どうしてやろうか……」

「晃太郎は体も弱い。鬼殺の剣士になることはできないわ。この家から風の呼吸の剣士は出さないわ。もう鬼殺隊とは縁を切るから……お願いよ」

 

 千代は言いながら、チラリとツネを見た。紅儡によって切られた顔の半分は血まみれだった。だが手で覆うこともせず、晃太郎をしっかりと抱いて、泣きそうな顔で千代を見つめていた。

 

 千代はぐっと唇を噛みしめた。

 身勝手で、千代のことなど子を()す為の道具同然にしか見ていない人だ。そう思い込もうとしても、幼い頃からの積み重なった思い出が、千代の胸の奥を震わせる。

 厳しい人ではあったが、決して冷たいだけではなかった。感情的に傷つけられることも多かったが、反面、情が深い人であった。それに千代もまた長ずるにつれ、この人の女としての苦しみを、理解できぬわけではなかったから……。

 

「お義母様、どうかお願いです。鬼殺隊と縁を切り、晃太郎を決して鬼狩りにせぬと……ここで誓ってくださいませ。どうか晃太郎をお助けくださいませ」

 

 千代が涙に声を詰まらせて言うと、ツネはブルブルと震えて紅儡を睨みつけたあとに、ガクリと膝を折った。

 晃太郎を胸にひしと抱きながら、多くの風波見(かざはみ)の子弟を、自分の最愛の息子を殺した鬼に向かって、頭を下げる。

 

「……約束は守る。守るゆえ……千代を……返しておくれ」

 

 ツネはすっかり気弱になっていたのだろうか。昔であれば、そんなことは言わなかったはずだ。自分と大事な孫さえ助かれば、千代のことなど捨て去ると思っていたのに。

 だがツネが最後になって見せてくれた優しさに、千代はかえって踏ん切りがついた。

 悩むことはない。きっとお義母様であれば、晃太郎を守り育ててくれるだろう……。

 

 紅儡は惨めに項垂(うなだ)れる老婆の姿に、ますます気分が高揚したようだった。

 

「ハハッハハァ! 婆ァが俺に頭を下げる日が来るとはなァ。だが……千代は連れて行く! お前が手塩にかけて育てた嫁は、俺がせいぜいかわいがって、(なぶ)り殺してやるさァ!!」

 

 告げるなり浩太は跳躍した。

 

「千代ぉぉ!」

 

 ツネの悲痛な声が響き、晃太郎が泣き叫ぶ。

 千代は必死になって何度も繰り返した。

 

「お願いです。晃太郎を決して鬼狩りにはしてくださいますな……!」

 

 それだけが千代の願いだった。

 可愛い我が子は鬼殺隊から遠く、もはや関係なく幸せに暮らしてほしい……。

 過ぎる風の中に、涙が千切れ飛んでいく。

 やがて幼い子の叫ぶ声が聞こえなくなると、千代は紅儡の腕の中で、無表情に闇を見つめるのみだった。

 

 

 辿り着いた場所はどこなのかわからない。おそらく昼日中でも光射さぬ場所だろう。

 岩肌はたえず濡れていて、空気はじっとりと湿っている。

 洞窟のようなその場所に、千代はいきなり投げるように放り出されて、腰骨をしたたか打った。他にも頬がこすれたのかヒリヒリと痛む。

 

「あのガキが俺の子だと!?」

 

 紅儡の言葉に、千代は笑みを浮かべた。

 

「あぁ……やっぱり賢太郎さんはあなたにちゃんと伝えたのね。良かったわ。あの人の最後の望みが叶って」

「お前……賢太郎に嘘をついたな!」

 

 憤怒の形相となる紅儡を見て、千代はケラケラと笑った。

 

「そうよ。だって、そうでしょう。あなたの子だと信じていたから、あの人は晃太郎を可愛がったんだから。わざわざ、あんたの子だからと名前まで似せて」

「この……(アマ)がぁッ!」

 

 激昂した紅儡が爪を振るう。ザクリと顔を掻かれ、千代は何も見えなくなった。ドクドクと顔中から血が流れるのを感じながら、いっそ興奮してくる。

 

「どうして喜ばないの? 浩太。あの人は、あなたの息子だから、晃太郎を愛していたのよ。嬉しいでしょう? ようやく想いが報われて」

「何を……」

 

 紅儡は鮮血に染まりながら、ニヤニヤと嗤っている千代にたじろいだ。

 千代はヨロヨロと立ち上がると、つまづきながら、手を振り回して紅儡を探す。さながら目隠し鬼のようになっていることに気付くと、千代はまた身をよじらせて大笑いした。

 

「あぁ……可笑(おか)しい! 可笑しい!! お前も賢太郎さんも、なんて馬鹿なの! あの人もお前も、結局、自分の気持ちすらもわかってないんだから。そんなことで、私の何がわかるっていうのかしら? 本当に馬鹿な人たち!!」

「うるさい! 殺してやる!!」

 

 紅儡が怒鳴りつけても、千代はけたたましく笑うばかりだった。

 

「あぁ、殺したらいい! 殺されるつもりで来てるんだから。賢太郎さんだって、そうだったのでしょう? あぁ……そうだ。浩太、賢太郎さんを殺して、喰ったの? ねぇ、お前の中に、賢太郎さんは()()の?」

 

 見えているかのように、千代は紅儡に迫る。

 うねうねと伸びた紅儡の髪を両手で掴むと、容赦なく引っ張り回した。

 

「やめろ! この……」

 

 紅儡が千代の頭をガシリと掴むと、千代はそれまで閉じていた瞳を開いた。何も見えていない暗い目が、紅儡を捕らえた。

 

「……馬鹿よねぇ、みんな。東洋一さんも、賢太郎さんも、アンタが私のことを好きだって思っていたのよ。だから、アンタが思いを遂げられたと思って、喜んでたのよ。ねぇ? そうでしょう? 賢太郎さん」

 

 千代はまるで紅儡の中に賢太郎がいるかのように呼びかけた。

 

「ふざけ……るな……」

 

 紅儡は頭を押さえて呻く。

 千代は静かに囁いた。

 

「アンタが本当に好きだったのは、賢太郎さんだったのにね」

 

 言われた瞬間、浩太は固まった。違うという言葉が、どうしても出てこない。

 千代は紅儡の両手をそっと取り、自分の首に持っていった。

 

「とうとう誰も気付かなかったわねぇ。祝言(しゅうげん)のときだって、アンタが怒っていたのは、私が賢太郎さんと結婚したからじゃない。私に賢太郎さんを奪われたからよね……」

「やめ……ろ……違う」

 

 浩太はうめいた。

 頭が痛い。

 違う、違う、違う……何度も叫んでいるのに、千代には聞こえていないようだった。

 

「賢太郎さんはとうとう気付かなかったわ。可哀相にね、浩太。でもあなたも悪いのよ」

 

 静かに語りかけながら、千代は紅儡の手の上に自分の手を重ねて、ゆっくりと力を込めていく。

 真っ赤に染まった千代の目は、鬼のようだった。

 

「やめ……ろ……」

 

 浩太は千代の目に恐怖していた。つぶやく声は弱く、あらがいようもない。無惨に睨まれたときのように。

 千代を殺すつもりはなかった。だが柔らかな力で抑えこまれた手は、千代の細い首をどんどん絞め上げて、灰色の爪は白い肌を裂き、肉を割って骨を折ろうとする。

 鬼の本能なのか、あるいは何か別のものがそうさせているのか……?

 

「私を食べなさいよ、浩太。二人だけになんか……絶対に……させな……い」

 

 ベキリ、と鈍い音がした。

 千代の意識は途絶した。

 

 

◆◆◆

 

 

 再び、場面は紅儡(こうらい)と対峙する秋子と翔太郎に戻る。

 巨大な紅儡の右腕とともに現れた不気味な女に、(かおる)(とら)われていた。気を失って夢でも見ているのか、時折その表情が歪む。

 

 

「薫さんッ! あの野郎……人質なんか取りやがって」

 

 歯噛みする翔太郎の横で、秋子は怒りを必死に静めていた。

 綾子が緊迫した面持ちで尋ねてくる。

 

「約束……守りますか?」

 

 すぐに反応したのは翔太郎だった。

 

「まさか……殺す気ですか? 薫さんは(つか)まっているんですよ!?」

森野辺(もりのべ)さんが言っていたことよ。自分が鬼となれば……」

「薫さんは鬼になんかなってない!」

 

 言い合いをしている間に、また紅儡の巨大な右手がパと開く。

 

 血鬼術 風雷(ふうらい)奔濤(ほんとう)

 

 バリバリと空気を割る振動が響き、その場にいた隊士たちに襲いかかってきた。

 

「くそっ!」

 

 翔太郎はかろうじて呼吸の技でもって相殺はしたものの、それでもすべての振動波を遮ることはできなかった。

 腹に鈍い痛みがはしり、ゴロゴロと後ろに転がる。ドスリと壁にぶち当たるやいなや、すぐさま立ち上がった。

 

「うおぉぉぉ!!」

 

 叫びながら紅儡に突進して、そのまま赤い肉塊の上を登っていく。

 

「翔太郎!」

「馬鹿なことするな! やられるぞ!」

 

 隊士たちは口々に怒鳴ったが、翔太郎には既に聞こえていなかった。

 黒髪の女の背後から、ヒュルヒュルと数本の白い布のようなものが伸びてくる。その先が手のようになっているのを見ると、腕であるらしい。

 

 風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風

 

 ビロビロと伸びた女の腕を斬ってから、翔太郎は叫んだ。

 

「俺を殺せるもんなら、殺してみろ! 俺は風波見晃太郎の息子だぞ!!」

 

 再び別の白い手が翔太郎を掴もうとしていたが、その言葉にピタリと止まった。

 やっぱり……と翔太郎は確信した。

 あの女は風波見と関係があるのだ。晃太郎 ―― 父の名前を呼んでいたときから気付いていた。なぜ父にこだわるのかはわからないが、こうして動揺させることができるならば、なんでも利用してやる。

 

「ナ、ゼ、キ、タ?」

 

 女が平坦な声で問うてきた。

 

「オ、ニ、ガ、リ、ニ、セ、ヌ、ト……チ、カ、イ……ヤ、ブ、ル、カ……」

 

 一音ごとに区切られた言葉は小さく震え、そこには毒のような怨念を感じる。

 だが翔太郎は(ひる)まなかった。

 

「うるせぇ! 鬼殺隊士になるのは、俺が決めたことだ!! お前が大お祖母様(ばあさま)とした約束なんか、知ったことか!」

 

 怒鳴りつける翔太郎に、女はギィィィと歯軋りのような音を立てた。ビロビロと風になびく布のような白い腕が、四方八方から翔太郎を包むように襲いかかってくる。

 翔太郎はグッと腰を落とすと、技を放った。

 

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

 女の白い腕はいったん、すべてが難なく微塵に切り刻まれたが、やはり鬼である。すぐさま再生して、緩急をつけた不規則な動きで翔太郎を翻弄する。

 

「ったく……何だってんだ。一反木綿でもあるまいに」

 

 ぶつくさ言いながら翔太郎は女の隙を狙った。今は女が薫を抱えている限り、手出しできない。

 

 一方、秋子は動きを止めた紅儡を注意深く見ていた。

『伍』の文字が刻印された瞳以外、『上弦』が刻印された無数の瞳は閉じたままだ。鬼を生み出す穴も閉じている。さっき血鬼術を放った腕も、拳を握りしめたまま動かない。

 翔太郎と戦っている女は別としても、紅儡本体は静かだった。翔太郎の言っていたように、薫が紅儡の中に潜り込んで、何かしら操作したのだろうか。

 だが長々と考えている暇はなかった。好機が訪れたならば、すかさず攻撃するだけだ。

 

「攻撃を一箇所に集中させよう。なるべく翔太郎と薫ちゃんから離れた場所、あっちに回って……」

 

 テキパキと綾子ら他の隊士に指示しているところに、数羽の鎹鴉が飛んできた。

 

「無惨、発見! 無惨、発見! 総員、集結せよ! 総員、集結せよ!」

 

 秋子は固まった。

 

「三好さん!」

「どうしますか?」

 

 矢継ぎ早に問われて、秋子はハッと我に返った。チラリと上であの気味の悪い女と対峙している翔太郎を見る。薫の姿は確認できない。

 

「三好さん……私は無惨を殺しに行きます」

 

 綾子が固い表情で宣言すると、他にも追随する隊士たちが後ろにつく。

 

「わかった」

 

 秋子は頷いてから、大声で叫んだ。

 

(つちのと)、二十歳以上の隊士のみ、無惨の元に向かう!」

 

 すぐに該当する隊士は秋子の元に集まった。だが当然、まだ己でなく十代の隊士たちは文句を言い立てる。

 

「そんな! 俺らは無惨を倒すためにやってきたんだ!!」

「俺らも無惨を殺しに行きます!」

 

 だが秋子は一喝した。

 

「あかん! 無惨への攻撃の主体は柱や! あの人らの邪魔になるような未熟者を連れて行って、勝機を逃すわけにいかん!! 下手したら無惨の餌になるやろが!」

 

 くそぉ、と悔しそうにつぶやく隊士たちに、綾子がなだめるように言った。

 

「この鬼を殺したら、合流して。救援、待ってるわ」

 

 秋子は交戦中の翔太郎に声をかけた。

 

「翔太郎、薫ちゃんのこと頼むで!」

「任せてください!」

 

 すぐさま返事が聞こえて、秋子はフッと笑った。「頼もしいこっちゃ」

 

 鴉が再び叫ぶ。

 

「無惨、発見! 無惨、発見! 総員、集結せよ! 総員、集結せよ!」

「行くで!」

 

 鎹鴉の先導で秋子たちは岩屋の外へと駆けだした。

 その場に残って指揮を任されたのは、岩の呼吸の隊士・佐戸だった。彼は自分もまた無惨討伐に向かいたかったが、綾子に止められた。

 

「まだあなたは十八でしょう?」

「でも、俺は(ひのと)です!」

「だからよ。ここに残す者は階級も低くて、年も若い。一人は指揮を()る人間が必要よ。あなた以外はいない」

 

 頑張りなさい、と半ば無理矢理に押しつけられて、佐戸は拒めなかった。綾子には何度か同じ任務で世話になっていた。淡い憧れを抱いていたというのもある。

 

「さっき三好さんが言っていたように、一箇所に攻撃を集中させよう! なるべく風見と、あの捕まっている人からは遠いところで」

 

 佐戸が残った隊士たちと共に場所を移動しているとき、翔太郎は長い黒髪の女を目の前にして歯噛みしていた。今すぐにでも技を繰り出して首を取りたいが、女が薫を抱きかかえている限り手出しできない。

 

「薫さんを離せ! 人質なら、俺がなってやる!!」

 

 半ばヤケクソで怒鳴ると、長く伸びた黒髪の間から、女がニィィと嗤うのが見えた。

 

「ソ、ウ……オ、マ、エ……コ、ノ、オ、ン、ナ……好キ……ナ、ノ、ネ」

 

 ゾワリと翔太郎の背筋に悪寒がはしった。

 女が長い指の先で、ツイーと薫の輪郭をなぞる。頬に一筋赤く傷がついた。

 

「コ、ノ、オ、ン、ナ、ガ……オ、マ、エ、ヲ、オ、ニ、ガ、リ、ニ……シ、タ」

「違う! やめろ!!」

 

 翔太郎が叫ぶと同時に、鋭い鴉の鳴き声が響いた。

 

「薫ゥ! 起キロォォ!!」

 

 紅儡の上で旋回していたのは、先程、無惨発見の報を他の鎹鴉とともに伝えに来ていた薫の鎹鴉・祐喜之介(ゆきのすけ)だった。

 

 

<つづく>

 




次回は2024.06.01.更新予定です。
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