【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 邂逅(五)

「案外と出来よるから、困ったんだろ?」

 朝の稽古を終え、井戸端で顔を洗っていると、東洋一(とよいち)が後ろから声をかけてきた。

 振り返ると、とぼけた表情でうっすら笑っている。

 

 実弥は途端に不機嫌な顔に戻った。

「何言ってやがる、ジジィ。さっきも言ったろうが。あんなんで剣士としてやってくことなんぞ無理だ」

「今はな」

「だからっ、今のうちにとっとと追い出せよ!」

 東洋一はズイと実弥に近寄ると、肩をポンと叩いた。

「今のうちに追い出さんと、これ以上、実力をつけられちゃ困るわなぁ。いよいよ辞めろ、とは言えんようになるから」

「………」

 

 やはり、東洋一は見抜いている。伊達に育手の経歴を積んでない。

 確かに今はまだ、薫の実力では鬼殺隊に入ることは無理である。だが、あと一年もすれば、確実に剣士としての技倆を身につけることはできるだろう。これまでしてきたように、地道に練習に励み、怠ることがなければ。

 

「お前さんがあれに剣士になってもらいたくない理由はわからんではない。が、あれもあれで、理由(ワケ)あって鬼狩りの道を選んだんだ。その覚悟を嗤うことはできんだろう?」

「……嗤ってなんぞねぇ」

 実弥の声は小さかった。

 

 薫が鬼殺の道を選ぶ理由は、痛いほどわかる。

 家族を鬼に殺された復讐のために入隊する……鬼殺隊には、そんな人間は多くいるのだ。皆、必死の覚悟を持って、鬼の惣領たる鬼舞辻無惨を滅殺することを、復讐を遂げることを本懐として任務に臨む。だが、鬼は簡単に()れるものではない。何人もの同輩が、鬼の爪牙の前に斃れていった。

 

 実弥よりも実力も、経験もある人間ですら、ほんの少しの読み違いで、あっけなく死んでいく。強いというだけでは生き残ることはできない。それが鬼殺しの現場なのだ。いくら薫が修練を積んで強くなったとしても、死なない保証はない。

 

 考えただけで、怖気が走る。絶対に、見たくない……。

 

 黙り込んだ実弥を見ながら、東洋一は思案した。正直なところ、東洋一も実弥の意見には賛成だった。

 薫はいい子だ。失いたくないという気持ちはわかる。

 だが、薫に翻意させるのは相当に骨が折れる。というより、骨が折れてもあの娘が諦めることはないだろう…。

 

「ま、今はまだ、儂のところにいるからな。次の最終選別まで…といったところだな」

「……他人事(ひとごと)みたいに言いやがってェ」

「純然たる他人事じゃろうが。儂にとっても、お前にとっても。薫のことは薫が決める。お前のことはお前自身が決めたように」

「…………」

 実弥はギリと奥歯を噛み締めた。

 東洋一の言う通り、自分は何かを言える立場ではない。

 

 薫が親を殺され、自らの命さえ危うかった時に、そばにいなかったのだから。

 何も、できなかったのだから。

 ここで再会するまで、その苦しみを知ることもなかったのだから。

 

 薫の選び取った決断を、否定することなど、できるわけもない。

 

 ―――――情けねェ……。

 

 いつの間にか固く握りしめていた拳を見つめる。

 自分は薫を守れなかった。

 同じ轍を踏まないためには――――鬱陶しかろうが、何度でも言うしかない。

 

「とにかく、さっさと辞めさせろ」

「お前もしつこいな!」

「うるせぇ。耳にタコができるまで言ってやるからな」

「薫に直接言やええだろうが」

「あいつが話を聞かねェんだから、育手のテメェが放り出すしかねぇんだよ」

「………やっとれんわ」

 東洋一はげんなりした顔で、その場から立ち去った。

 

 実弥は軽く溜息をついた。

 このまま成り行きに任せて、薫を死地に赴かせるわけにはいかないのだ。たとえ、嫌われようが、本意でなかろうが、絶対に諦めさせる。

 ようやく自分で納得できる答えに帰結し、部屋へと戻ると、薫が匡近と何か話していた……。

 

 

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「本当に大丈夫か? かなりやられてたみたいだけど…」

 匡近は心配気に尋ねたが、薫はニコリと笑った。

「大丈夫です。さっき塗り薬も塗りましたし、切ったところはヨモギを貼ってますから」

 さすがに日々の練習の中でも、怪我はさほどに珍しいことでないのだろう。処置も手慣れた様子である。

 

「なぁ、薫……じゃなくて、森…の、なんだったっけ?」

 匡近は今更ながらに呼びかけようとして、逡巡した。東洋一が『薫』としか呼ばないので、名字を失念してしまった。

「森野辺です。でも、薫でいいですよ。先生もいつもそう呼ばれますし」

 

「じゃあ、薫はさ…普通に生きたいとは思わないの?」

 匡近はなんとなく聞いてみたくなった。

 薫はきょとんとした。意味がわからない、という顔をしている。

 匡近は言葉を選びつつ、訥々と話しかけた。

 

「いや、実弥に同意するわけじゃないけど……君が鬼殺隊を目指す理由とかは十分に分かるよ。俺も親に反対されたけど、結局、こういうことになってるし。でも、俺は……自分がここでやっていくしか生きていけないと思ったんだ。他の道を選ぶ頭がなかった。でも、君はさ……正直、別の道も有り得ると思うんだよ」

 

 薫は黙っていた。

 静かな表情は怒っているのか、そうでないのかが判別しにくい。

 だが、匡近は続けた。

 

「お父さんが亡くなられて、もう華族という身分には戻れないのかもしれないけど……昨夜、先生から聞いたけど、藤森家と縁戚関係だっていうんだったら、商家のおかみさんなり、地主の御内儀なり、君を貰ってくれるよう口利きはしてもらえるだろう? 君ならきっと、どこに行っても重宝されて大事にされると思うし…。実弥はきっと、君にそっちの方に行ってもらいたいんだよ」

 

 薫は途中からうっすらと笑みを浮かべて聞いていた。匡近が言い終わると、フフッと口に手を当てて笑った。

「不思議ですね。実弥さんからそんなこと言われたら、きっと反発したんでしょうけど……粂野さんに言われると、そういう選択肢もあるんだなって思えます」

「まぁ、言い方の問題だから」

「でも、選ぶことはないです」

 きっぱりと言い切られて、匡近は頭を掻いた。

「……やっぱりかぁ」

 

 

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「…………」

 やっぱりかぁ、じゃねぇよ! と実弥は内心で怒鳴ってしまいたかったが、図らずも立ち聞きしている間の悪さに、口を噤むしかなかった。

 

 匡近の云う通り、本来ならこんなところにいるより、商家の嫁にでもいけばいいのだ。

 薫なら、きっと夫を支え、甲斐甲斐しく働き、子供を産み育てて……当たり前の、幸せな家庭を築くことができるだろう……。

 そう……間違いなくそう思っているのに、その想像は胸の奥を逆なでした。

 

 ―――――お嬢様、縁談が来てるんですからね。

 

 なぜか昔、母に言われた時のことを思い出す。一緒にその時の感情まで思い出しそうになって、ブルブルと頭を振って追いやった。

 

「それじゃあ、お昼は里乃さんが用意して下さってますから、召し上がって下さい」

 薫がそう言って部屋から出てくると、まともに目が合った。

 一瞬、驚いた顔で実弥を見上げたが、すぐに軽くお辞儀して、

「……不死川さんも、どうぞ」

と短く伝え、スススと廊下を歩いて行ってしまった。

 

「なんだよ、聞いてたのか?」

 匡近が尋ねると、実弥はブスッとした表情で「知らねぇよ」と白を切った。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 翌、早朝。

 匡近は東洋一の家の裏手にある墓の前に来ていた。ここは東洋一の歴代の弟子達が眠る墓である。

 墓の後ろに金木犀の木が植わっており、今は満開で、早朝の肌寒い空気の中に、甘い匂いが漂っていた。

 線香をさして、手の平を合わせる。

 

 実際には、この墓には骨はない。それは死骸もない状態であった場合と、死骸があったとしても基本的には死亡した隊士達は、お館様の屋敷近くの墓地に埋葬されることになっているからだ。

 東洋一は弟子達の遺髪や、遺品をもらうと、この墓に納めている。

 

 ここに東洋一がいる時には、声をかけない。見ないフリをする。匡近が弟子でいた時は、それが決まりだった。東洋一に言われた訳でも何でもないが、匡近はそう自分で決めていた。

 

「粂野さん?」

 呼びかけられて振り向くと、薫が立っていた。右手には手桶に桔梗や竜胆(りんどう)、菊などの秋の花、左手には皿におはぎが二つのっていた。

「……持つよ」

 匡近は花の入った桶を薫から取り上げると、墓の横へと置いた。

「すみません」と薫が頭を下げた。

 

「花、活けてくれてるんだ」

「はい…よかったですか?」

「ああ、どうぞ」

 場所をあけると、台座におはぎを置き、花は無造作に選り分けて、きれいに花立の中に活けていく。

 

「師匠、ここにいることあるだろ?」

「はい」

「見た時、君はどうしてる?」

「………話をされてるようなので、邪魔をしないようにしています」

「話す?」

「いえ……実際にしゃべってるわけじゃないんですけど、その……心の中でお話しされているようなので、あまり声をかけない方がいいと思って」

「そっか……」

 薫が自分と同じだと思うと、少しだけうれしいような気持ちになる。同時に、まったく違う反応だった実弥のことを思い出して、フフッと笑った。

 薫が不思議そうに小首をかしげた。

 

「いや、実弥はさ。普通に話しかけるんだよ。まったく頓着なしにね。あいつがここに弟子でいる時にも、俺、来たことがあったんだけど、師匠が静かに黙祷してんのに、普通に『ジジィ』って怒鳴りつけててさぁ………」

 薫は笑ったが、すぐにとりなすように言った。

「実弥さんは、先生を元気づけたかったんでしょう、きっと。ここにいる時の先生は、少し寂しそうに見えるから」

「そうか……そうだな」

 あの天の邪鬼であれば、そうなのかもしれない。薫に言われると、きっとそうなんだろうとも思える。

 ザザザと強い風が吹いて、金木犀の細かな花が舞い落ちる。

 

「この金木犀のこと、聞いたことある?」

「え?」

「この木さ、元々ここにあったらしいんだけど、もうほとんど枯れかけてたらしいんだ」

「そうなんですか?」

 今は大木とは言えないまでも、枝ぶりも墓の上まで張り出して、花も沢山咲いている。とても枯れかけていた木とは思えない。

 

「師匠の初めての弟子の人ってのがさ、元々植木屋さんだったらしいんだよ。その人が再生させたんだって」

「そうなんですか? 知らなかった……」

 薫は感心したように言って、金木犀を見上げた。

 風が吹いて、また花が散る。

 

「その人が亡くなって、それでここに墓をたてたらしい。―――――って、俺も聞いた話なんだけどね」

 なんだか物知りなふうに言ったのが恥ずかしくなって、匡近はあわてて付け加えた。

 匡近にその話を教えてくれた兄弟子もまた、この墓に眠っている。

 

「先生は、好かれてますね」

 薫は少しうれしそうに言った。

 確かに東洋一は修行時代、ものすごく厳しくて、そのくせあの飄々とした様子なので、まともに反発することもできなかったのだが、嫌いになったことは一度もなかった。おそらくここに眠る弟子達は皆、そうだったのだろうと思う。

 

「うん、そうだな」

 匡近が頷くと、薫はつと背伸びして、匡近の頭に手を伸ばした。

 一瞬のことで匡近が固まっていると、薫は手の平に乗せた金木犀の花を見せた。

「ここにいると、積もっちゃいますね」

 そう言って、微笑みながら一礼すると、手桶を持って母屋へと帰っていく。

 

 ストン。

 

 急に気が抜けて、匡近はしゃがみこんだ。

「…………無理。無理無理無理無理、ムリっ」

 自分でも意味がわからない言葉をブツブツつぶやく。

 

「あ、すみません。粂野さん」

 いきなりまた薫が現れ、しゃがみこんだ匡近を訝しげに見つめた。「どうしたんですか?」

「あ、いやいやいや!」

 匡近はあわてて立ち上がった。

 

「なに? なんかまだ用?」

「あ、はい。すみません。これを……渡してもらえないかと」

 言いながら、薫は懐から財布を差し出した。昨日、隊服の洗濯と一緒に持って行った実弥のボロボロになった道中財布だ。

 

「一応、ツギをあててありますので、これでお金を落とすことはないと思います」

 受け取りながら、匡近は目を疑った。

 ツギを当てた部分にも、本体と同じような刺し子刺繍がされているので、ぱっと見にはツギハギは目立たないようになっていた。

 しかも薄汚れていたのに、きれいに洗って、火熨斗(ひのし)まで当ててくれている。

 

「すごいな……きれいになってる」

 匡近が感嘆すると、薫ははにかんで言った。

「いえ。これ……昔、作ったものなので」

「え?」

「昔、作って実弥さんに差し上げたものだったので、直すのは難しくなかったんです。素人の針仕事ですから、大したものでもないのに、大事に持っていて下さったようで………」

 それ以上は言わなかったが、微笑んだ顔にうれしさが滲み出ていた。

 

「……直接渡せばいいのに」

「昨日の、立合の後からずーっと無視されっぱなしですので。すみませんが、お願いします」

 ペコリと頭を下げると、薫は手桶を持って、再び母屋へと戻って行った。

 

 

 

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 部屋に戻ると、実弥が出立の用意をしていた。

 昨日、鎹鴉が新たな任務を告げた。二人それぞれ別件ではあるが、目的地はそう離れていないので、途中まで一緒に行くことになった。

 

 洗濯を終えた隊服が、昨夜の内に戻ってきていた。久々に汗や埃から解放され、きれいになった隊服を、実弥はさも当たり前のように着ている。

 

 匡近は薫から渡された財布を、実弥の頭にベシリと投げつけた。

「っつ…てぇな!」

 実弥が抗議するのを、匡近はどんよりとした苛立たしさを感じながら見つめた。

「それ、渡したぞ」

「あァ?」

 実弥は頭から落ちてきた財布を怪訝な表情で見つめた。

「これ…俺のか?」

「おう。薫が直しておいてくれたんだ。洗濯もついでにしてくれたみたいだな。後で礼を言っておけよ」

「………」

「言・え・よ!」

「………」

 実弥は無言で財布を睨みつけている。

 

 匡近は軽く吐息をついてから、少しばかり棘のある口調で言った。

「お前、それ、あの子が作ったやつなんだろ?」

「は? あいつ……言ったのか?」

「…………言ってたけど」

 正直なところ、むかついた。なんだ、その二人の秘密にしときたい、的な言いざまは。

 

 しかし実弥には匡近の苛立ちなどわからない。

 きまり悪そうに財布を開くと、

「金が………ねェ」

 ポツリとつぶやく。

 

「……………」

「……………」

 二人で見つめ合うこと、しばし。

 

「………………ブッ」

 滅多にない実弥の困りきった表情が面白くて、匡近は吹き出した。

 大笑いした。

 さっきまでのモヤモヤが一瞬にして消えた。

 

「すまんすまん! 預かってるから、心配すんなって」

 箪笥の抽斗にしまっておいた実弥の金を渡すと、無駄だろうと思いつつも、兄弟子としてもう一度諭した。

「ちゃんと、薫に礼を言えよ。ちょっとは頑張ってる妹弟子を応援するって気にはならないのか?」

「…ならねぇ」

 匡近はハアーッと長い溜息をついた。この頑固さはどっちもどっちだ。

 

 

 

<つづく>

 

 

 

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