【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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作中にて登場人物の台詞の中に差別的表現が出てきますが、あくまで人物を描く上での表現としての言葉であり、作者がそうした差別的な意向を持って書いたものではありません。ご了承の上、お読みいただきますようお願い致します。




最終章 (一)鬼狩りの終わり

(かおる)さんっ! 薫さんっ!!」

 

 翔太郎は薫の体を揺すったが、紅儡(こうらい)によって大量に血を吸われたらしい薫の顔は青白く、気をつけて耳をそばだてないと聞こえないほどに、呼吸も弱い。

 

「くっそ……あの鬼!」

 

 翔太郎はギッと管を伸ばしてきた紅儡の塊を睨みつけたが、既にそこには何もなかった。

 薫の血を吸い取っておきながら、結局、鬼らしく塵と消えたあとだった。

 いったい、何がしたかったのか……?

 

風見(かざみ)

 

 声をかけてきたのは、ミツの悲鳴を聞きつけて戻ってきた佐戸だった。

 

「俺らは行く。お前は、森野辺さんを救護所に連れて行け」

「嫌だ! 俺も行く!!」

 

 即座に拒絶する翔太郎に、佐戸は怒鳴りつけた。

 

「うるせぇ! お前みたいな片輪(かたわ)モンが来ても、迷惑なんだよ!」

「なっ、なんだとぉッ!?」

 

 翔太郎は一瞬血が上ったが、佐戸の何かをこらえるかのような苦しい表情に、罵声を押し込める。

 ギュッと手に持った刀を握りしめた。

 

「風見くん、森野辺さんが鬼にならないように……見張っておいて。さっき、風見くんも反対してたでしょ?」

 

 ミツがやわらかく声をかける。

 唇をかみしめて、翔太郎はコクリと頷いた。

 

「もし、森野辺さんの目が覚めても無惨との戦が終わってなかったら……そのときは、お前も一緒に来い」

 

 佐戸がポンと翔太郎の肩を叩いて言う。

 翔太郎は顔を上げると、睨みつけるように佐戸を見つめた。

 目の端が潤む。

 

「ま、心配しなくても。それまでに俺らが片付けておくけどな」

 

 別の隊士が軽い調子で言うと、その場にいた面々が同調した。

 

「おぅ。終わったら腹が減ってるだろうから、飯用意しとけ」

「俺は酒だ、酒。柱稽古の間は禁酒してたからなぁ。たらふく飲んでやる」

「まったく、馬鹿ばっかり」

 

 軽口を叩いてから、彼らは「じゃあな」と手を振って去って行った。

 遠ざかる背中が見えなくなるまで彼らを見送ってから、翔太郎は刀をチンと鞘にしまった。

 気を失った薫の手を掴み、器用に背中に担ぎ上げる。

 

「薫さん……きっと、あいつらやってくれますよ。だから……俺らは……生きないと……」

 

 ヒックヒックとしゃくり上げながら、翔太郎は薫を背負って瓦礫(がれき)の中を歩き出した。

 

 

◆◆◆ 

 

 

 その後の無惨との熾烈な戦いの中で、死んでいった隊士は数え切れない。

 

 秋子らは無惨発見の報を聞いて、その居場所を目指していたが、すぐにお館様からの一旦停止命令が下り、混乱しているところで例の地震のような揺れに襲われた。

 上昇していくと同時に、あべこべに連なる無数の部屋が(たわ)んで潰れていく。

 

「あかん! 皆、ともかく上へ急げ!!」

 

 数名の脱落者を出しながら、秋子らはどうにか地上へと出た。

 鴉からの急報によって、再び無惨の元へと向かうと、今しも恋柱の甘露寺蜜璃、蛇柱の伊黒小芭内、水柱の冨岡義勇が戦っているところだった。

 初めて見た無惨への(おのの)きと、あまりにも速すぎる戦闘状況に、すぐに入ってはいけなかったが、柱の動きが妙に止まった一瞬の間隙。無惨の容赦ない攻撃が始まるであろうその瞬間に、突撃する。

 

「今だーッ! 前に出ろォォッ!!」

「一人でも無惨を殺せる剣士を守るのよ!」

「柱を守れえェッ!! 全員で盾になるんやぁッ!!」

「臆するなーッ! 戦えェーッッ!!」

 

 このとき、突入した隊士の生き残りは皆無だった。

 

 その後、翔太郎と別れた佐戸らもまた、柱全員による総攻撃が行われている中で、せめて一太刀でもと食い下がったが、無惨の化け物じみた攻撃と、再生能力の前に、為す術もなくやられていった。

 

 彼らの中で生き延びたのは、田上ミツだけだった。

 彼女は無惨の攻撃を受けそうになったところを、佐戸によって庇われ、建物の壁に吹っ飛ばされ気を失った。その後、意識を取り戻し、巨大な赤子と化した無惨をどうにかして日光にさらすべく、(かくし)らと一緒に力を尽くした。

 無惨がとうとう朝日の中に消えていき、皆で快哉(かいさい)を叫んで一息ついたと思ったら、隊士の一人・竈門炭治郎が鬼化したことで、再び戦闘が開始。

 柱は既に水柱が残るのみ。

 その水柱の号令の元、鬼となった炭治郎を滅殺すべく刀をとったが、炭治郎の強さは尋常でなかった。

 無惨に似た、骨が連なったような奇怪な触手を振り回し、咆吼と同時に地が震える。

 異様な攻撃によって、ミツは足の腱を切られて動けなくなり、元より連戦による負傷で相当に失血していたのだろう。そのまま倒れて意識を失った。

 

 その後に鬼化した炭治郎が元に戻って、ようやく大団円を迎えたのは語るまでもない。

 無惨は殺され、鬼殺隊は数百年に及ぶ宿怨を晴らしたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 壮絶な戦闘が終わり、まるで焼け野原のようになったその場所にやって来た房前(ふささき)律歌(りつか)は、テキパキと隠らに指示をした。

 

「とにかく、生きてる人間! 生きてる人間を見つけて!! 中等重症者を最優先に救護に当たって」

 

 それは既に手の施しようのない重傷者については、治療の優先順位を下げるものだった。こうまで怪我人が多いと、全員をまんべんなく診療できない。すべての人間を助けたくても、限界はある。だから最低限、生き残る可能性のある人間から治療をするように、(かくし)らにも厳命していた。

 

「房前さん! 風柱様の容態が!!」

 

 隠に言われて、あわてて不死川実弥の元へと向かう。

 既に現場にいた隠によって、最優先で救護されていた実弥は、点滴をうけて一度は意識を取り戻していたらしいが、今はまた昏睡状態に陥っていた。

 

「そりゃ、そうでしょ。これだけ失血したら」

 

 律歌はあきれたように言いながら、鞄からあらかじめ用意していた実弥の血液の入った特製の革嚢(かわぶくろ)を取り出した。

 那霧(なぎり)博士による研究成果により、血液凝固を起こさないように特殊な薬品の入った血は、そのまま輸血に使えるようになっていた。

 実弥の血液は特殊で、稀血(まれち)という鬼を酔わせる特性のほかにも、どの人間に輸血しても拒絶反応を起こさない。だがそれは諸刃の刃でもあり、自身の血は誰のものも受け付けないのだった。故に、律歌は嫌がる実弥から定期的に血を採っていたのだが……

 

「ようやく本人の役に立つときが来たようね」

 

 手早く腕に注射針を刺して、輸血を始めると、徐々に頬に赤みも戻ってきた。

 

「このままなくなるまで続けて。その後、脈をみて問題ないようなら、蝶屋敷に運んで」

 

 実弥への処置を終えると、次には水柱の冨岡義勇を診察したが、柱の中で唯一意識のある状態とはいえ、もはやこちらはフラフラだった。

 

「あんたねぇ……痩せ我慢もたいがいにしなさい」

 

 失った左腕のほかにも、全身が傷だらけだった。

 とりあえず全部の傷の応急処置を終えても、一向に気を休める様子もないので、コツンと額を打つとあっさり倒れた。

 何が起こったのかわからない様子の水柱を、担架に乗せるように隠に指示する。

 

「いい加減、寝なさい。まだ若いんだから、寝たら回復するわよ」

 

 担架に乗せられても、大丈夫だからと起き上がろうとする水柱の額を、律歌は容赦なくベシリと打った。そのまま気を失って、ようやく眠りにつく。

 

 鬼化したという竈門炭治郎については、一応藤からつくった眠り薬を注射してから、軽傷の隊士らを付き添わせておいた。

 妹の禰豆子もついているので、おそらく問題ないだろう。

 その後は猪の被り物をした隊士やら、黄色い髪の隊士やらが、治療しながらうるさかったので、思いきり染みる軟膏をべったりつけてやって、とっとと蝶屋敷へと送り込む。

 

 最後に胡蝶姉妹らの妹分でもあった栗花落カナヲの手当を行いながら、話しかけた。

 

「彼岸朱眼を使ったのね……」

「……はい」

「がんばったわね、カナヲ。カナエもしのぶも……きっと、大喜びよ」

「…………はい」

 

 そのとき初めて、律歌はカナヲの涙を見た。

 嬉しそうに笑いながら泣く顔に、ホッと安堵する。

 しのぶはカナヲがあまりにも自分というもの、自分の感情に頓着がないことを心配していたが、多くの仲間と出会って少しずつ変化し始めているのだろう。この先も、きっと彼らと共にカナヲは成長していく。

 

 救護者を運び終えたあとに残っているのは、死者のみだった。

 閑散とした中、律歌は隠に案内されて、死んだ悲鳴嶼行冥の前に立った。

 力を失って座っているその人を、じっと見下ろす。

 相変わらずのデカい図体はボロボロだった。

 他の柱から最強とまで認められていた悲鳴嶼をしてこの有様であれば、無惨というのがどれほどの化け物であったのか……よくも勝てたものだと、戦慄と安堵で律歌は震える息を吐いた。

 その場にしゃがみ込んで、顔を覗き込む。

 

「あら……」

 

 律歌は思わず声をあげた。

 無惨にやられて死ぬことに悔しさを滲ませているのか、それとも長き戦いに勝利してやり切ったと、清々(せいせい)した顔をしているかと思っていたが、悲鳴嶼は意外にも優しげに微笑んでいた。

 

「いい顔してるじゃない。もう向こうで……会えたのかな?」

 

 昔、悲鳴嶼が一緒に暮らしていたという孤児たちの話を思い出し、律歌は話しかける。

 目の見えない自分を、子供たちは結局信用していなかったのだと、無表情に語り、時に恨み言を言うこともあったが、当の本人が一番それを信じたくなかったであろうことを律歌は知っている。

 本当は子供たちを失い、唯一庇った少女までが自分を化け物だと言ったことに深く傷つき、悲しんでいた。

 鬼によって失われた平和な時間を、なにより大事に、愛しく思っていた。

 だからこそ、他の追随を許さぬほどに自分を追い込み、鍛え上げて、平凡な日常を奪う鬼を滅殺することに躊躇しなかった。……

 

「今頃、いっぱい文句言って……叱ってたりするのかな?」

 

 律歌は問いかけたが、最後は涙がまじって声が震えた。

 答えがないのを確認して、零れた涙をぬぐい、立ち上がる。

 風が吹いて、涙のあとを撫でた。

 

 ふと、悲鳴嶼の声がした。

 

 

 ―――― お前の言う通りだった……

 

 

 律歌はしばし固まった。

 どういう意味かと考える間もなく、脳裏に、初めて悲鳴嶼が孤児たちの話をしてくれた日のことが思い浮かんだ。

 

 

 ―――― 子供というのは……無自覚に人を傷つけ、そのことを知ることもない。私の言うことを聞かずに逃げた子も、沙代も、所詮は私を信じていなかったのだ……

 

 

 苦々しく言った悲鳴嶼に、律歌は納得できなかった。

 

 

 ―――― 悲鳴嶼くんと一緒に暮らしていた子達が、そんなに薄情者だったとは思えないよ……

 

 

 律歌はもう一度、悲鳴嶼を見つめた。それからフッと笑った。

 

「そうでしょうよ。私は人を見る目があるんだから」

 

 踵を返し立ち去りかけて、律歌は振り返った。心の中で呼びかける。

 

『今は、ゆっくり休みなさい。私がそっちに行ったら、たーくさん文句をぶちまけてやるから! でも、まだしばらくは……』

 

「……こっちで頑張るわ」

 

 自分に言い聞かせるように、あるいは悲鳴嶼に誓うかのようにつぶやいて、律歌はその場を後にした。

 

 

<つづく>

 




次回は明日2024.06.09.更新予定です。
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