【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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最終章 (四)『伴屋宝耳』という男

「チッ!」

 

 苛立たしげに舌打ちしたのは、もう何度目だろうか。

 実弥はまた不本意な墓参りをしていた。以前にも似たようなことがあったのは、まだ記憶に新しい。

 どうしてこうもいつも、アイツは簡単にいなくなるんだ! と、目の前にいたら怒鳴りつけてやりたいが、当人がいないのはどうしようもない。

 

 薫の妊娠がわかったあと、実弥はつきっきりで看病したいくらいだったが、当然ながら律歌(りつか)は却下した。

 

「今、アンタが側にいたって、どうしようもないでしょ」

 

という、にべない返事だったが、今にして思うと、無理にであろうが、それこそ無許可だろうが、(そば)についておくべきだった。

 よりにもよって妊娠が明らかになったその日に、薫は夜中に目を覚まし、そのまま行方を晦ましてしまったのだ。

 

「すっ、すっ……すみませ……すみません! すみません!!」

 

 意識を取り戻した薫と話したという星田(ほしだ)八重(やえ)は、薫が行方不明だとわかると何度も謝った。

 

「起きてすぐにあんなもの見せるんじゃありませんでした! 私が悪かったんです。本当に、本当に……すみません!!」

 

 薫が無惨との戦闘で死んだ人間について尋ねてきて、一人一人について答えるのもつらかったために、生死者の名簿を見せたのだという。

 生前、多くの隊士と接していた薫には、僚友の死はつらかったのだろう。自分が眠っている間に戦闘が終わってしまったということも、責任感の強い薫にはいたたまれなかったのかもしれない。

 

 そのままメソメソと泣いててくれればよかったのに、また姿を消したのだ。

 なんだって、いつもそうなんだと文句も言いたくなる。

 しかも厄介なことに、律歌曰く、薫は自分の体のことを自覚していないだろう……ということだった。

 

 宇髄天元と我妻善逸の()()によって、おそらく赤子がいるのだろうということは推測されたが、正式に医者に診てもらうのは後日となったため、律歌はまだ八重らに薫の妊娠を伝えていなかった。もし知っていれば八重は薫にそのことを伝えたであろうし、それを聞けば薫がこんな無茶をすることもなかっただろう。

 色々と具合の良くない事情が重なってしまったのだ。

 

 だとしても。

 

「なんでいなくなるんだよ!」

 

 実弥は人通りの少なくなった道で、ひとまず怒鳴った。

 ともかく一度吐かないとやっていられない。

 

 この数日、また薫を探す日々になっている。

 前にも薫が死を覚悟したときに、知人の墓を巡っていたので、実弥は同じように探し回っていた。

 正直、まだ無惨戦のあとの痛みの残る体だったが、弱音など吐いていられない。

 とりあえず匡近の墓を始めとする東京、関東近郊の知り合いの墓は見て回ったが、薫が来た形跡はなかった。また、篠宮(しのみや)東洋一(とよいち)の墓のある信州まで行かねばならないかと、駅まで来たときにばったり会ったのは伴屋(ばんや)宝耳(ほうじ)だった。

 

「おや、風柱様。相変わらず、殺伐としたお顔でんなぁ。せっかく鬼も根絶やしにしたというのに、もうちぃとやわらかーい顔にならんと、お嬢さんも逃げまっせ」

「…………」

 

 よりによって、この一番気が立ってるときに、一番苛つく奴に、一番触れられたくないことを言われて、実弥の仏頂面はますます険悪なものになった。

 しかしこの目の前の男がこの程度のことでビクつくわけもない。

 

「ホホッ。おや、まぁ。お嬢さんの話になった途端に、より一層怖い顔になってもうて。どないしましたんや? 早速、ケンカでもして逃げられでもしましたんか?」

 

 実弥は眉を寄せた。

 

「お前……知ってるのか?」

「は? なにがです?」

「…………あの馬鹿、またいなくなりやがった」

 

 実弥がボソリと言うと、宝耳はキョトンとなったあとに、ハッハッハッと大笑いした。

 

「なんやぁー。まぁーったく、おたくら二人は相も変わらずでんなぁ。そうやって鬼ごっこでもしとりまんのか? もう鬼がいなくなったよってに」

「お前、フザけんな! こっちは真剣に……」

「へぇへぇ。ほんで、こっちでの目星のついたところはあらかた回った……いうところでっか? 今から行くとすれば、篠宮老人のとこかいなぁ?」

 

 あっさりと宝耳は見抜く。さすがに以前、同じように薫を追いかけ回していただけある。しかし宝耳はその可能性については否定した。

 

「ワイの見るところ、もしお嬢さんであれば、老人への墓参りは風柱様とご一緒に参りそうなもんですけどな。こうしてせっかく二人揃って生き残ってるんやし。もし、一人でどこぞに……というなら、そやなぁ……銀二の墓にでも行っとるんと()ゃうやろか?」

「銀二? 誰だ、それ」

 

 聞き返しながら、実弥は何かモヤモヤしたものを感じた。

 どこかで聞いたことがあるような気がする……。

 

「銀二、言うのんはお嬢さんが子供の頃に世話になった博徒(ばくと)の男ですわ。その部類の男にしちゃ、学のある奴やったようでしてな。文字やら、簡単な算術を教わったと言うとりましたな」

 

 話を聞きながら、実弥は自分の記憶の中で、どうもその男の印象があまり良くないのがわからなかった。なんだか、ひどく面白くない。

 宝耳は知ってか知らずか、そんな渋い顔の実弥に、銀二の話を続ける。

 

「最初、行ったときにはわからんかったんですけど、その後に男が埋葬された墓が分かりましてな。まぁ、いうてもそこらの無縁仏を集めたもんでしたけど、一応、お嬢さんにはお知らせしておきましたんや。知りたがってましたんでな」

「……そこに行ってるっていうのか?」

「そら、わかりまへんわ。お嬢さんの考えとることやったら、ワイよりも風柱様のほうが()()()()見当もつきまっしゃろ?」

「お前、本当にいちいち鬱陶しい野郎だな」

「褒め言葉ですわ、有難いなぁ」

 

 まったくもって嫌味も暖簾に腕押しの宝耳に、何か言うだけ無駄だった。一応、手がかりをくれただけ感謝すべきだろう。

 別れの挨拶もそこそこに実弥は汽車に乗ると、宝耳に教えられた銀二という男の墓を目指した。

 

 

 実弥と駅で別れたあと、宝耳が訪れたのは産屋敷家の仮寓であった。

 

「貴様……」

 

 薩見(さつみ)惟親(これちか)は宝耳の姿を見るなり、目を剥いて絶句する。

 その様子を見て、宝耳は薄ら笑んだ。

 

「えろぅ驚いてまんなぁ……伯爵。ワイが生きとるのが、そないに意外でっか?」

「貴様……なぜ?」

「生憎でしたなァ、伯爵。お館様……耀哉はワイに無惨を案内させて、そのまま無惨諸共にくたばってほしかったようやけど、憎まれっ子世に(はばか)るの言葉通り、五体満足に生かしてもろうてますわ」

 

 いけしゃあしゃあと(うそぶ)く宝耳を、惟親は精一杯睨みつけた。だが、一方で背に冷や汗が噴く。

 

「何をしに来た?」

「…………けじめをつけさせてもらいに」

輝利哉(きりや)様に何をする気だッ!?」

 

 惟親が怒鳴りつけると、宝耳はニンマリと笑った。

 

「どないする気やと思います?」

 

 その言葉が言い終わらないうちに、惟親は袖口にひそませておいた暗器を投げようとしたが、敵うはずもなかった。あっさりと宝耳に肩をつかまれ、ドスリと背後の太い柱に押しつけられる。

 

「無体なことをなさるなぁ、伯爵」

 

 低くつぶやきながら、宝耳は惟親の肩をゴキリと外す。

 ウアッ! と惟親は悲鳴を上げるとその場にしゃがみ込んだが、そこを上から宝耳に背中を踏みつけられた。みっともなく床に倒れ込んだ惟親に、宝耳は不思議そうに首をひねる。

 

「なんや、知らん間に嫌われたもんやなぁ、ワイも。なぁんでそないに嫌われてもうたんやろ? これでもずいぶんと役に立ってきたと思いますんやけどなァ」

 

 のんびりと言う宝耳に、惟親はギリッと奥歯を噛みしめた。

 

聡哉(さとや)様を……殺しておいて、よくも……」

 

 宝耳は惟親が呻くように言うのを聞いて、眉を上げると、足を背中からどけた。その場にしゃがみ込むと、惟親の髪を乱暴に掴んで持ち上げる。

 

「なんやて?」

「お前が……聡哉様を殺したんだろう!?」

「は。聡哉様は病で亡くなった……と、当時の柱どもには伝えておったように思いますがな」

 

 惟親はギリギリと歯軋りしながら宝耳を睨みつけると、低く唸るように吐き出した。

 

「耀哉様が……お前を見たと仰言っていた」

「……はて?」

「聡哉様が亡くなった部屋から出て来るお前を見たと……。確かに、聡哉様は自ら死を選ばれた。遺書もあった。耀哉様は聡哉様(おちちうえ)の遺思を汲んで、隊内に動揺なきよう、病死として発表された。だが、誰よりもご存知でいらっしゃったんだ。あの日、何があったのかは……。あの方は、明敏でいらっしゃるあの方は、すべてご存知の上で、お前に何も言わなかっただけだ!」

 

 涙ながらに叫ぶ惟親を、宝耳は冷たく見ていた。軽く肩をすくめる。

 

「結局のところ、聡哉の気の弱さが招いたことでっしゃろ? 自殺しよったんは。ワイはせいぜい、()()()()()()()()()()哀れな病人の介助をしたっただけや」

 

 ふてぶてしいまでに後悔を見せない宝耳に、惟親はますます激昂した。

 

「そもそもは……お前が聡哉様に死を選ばせたんだ!!」

「どういうことでっしゃろ?」

「耶香子様の家のことで、お前が勝手をしたから……気に病まれたんだッ」

「…………」

 

 まるでそんな昔のことは忘れてしまったとばかりに首を傾げる宝耳に、惟親は腹が立つと同時に、どうしようもなく救い難いものを感じて、胸の奥に暗澹とした無力感が積もった。

 

 先代 ―― いや、もう先々代となってしまった産屋敷家の当主・聡哉は、産屋敷家に長く伝わる鬼創生の呪いによって命を終えたと思われているが、実際には、その父と同じく自死を選んだのだ。

 それは短い生の中において常々離れることのなかった隊士(こども)らに対する慚愧の念もあったろうが、それ以外にも色々な要因があった。

 鬼によって親を殺された孤児らを集めて孤児院を開設したものの、そこを任せた院長らによる児童虐待が明らかになり、子供らが逃げてしまったということもあっただろう。加えて、聡哉の妻である耶香子の兄が、産屋敷家の財産を横領していた事実も発覚した。

 信頼していた人間の、相次ぐ裏切り。

 それだけでも聡哉には相当の負担であったはずだ。

 だが、より聡哉を苦悩させたのは、それらの件についての宝耳の対応だった。

 

 彼は一連の事件の解決策として、首謀者らを藤襲山に送った。

 横領の件については、耶香子の実家が補填(ほてん)すると謝ってきて、どうにか決着をつける予定であったのに、宝耳は親族間での協議など拘泥(こうでい)もしなかった。兄が鬼に殺され食われたことを知った耶香子はさすがに肝を潰し、その後、自らの兄の不行跡(ふぎょうせき)を詫びて産屋敷家を出た。

 頼りにしていた妻までも追い込んでしまったことで、聡哉の心労は極限に達したのであろう。

 

「鬼も人も、神仏も……醜いものは醜いのだな」

 

 病床でポツリとつぶやいた聡哉の言葉が忘れられない。

 失意のなか、聡哉は自ら命を絶った。

 もはや残り少ない命数にあっても、それ以上、生きていることが耐えられなかったのか……。

 

「お前が余計なことをしなければ……聡哉様は、天寿を全うできたんだ!」

 

 惟親が叫ぶのを、宝耳はキョトンとして見ていた。

 

「そないなこと言うても、産屋敷を馬鹿にしたならば、相応の()()()()をするのが()()やないか。そもそもはお前さんの仕事やで」

「事と次第によってだ! 穏便に済むならば、それで良かっただろうが。ただでさえ常日頃から隊士らのことも気にかけて、心を痛めておられたというのに……」

「勝手やなぁ」

 

 宝耳はあきれたように言って、手を離した。

 ベタン、と惟親の顔が床に落ちる。

 

「それでお館様 ―― 耀哉は、 ワイを恨んで、父の仇とばかりに殺そうとしやはったんかいな」

「…………遺言だ」

 

 惟親は片手でゆっくり起き上がって、柱によりかかった。

 

「聡哉様が言ったんだ。無惨を殺したあとには、お前を生かしておいてはならないと」

「…………フン」

 

 宝耳は(わら)った。

 やれやれと首を振ってから、急に惟親の胸ぐらを掴むと、また柱に押しつけた。

 すさまじい力で持ち上げられ、浮いた惟親の足が(くう)を掻く。

 

 宝耳は真っ直ぐに惟親を見つめながら問うた。

 

「ひどいことをしているのが、どちらなのか……お前はわかっているのか?」

「…………な……にを」

「あの日、お前らが俺にしたことが何だったのか、わかっているのか?」

「…………」

 

 だんだんと宝耳の人を食ったような笑みが消えて、無表情になっていく。

 何も見ていないかのような空洞の瞳。

 惟親の背にゾクリと戦慄がはしった。

 

「お前……一体…………誰だ?」

「誰か? と、お前が尋ねるのか。お前らが俺を()()()()()()。よりによって、俺が一番、()()()()()()()()()()()()()……。よくも言えたものだ」

 

 その顔はよく見知った顔であるのに、見知らぬ男のように見えた。

 その声も聞き覚えがあるのに、馴染みの関西弁が一切なくなって平坦な口調になった途端に、言葉の通じぬ異邦人と化した。

 

「宝耳……」

 

 惟親が息も絶え絶えに呼ぶと、宝耳はふっと力を弱めた。

 ゆっくりと惟親を降ろして、手を離す。

 惟親はヘナヘナとその場にくずおれた。

 

 ニコリ、と宝耳が笑った。

 あの日、聡哉に「君は伴屋宝耳になるんだ」と言われたその時のように。

 

「まぁ、心配せんでも。無惨も()ぅなって、今更、輝利哉様の首を取るような阿呆な真似はしよりませんわ。なんの意味もなし。ワイが来たのは、ま、ここらでお別れの餞別でも貰えんやろかと思いましてな。土地と株、それに当面の金」

「…………」

「心配せんでも、それ貰うたらこの国から離れますがな。満州あたり、色々と面白そうなことになっとるようやし」

「…………勝手にしろ」

 

 惟親が吐き捨てるように言うと、宝耳はヒラヒラと手を振ってその場を立ち去った。

 

 

 もらうものをもらって宝耳が外に出ると、そこにいたのは春海(はるうみ)だった。鬼の探索を行う鬼蒐(きしゅう)の者であったが、鬼の出没がなくなったあたりから、事実上解散している。

 

「なんや、お前。もう鬼殺隊も()ぅなったし、手切れ金たんまり(もろ)て、どこぞで楽隠居しとりゃえぇやろ」

 

 軽く言った宝耳の前に進み出ると、春海はニコリと笑った。

 

「幼き頃に拾っていただきましたご恩をまだ返せておりませぬ」

「あんなモン……金を出したのは産屋敷やし、ワイが助けたわけでもない」

「私は宝耳様に助けてもらったと思ぅておりまする。あの日、あの場で、親方の折檻から助けて下さったのは、宝耳様でござりまする。産屋敷(なにがし)ではござりませぬ」

 

 穏やかな口調ながら、いつになく頑なな春海の態度に、宝耳はため息をついた。

 

「ワイなんぞについてきても、鬼殺隊にいるときより苦労しよるぞ。これから満州に行くし、その後もどこぞまで行くやしれん」

「……許される限り、どこまでもついて参る所存」

「酔狂やなぁ」

 

 宝耳はポリポリと耳裏を掻くと、歩き出した。

 春海はその後をついて行く。

 

 彼らの道行きを、春の月が照らしていた。

 

 

<つづく>

 




次回2024.06.22.更新します。

なお、先代お館様については、原作設定と食い違いますが、公式の詳細な発表前に先代お館様について書いていたので、齟齬が生じております。申し訳ないですが、ご了承ください。

2025/5に多少の修正を行っております。
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