【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 邂逅(六)

 その後、見送りの時すらも、実弥は薫と一言も口をきかないまま、東洋一(とよいち)の家を後にした。

 

「やれやれ、今回はなかなか色々あり過ぎて疲れたわ」

 東洋一は二人の姿が見えなくなると、踵を返しながら、ふー、と吐息をついた。

「おつかれさまです。色々と、騒がしくしてすいません」

 薫は殊勝に頭を下げたが、東洋一はヒラヒラと手を振った。

「お前さんだけが悪いんじゃない。というより、どちらかと言えば、実弥に問題があるからな……。まぁ、あいつの気持ちがわからんわけではないが」

 

「粂野さんが言うには、私は実弥さんの妹の友達なんだそうです」

「んん?」

「確かに、私は寿美ちゃん……実弥さんの妹さんと仲が良かったから。だから、危険な目に遭わせたくないらしいです」

「………そうか」

 東洋一は頷いたが、その解釈は微妙にズレている気がした。

 しかしまぁ、本当のところどうなのかなど、実弥に聞きようもない。聞いたところで言うはずもなし、本人すらわかっているのやら……。

 

 

「心配をかけないように、もっと修行して、強くなります」

 はっきりと、薫は言い切る。それは東洋一へというより、自分自身へ誓いを立てるように。

 

 自らへの期待と、積み重ねてきたことへの自負とが入り混じった、若い顔だ。まだまだ青臭さの残る、傷つけられても再生することをあきらめぬ顔。

 

 東洋一はもう何十年もこんな少年達を見てきた。今、見送った匡近や実弥もそう。家の裏手の墓に祀ってある亡くなった弟子達も、そうだった。

 昔、自らがいたあの鬼殺の苦界に、弟子を送り出すことは育手の使命である。しかし、皆自分よりも先に逝く。荼毘に付されることすらなく、鬼に喰い殺された弟子達のことを思う時、若い命を送り出した自分への矛盾に相対する。

 

 薫はいい子だ。だが、薫だけではない。皆、いい子だった。鬼に殺されることのないように、生き残るために、東洋一は厳しい修練を課した。

 それでも、送り出した者達が無事にその生涯を終えることはほぼない。運良く生き残れても、東洋一と同じように片輪となって、育手となるか、あるいは俗衆に戻り、不自由な身を引きずって生きていくしかない……。

 

 ―――――そんな感傷は、欺瞞だね。

 

 初めての弟子が死んだのを聞いた時、消沈した東洋一にそう言う者がいた。

 

 ―――――私らは、代々の育手達が継いできた意志を、連綿と続いてきた負託を受け止める義務があるんだ……。

 

『柱』になる者は、なるべくしてなるのだろう。

 柱であった同僚の姿を懐かしく思い出しながら、自分にはまだ、覚悟が足りないことを思い知らされる。

 未だにこうして迷いの中にいる。年経れば、こうした感傷にもそれなりの答えを出せるようになるかと思っていたのだが、そういうものでもないらしい。

 

「……すまんなぁ」

 不意に東洋一が謝るので、薫は意味がわからなかった。

「どうしたんですか?」

「儂は、育手としては未熟者だ」

「どうしてそんなことを思うんですか?」

「………いろいろ、な」

 東洋一は義足を重く感じながら、カツカツと土をかんで歩く。

 

「先生」

 後ろから薫が駆け寄ってきて、顔を覗き込んだ。

「先生の評価は、先生自身がするものじゃありませんよ」

 そう言って、薫はニッコリ笑った。

「先生の評価は、教えてもらった弟子がするんです」

「………ほぅ」

「先生は、誰がなんと言おうが、一番ですよ。私にとってもそうだし、これまでのお弟子さんもそうです」

 

 東洋一はふっと笑うと、薫の頭を撫でた。

 この子の親が鬼に殺された事実を変えることはできない。そのためにこの子が鬼狩りの道を選び取ることも、東洋一が妨げることはできない。そうであれば、今までと同じように、せめて生き残るための技を伝えるしかないのだ……。

 

「よし、そろそろ呼吸の稽古に入るとしよう」

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 新たな任務先に向かう汽車の中で、匡近は薫から渡された弁当を開いた。

 

「おっ、すげえ」

 すぐに目に入ったのは、匡近の大好きな卵焼きである。迷うことなく箸でつまんで食べると、じゅわっとやや甘い出汁が口の中に広がった。

「甘い卵焼きもおいしいもんだな。俺んとこのは甘くないやつだったけど。お前、どっちが好き?」

 卵焼き一つで浮き立つ匡近に、実弥は呆れ返った溜息をついた。

「……黙って食えよ」

 

「おっ、これつくねだ。うンまーっ。つくねなんて鍋でしか食べたことなかったけど、こんな風に焼いてタレついてるのも、うまいもんだなぁ。うん……椎茸にも出汁が染みてる。これは飯がいる、飯が」

 喋りながら、匡近は握り飯にかぶりつき、「やった! 鮭入ってるー」と叫びだす。

「だから! 黙って食えよ!」

 とうとう実弥が怒鳴ると、周囲の乗客は苦笑し、匡近は辺りを見回してから、恥ずかしそうに笑った。

 

「すまん、すまん。ちょっとなんか、うれしくってさ」

「なにが嬉しいんだよ」

「だって、女の子に弁当なんか作ってもらったことないからさ」

「……………あァ?」

 その顔をみた瞬間、匡近は虎の尾を踏む、という意味を実感した。

 

「………テメェ、どういう目で」

「いや違う! そういう意味じゃなくて! 単に、一般的なことで、なんとなーく、嬉しいなーっていう……っつか、お前だって今食べてんだから、一緒だろ!」

「俺は、ただの弁当だと思って食ってんだよ」

「ああ、うん、そう。いや、そうだよ。ただの弁当だよ、うん」

「……食え」

 実弥は憮然とした表情で、もそもそと食べ続ける。

 匡近もこれ以上怒らせたくないので、黙って食べた。

 

 やっぱり、おいしい。

 こんなにおいしい料理も作れて、手先も器用だし、その上美人ときたら、三拍子揃っているのだ。いくらでも嫁に来てほしい家はあるだろうに、よりによって鬼殺隊を選ぶなんて。

 確かに理由はわかる。それでも、やっぱりもったいないと思えてしまう……。

 

 鬼殺隊なんぞ、ほっとんど女なんていないし、汗臭い野郎共ばっかだし。普通に道場で猥談してるヤツもいるし、任務の合間に岡場所に通い詰めるヤツもいるし。

 ………って、そんなとこに来たら、それこそマズイことになるんじゃないのか? 事実、襲われたこともあるのだから。

 

 よっぽど腕が立つ―――――それこそ胡蝶カナエくらいに強くなければ、面倒なことになるんじゃないだろうか。

 胡蝶カナエが現れた時も相当ザワついたが、抜きん出た強さで、並みいる男共を一掃した後は、誰も言い寄ろうなんて考えを持つ人間はいなくなった。それくらい薫が強くなればいいが、実際のところ今はまだ未知数だ。

 

 それに―――――

 匡近はチラと実弥の顔を窺う。

 

 味わう、ということを一切拒絶したような、ただ腹を満たすためだけに食べていると言わんばかりの、ふてぶてしい表情。

 それでいて、さっきもちょっと色めいたことを言ったら、あの変貌ぶりだ。

 もし、薫を襲ったとかいう弟子共がまだいたら、きっと実弥は半殺しにしたに違いない。

 今後、同じことが起きないとは、とても断言できない……。

 

 そこまで考えて、匡近はふと気付いた。

 先走りし過ぎた。

 

 まだ、薫は修行を終えてもいないし、最終選別にだって行ってない。

 そう。最終選別。

 あそこで生き残れるかどうか、それが一番の問題だ。鬼殺隊に入る上での、最初にして最大の難関。

 

「なぁ、実弥」

「……なんだァ?」

「あの子、藤襲山で残れるかな?」

 実弥の箸が止まる。そして、かすかに震えた。

 匡近はハッとなり、しまった、と思った。軽々に言っていいことでなかった。

 

「ご、ごめん。気にすんな」

 あわててなかったことにしようと思ったが、実弥は意外に冷静に、ボソリとつぶやいた。

「……行かせねぇから」

 匡近は軽く吐息をつくと、再び食べ始めた。

 

 最後に残していたのは、握り飯の横にあった柿の葉にくるまれているもの。

「これ、なんだろ?」

 包んでいる葉をとると、中からおはぎが出てきた。

 

「あっ! おはぎだ」

 また思わず大声が出て、顔を上げると、ちょうど実弥もおはぎを見つけたところだった。

 これもきっと薫からの餞別なのだろう。―――――実弥への。

 匡近は唇を噛み締めたが、それは自分でも無意識にだった。

 

「よかったな。あの子、お前のために作ったくれたんだぞ、きっと」

 にやっと笑いかけると、実弥はますます仏頂面を作って、

「……ぅるせぇ」

と、毒づきながらも、おはぎを一口で食べてしまっていた。

 

 ―――――本当に、素直じゃないよなぁ……。

 

 匡近は内心あきれながらも、おはぎを食べつつ、耳だけ真っ赤になっている実弥を楽しそうに眺めた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 

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