【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 邂逅(三)

 腹も減っていたので、匡近は薫の作ってくれた食事を早々に食べ終えた。冷めてしまったが、やはり猪肉の味噌焼きは最高にうまかった。

 東洋一(とよいち)と酒盛りを始めたところに薫が姿を見せた。

 

「先生、それでは先に(やす)ませていただきます」

「お、そうか。あ、きんぴら勝手に貰っとるぞ」

 東洋一はさっきの実弥とのやり取りのことなど、すっかり忘れた様子でご機嫌だった。

「どうぞ。そのつもりで買ってきましたから。でもあまり過ごされませんように」

 薫は笑いながら、きっちりと釘を刺す。

 

「師匠、どこか身体の具合悪いんですか?」

 匡近が尋ねると、東洋一はブンブンと首を振ったが、薫は鋭く言った。

「籠島先生から程々に、と注意されていますよね」

 村医者の名前が出たのが、少し意外だった。なにか病気に罹っているのだろうか…?

 それは年齢を考えてみれば不思議ないことではあったが、自分が弟子の頃の、闊達な師匠を知っている匡近は、ちょっとばかり驚いた。

 

 しかし東洋一自身は納得いってないらしい。

「大丈夫だってのに……」

 子供のように拗ねる東洋一に、薫はダメ出しのように付け加えた。

「里乃さんからも、重々、言われております」

 女二人から咎められては東洋一もたまったものではないだろうなぁ…と匡近は内心で同情した。あくまでも内心でしか無理だが。

 

 薫は匡近を見つめると、ニコと笑った。

「粂野様、先程はご挨拶もせずに申し訳ございません。改めて、森野辺薫と申します。向後、よろしくご指導下さいませ」

 深々とお辞儀され、匡近はどう返せばいいのかが咄嗟に出てこず、「あぁ、うん」と適当な返事をするしかできなかった。

 

 次に薫は実弥の方へと向き直ると、同じように深々とお辞儀した。

「先程は、失礼しました。実弥さんだと気が付かなくて……不快な気分にさせてしまって申し訳ございません」

「…………」

 実弥は眉を寄せたまま、薫を見ようとせず、仏頂面で酒を舐めた。元々好きでもないので、尚の事不味いに違いない。

 

「これからは、妹弟子としてよろしくお願い……」

 薫が言い終わらないうちに、実弥は切り裂くように冷たく言い放った。

「認めねぇ」

 ようやく和んだにみえた空気が、また一気に硬直した。

「俺は、お前なんぞ認めねぇ。とっとと出ていけ。森野辺の……子爵が亡くなったとしても、ツテはいくらでもあるはずだ。だいたい、お前、許婚者(いいなずけ)がいたはずだろうが」

 匡近はもちろん、東洋一もそれは初耳だったらしい。「えっ?」と、思わず声が出ていた。

 

 しかし薫はうっすらと笑って否定した。

「そんな事、お父様が亡くなった時点で破談です。それと、私はここを出ることは致しません。先生からも入門許可を頂いておりますから」

 

「お前には無理だっ()ってんだ!」

「それを決めるのは実弥さんではなくて先生だと思います」

「俺は今日だって鬼、殺してきてんだぞ! お前に奴らの相手なんか、できるわけがないだろうが!」

「今は無理でも……実弥さんだって、先生のところで修行したから、今があるんじゃありませんか! だから私だって修行しているんです」

「いくら修行したって無駄だ! とっとと出てけっ!!」

「……実弥さんに言われる筋合いじゃありませんっ!」

 

 匡近は呆然とし、東洋一は途中からあきれたようにグビグビ呑んで、既に酒のアテにしている。

「し、師匠……止めてくださいよ」

「無駄じゃ。こんなもん、兄妹(きょうだい)喧嘩みたいなモンだろ~」

「兄妹…って」

「あー……今日はすこぶる酒がうまい。お前も来たし、あの馬鹿も、お嬢さんも楽しそうで何より」

「どこが楽しそうなんですか……」

 匡近が溜息をついていると、隣にいた実弥がいきなり怒鳴りつけてきた。

 

「匡近っ、テメェもこいつに辞めるように言えっ!」

「えぇぇ??」

「粂野さんは関係ないでしょう。それに、実弥さんと違ってちゃんとご指導くださると、さっき約束して頂けましたから」

「や…約束?」

 返事をしただけで、特に何かを約束した覚えはないのだが……。

 

 しどろもどろになる匡近に、東洋一がとうとう大笑いした。

「おもしろいなぁ、お前ら。儂はいい弟子達を持ったな~」

「ふざけんな、ジジィ! テメェが元凶なんだよ!」

「先生、笑ってらっしゃる場合ですか。ちゃんと実弥さんを諌めて下さい!」

「………」

 もはや匡近は脱力するしかなかった。

 最終的に結論など出るわけもなく―――――

 

 

「明日も早いので、失礼します」

 薫が未だに納得していない表情で頭を下げ、去っていこうとすると、実弥が不機嫌極まりない声で呼び止めた。

「おい」

「……なんでしょうか?」

「俺を名前で呼ぶな」

 一瞬、薫は困惑したようだった。実弥はジロリと睨みつけて、言い重ねた。

「俺の名前を呼ぶな。呼んでも、返事しねぇからな」

 薫は怒ったのか呆れたのか、肩を上下させて深呼吸すると、

「かしこまりました。不死川様」

と、冷たい口調で実弥の名字を呼び、再び礼をして去って行った。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 翌朝、目覚めると隣で寝ていたはずの実弥の姿は既になかった。

 匡近は欠伸をしながらうーん、と背伸びをしかけて、頭を押さえた。

 昨夜はほとんど東洋一の相手を匡近がしたので、軽く二日酔いだった。せっかく稽古のために訪れたというのに、これでは一日を無駄にしかねない。

 

 気合を入れて立ち上がった時、ちょうど薫がお盆に湯呑を載せて現れた。

「おはようございます」

 丁寧に挨拶されたものの、昨夜の実弥との喧嘩の剣幕を思い出すと、複雑だ……。

「あ、お…おはよう」

 戸惑いながら挨拶を返すと、薫は「どうぞ」と湯呑を差し出した。緑茶かと思ったら、梅干しがお湯の中に沈んでいる。梅茶だ。

 

「すっきりしますよ」

「ありがとう」

 二日酔いには有難かった。確かに東洋一の云うように、鬼狩りの剣士よりも向いている職業がいくらでもありそうなものだ。

 

「昨夜はご迷惑をおかけしました」

「いや、どっちかと言えば実弥の方が悪いから……言い方の問題なんだけどね」

「言い方?」

「ちゃんと君のことを心配しているから、って言えばいいんだけどねぇ」

「心配?」

 薫は不思議そうに尋ね返してきた。「どうして実弥……不死川さんが私の心配をするんですか?」

 

 匡近は返事に詰まった。本気で訊いているのか? と言いたかったが、薫の顔を見る限り、どうやらとぼけているわけではないらしい。

「えぇと……だって、知り合いだったんだろう?」

「知り合いではありますけど、そんな心配していただくような間柄ではないです。不死川さんとはたまに会って喋ったことがあったくらいで……」

 言いながら、薫の気持ちは少し落ち込んだ。

 自分はずっと実弥達のことを気遣ってはいたが、むこうは会うなりあの態度で、ずっと怒っている。本当は会いたくなかったのかもしれない……。

 

 言葉が途切れて俯いた薫に、匡近は戸惑った。

「えーとぉ」と言葉を探しながら、頭をガシガシ掻いた。

「君は…実弥の弟妹(きょうだい)と仲が良かったって言ってたろ?」

 薫は顔を上げると、「はい」と笑った。

 

「寿美ちゃんっていう子と、一番よく遊んでました。私は一人っ子だから、妹みたいで…よく髪を結ってあげたりして……」

 懐かしそうに話す薫はとてもやさしい顔になっていた。心底、その子のことを可愛がっていたのだろう。

「じゃあ、実弥にとっては妹の友達だ。そんな子が鬼殺隊に入る、なんて言ってきたら、そりゃあ……心配するよ」

 薫はしばらく考え込み、「そうですね」とつぶやいた。

 

「それなら、わかります」

「うん。そういう事」

「確かに、私も寿美ちゃんのお兄さんが危ないことをすると聞けば、止めると思います」

「………?」

「だとすれば、実弥さん…じゃない…不死川さんの事を、私が止めるのも理由がありますよね? 私が不死川さんに鬼殺隊を辞めるように言うこともできるってことですね」

「え…えぇぇ?」

 匡近は混乱した。いきなり方向が変わった気がする。

 

「いや、言っても……実弥は、たぶん、辞めないと思うよ」

「わかってます。私は止める気はありません。どれほど辛い思いをして覚悟したのかは、想像できますから……。だから、私の方も諦める気はない、と、不死川さんにお伝え下さい」

「はい?」

「私の話なんて、最初(ハナ)から聞く気もなさそうなので。今朝も挨拶したんですけど、まったく無視されました」

 冷たさを孕んだ微笑が怖い。

 妙な成り行きに巻き込まれたなぁ……と、匡近は内心で溜息をついた。

 

「隊服、洗いますので持っていきますね」

 薫はもうその話題については終わったとばかりに、籠に置いてあった隊服に手を伸ばした。

 慣れた様子で、手際よくポケットの中のものを出していく。

 

 小銭やら切符やら洟紙やらがポイポイ出てきたが、実弥の隊服から破れた小汚い道中財布を見つけた時に、ピタリと止まった。

 じぃっと眺めていたが、ふっと顔が綻んだ。

「……ボロボロじゃないですか」

「あ、それ。大事なモンみたいだから、捨てないでやって。小銭が落ちるから買い換えろって言ってんだけどさ」

「……そうですか。じゃあ、繕っておきますね」

 薫は財布からお金を取り出して匡近に渡すと、隊服と一緒にその道中財布も抱えて持って行った。

 

 

 匡近は薫が去ったことを確認すると、長い溜息をついた。

 

 ――――― なんか…朝から緊張した………。

 

 ズズズと梅茶を飲んで、再び溜息をつく。

「森野辺……薫……か」

 つぶやいて、バタリと横になると、再び目を瞑った。

 

 朝日の中でツバメが鳴いている。

 おそらく次に目を覚ますのは、実弥に蹴られてだろう……ということも予想しながら、匡近はしばらく惰眠を貪ることにした。

 

 

 

<つづく>

 

 

 

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