【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第七章 修練(四)

 桑島老人を訪ねてから再び時が経ち、盛夏を過ぎて、蝉の鳴き声も途絶え始めた頃、久々にやって来たのは粂野匡近だった。

 

 

「……いや、大したもんだ。よくここまで」

 薫との立合が終わると、匡近は素直に脱帽した。

 

「こちらこそ。隊務の間にわざわざ来ていただいてありがとうございます」

 その表情には、自分がやってきたことへの、ほのかな自信が見て取れた。

 

「大したもんだろう。ここまで逃げ回って」

 東洋一(とよいち)が横合いから口を出す。

 

「逃げ回ってるんじゃなくて、避けてるんです、師匠」

 匡近はすぐに訂正した。

 

 そう。以前のように、無理に打ち合おうとしてこなくなった。

 むしろ避けて、いなして、相手の疲弊を待って、隙を誘発させることで、一撃必殺の剣となるように工夫されている。

 これは薫のように非力な場合だと、いたずらに剣を振り回すことは、それだけで疲れてしまう。

 故に、あくまで振るう時には、相手を確実に仕留めることを目的としているのだ。

 

「本当によくやったな」

 匡近が心から称賛すると、薫は破顔して、少し照れくさそうに頬を染めた。

 思わず見とれていると、東洋一が「あの阿呆はどうした?」と、耳をほじりながら訊いてくる。

 

「実弥ですか? あいつなら今は九州の方まで行ってますよ」

「そんな遠くに行くんですか?」

「うん。今は柱も少ないし、戦績のいい人間はそれだけ駆り出されるみたいで」

「ホゥ……」

 東洋一の口の端が少しにやけた。

 不肖の弟子と常日頃言いつつも、実のところ、東洋一にとって一番期待している弟子が実弥であることは、明白だった。

 それは薫も、匡近も知っている。

 

「忙しいわりに、手紙を書く暇だけはあるんじゃな、あの阿呆は」

「手紙?」

 匡近は耳を疑った。実弥が筆を持っているところなど、見たことがない。

 

「しょっちゅう来よるぞ。いつも決まって同じことばかり書いておるが」

「同じこと? 何て言ってきてるんです?」

「こいつを」

と、東洋一は薫を指差す。「破門せぇ、とな」

 

 ああ、と匡近は少しあきれたように頷いた。

 汽車の中で実弥が「行かせねぇ」と言ったことを思い出す。なるほど、どうにか最終選別に行かせないようにしているわけだ。それにしても―――――

 

「手紙でそんなこと言うって……師匠が聞くはずないのに」

 匡近はハァァと呆れきった吐息をついた。

 

「お前さん、あいつに会うことがあったら言っておいてくれ。何枚手紙くれようが、儂から破門にすることはない、とな。どうしても薫に鬼殺隊に入ってほしくなければ、自分で説得せぇ、と」

 東洋一の言葉を聞いて、薫はニッコリ笑いながら、

「説得されても、無駄ですけどね」

と、即座に答えた。

 

 ハハハと匡近は乾いた笑みを浮かべた。

 どうしていつも自分はこういう役回りなんだろうか……。

 

 

■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 次の朝、早くに目覚めた匡近が、匂いに誘われて台所に行くと、薫が忙しく立ち回っていた。前掛けをして、青菜を切っている姿は、ただの若奥さんにしか見えない。

 本当にこれが昨日、立合稽古していた剣士なのかと疑いたくなる。

 

 匡近に気付くと、薫は「おはようございます」と元気に挨拶した。

「おはよう。なんか手伝おうか?」

「あ……それじゃあ、すいませんが薪を割ってもらっておいていいですか? 先生、腰を痛めたみたいで、辛そうなので」

「わかった」

 気軽に請け負って、匡近が裏庭で薪を割っていると、東洋一が寝ぼけ眼で声をかけてくる。

 

「なんじゃ、お前さん。薪割りしてくれてるのか?」

「薫に頼まれまして」

「ほぅほぅ。使えるモンは兄弟子でも師匠でも使え……ってな。あいつは差配が上手(うま)いのぉ」

「師匠が腰を痛めてるからって、心配して言ってるんですよ」

「なんだ、気付かれとったか。いや、この前、蔵で脚立から足を滑らせてな」

「そういうことは、それこそ弟子を使ってください」

 匡近が呆れたように言うと、東洋一は肩をすくめた。

 

 そういえば………と、匡近はちょうどいい機会とばかりに、東洋一に尋ねた。

「薫は、今年の最終選別を受けるんですか?」

 東洋一は袂から煙草を取り出して、火をつけた。

 ふぅ、と目覚めの一服を味わいながら、「まぁそうなるかの」と曖昧な返事をする。

 

 匡近はしばらく考え込んだ。東洋一が不思議そうに仰ぎ見てくる。

「なんじゃ?」

「あ、いや…実弥がどうするのかなぁって」

「どうするも何も。昨日も言うとるだろうが。説得するなら自分でせぇと。お前も言うといてくれよ」

「うーん……」

 

 実弥の性格からして、説得なんてものは一番苦手な方法だろう。だから未だに東洋一に手紙で「辞めさせろ」一辺倒なのだ。

 だいたい、薫を目の前にして、まともに話せるのかどうかがまず危うい。

 

 このまま堂々巡りして言い合っている内に薫は藤襲山へと行ってしまう。どうにかして諦めさせるなら今しかないのだろうが、自分には手立てがない……。

 

 おそらく実弥同様、匡近もまた焦っていたのだろう。

 この前からボンヤリと考えていたことが、つい口をついて出てきてしまった。

 

「師匠、この前に来た時に薫が俺達に弁当作ってくれたの知ってます?」

「はぁ? 知らん」

「作ってくれたんです。それがもう美味しくて。特に玉子焼きが絶品でしたね。あ、つくねもうまかった……」

「なんの話だ?」

「いや。すいません。それはいいんです。えっと、その弁当におはぎが入ってたんですよ」

「それで?」

「おはぎですよ、実弥の好物の」

「なんじゃ、あいつ。甘党なんか。それで酒飲まんのか」

 酒好きの東洋一にとって、実弥があまり呑まないことだけは、唯一残念なことらしい。

 

「そういうことじゃなくて。お弁当におはぎが入ってたってことは、薫が入れたってことなんです。実弥の好物ってわかってて」

「だからなんだと言うんだ? まだるっこしい。薫は実弥の昔馴染なんだから、好物くらい知っとるだろうが」

「まぁ、そりゃそうなんですけど」

「まさか、お前さん。薫が実弥を好いとるとでも言うんじゃなかろうな?」

 東洋一は眉を寄せ、ズバリと指摘する。

 

 匡近はポリポリと頭を掻いた。

「いや、まぁ……わかんないんですけど」

 だがこの前来た時のいくつかの断片を思い出す度、薫からの手紙を読み返す度、匡近はだんだんとその推測が当たっている気がしている。

 

 もし、そうなら――――?

 事は簡単だ。実弥が薫を貰ってやればいい。

 正直なところ、想像であってもキリリと胸は痛んだ。でも、そうなれば薫にとっても幸せだし、実弥の望み通り、きっと薫は鬼殺隊に入ることは諦めるだろう。

 

 ―――――しかし匡近が知らぬ間に、巨大な関門ができていたらしい。

 

「言うておくがな。薫がもし、万が一、鬼殺隊に入らず嫁に行くとしてもな、お前らみたいなヤクザな商売のヤツにやるつもりはない!」

 あまりにもキッパリと言い切られて、匡近は一瞬圧倒されたが、徐々に理不尽なことを言われていることに気付いた。

 

「いや、師匠。どういう事です? ヤクザな商売って」

「どうもこうもない。薫を嫁にやるんなら、しっかりちゃんとまともな男を見繕ってやるわ。藤森さんに頼めばいくらでも紹介してもらえるんじゃ」

 それは匡近とて考えたことなので、わからないではないが……それだと、匡近も実弥もまともでないかのような言われようではないか。

 

「あの、師匠。俺らのことどう見てるんですか?」

「お前らは鬼殺隊士としては優秀だが、薫はやれん」

「やれん……って、師匠が決めることじゃないでしょう」

「うるさい。両親を亡くしてウチに来た以上、そういうことは儂の許可がいるんじゃ!」

 東洋一の中で薫は、いつの間にかすっかり娘、いや孫娘のような存在になっているのだろうか。

 

 ヒョイ、と薫が廊下から顔を出した。

「お食事の準備できましたよ。先生、顔を洗ってきて下さいね」

 朝は忙しいらしく、すぐに立ち去っていく。

 

 東洋一は井戸の方へと歩きながら、振り返って釘を刺した。

「あの阿呆にも言うておけよ。お前らに薫はやらん」

 

 匡近は何気なく言ってしまったことを後悔した。

 なんだかかえって面倒なことになった気がする…………。

 

 

 

<つづく>

 

 

 

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