【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
「不死川が死んでからしばらく、薫の体調も良くなかったし、気持ちが沈んでるのもあるんだろうと思ってたら……まさか妊娠してるとはね」
「不死川も、もうちょっとばかり待ってたら会えたろうに……」
「そう……ですね」
薫は実弥が座っていた縁側の障子戸のところを見つめた。
実弥が逝ったあと、葬儀などで忙しかったのもあり、薫は体調を崩しがちだった。それは自分でも自覚していて、きっと実弥を失った動揺が体にも影響を及ぼしているんだろうと思っていたのだ。
だが半年が過ぎた頃、カナヲに指摘された。
「薫さん、最近やけにあんぱんが好きなんですね」
自分では気付いていなかったのだが、確かにやたらとあんぱんを食べていた。それから気をつけて食べないようにすると、ひどく気分が悪くなってきて、無性に食べたくてたまらなくなる。そのうち腹がせり出してきて、そこでようやくまさかと思い、診察してもらったのだ。
いつの間にか腹の中で育っていた命は、既に半年を過ぎていた。
考えてみれば亡くなるひと月前まで、本当に健康そのものの生活を送っていたのだ。当然、そうした行為もあったのだから、妊娠の可能性はあった。
実弥が死去してから八ヶ月後、桜咲く季節に生まれてきたのは、男の子だった。
薫は実弥に言われた通り『
風に舞い散る桜の下、実弥と匡近が笑っているように思えた。
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「じゃあ、そろそろ行くわ」
律歌は麦茶を飲み干すと、よいこらしょ、と腰を上げた。
「もうですか?」
「このあと、
「まぁ! ぴったりですよ」
先だっても、
そこから事業展開してゆき、今は幼稚園を設立する話が出てきているのだという。
「ゆくゆくは小学校から高等学校まで一貫で通えるような、大きな学園を作るのが夢だって話。なかなか壮大でしょ~、我らがお館様は」
「そうですね。でも、きっと輝利哉様ならやり遂げられますよ」
父・
「そうね。ま、職もなくあぶれた身には有難いことよ。使ってもらえるうちに、せいぜい働くわ。私もまだまだ、
「なにを
「ハハッ! じゃ。そのうち、小学校が出来た暁には、薫先生、よろしくお願いしますよ~」
そうして律歌は大きく手を振って去って行った。
<遠き日のこと、おもひでばなし。 了>
次週20250622更新予定です。最終回です。