【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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遠き日のこと、おもひでばなし。 <玖>

「不死川が死んでからしばらく、薫の体調も良くなかったし、気持ちが沈んでるのもあるんだろうと思ってたら……まさか妊娠してるとはね」

 

 律歌(りつか)が思い出したように、フフッと笑う。

 

「不死川も、もうちょっとばかり待ってたら会えたろうに……」

「そう……ですね」

 

 薫は実弥が座っていた縁側の障子戸のところを見つめた。

 

 

 実弥が逝ったあと、葬儀などで忙しかったのもあり、薫は体調を崩しがちだった。それは自分でも自覚していて、きっと実弥を失った動揺が体にも影響を及ぼしているんだろうと思っていたのだ。

 だが半年が過ぎた頃、カナヲに指摘された。

 

「薫さん、最近やけにあんぱんが好きなんですね」

 

 自分では気付いていなかったのだが、確かにやたらとあんぱんを食べていた。それから気をつけて食べないようにすると、ひどく気分が悪くなってきて、無性に食べたくてたまらなくなる。そのうち腹がせり出してきて、そこでようやくまさかと思い、診察してもらったのだ。

 いつの間にか腹の中で育っていた命は、既に半年を過ぎていた。

 考えてみれば亡くなるひと月前まで、本当に健康そのものの生活を送っていたのだ。当然、そうした行為もあったのだから、妊娠の可能性はあった。

 

 実弥が死去してから八ヶ月後、桜咲く季節に生まれてきたのは、男の子だった。

 薫は実弥に言われた通り『匡友(まさとも)』と名付けた。

 

 風に舞い散る桜の下、実弥と匡近が笑っているように思えた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「じゃあ、そろそろ行くわ」

 

 律歌は麦茶を飲み干すと、よいこらしょ、と腰を上げた。

 

「もうですか?」

「このあと、輝利哉(きりや)様と会うことになってるの。今度、新しく幼稚園を作るって話でね、私に園長になってくれないか? ってさ」

「まぁ! ぴったりですよ」

 

 産屋敷(うぶやしき)家当主・輝利哉は、鬼殺隊解散後、先祖から引き継いだ莫大な財産をもって、主に福祉事業に従事するようになった。

 先だっても、薩見(さつみ)惟親(これちか)から八津尾(やつお)明宣(あきのぶ)を紹介されて彼を顧問に迎え、孤児院を設立した。これは鬼殺隊士であった親を亡くした子や、鬼によって親を失った子などを、健康に育てるべく、立ち上げたものだ。

 そこから事業展開してゆき、今は幼稚園を設立する話が出てきているのだという。

 

「ゆくゆくは小学校から高等学校まで一貫で通えるような、大きな学園を作るのが夢だって話。なかなか壮大でしょ~、我らがお館様は」

「そうですね。でも、きっと輝利哉様ならやり遂げられますよ」

 

 父・耀哉(かがや)から受け継いだ明敏な洞察力と、母・あまねから受け継いだ思慮深さによって、今はすっかり落ち着きのある賢明な青年紳士となっている。人脈も広げてゆき、それなりに各界において顔を利かせる存在になりつつあるらしい。(これは今も執事として仕える薩見惟親から聞いた話であるが)

 

「そうね。ま、職もなくあぶれた身には有難いことよ。使ってもらえるうちに、せいぜい働くわ。私もまだまだ、()()()()()()()ことがあるうちはね」

「なにを仰言(おっしゃ)っているんですか。律歌さんは、まだまだですよ!」

「ハハッ! じゃ。そのうち、小学校が出来た暁には、薫先生、よろしくお願いしますよ~」

 

 そうして律歌は大きく手を振って去って行った。

 

 

 

<遠き日のこと、おもひでばなし。 了>

 





次週20250622更新予定です。最終回です。
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