【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第二部
第一章 鬼遊び(一)


 京都での任務は、ある町で子供達の行方不明が続いており、その裏に鬼の存在があると思われるため、調査にあたることだった。無論、鬼がいることが確認できれば即座に滅殺することになっている。

 聞き込みをしたが、あまり判然としない。

 というのも、行方不明となっている子供というのが、多くは浮浪児、貧しい農村からやってきた丁稚(でっち)奉公の子供、あるいは親の管理があまり及んでいない殺伐とした家庭環境で育っていた子供が多く、いなくなっても誰もさほどに気にかけないのだ。

 

「どうせ、逃げてもぅたんやろ」

 

 行方不明になった丁稚について尋ねても、返ってくるのはそんな答えぐらいだった。

 捜索願が出ているのは、『若葉園』という孤児院からのものだけだった。

 兄弟二人がいなくなった、ということで捜索願が出ている。

 薫は話を聞くため、町の中心部からは少しばかり郊外にある、その孤児院を訪ねた。

 そこは元は寺所有のお堂であったらしいが、台風で半壊した後、身寄りのない子供達を引き取る施設として、地元の有志達の寄付により改築したらしい。

 

 応対してくれたのは、孤児院の院長である栃野(とちの)という男だった。

 四十半ば、あるいは五十ぐらいだろうか。両方の耳上に白髪の房があり、それ以外の部分にも幾分、白髪が混ざっている。目の下にはうっすら(くま)ができていた。

 もしかすると実際にはもっと若いのかもしれないが、外見のせいか老けて見える。

 

 当初、まだ少女とも見える薫を、あからさまに胡乱(うろん)そうに見下した。

 

「嶋野町議からのご紹介です」

 

 薫は聞き込みする中で出てきた、この孤児院の有力寄付者の名前を出した。

 栃野はそれでも半信半疑であったようだが、とりあえずは慇懃に礼をした。

 

「それで、この…中村四郎くんと五郎くんがいなくなった事に心当たりは?」

 

 薫が尋ねると、薄い唇が片方だけ歪んだ。

 

「ここでの生活が嫌になったのでしょう」

「……なにかあったのですか?」

「特にありません。精一杯子供達のためにやっていますが、やはり親にはかないません。親が恋しくて出て行ってしまうのです。遠方に知り合いがいるという話もしていましたから、もしかするとそちらに向かったのかもしれません。いずれ戻ってくるか、連絡があるだろうと思って待っております」

 

 ここの子供達のほとんどは、数ヶ月前の水害で親を亡くしたのだという。親を亡くした直後よりも、今になってからの方が親を恋しく思うのは、有り得ないことではなかった。

 他にも町でいなくなっている子供達について聞いてみたが、さほどの関心はないようで、町での聞き込みと大差なかった。

 辞去して外に出ると、材木の積まれた空き地で鬼ごっこをしている子供達がいた。

 薫の姿を見つけるなり、駆け寄ってきたのは、おさげを結わえた女の子だった。

 

「院長先生のお客さんやぁ。もう、話終わったん?」

 

 くりっとした愛らしい目に、思わず薫の頬が緩んだ。

 

「終わったよ。鬼ごっこしてたの?」

「うん! なぁ、あのなぁ……ウチ、さっきからずっと聞きたいことあってん」

「なに?」

「あのなぁ……えと…お姉ちゃんは、もしかしてお兄ちゃんなん?」

「……え?」

 

 聞かれたことの意味がわからず、薫は固まった。

 おさげの子は薫の顔をじいっと見ながら、答えを待っている。

 その時、後ろから丸坊主の男の子がベシリと容赦なく女の子の頭を打った。

 

「失礼なこと聞いてんちゃうわ!」

「痛いやんけ! このアホマサ!」

 

 女の子はすぐに男の子にやり返す。

 遊んでいた他の子達もなんだろう、と周囲に集まってきた。

 薫は二人のケンカを唖然として見ていたが、だんだん可笑(おか)しくなってきた。

 笑い始めた薫を見て、二人はケンカをやめ、周りにいた子達もクスクス笑い始めた。

 

「もー、なんやのんよォ」

 

 おさげの子が顔を赤くして口をとがらせる。

 薫は膝を折ると、女の子の頭を撫でた。

 

「私は、女よ。すぐにわかるような格好をしてなくて、ごめんね」

 

 途端に女の子はニカッと明るい笑顔になった。

 

「ホラ見てみぃ! やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんやん!」

「えぇ? そうなん?」

 

 残念そうにつぶやいたのは、稚児髷(ちごまげ)の少しばかり年上の女の子だった。

 

「歌舞伎の役者さんみたいやし、格好ええ思てたのに……」

「……ありがとう」

 

 褒められているのかは微妙だったが、薫はとりあえず礼を言った。

 立ち上がって、ザッとその場に集まった子供達を見回すと、その少女はこの中では一番年上のようだった。

 

「名前を聞いてもいい?」

 

 薫が尋ねると、少女は「巳代(みよ)」と名乗った。

 

「巳代ちゃんも、若葉園にいるの?」

「うん、そう。ここにおるのんで、そうやないのは、そこの平次と、カツやんと、クニちゃん。あとは皆、若葉の子ぉよ」

 

 そこにいたのは全部で九人。つまり六人は若葉園の孤児達ということだ。

 

「中村四郎くんと、五郎くんのこと、聞いてもいい?」

「あいつら? ずーっと二人でおったで。二人でしかおらんかった。こないして遊ぶこともせぇへんし……何回か元の家に帰ろうとしとった」

「そう……」

 

 家が恋しくて、孤児院でも孤立していたのなら、あるいは栃野の云う通り、出奔してしまったとも考えられる。

 

「ここで、他に突然いなくなった子達はいない?」

「たっちゃん」

 

 丸坊主の子がボソリと言う。

 巳代は眉をひそめた。

 

「何言うてんねん。たっちゃんは引き取られた、て()ぅてたやんか」

「でも…そんなん…おかしいんや」

「ハァ? なにが?」

「たっちゃんに、親戚なんぞおらんもん! お()んもお()んも大水(おおみず)で流されたし、おじさんとこは皆、流行り病で死んでもうたって言うとったんやから」

「そんなん、他の親戚が来たんやろー」

「他の親戚なんぞ、おらへん。そんなん聞いたこともない」

「たっちゃんが知らんかっただけやろ」

 

 薫は丸坊主の男の子にやさしく問いかけた。

 

「たっちゃんと、仲が良かったの?」

 

 男の子はコクリと頷いた。

 巳代が後ろからあきれたように言う。

 

「コイツ、別れの挨拶もなしに行ってもうたー言ぅて、怒っとんねん」

「そう。それは寂しいわね…。他にも、引き取られていった子はいるの?」

「そら、いるよ。そうやなぁ……最初は全員で二十人くらいはおったと思うけど、落ち着いてきたらボチボチ親戚の人とか、あとは金持ちの人が可哀想やーって、もろてくれたりしはんねん。ほんで、今はウチらだけや。あ、ミツコはウチらと違うて、大水で引き取られたんとちゃうな。お母ちゃんが病気で()うなってもうて、ここに来てんもんな」

 

 おさげの子がコクリと頷く。先程の笑顔は消え、無表情になっていた。

 

「出てったり、入ってきたりしてるわ。院長先生も人がえぇから、頼まれたら断らはらへんしな」

 

 巳代は栃野に恩義を感じているようだった。

 

「みんな、院長先生のこと好きなのね」

 

 薫が言うと、小さな子供達はみな「うん!」「好き!」と口々に叫んだ。

 

「院長先生、いつも寝る時にご本読んでくれるし!」

「ごはんもいっぱい食べたらいいんだよ、って大盛りにしてくれるし!」

 

 子供達が笑顔ではしゃいでいるのを、薫は懐かしい気持ちになって見ていた。

 昔、こんなふうにきゃらきゃらと、弾けるような笑い声に満ちた時間があった……。

 

「みんな、そろそろご飯の時間だよ」

 

 背後から男の声が響く。

 栃野だった。

 薫が子供達と愉しそうにしていることに、少しは警戒がとけたのだろうか。微笑を浮かべていた。

 

「森野辺さん、でしたか? 今晩はこちらにご逗留ですか?」

「えぇ」

「もう、宿はとられましたか?」

「いえ。まだです」

「では、こちらでお泊りになってはいかがです? といっても、子供達と一緒に寝てもらうので、ゆっくりできないかもしれませんが……」

 

 まだ、調査は続けなければならない。

 それに、子供のことは子供に訊くのが一番いい。

 

「では、お言葉に甘えてよろしいでしょうか?」

 

 薫がそう言った途端、子供達は歓声を上げた。

 

「お姉ちゃん、ウチの隣で寝てぇな!」

「あかん! アンタなんかすぐに寝小便たれるくせに」

「俺も横で寝たい! 姉ちゃん、本読んでくれる?」

 

 子供に囲まれて戸惑いながらも、笑っている薫を、栃野は嬉しそうに見つめていた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 

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