【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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閑話休題 其の壱
<隊服悶着>


 最終選抜後、持たされた隊服を着て、薫は途方に暮れた。やはり選別後に採寸して三日ほどの突貫工事で作ったせいなのか、寸法を誤って作製されたらしい。

 

「どうした?」

 

 東洋一(とよいち)が襖の向こうで声をかける。試着して見せると言ったのに、なかなか薫が現れないので、不思議に思ったのだろう。

 薫はすぐさま隊服を脱いで、いつもの着物と袴の姿に戻った。

 

 襖を開けると、東洋一が目を丸くする。

 

「どうした? 何か問題でもあったか?」

「そうですね……どうやら、採寸を間違えたのか、作る人が見誤ったようです」

「どういうことだ?」

「胸のあたりが留められないんです」

 

 東洋一は眉を寄せ、意味がわからぬという顔になった。

 

「胸のあたりだけ、なぜだかはだけてしまってるような……妙な作りになっていて。どうしましょう? 今更、作り直してもらっている間に任務がきたら」

「ムム……困ったのぉ」

 

 東洋一は腕を組んで考え込み、ふと思い出す。

 

「そうじゃ。儂の隊服があったわ。それでお前さんならどうにかできるじゃろ」

「どうにか…って、何を?」

「儂の隊服の生地を切って使えばえぇ。強度はさほど変わっとらんだろうし」

「そんな……先生の大事なものなのに」

「もぅ、使うこともない。放っておけば虫に喰われるだけのモンだ。いや、もしかするともう喰われとるかもしれんな。樟脳(しょうのう)も入れておったか、どうだか………」

「大事にしてください。思い出の品でしょう?」

「ハハハハ。大して思い入れもないから、そういう扱いになっとるんじゃ。えぇから、お前さん、適当なところを切って、どうにかせい。できるじゃろ?」

「……とりあえず、見てみます」

 

 その後、蔵の奥からすっかり埃まみれになった桐箱の中に、東洋一が着ていたという隊服を見つけると、それは多少色褪せてはいたものの、まだ十分に着用できそうだった。

 薫のもらったものより、ずっしりと重い。やはり数十年の間に糸そのものや縫製の技術が上がって、隊服もまた改良してきているのだろう。

 

 東洋一に見せると、懐かしそうにその服を眺めた。

 

「おぉ、そうそう。これこれ。この傷のところはもう放っておいたんだった。ほれ、ここ切れたままになっとるだろ?」

「いいんですか?」

「なにが?」

「せっかく、ここまでちゃんと残っているのに。私の隊服の直しに生地を切ってしまったら、着られなくなりますよ」

 

 東洋一はハハハハと笑った。

 

「今更、こんな重いもん着て刀なんぞ振れんわ。本当だったら、辞めたときに捨ててもよかったんだがな。なんで置いておいたのやら……?」

 

 首をひねってから、そういえば里乃に止められたのだと思い出す。

 

 

 ―――― 今まで先生を守ってきてくれた大事な隊服なんですから、これは先生の棺桶にいれるまで、大事にとっておかないと……。

 

 

 せっかくこれからはのんびり生きようと思ってる時に、棺桶の話なんぞ持ち出すので、お前は俺を殺したいのか、どっちなんだと大笑いしたものだった……。

 

「先生? どうかしました?」

 

 薫に問われて、東洋一はあわてて我に返り「いやいや」と顔をごしごし擦った。

 

「ホレ、いいから。これ使え」

「………じゃあ、使わせていただきます」

 

 薫は恭しく頭を下げると、東洋一の隊服を持って自分の部屋へと戻っていく。

 

 煙草を吸いながら、しかしどうして寸法間違いなどが起きたのかと不思議だった。

 東洋一の知る縫製部の(かくし)は、そうしたことに関しては絶対にきちんとしていたような気がするのだが……?

 ちょうどその時、匡近(まさちか)から近況を知らせる鴉が来ていたのもあり、東洋一もまた薫の最終選別の合格と、その隊服についてのことを書き記して、匡近の鴉に託した。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 数日後、鴉から東洋一の手紙を受け取った匡近は安堵の吐息をついた。

 大丈夫だろう……とは思っていたものの、何が起こるかわからないのが最終選別なのだ。こいつは強いぞ……と思っていた奴も、七日目には姿がなくなっている。

 薫が十分に備えて選別に臨んだとしても、不意の出来事でどうなるかは運次第というところもあった。

 いずれにしろ、突破してこれで薫もまた立派な鬼殺の剣士となったわけだ。

 意気揚々と廊下を歩いて、道場の庭で巻藁(まきわら)据物(すえもの)斬りをしていた実弥に声をかけた。

 

「おーい。朗報朗報」

「あァ?」

 

 実弥は四十は並んでいた巻藁の最後の一本を斬ったところで、振り返った。

 冬も近いというのに、汗だくである。

 

「なんだァ?」

「いい知らせだよ。なんだかわかるか?」

「うるせェなァ。教える気がねェなら俺は風呂に行くぞ」

「待て待て。言うから言うから。薫が合格したぞ」

「…………」

 

 実弥はちょうどその時、背を向けていたので、どういう顔をしたのか匡近にはわからなかった。だが、薫の名前を出した途端に、ビクと肩が一瞬揺れた。

 

「帰ってきたってさ、藤襲山から。良かったな」

「……なにがいいんだァ」

「心配してたろ? 師匠から最終選別に行かせるって手紙もらった時だって、任務が終わってすぐだったってのに、無理して行くから……しばらく調子悪かったじゃないか。結局、説得できなかったみたいだし」

 

 実弥は振り返ると、匡近を睨むように見てくる。

 え? と匡近は戸惑った。

 鋭すぎる目つきはいつもと変わりないが、その表情はあまりに暗かった。

 

「どうした?」

 

 尋ねるが、実弥は黙り込んで縁側に腰を下ろすと、しばらくの間、夕日に照らされた巻藁の長い影をぼんやり見ていた。

 

「なんだよ。嬉しくないのか?」

 

 不思議だった。

 天の邪鬼な性格だから、拍手して喜ぶとは思わなかったが、それにしてもやけに気落ちしているように見える。

 

「……俺は」

「うん?」

「辞めさせるってことに、変わりねェ」

「まだ言ってるのか、お前」

「うるせェ」

 

 匡近はふぅ、と溜息をつくと、注意深く実弥を見遣った。

 機嫌が悪いなりに、実のところはホッとしているのだろう。夕景を見つめる目が、ここ数日からすると随分と和らいでいた。

 

「ま、いよいよ鬼殺隊士になった以上、薫がお前の言うことを聞くなんて思えないけど。それより、薫も縫製係の洗礼を受けたみたいだな」

「は?」

「知らないか? まぁ、男は関係ないからな。なんか去年あたりから、一部の女の鬼殺隊士の隊服をな、(かくし)の縫製係が妙な仕立てしてるらしくて」

「妙な仕立てェ?」

「胸元をやたら強調したみたいな……なんだったら、肌がモロ見えみたいな、およそ戦闘服じゃないだろっていう作り方でさ。まぁ、鬼殺隊に入る女なんかたいがい気が強いから、そんなの着れるかって突き返してやり直させるみたいだけど、いちいち面倒臭いって噂になってる」

「……で、アイツのもそういう仕立てになってんのか?」

「らしいよ。師匠はこの事知らないから不思議がってた。このままだと任務に間に合わないから、作り直してもらう暇もないって。だから……」

 

 匡近が最後まで言い終わらない内に、実弥は立ち上がっていた。

 

「オイ。その縫製係、どこにいる?」

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 その日、前田まさおは人生で一番の恐怖を味わっていた。

 彼は鬼殺隊の裏方部隊である(かくし)の一人であるが、今は縫製部に属して、日々隊士らにとって重要な隊服の新調、修復等の作業にあたっている。

 そう。あくまでも前田まさおの仕事は隊服を縫うことなのだ。決して、隊士の苦情処理係ではないはず。

 だが、目の前には、そんなこちらの事情を説明するのも難しい相手。顔にも体にも全身傷だらけの狂犬……のような男。

 小便をもらすかもしれない……と、切実に思う。下腹部にずっと力が入ったままだ。

 

「どういうつもりだァ? えぇ?」

「いや……その…あの……その」

 

 どう言い繕っても、一発殴られそうな雰囲気だ。

 前田はさほどに長くもない人生の中で、それまで使ったことのなかった部分の脳みそを回転させて、言い訳を考える。

 

「そ、その……さ、採寸係が間違えちゃったかなー?」

 

 白々しく裏返った声で言うと、当の採寸係がジロリと睨みつけてくる。

 

「私はちゃんと測りましたよ。森野辺薫さんですよね? まだ十五歳ということでしたので、これからの成長にも合わせて、少し大きめで申告しておいたはずです」

「そ、そうだっけ?」

 

 前田の目が泳ぐ。

 目の前の狂犬……不死川(しなずがわ)実弥(さねみ)は、その睨むだけで人を刺し殺すんじゃないのかと思える目で、ジリジリと前田を灼き焦がすように凝視している。

 

「じゃあ、作る時に寸法を見間違えたのかな?」

 

 横から助け舟を出してくれたのは、狂犬の飼い主・粂野(くめの)匡近(まさちか)だった。

 本来なら有難がるところだが、前田は内心で毒づいた。

 

 ―――― 飼い主! 頼むから、こういう男をここに連れて来るなよ!

 

 しかし顔は愛想笑いを浮かべて揉み手までする。

 

「そ、そ、そうですね。縫製係が見誤ったのかもしれません」

「その縫製係は誰だァ?」

 

 実弥が尋ねると、その場にいた隠全員が前田を無言で見つめた。

 ヤバい……前田が背中に汗が伝うのを感じたと同時に、実弥に襟首を掴まれる。

 

「オイ、テメェ……わざとか?」

「ちっ、違いますっ! 絶対ワザと窮屈に作ったわけではありませんっ」

 

 必死に弁明しながら、嬉々として薫がその隊服を着ることを想像しながら作っていた自分に、今ここから叫びたかった。

 

 ―――― おーいっ! お前が今縫ってるその隊服! ヤバイ奴の妹弟子のだから! ちゃんと作っとけ! さもないと、とんでもない目に遭うぞ!! 後悔しても遅いんだ!!! 頼むから、森野辺薫っていう女の隊士の隊服だけは、まともに作っておけーーっっ!!!!!

 

 ………………後悔先に立たず、である。

 

「まぁまぁ。実弥、薫は先生の隊服の生地もらって、そこの部分は隠せるように縫い直すみたいだから……。今回は許してやれよ」

 

 匡近が言うと、実弥は「そうなのか?」と問い返しながら、前田の襟首を離した。

 

「そうだよ。お前、最後まで話聞かないで、ここに来るってどんどん行っちゃうから……」

 

 朗らかな笑みを浮かべて言う匡近を、前田は恨みがましく見上げた。

 

 ―――― そーいうこと、さっさと言えよ!

 

 前田の心の声が聞こえたのか、実弥は再びギロリと睨みつけて、ズイと顔を寄せた。

 

「どっちにしろ、テメェが最初からしっかり作っていれば済む話だろぉがよォ。エェ?」

「そ、そうですね」

 

 前田の額から汗が噴き出す。

 もう、ほとんどヤクザじゃん、この人。

 

「とりあえず、作り直して薫に送っておいてくれよ。頼むな」

 

 匡近はニコニコ笑いながら、ポンと前田の肩に手を置く……と同時に、ものすごい力で掴まれた。

 

「…ィ痛タタタタタタっ!」

「一応言っておくけど、今後こういうことしたら、いちいちこの男が文句言いに来ることになるよ。自分の身が可愛いなら、()()()()仕事しような」

「……は、はい」

 

 前田は涙目になりながら、狂犬と飼い主を見送った。

 

----------

 

 その後、前田は心底悔い改めて、二度と自分の趣味を全面に押し出したような隊服を制作しないようになった ――― かというと、さにあらず。

 懲りない前田の悪行は続いたのだが、その話はまた別のこと。

 

 

 

<閑話休題・隊服悶着 了> 

 

 

 

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