【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
薫が久しぶりに東京に戻ったのは、自分の両親と不死川家の墓参りのためだった。
匡近に聞くと、そうしたことでの休みはもらえるとのことで、鬼殺隊に入れたことを報告したくて訪れたのだった。
墓参りを終え、駅へと戻ろうとした時。
「なんだぁ、その髪」
「気持ち悪ィなぁ……。切っちまえ」
「ヤダっ!」
男達が若い女の子の髪を掴み、囃し立てている。
掴まれている女の子の髪は確かに変わっていた。うすい桜色に、毛先の部分だけが青葉のような瑞々しい緑だ。だがつややかに、光の中で映えている。
薫は無言で男達に近寄ると、女の子の髪を掴んでいる男のもう片方の手を持ち、捻り上げた。
突然、音もなく現れた闖入者に男達は最初、うっと固まった。
「手を離せ」
低く、警告する。
男達は気をのまれた自分達が恥ずかしかったのか、大声で「うるせぇっ」とがなり立てた。
最初からこういう輩に話し合いが通用するとは思っていなかったが、薫は軽く溜息をつくと、次の瞬間には女の子の髪を持っていた男の手を蹴り上げ、女の子を軽く向こうへと押し出して、その男の鳩尾に手刀を食らわした。
男が身体をくの字に折って、地面にへたりこむと、もう一人の男の背後に周り、腰に差した刀の柄を男の背にグイと押し当てた。
「このまま去るか? どうする?」
男は、背に感じるその感触を、拳銃だと勘違いした。
ダーッと汗が噴き出る。
「かっ、かっ、かえ、帰りますっ!」
裏返った声で宣言すると、へたりこんでいる男の襟首を持って、無理やり立たせて走り去った。
薫は地面に尻もちをついた状態の女の子に手を差し出した。
「大丈夫?」
女の子は真っ赤な顔になって、「すっ、すいませんっ」と手をとって立ち上がる。
同時に、ぐぅぅぅと大きな腹の音がなった。
女の子は耳まで真っ赤になった。
「ごっ、ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」
ブンブンと頭を振り回して、まるで連獅子の舞のようになって謝るので、髪を結んでいた紐がとれてしまった。
フワリと、桜色の髪が舞う。光に透けて、キラキラと眩しくきらめく。
「あ……」
女の子が頭を押さえながら、キョロキョロと辺りを見回した。
薫は地面に落ちていた紐を拾い上げると、女の子に差し出した。
「はい。よければ、あそこで何か食べましょうか。私も、少しお腹が減ったので」
薫が先に見えるお茶屋を指差すと、女の子は恐縮していたが、チラと薫を見て、小さな声で尋ねた。
「………いいんですか?」
「もちろん」
薫は笑いかけると、女の子と一緒にお茶屋に向かった。
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女の子は甘露寺蜜璃と名乗った。
髪の色と同じ、桜餅を一気に六皿頼み、見てる間に食べ切って、また追加で五皿頼んでいる。
薫は目の前で吸い込まれるように消えていく桜餅が、途中から別の食べ物に見えてきたが、嬉しそうに食べる蜜璃の表情を見ると、なんだか心が和んだ。
八皿目を食べ終わった時に、蜜璃はハッとした顔になると、また赤くなった。
「す、すいません。いきなりバクバク食べて……」
「いや。ぜんぜん……お気にせず」
促すように手をあげ、微笑むと、蜜璃は真っ赤になった頬を両手で包んだ。
薫は自分に来ていたうどんを食べる。
「あ、あの…お名前聞いていいですかっ?」
蜜璃がギュッと目を閉じて、大声で言う。
「森野辺薫です」
「かおる、さん。えっと、字で書くと……井上馨の『馨』ですか?」
「いえ。薫陶を受ける、の薫です」
「そっ、それは……えっと、お似合いですっ」
薫はじっと蜜璃を見つめた。
女の子というのはこんなものなのだろうなぁ…と思った。可愛らしい人だ。
「ありがとうございます。甘露寺さんも、似合っていますよ。髪」
「え?」
「その髪の色。めずらしいですけど、あなたに似合ってます」
「そ、そうですか?」
蜜璃はやわらかく結わえた桜色の髪の房を持った。
「初めてです。みんな、だいたい気持ち悪いとか、なんだそれって……さっきみたいに」
家族を除いて、いつもからかわれ、嘲笑されてきた。そんなことを言ってきた人間は一人もいない。
薫はうどんを食べ終えると、ハンカチを取り出して口周りを拭いた。
桜餅を食べて嬉しそうだった蜜璃は、さっきのことを思い出したのか、少ししょんぼりしている。
「私は直接見たことはありませんが、外国では金の髪をしている人もいるそうですよ」
「え?」
蜜璃が顔を上げた。
「私の父は若い頃、外国で暮らしたことがあって、教えてもらいました。向こうには、金や銀、茶色や、赤い色の髪の人や、真っ青な目や、深い緑、灰色の目の人もいると。それに肌も真っ白な人だったり、反対に黒い人もいるということでした。この国にいれば、甘露寺さんの髪はびっくりされるかもしれませんが、海を渡ればさほどめずらしいものではないかもしれませんよ」
「そ、そんな人達がいるんですか?」
蜜璃は驚いた。もし、そんな人がうじゃうじゃいるのなら、自分など、たいして目立つことはないのかもしれない。
「あの、その人達は何を食べてそんなふうになったんでしょう?」
いきなり思いもかけぬことを問われ、薫は一瞬、無言になった。
蜜璃は恥ずかしそうに桜餅を手に取り、まじまじと眺めながら言った。
「わたし、桜餅を食べすぎてこんなになっちゃったんです。子供のころは黒かったのに。髪が金色の人は、何を食べたんでしょう? 芋けんぴの食べすぎでしょうか?」
「……………たぶん、なにか……あちらの食べ物にあるのかもしれませんね」
薫は絞り出すように言ったが、それは正解なのかわからなかった。
「あ、そっか。外国には芋けんぴ売ってないですよね、きっと」
「そう、ですね……」
返事をしながら、自分がどこか別の世界にいる気がしてきて、ブルブルと頭を振る。
蜜璃がキョトンとして薫を見た。
「どうかしましたか?」
「いえ…」
薫は立ち上がると、財布からお金を取り出す。
「あっ、私、自分で払いますから!」
蜜璃はあわてて懐から財布を取り出そうとしたが、「あれ? ない?」と、袂の中やら帯の間をあちこち見回す。
「いいですよ。甘露寺さんの食べっぷりを見ているのは眼福になりましたから」
薫は支払いを早々に済ませると、ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。
そろそろ汽車の時間だ。
「あっ、あの…見送ります!」
甘露寺はあわてて最後の一皿の桜餅をつめこみ、薫の後をついてくる。
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半歩下がって歩きながら、蜜璃が声を落として尋ねてきた。
「あのぅ……その腰のものって」
「刀です」
薫はすずしい顔で言い切る。「できれば、内密にしていただけると助かります」
「それは…もちろん。でも、理由を聞いてもいいですか?」
「………私は、鬼殺隊の隊士ですから」
言ったところで蜜璃にわかるはずもなかった。けれど、適当な嘘で誤魔化す気になれなかった。
「キ、サツ、タイ?」
「………それしか言えません。すいませんが」
駅前に着くと、薫は振り返った。
ちょうど、駅前に植えられた桜が満開だった。ヒラヒラと陽光の中を桜の花びらが雪のように散っている。
「こうして見ると、甘露寺さんは桜の精ですね」
薫が微笑みかけると、蜜璃はまた耳まで真っ赤になった。
ふと、昔の、子爵令嬢として引き取られたばかりの、いつもおどおど、ビクビクしていた自分の姿を思い出す。
せっかく可愛いのに、どこか自信のない蜜璃の姿がかつての自分と重なる。
「甘露寺さん」
薫はやさしく呼びかけた。
「どこにいようと、懸命に生きていれば、いずれあなたのいるべき場所は定まりますよ。――――って、これは受け売りなんですが」
蜜璃はじっと薫を見ると、にこっと笑って言った。
「蜜璃、です」
「え?」
「蜜璃っていいます。薫さん」
蜜璃は手を差し出した。薫も手を伸ばし、握手を交わすと、
「それでは、お元気で。蜜璃さん」
と手を振り、改札を通っていった。
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家に帰った蜜璃は、すぐさま家族達にその人のことを語ったのだが、大いなる勘違いをしていた。
「天草四郎の生まれ変わりかって思うくらいの、美少年だったんだから! 私のこと、桜の精って言ってくれたんだから!」
確かに、黒い隊服を着て、腰までのインバネスコートを羽織り、後ろで髪を無造作に結んだだけの薫の姿は、見る人によっては美少年と見紛うものであった。
しかし、その勘違いに気付くには、まだ数年の時を経なければならない……。
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一方、汽車に乗った薫は、車窓を流れる景色をぼんやり見ながら考えていた。
『……桜餅の食べすぎでああなるのだったら………おはぎを食べ過ぎたら、おはぎ色の髪になるのだろうか……?』
<つづく>