【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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▼残酷描写、ややあります。



第一章 鬼遊び(二)

 若葉園の食事は町に住む老女達が通いで作りに来てくれるらしい。

 いかにも関西らしい薄い味付けではあったが、かといって物足りないというほどでもない。

 

 特にこの辺りでしか採れないという壬生菜(みぶな)の漬物がおいしかった。時間があれば自分でも漬けたいが、もちろんそんなことは無理だろう。

 

「――――では、栃野(とちの)さんは、元は学校の先生だったのですか?」

 薫が尋ねると、栃野は頷いた。

「といっても、二年ほどです。すぐに辞めましたから」

「……理由を伺ってもよろしいですか?」

「教師は私一人ではありませんのでね……子供達はかわいいですが、周りにいる大人を相手にするのは、疲れるものです」

 食後のお茶を飲みながら、栃野は苦笑いを浮かべた。

 

 巳代の云う通り、『人の好い』栃野であるならば、人間関係が嫌になって、教師という羨望される職業であっても離れることはあるのかもしれない。

 

 子供達がお風呂に入っている間、薫は食堂の中にある絵を見ていた。

 廊下のドアから入った右手に、壁一面を覆うかのようにある、大きな絵だ。学校の運動場が描かれている。

 右隅にサインがあり、「トチノ」とあった。どうやら栃野の描いたもののようだ。

 

 やわらかな日差しの中で、子供達が元気に遊び回っている。中央よりもやや隅の方に、満開の桜の木があり、風に花びらが舞っていた。

 

「……………」

 技術的には上手だと思うのだが、正直なところ、その他の感想が思い浮かばない。千佳子の描く絵などは、あのたおやかな容姿に似合わず、どこか豪放で奔放な伸びやかさを感じたのだが。

 

「森野辺さん」

 背後から声をかけられ、なぜか薫はギクリとした。

 栃野がにこやかな笑顔を浮かべて立っている。

「その絵、興味がありますか?」

「あ……いえ、お上手だと」

 

 栃野は薫の隣に立つと、愛しそうに絵を撫でた。

「子供達が元気に遊び回る姿を描きたくて……ね」

「そうですか」

「あなたも一緒に、遊んでもらえるとありがたいですよ」

 薫は、どう答えればいいのかわからなかった。何も言えずにいると、ドアを開けて巳代に呼ばれた。

 

「森野辺さぁーん、あの子らよぅやっと上がったしぃ…お風呂一緒に入ろう」

「あ…じゃあ、お先に」

「どうぞ」

 栃野に促され、薫はその場を立ち去った。

 奇妙な感覚がする。チリチリと何かが神経を刺激している………。

 

------------

 

 風呂から上がって二階の子供達の部屋へと向かうと、栃野が小さな子供達に本を読んでいた。

 子供達は栃野の隣に座ったり、足元に寝転がったりしながら、めずらしい外国の昔話を聞いている。

 

「おかしの家なんていいなぁ……」

「俺、饅頭をたらふく食うぞ」

 どうやら、ヘンゼルとグレーテルの話だったようだ。

 薫も初めて読んだ時には、このお菓子の家というのに夢中になったものだ。

 

「さぁ、もう寝る時間だ」

 栃野は本を閉じると、「おやすみ」と皆に告げ、灯りを消した。

 

 子供達は布団の中に潜り込む。栃野は一人一人の子供達の頭を撫でて、ドアから出て行った。

「栃野さんは一緒に寝ないの?」

 薫が尋ねると、巳代が答える。

「まだ仕事があるみたい。いつも院長先生は皆が寝静まってからしか寝はらへん」

「そう…」

 

 その後も子供達は薫のうろ覚えのグリム童話を聞きながら、徐々に声は少なく、小さくなってゆき、やがて皆が眠りについた。

 窓の外を三日月が照らしている…。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 誰かの話し声が聞こえる…。

 

 ぼんやりした意識の中で、ドアがバタンと閉まる音がして、ハッと目を覚ました。

 反射的に布団の下に隠した刀をとって、辺りを見回すと、斜向いで寝ていたおさげのミツコの姿がない。

 厠だろうか。しかし、幼い子供が夜中に一人で行くのは勇気がいるだろうに…。

 何となく気になって、薫は手早く隊服に着替えると、そろりと子供部屋の外へと出た。

 

 廊下には電球が一つだけ灯っている。

 耳を澄ますと、下からボソボソと話し声が聞こえた。食堂だろうか?

 確かここは食堂前の廊下の真上。子供部屋は食堂の真上だ。

 

 薫は音をたてぬように、そろそろと階段を降りた。

 おかしい……。こんな時間だというのに、食堂には明かりが点いている。閉め切られたドアの隙間から光が漏れ出ていた。

 

 そうっと近寄り、食堂のドアを開けようとした刹那、小さな悲鳴が一瞬だけ聞こえ、すぐに消えた。

 ドアを開けて、中を見回すと、誰もいない。

 白熱灯の明かりがガランとした食堂を寂しく照らしている。

 

 薫は刀の柄に手をかけながら、ゆっくりと進んだ。

 二つあるテーブルの、絵に近い方のテーブルの上に何かが置いてある。

 

 近寄ってよく見ると、それは手鏡だった。手の平よりもやや大きいくらいの、なんの変哲もない、木の枠の手鏡。

 墨で何か書かれていたが、擦れて薄くなっていて読めない。

 所々、『…世…極……謹製』とある。意味不明だ。書かれている言葉も、なぜこんなものがここにあるのかも。

 手にとって裏返すと、これまた、ただの鏡だった。

 照明の影になった自分の暗い顔が映っているだけだ。

 

 だが突然、顔が奇妙に歪んだ。同時に眩暈を起こしたような錯覚に陥る。

 ズズズと足下が沼に沈んでいくかのようだった。足を踏みしめているのかどうかわからなくなる。

 歯を食いしばり、柄を掴んで、いつでも抜けるように構えた。

 

 だが次の瞬間、薫の足は地面の上にあった。

 瞬きの間に、暗かった夜が明けたのか…?

 

 やわらかな日差しの下、満開の桜の花びらが吹雪いて舞っている。

 あまりにものどかな光景に、唖然となる。自分は一体どこに来たのだろうか。

 

 歩き出して先へと目を向けると、だだっ広い広場で子供達が遊んでいる。いや、これは運動場か?

 キャーキャーと騒ぎながら、鬼ごっこでもしているのか、子供達が走り回っている。

 

 ―――――幻影?

 

 意味がわからず、呆然とする。

 

 頭を整理する必要があった。自分はさっきまで何処にいた?

 そう。食堂だ。真夜中の食堂にいた。食堂には何があった?

 手鏡と……絵。

 

 その光景が絵の風景と結びつくと同時に、目の前で鬼ごっこをしている子供達が本気で逃げていることに気付いた。

 

 ミツコが泣きながら逃げ惑っている。他の子達も。

 追いかけているのも子供に見えた。だが、よく見ればその青黒い肌と、体格に似合わぬ大きな手は、どう見ても尋常な姿ではない。

 薫が刀を抜いて駆けようとしたところに、後ろから肩を掴まれた。

 

「物騒なものをお持ちだ」

 栃野が少しだけ笑みを浮かべたまま固まった顔で言う。

「あなたも一緒に遊んでくれますか? きっと、喜びますよ。子供達も」

 

 子供の悲鳴が聞こえる。

 薫は刀の柄で栃野の手を打つと、鬼に向かって走り出す。

 視線の先で、小鬼の大きな手がミツコの頭を掴む。

 薫は跳躍した。

 

 鳥の呼吸 壱ノ型 鷹隼空斬(ようしゅんくうざん)

 

 首を狙ったが、鬼は敏捷に避けた。

 ミツコを掴んでいた腕だけがスッパリと斬れた。

 

 ギィヤヤヤァァ!!!!!!!!!!!

 

 その幼く、甲高い悲鳴は、本当に子供のようだった。

 

 次の動作へと移ろうとしたときに、パーンという乾いた音が鼓膜に響いたと思ったら、右肩に鈍い痛みが走る。

 

「…ぐっ!」

 撃たれたらしい。血が見る間に広がっていく。

 後ろを見ると、栃野が拳銃を構えていた。

 

「一体……」

 栃野はひくひくと頬の肉を痙攣させながら、薫に近寄ってくる。

「どうして勝手にあなたは入れたのかな? 私が連れて行く前に。鬼殺隊の人というのは、そういう能力がおありなんでしょうか?」

 

 栃野の口から『鬼殺隊』の言葉が出て、薫はギリと奥歯を噛み締めた。

 薫が来たときからわかっていたのだ。

 罠にかかったらしい。

 

「あなたは…なにをしている?」

 肩の銃創を押さえながら、薫は栃野に問いかけた。

 栃野は冷笑する。

「なにを? 子供達が遊んでいるのを見守っているのですよ。邪魔をしないでもらいたいな。せっかくいい天気の下で、鬼遊びをしているというのに」

 

 薫はハッとして振り返った。

 鬼はすでに腕を再生して、子供達に襲いかかろうとしている。

 

 再び走ろうとすると、栃野が再び銃を構える。

「あまり無駄撃ちをさせないでくださいよ。手元が狂って、あなたの心臓に当たっても知りませんよ」

 

 薫はギリと奥歯を噛みしめると、態勢を低く落とし、一足飛びに栃野の前に移動した。

 咄嗟のことに驚く栃野の顎に掌底を打ち込む。

 ウグッ、と呻いて栃野は倒れ込み、その様子を見ることもなく、薫は鬼の方へと向かう。

 

 今しも掴もうとしていた子供と、鬼の間に割り込むように入ると、鋭い一閃が首を斬った。

 呆気なく、首は落ちた。

 頭が地面に転がり、ボゥとした目で鬼は薫を見た。紅い目が、凝視している。

 

 おかしかった。

 鬼は一向に塵となって消えない。

 

 薫は天を見上げた。そもそも、こんな太陽が燦々と照る中で、鬼を見ること自体、おかしなことだ。

 

 ここは何だ? 栃野の描いた絵の世界なのだろうか? この鬼は、異能の鬼なのか? 鬼の血鬼術の中なのか?

 

 疑問符は無数にあるが、ゆっくり考える間はない。

 後ろを一瞥すると、走ることに疲れ切った子供達が地面にへばっている。

 その中にはもう、動きそうもない子もいる。

 さらによくよく見れば、隅の影になっている場所には、髑髏がいくつも転がっていた。

 

 この中で、子供達を殺して喰っていたのか………。

 

 今は亡くなった命に冥福を祈る暇すらない。

 なんとしても、生きている子供達を救わなければ。

 ここを出なければならない。この子達とともに。

 

 目の前で鬼はゆっくりと起き上がり、てくてくと歩いて頭を拾い上げると、まるで帽子をかぶるかのように首の上に頭をのせて、調整していた。

 薫は再び鬼の胴を払い、再生したばかりの首を斬った。やはりなんの手応えもない。それでも時間稼ぎにはなる。

 

 考えろ。

 この間に。

 自分はここに来る前、どこにいた? 何を見ていた?

 食堂で見た絵と………鏡。

 

 ―――――どうして勝手にあなたは入れたのかな? 私が連れて行く前に。

 

 栃野の言葉を反芻する。

 つまり、この世界に入るための何かを栃野が持っているのか?

 

 確信がないまま、気を失っている栃野のもとへと急ぐ。

 上着のポケットを漁ると、食堂で見たのと同じ手鏡が出てきた。鏡の向こうには誰もいない食堂が映っている。

 

 正解かどうかはわからない。

 答えを出すのは自分しかいない。

 

 鬼は再生した。また、子供達を襲い始めるだろう。

 もしかすると、場合によってはこの世界に閉じ込められる危険もある。

 

 だが―――――迷っている暇はない!

 

 薫は刀を鏡に突き立てた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 

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