【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 修練(二)

 いくつかの型が出来上がってくると、その型と全集中の呼吸を併せなければならない。

 東洋一(とよいち)はこれを『馴致調錬(じゅんちちょうれん)』と言った。

 文字通り、型と呼吸を馴染ませて、技とし錬成する。

「呼吸に集中したまま、型を使う。言うは簡単だがな、これがなかなかに不器用な者には難しいことなんだ」

 そう言われて、薫は自分が不器用なのだと気付いた。

 呼吸が出来ても、型が噛み合わない。型が出来ると、呼吸が遅れる。

 

 自分一人での練習においてもまだ不十分だというのに、東洋一を相手に立合をすれば、なおのこと乱れて、とてもまともに打ち合える状態にない。

 いっそのこと型だけのものであれば、まだ格好はつくのに……と思いかけると、実弥の言葉が脳裏に響く。

 

 ―――――剣技としてよく出来てても、そんなもん実戦じゃ役に立たねぇ。お前のは、町の剣術道場の護身術程度のもんだ。

 

 グッ、と奥歯を噛み締める。

 今度があるかは分からないが、次に対峙する事があれば、決してあんなことは言わせない。

 

 そう、心に決めたものの、なかなか技は身につかなかった。

 

 東洋一は技を出す時、実に悠々としていた。薫のような焦りもなく、自然とやっていた。

 それはもう風の呼吸の型が身に染み付いて、動作について考える必要がないからだ。だからこそ呼吸に集中出来るのだ。

 薫は新たな型を編み出しながら、それらに熟達せねばならない。

 

 とにかく、あきらめずにやり続けるしかなかった。

 自分に才能がないのはわかっている。だからこそ、人の二倍も三倍も、愚直に練習を繰り返すことしかできない。

 そうした鍛錬を重ねることで、昨日できなかったことが、次の日にはできるようになっている。それだけでも良しとすべきだろう。たとえわずかな成長であっても、自分にまったく芽がないわけではない。

 

 季節が流れて行った。

 秋に色づいた紅葉が落ちて、枯れ木のようになった木に雪が降り積もり、やがて雪解けとともに暖かな陽気の中、冬芽が瑞々しい緑色を帯びるようになった頃には、入門して一年が過ぎていた。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「出掛けるぞ、用意せい」

 そう言われて、当初、薫は東洋一だけの準備を始めていたのだが、「お前も行くんだぞ」と言われて、驚いた。

 初めてのことだった。目的地も、何をするのかも伝えられず、ただ泊まりの準備だけするように言われただけで、慌ただしく、薫は東洋一と共に東京方面へと向かう汽車に乗った。

 到着して連れてこられたのは、満開となった桃の花が咲き乱れる谷間の、ある集落だった。

 

 まるで桃源郷かと思える美しさに薫が見惚れていると、不意に殺気が降ってくるのを感じた。

 考えるよりも早く、身体が動く。

 飛び退(すさ)ると、さっきまでいた場所に木刀が打ち込まれる。

 木刀を持っているのは、短く断髪した、冷たい目の、自分と同じくらいの年の少年だ。

 何者か? と問う暇もなく、少年は土を踏み込んで薫と間合いを詰めてくる。

 

 薫は奥歯を噛みしめると、臨戦態勢になった。

 鋭い突きを宙返りして躱しつつ、その木刀を蹴り上げる。少年に隙ができたのを見逃さずに、脇に手刀を打ち込むと、ゴホっと少年が噎せた。

 だが、向こうもすぐに刀を持ち直して振ってくる。

 

 また飛び退って避けた薫に「これ使え」と、誰かの声が響き、太陽の光の先に木刀が落ちてきた。

 眩しさに目を眇めながらも、木刀を受け取ると同時に、相手が振り下ろしてきた斬撃を受け止めた。

 

 ガツンッ! と鈍い音がして、二つの木刀がキシキシと鳴る。

 フゥゥ……と、相手の少年が息を深く吸い出した。

 

 ―――――呼吸?!

 

 薫はすぐさま力を抜いて、相手の力をいなすと、くるりと後方へ二回転する。そのまま自分もまた、深く息を吸って呼吸を整える。

 

 雷の呼吸 肆ノ型 遠雷

 

 少年から斬撃が放たれると同時に、薫は地面がめり込むほどに踏み込んだかと思うと、高く跳躍した。

 

 鳥の呼吸 壱ノ型 鷹隼空斬(ようしゅんくうざん)

 

 二つの攻撃が反発しあって、その場に異様な空気の流れが起こる。

 桃の花びらが無数に散った。

 

「そこまでぃ!」

 大音声が響き渡る。

 薫は思わず耳を押さえた。

 トコトコと、派手な黄色の羽織を着た、東洋一と同じ片足が義足の老人が、少年と薫の間に立った。

 

(がく)、お前は客人の用意をせぇ」

 老人に指図され、少年は今の衝撃でなのか、手の甲から血を流していたが、押さえつけると、一瞬薫をジロリと睨み、その場から立ち去った。

 

 老人は薫に向き直ると、ジロジロと無遠慮な眼差しで見てくる。

 薫はキッと睨みつけた。

「何でしょうか?」

「ほぅ……儂を睨みつけよるわ。兄弟子と同じじゃな」

 老人は面白そうにニヤリと笑い、後ろを振り返った。そこには東洋一が腕を組んで立っている。

 

「お前の弟子はなかなか不遜なのが多いの」

「そのようです」

 東洋一がいつもどおりに飄々として答えると、「お前の弟子らしいわ」と老人は今度はガハハハと大笑いした。

 意味がわからなかった。今の立合は東洋一も了承の上でのことのようだが、何の説明も受けていない。

 

 薫が困りきった表情で立ち竦んでいると、老人が急に持っていた杖を薫に向かって突き出してきた。

 あわてて避けると、二度、三度と続けざまに突いてくる。

 義足だというのに、その俊敏な動き。只者ではない。

 三度目まではギリギリなんとか避けられたが、四度目の時は急に凄まじい早さとなって薫に迫り、気がつけば目の前に来ていた。

 確実にやられる―――――と、思ったら、コツンと軽く頭を打たれた。

 

「お見事」

 東洋一がパン、パンとのんびり手を打つと、老人はケッと照れるように笑った。

「先生! どういう事か説明して下さい」

 いい加減、訳が分からず薫が問いただすと、老人は薫の肩をポンと叩いた。

 

「よく来たの。儂は桑島慈悟郎(くわしまじごろう)という。雷の呼吸の育手じゃ」

「え?」

「元鳴柱様だ。薫、ちゃんとご挨拶せいよ。失礼のないようにな」

 東洋一は相変わらず呑気な口調で言う。

 『柱』という言葉を聞いた途端、薫は青ざめた。すぐその場に膝をついて、深くお辞儀する。

「初めてお目にかかります。篠宮東洋一の門下で修習いたしております森野辺薫と申します。先だっての数々のご無礼、お赦し下さい」

 

 桑島老人はまたガハハハと大笑いした。

「前の坊主よりは礼儀はちゃんとしとるわ。東洋一が女の弟子なんぞとったというから、どんなもんかと思っておったが、なかなか出来るようじゃな」

「お墨付きをいただけますか」

 東洋一が言うと、桑島老人はまた「なーにを」と肩をすくめた。

 

「お主がえぇと思っておるなら、大丈夫だろうが。儂にわざわざ見せに来おって。弟子自慢しにくるヤツなんぞ、普通おらんぞ」

「御老体の慧眼をお借りしてるんです」

「老体って何じゃ? お前、儂と大して変わらんクセに」

「五歳も離れてますよ」

「たった五歳だろうが!」

 

「…………」

 薫は老人たちのとてもつまらないやり取りを、どういう気持で見ればいいのか戸惑っていた。

 とりあえず、この状況を分析する必要がある。

 

 どうやら東洋一とこの元鳴柱の老人…桑島慈悟郎氏は知り合い、おそらくは昔、鬼殺隊で一緒に仕事をしていたのだろう。

 東洋一は柱でないのだが、あるいは桑島老人が柱になる前に知り合っていたのかもしれない。その上で彼らの間には何かしらの信頼関係があり、育手同士となった今も連絡を取り合っているのだろう。

 

 で、今回。

 薫という弟子の状態を見せるために、東洋一はここを訪れた……と、いうことだろうか?

 さっき、桑島老人が「兄弟子と同じ」と言っていたのを考えても、薫が初めてのことではなく、東洋一は弟子達の技倆の習熟具合を己だけの判断でなく、桑島老人にも見てもらっているのだろう…。

 

 考えていると、桑島老人に声をかけられた。

「しかし、なんだってこの男を育手に選んだんじゃ? 花なり水なり、風の系統なら霞もおる。紹介してもらえたろうに」

「先生が強いと思ったので」

 本当にそれしかなかった。直感というしかない。

 あの、両親を殺された現場で東洋一の技を見た時に、その強さを目の当たりにして、他の育手に教えてもらうことなど考えもできなかった。

 

 桑島老人はガハハハと笑って、薫の背中をベシベシ叩いた。

「大したもんじゃ、お嬢さん。アンタ、なかなか人を見る目がある」

 それは、東洋一が柱であったという人に認められるほどに強かったということなのか…? と訊こうとしたが、

「さぁ、御大。前回の続きでもしますかな」

と、東洋一が言うと、桑島老人は「よし! 今度は勝ち逃げさせんぞ!」と、二人は将棋の話を始めながら、家へと向かって行った。

 

 薫は溜息をつくと、桃の花を観賞しながらゆっくりと後について行った。

 

 

 

<つづく>

 

 

 

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