【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第二章 隊務と休息(三)

 その後、隠達は各々がそれぞれの仕事を黙々とこなしていた。

 宝耳(ほうじ)と一緒に箱の上からも縄をかける者。本部への報告書か何か、手紙を認める者。用具の確認を行う者。全員の食事の用意を整える者。

 

 薫はその場にいただけなのに、夕食を相伴になった。

 恐縮したものの、隠からすると隊士というのは一にも二にも上の存在であるようだった。是非にと勧められ、冷えた体にはありがたい粕汁をご馳走になった。

 チラリと薫は宝耳を見た。既に食べ終えて、鬼の箱に寄りかかって瞑目している。

 

「あの……」

 薫は小さな声でそばにいた隠に尋ねた。

「宝耳さんって、強いんですか?」

 隠は迷いなく頷いた。

 

「あの方も鬼殺隊の剣士ですから。元は普通に鬼狩りをなさってたんですけど、生け捕りの方が安全に金を稼げる、ってことで変更されたみたいです。皆さん、嫌うんですけどね。この仕事」

「じゃあ、あまりいないんですか。生け捕り師というのは」

「そうですね。宝耳さんのように専門でやってる隊士は少ないと思います。たいがいは本部が選出して、隊士の方に頼むんです」

「はぁ………」

 色々と鬼殺隊の中でも役割というのがあるようだ。

 

「今回は本当は本部からの指示はなかったんですけど、宝耳さんってどこからか聞きつけてくるんですよね。生け捕りにちょうどいい鬼の情報」

「……なぜ?」

「わかりません。あの人の持つ情報網のどこからか、ということしか。宝耳、っていうのも伊達じゃないんですよ」

 いよいよもって不思議な人物もいたものだ。

 

 その後、薫は蚊帳の外になり、隣の部屋で横になっていたのだが、どうにも気になって眠れない。

 

 生け捕り師。 

 

 東洋一からも、匡近からも聞いたことのない存在だった。知らなかったのか、あるいは知る必要もないと教えてもらえなかったのか。

 

 ひどく興味深かった。

 宝耳が鬼を生け捕りにした時のあの針。あの瓶に入っていた液体。それに宝耳のあの気配。全集中の呼吸を行っていた薫の後ろに立って、気配を全く感じさせなかった。

 

 隠達も何人かが寝始めていたが、薫は起き上がると、寝ずの番をしている宝耳のところへ行った。

「なんやぁ? 夜這いか?」

「…………」

「あ、冗談やで冗談」

「当然です」

 憮然として斜向いに座ると、薫はじっと宝耳をみた。

 

「なんやねん? 鬼がおるから、気になって寝られへんのか?」

「それもありますが、聞きたいことがあります」

「おう。なんや、質問か。なんなと聞き。ちょうど眠なってきとったからな」

 薫はニコと笑った。正直、断られてもしつこく聞く気でいた。好奇心がうずいて仕方ない。

 

 まず、針について聞くと、宝耳は懐から一本取り出した。思っていたよりも太い。

「これにはしてないけどな、さっきのには痺れ薬と眠り薬が塗ってあったんや。それで、鬼は倒れてもうた」

「生け捕りの時は、皆さん、それを使って鬼を捕まえるのですか?」

「捕まえ方は隊士によっていろいろや。ワイは一番簡単にできる方法でやっとるだけや」

「でも均等に、狙ったかのように刺さってましたよね」

 どう考えても、あの針の位置は適当に投げたものではない。

 

 宝耳はニヤリと笑った。

「まぁな……あれはワイしかでけへんと思うで。こう見えて、ワイ、鍼師やったからな。その鬼のツボ、ゆうか……そういう局所があるんや。そこを狙わんと、針も刺さらん。鬼によっては皮の硬いのもおるからな。まぁそれも雑魚の鬼や。異能の鬼なんぞやったら無理やで」

 

 そういう経歴があっての、あの技だったのか。

 しかしそれを瞬時に見つけて、突くなんてことは、そうそう簡単にできることではない。よほど修行を重ねているのだろう…と思って言うと、宝耳はケラケラ笑った。

 

「ワイは修行なんぞめんどいもんは嫌いやから、せぇへんわ。まぁ、言うても十七で鬼殺隊に入ってこの年までやっとんねん。お前さんみたいな新米よりかは場数は踏んどるわな。それだけや」

 

 その他に鬼を眠らせる薬のことについても聞いたが、それは宝耳にはよくわからないようだった。別でそういう薬を調合する人達がいるらしい。

 

 その他に隠でも隊服制作に関わる部署や、鬼の情報を集める機関、中には柱を始めとする上位鬼殺隊士の住居などを用意する係まであるという話をしてもらった後で、いよいよ薫はもっとも聞きたかったことを尋ねた。

 

「宝耳さんは、呼吸は何を使われているんですか?」

「ワイは普通やで。水や。よくあるやつや」

 水の呼吸……ということは、真菰と同じものだ。

 

「水の呼吸には、気配を消す技があるのですか?」

「へぇ?」

「さっき、鬼と対峙していた時に、私は全集中の呼吸をしていました。それなのに、あなたに後ろに立たれたことに気付かなかった」

「そりゃ、集中しとるからやろ」

「宝耳さん、はぐらかさないで下さい。ただ集中するのと、全集中の呼吸はまったく違います」

 薫が全集中の呼吸を習っている時、東洋一から言われたのは、意識を一点に集中『させないこと』だった。

 

 ―――――全集中とは、己の周囲にあるものの自然(じねん)の流れを感じ取ること。

 

 むろん息を長く吸い込み、肺へと空気を送りこんで身体能力を高めるのは第一義である。だがそこにばかり意識を向けては、鬼からの攻撃に無頓着になりかねない。

 

 神経を全方位に向け、張り巡らせて、背後ですらも見えるほどに、意識を澄ませる。透き通らせる。自分をその場に充満させる。そうして死角をなくす。

 

 つまり全集中の呼吸を行う時には、自分の間合いに入ってくる者に『集中し過ぎて』気が付かない……なんてことは、有り得ない。

 

 宝耳はニヤニヤ笑いながら、ボリボリと頭を掻いた。

貴方(あン)さんは、なかなかえぇ育手についたな」

「え?」

「全集中の呼吸は基本やけど、基本だけに、蔑ろにするのも多いよってな。最近は特に」

 

「答えを聞きたいんですが、また、はぐらかしてますか?」

「いやいや。そういうワケやない。ゆうたって、別に特別なことしとらんもん。説明しようもないわ。呼吸の技とかやないし」

「でも、あんなに気配もなく背後に来るなんて」

「うーん……よぅわからんけど、あんさんはあの時、殺気立ってたやろ? 鬼相手やから当たり前やわな。せやけど、ワイは別に殺し合いに来たワケとちゃうから、殺気がなかったんとちゃうか?」

 あまりにも短絡的な答えに薫は少しがっかりした。

 

「そう……ですか」

「あからさまにガッカリ、ゆう顔やな。なんや、なんか特別な技かなんかと思っとったんか?」

「それは……そうです」

 もしそういう技があるなら、自分の呼吸の技の中に応用できないかと思っていたのだ。

 

 宝耳は懐からタバコを取り出した。横にあった火鉢の炭で火をつけると、おいしそうに吸い、フゥゥと長く煙を吐き出す。

 

「あンさんも水の呼吸か?」

「いえ。私は……風の呼吸を習っていましたが、習得できなかったので、派生させて自分の呼吸でやっています」

「なるほどな。それで色々と試しとるワケか」

 宝耳はタバコの灰を火鉢に落とし、また口に咥えた。

 

「しかし風の呼吸か。あそこは惣領家がのぅなってもぅて、一時は衰えたらしいけど、今はいい育手がおってか、割に増えてきたな。あンさんの育手は誰や?」

篠宮東洋一(しのみやとよいち)という人です」

 宝耳は目を見開いた。それまでのらりくらりとしていた宝耳が初めて見せた顔だった。

 

「あンさん、篠宮老人の門下か?」

「……はい。先生をご存知なんですか?」

「いや、直接会ったことはないけどな。まぁ……割と知られた御仁ではある」

「そうなんですか?」

 鬼殺隊内での東洋一の評判など、もちろん薫は知らない。

 

「風はな、炎と同じで代々柱を継いできた惣領家があったんや。しかし、ある年からやたらと風の呼吸の剣士を狙って殺される、ゆうことが続いたらしいてな。とうとう、その当時の風柱もやられて、跡継ぎもおらんで惣領家は鬼殺隊と断絶したらしい」

 そんなことは初耳だった。東洋一からは一度も聞かされたことはない。

 

「篠宮老がおらんかったら、風の呼吸は途絶えたかもしれん、言われとるんや。現役時代も、相当に強かったらしいからな。柱になってもよかったんやけど、惣領家に遠慮してならえへんかった……っていう噂が、まことしやかに語られとる」

 

 ―――――アンタ、なかなか人を見る目がある。

 

 以前会った元鳴柱の老人が言っていたことを思い出す。やはり、東洋一は有象無象の鬼殺隊士などではなかったのだ。

 

 こうして他人から東洋一の強さについて語られると、素直に誇らしく、嬉しい。

 

 顔に出てしまっていたのだろう。宝耳がニヤニヤ笑って、指摘した。

「なんやぁー。師匠が褒められて嬉しいって顔にデカデカ書いとるでェ」

「…いえ、初めて聞いたもので」

「えぇやないか。あの人は育手としての腕は確かや。さっきあんさんが全集中の呼吸について言うてたことも、基本中の基本のことやしな。あの人の弟子なんやったら、この先も有望や。ま、頑張りぃ」

 宝耳は最後に一吸いすると、タバコを火鉢に投げ捨てた。

 

「も、寝ぇや。ワイらは朝になったらのんびり藤襲山に行くだけやけど、あんさんは任務が待っとるかもしれん。ちゃんと休息はとらなあかん」

 

 とりあえず、さっきまでの好奇心を満たすことはできた。薫は礼を言うと、隣の部屋に戻り、朝までぐっすり寝た。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

「ホレ、これやるわ」

 朝になって別れる前に、宝耳は印籠を渡してきた。蓮の花が細工され、蛙の根付がついている、なかなか立派なものだ。

 

 中を見ると、丸薬が入っていた。

「なんです、これ?」

「あンさん、新米やよってまだこれからやろけど、鬼ン中には毒を使ぅてくんのもおんねん。もし、そういうのにやられた時の中和剤みたいなもんやな。まぁ、効くか効かんかは、わからんけどな。毒にもよるから」

 随分といい加減なものだと思ったが、宝耳の善意だろう。素直に受け取っておくことにした。

 

「ありがとうございます」

 頭を下げると、宝耳はちょっと困ったような顔になって、うーんと唸った。

「なにか?」

「いや……あンさん、それなりに強いんやろけどな……鬼殺隊士として少ぉし不安なとこあるわ。その真面目すぎるトコと、勉強熱心なトコや」

「………駄目ですか?」

「基本的には悪いことやない。でも、気をつけんと、鬼に誘われるで」

「……誘われる?」

 意味がわからなかった。首を傾げる薫に、宝耳はフゥと軽く溜息をついた後、ニッと笑った。

 

「ま、大丈夫か。好いとる男もいるみたいやしな」

「…………は?」

「呼んどったぞ、寝言で。さねみさん、言ぅ……」

 顔が一瞬で熱を帯びる。

 あわてて大声で「お世話になりました!」と怒鳴るように言うと、薫は脱兎のごとくその場から立ち去った。

 

 

 

<つづく>

 

 

 

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