【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
「実のりちゃんのときにも思ってたけどさ、玄一にはまたもう一つ輪をかけて子煩悩だったね」
往事を思い出し、
「実のりに出来なかった分も、っていうのもあったのかもしれません。お陰で私も随分とラクをさせてもらえました」
「本当にね……」
律歌はその頃を振り返り、目を細める。
本当に……
「ちょっと不死川。あんた、赤ん坊育てるのは母親だけじゃないんだからね」
なんて釘をさしていたくらいだったのだが、そんなことは杞憂であった。
赤ん坊の世話は、むしろ律歌よりも手慣れているくらいだった。
鬼殺隊に入る前、まだまだ幼かった弟妹たちの面倒をみていたというから、まさしく昔取った杵柄であった。
いまだに思い出す。
温かな光の射す午後。
薫の弾くピアノを聴きながら、実のりと玄一を寝かしつける元風柱。
かつては凶悪とまで恐れられたその瞳は、穏やかに微笑み、愛しげに子供たちの寝顔を見つめている。
幸せそうな……いや、本当に幸せな家族、そのものだった。
それはきっと多くの鬼殺隊士が思い描いた平和な世界の、一つの姿であったろう。…………
命を散らした盟友たちが、律歌の胸中を過ぎ去っていく。
不意に涙がこぼれそうになり、律歌はあわてて洟をすすった。
誤魔化すように辺りを見回して、部屋の奥に鎮座するピアノを見つける。
「あのピアノ……懐かしいねぇ。今も弾いてるの?」
「えぇ、もちろん。必ず一日一度は弾くようにしています。今は学校の音楽の授業で弾く曲の練習が多くなってきましたけど」
「そうなんだ。フフッ、このピアノを買うときの不死川ったらさ、店のオヤジさんと喧嘩してて……」
「え? 喧嘩? 実弥さんが……ですか?」
「あれ? 聞いてない? ピアノ買うときに、店のオヤジさんと押し問答になっちゃって」
薫はプルプルと首を振ると、真剣な眼差しで律歌に詰め寄った。
「訊かせて下さい!」
「えぇー……そんな大した話じゃないけど」
「いいえ! だって、このピアノいきなり運ばれてきて、なんにも言ってくれなくって……とにかく弾けばいいんだ、って」
「あちゃー。ま、不死川らしいっちゃらしいね。店のオヤジさんにも、とにかく売れ、売れ、って一辺倒でさぁ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
引き続き更新します。